💛3💛
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体の痛みとともに目を覚ました。
ぼんやりと、白い天井が視界に映る。かすかな薬品の匂いが鼻をくすぐり、彩紗は懸命に意識を働かせた。
ここは、病院だろうか。
不安と緊張が体中に満ち、ギプスで固められた肩の辺りがじんと響く。確か自分は、正体不明の物体に捕らえられ、暗くて狭い場所に押し込められたはずだ。そこからの記憶がない。アクシデントが起きたのか、大人の男たちの騒ぐ声や怒声がそこかしこで聞こえたところまでは覚えている。何かが飛んできて、衝撃と激しい痛みが襲って、そして、倒れた。気づいたら、ベッドで横になっている。
何もかもがわからず、彩紗はひどく混乱していた。
「――気がついた?」
女性の声がした。
軽やかな声だった。
首を横に向けると、ふっと柔らかな香水の匂いが漂った。薄ピンクに髪を染めたショートカットの女性が、少し申し訳なさそうに微笑んでいる。
――綺麗な人だと、彩紗は感じた。
瞳はつぶらで、明るく人懐こそうにきらめいている。小さな形のいい鼻に唇、丸みを帯びた女性的なボディラインがなまめかしく、官能的だ。年は二十代だろうか、自分よりいくらか年上に見える。
何か言葉を発しようとして、頭がずきりと痛む。
「ごめんね、間違ってあなたを傷つけてしまったの。でも、大した怪我じゃなくてよかった。しばらくしたら退院できるって」
女性はこちらにすっと手を伸ばし、「本当にごめんね」と優しく彩紗の頭を撫でた。それはある種のいやらしさからは程遠く、母のような大きく深い優しさを伴っていた。不思議と、強ばっていた身も心もほどかれていくような安心感がした。
「……私は、病院にいるの?」
彩紗は尋ねる。
「そうよ。でも、ちょっと特殊な病院ね。私は世間様に顔向けできないような仕事をしているから、表に出てこない場所が必要なの。詳しいことは、内緒ね」
女性は優しく諭す。笑うと愛嬌があふれ、とても魅惑的に映った。
「……
「ニイ?」
「ロボットなの。私の付き人ロボット」
再び不安をあらわにする彩紗を、女性は手を握って落ち着かせる。
「現場にいたのは、あなただけだったよ」
手は冷たく、そのひんやりとした温度が、今の気持ちをなだめてくれているようだった。
この人は、いったい。
そこで、はっと彩紗は気づく。
「ファントム」
正面から彼女の顔を見つめた。
「あなたが、隠し金庫を?」
彼女は一瞬、とても苦しそうな表情を浮かべた。すぐにたおやかな微笑に変わるが、その瞳は謝罪を述べているようにも見えた。
彼女が何か言おうと口を開きかけるのを、彩紗は手を強く握り返して止める。
「お願い」
ためらう時間はなかった。足踏みしている暇も。
「私をさらって」
彩紗は懇願した。
女性は驚いたように目を見開いている。
もう一度、
「私は、あの家にいたくない」
「……スリーウェーブ株式会社に?」
彩紗は強くうなずいた。
「私には、何もない。私は、何も持っていない。あるのは、この身一つだけ。私は空っぽなの」
深くうつむき、身の上を語り始める彩紗を、女性は口を挟まずに黙って聞いてくれていた。
「私の周りには、人がたくさんいる。
でも、誰一人として、私の友人はいない。私は一人で生きてきた。
両親は根っからの仕事人間で、家を空けてばかり。私のそばにいたのは、家事育児代行とボディガードを兼用して作られた、青年型ロボットの
ニイ、という名前は私がつけたの。お兄ちゃんの、
学校では、誰も彼もが私の取り巻き。私の機嫌を取ることに必死で、懇意にしたい意思しか見えない。権力というのは、人を孤独にさせ、間違った道に進ませるわね。私はおかしくなっていた。いっそ、誰でもいいから私を誘拐してと毎日願っていたの。
そして今日、私はあの家を出られた。
そこから先は、もうどうなってもいいと思ってた。
あなたとこうして出会ったのも、運命かもしれない。
このまま私を隔離してほしい。それが無理なら、
私は、どこへ行っても寂しい人間のままだわ。これからもずっとそう。家にいようが学校にいようが、私は世界に一人きり。
私を、どこか、遠くへ……」
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