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 霧が晴れた真夜中の空、月が赤く、ぼうっと光っている。


 赤い月は不吉の象徴とされているが、麻梨花まりかはあの赤みが好きだった。自分たちのような悪役に、これ以上ないほど似合う色だからだ。物語の主役はいつだって、悪役だ。主人公は悪の対比として真ん中に据えられているに過ぎない。読者は観客。客の要求を満たしてくれるのは、いつの時代も、自分たちのような存在である。


 私は、スポットライトを浴びるために生きている。

 麻梨花はそれを一切疑っていなかった。


「お姉ちゃん、月が綺麗だね」

「あ? シンプルに愛の告白か? ボケてないで仕事をするぞ。ドジ踏まないよう気をつけろよ」


 麻梨花は肩をすくめ、上着の内ジャケットに大量に詰め込んだ武器の一つを手にして、不敵に笑む。


「行くぞ」

「オッケー」


 姉の千遥ちはるが合図を送り、二人はそろって夜の闇へ飛び込んだ。



 暗闇に紛れるのは得意だ。麻梨花と千遥は自らの気配を消すのがうまい。その資質を買われ、今に至るわけなのだが。


 特殊な防弾ガラスで作ったゴーグルを装着した二人に、怖いものはない。この道具は目を守る目的の他に、顔を隠すマスクの役割や、建物内に張り巡らされた数々のトラップを事前に知らせてくれるAI探知機として使用される。世紀の大発明をしてくれた友人に金一封を送りたい気分だ。これのおかげで格段に仕事がしやすくなった。


 姉と二手に分かれ、麻梨花は下っ端クラスの駐在している地下通路に潜入した。

 見張りを昏倒させ、歯向かってくる者には武器を放ち、理想通りの手順で意気揚々と進む。相手は見た目ばかりが威圧的なだけの、ただの取るに足りない男たちで、およそ手応えのないレベルに若干のつまらなさを感じたほどだった。


 今回、ターゲットに選んだ対象は二つ。


 一つは、スリーウェーブ株式会社。日本人なら名を知らない者はいない、国内トップクラスのロボット製造会社である。その卓越した製造技術とアイディアで、日本中の富を集める成功者の一族だ。大きくなり過ぎた企業の例として、政府との深い癒着がスクープされていた。格好の獲物だった。


 二つ目は、そのスリーウェーブ株式会社を脅迫していた地下組織勢力。早い話が社会にとっての危険因子的存在である。やつらもスリーウェーブの隠し金庫を狙っていた。結果、こちらの方が一足早く相手を欺けた。


 出鼻をくじかれたやつらは、宣戦布告を放った。

『ファントム』を根絶やしにすると。

 お笑い草だ。こちらに喧嘩を売った時点で、負けは確定したようなものである。

 ついでに相手の隠し財宝もいただいておこうと、麻梨花たちは算段した。


 地下通路の見取り図は頭の中に完璧に入っている。もともと麻梨花たちは土地感覚がかなり優れているし、『ファントム』として生きる上で、動きや判断力の素早さはなくてはならない必須能力だ。

 特に苦労せず、麻梨花は敵を翻弄し、かかってくる罠を返り討ちにした。赤子の手をひねるようなものだった。


 奥まった場所に行き、まるで牢屋のような鉄格子の扉を蹴破ると、すぐさま異常を聞きつけて男たちが飛び掛かってくる。卓越した身体能力でそれらをかわし、手に持った武器――飛び道具用に改良したサバイバルナイフを投げつけて、彼らの動きを封じる。


 その中に、見慣れない細い影があった。

 少女だ。


 暗くて顔がよく見えないが、制服を着ている様子から十代の娘だろうと思えた。バランスよく均整がとれた体躯、心細げにぎゅっと両手を前に握りしめている様子は、儚げな印象も受ける。


 どうやら、男たちの仲間ではないようだ。


(あれ、お客さん?)


 疑問に感じながら、麻梨花は見覚えのない少女を視界の端で確認しつつ、男たちを蹴散らす。一人、二人、と愉快なくらいに敵は自分の一太刀で倒れ、目を剥いて気絶していく。


 余った最後の一人が焦りながら、腰に下げている銃身に手をかけた。あれはレーザー光線銃だろう。姉の使っている武器より遥かに劣るが、レーザーレベルは最大強度に設定しているに違いない。格下の相手ほどよく吠えるし、重装備をするものだ。


 麻梨花には並外れた動体視力がある。常人には真似できない素早さと判断力で、目に映るものすべてを「かわす」ことができる。


 男がレーザーを構えるのと、麻梨花がナイフを飛ばしたのはほぼ同時だった。

 寸分違わず、麻梨花の攻撃は男の銃口に命中し、ナイフが刀身ごとレーザー光線銃の発射を防ぐ。


 そして、麻梨花の放った武器は一つではなかった。二筋目の、第一手より大きな刃先が男の右太ももに命中する。声にならない様子で、男が体を傾けた。


「君じゃ私に勝てないよ」


 だから、ちょっと眠っててね。その意味を込め、麻梨花は男に近づいた。


 と、相手の顔に恐怖の表情が浮かぶ。

 はっとした時には、目の前の獲物は恐慌状態に陥っていた。


 うわあああ、と発狂したように、男がもう片方の手で隠し持っていた二つ目のレーザー光線銃を放つ。

 利き手ではない方で撃ったからだろう、照準がまるで合わないまま、レーザーはでたらめの方向に飛び散った。


 舌打ちし、麻梨花は自身を守るため内ジャケットからさらにナイフを数刀、レーザーに向かって投げ打つ。


 光が弾ける強烈な摩擦音が響き、レーザーが霧散した。

 ナイフがそれぞれ四方八方に飛び散る。

 弾かれた一閃は、少女の方へ鋭く飛ばされていく。


「あっ」


 麻梨花が注意するより先に、ナイフは少女の肩に深く突き刺さってしまい、さらに二、三刀、飛ばされたナイフが少女の体を激しく傷つけた。

 少女は悲鳴さえも上げず、その場に崩れ落ちる。


(まずい)


 考えるよりも、麻梨花は行動に移した。


 男の急所に当てた方のナイフには軽い電磁波が流されている。微弱なショックを与え、筋肉をしびれさせる、スタンガンのような役目を持つ細工の入った武器だ。


 足をやられた男の懐に素早く入り込んだ麻梨花は、一切の隙を与えずに男の顔面にナイフの柄をめり込ませ、鼻を折った。

 うめき声を上げた男は倒れ伏し、悶絶する。


(やってしまった)


 麻梨花は男を放り、倒れて動かない少女へ駆け寄った。

 着ていた上着を裂き、傷口を塞いできつく縛り上げ、呼吸を確認する。幸か不幸か少女は死んではいなかった。ただ意識は失っており、顔色は蒼白で、早いところ治療を受けなければならない。


(まさか、善良な一般市民を巻き添えにしてしまうなんて)


 プロフェッショナル失格だと、麻梨花は自分を責めた。


 応急処置を一通り終え、麻梨花は少女を背負い、現場を退散した。目的のものを盗み損なったのは生まれて初めての経験だった。


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