殿岡が見た鈴原(2)

 殿岡の話は続く。


「周りの連中は、なんだこいつは? って感じなわけよ。今にも殺し合いが始まりそうな空気の中に、いきなりオタク小僧みたいな見た目の奴が乱入してきたんだからな。けど、凄かったのはその後だよ。鈴原はすたすた歩いてったかと思うと、手近にいた奴をペチンて叩いた。何のためらいもなく、胸のあたりに張り手みたいなの食らわしたんだよ。そしたら、その叩かれた奴は泡吹いて倒れちまったんだ。しかも、道路の上でビクビク痙攣し始めてさ。殺気立ってた連中を、一瞬でドン引きさせちまったんだ」


 またしても、とんでもない話が飛び出してきた。この話は嘘だろうか? あるいは、大げさに言っているだけだろうか?

 工藤は先ほどから、会話をしつつ殿岡の表情や仕草を観察していた。だが、今の話に嘘はなさそうだ。大げさに言っている部分はあるにせよ、全くのでまかせではない。工藤は、驚いた表情を作り聞いてみた。


「胸に張り手のような一撃を入れたら、倒れてしまったのですね?」


「ああ。本当に、ペチンて感じだったぜ。コントのワンシーンみたいな感じだったけど、それで倒れたんだよ」


「その倒れた人は、大丈夫だったんてすか?」


「たぶん大丈夫だと思う。そいつ、しばらく道路で痙攣してたんだけど、いきなり鈴原がしゃがんだんだよ。で、倒れてるそいつの顔をパチンて叩いたんだ。そしたら、そいつハッとなってさ。痙攣も、ピタッと止まったんだ」


 無茶苦茶な話である。だが、これまた嘘ではないらしい。

 ここまで来ると、もはや魔法である。一発叩いただけで泡を吹き痙攣、直後にもう一発叩いて回復。こんなことは、武術の達人でも不可能だろう。

 ひょっとしたら、薬物か何かを使ったのか……などと思いながら、工藤は話を聞いていた。

 一方、殿岡は得意気に話を続けている。まるで、己の武勇伝を語っているかのごとき表情だ。


「そいつは、面食らったみたいに鈴原のことを見てた。でも、いきなり起き上がったかと思うと、化け物だ! なんて言いながら逃げ出したんだ。その後、鈴原が村川さんのことをチラ見したんだよ。そしたら、村川さんがジャンキーズの中に入っていって、向こうのアタマをいきなりぶん殴ったんだ」


「アタマ? ああ、リーダー格のことですね。村川さんは、ジャンキーズのリーダー格を殴ったのですね」


「そう。確か小島だか小林だとかいう名前だったな。で、村川さんはそのアタマの顔面にワンパン入れたんだよ。そしてら、ひっくり返っちゃってさ。本当、格闘技の試合みたいに綺麗な倒れ方だったぜ。相手も、かなりゴツい感じの奴だったけどな。さすがは村川さんだよ」


 そこまで聞いた工藤は、思わず大きな息を吐いていた。

 殿岡は、まるで自身の手柄であるかのように自慢げに語っているが、この男は一連の流れに秘められたものに、全く気づいていないらしい。

 当時、鈴原は場の空気を即座に読み取った。ふたつの集団が、今にも殺し合いを始めそうな緊迫した空気が漂う中で、自分がどう行動すれば効果的か一瞬で判断し行動に移したのだ。普通の少年なら、その雰囲気に呑まれ体が固まっていただろう。

 ところが、鈴原はそうならなかった。村川とジャンキーズが怒鳴り合っている時、不意を突いて動く。相手方のひとりを、一撃で倒したのだ。

 鈴原の格好は、チーマーらしくない地味なものである。ジャンキーズにしてみれば、無関係な一般人がいきなり乱入しメンバーのひとりを打ち倒してしまった……としか思わないだろう。しかも、倒されたメンバーは痙攣し泡を吹いている。もはや喧嘩どころではない。全員が、唖然となってしまったはずだ。

 直後、鈴原は村川に指示を出した。目で合図し、相手方のリーダー格を襲わせたのだ。当然ながら、ジャンキーズの面々は何が起きたのか把握していない。リーダー格もまた同様であろう。

 そんな時に放たれた村川のパンチは、恐ろしく効いたはずだ。喧嘩の時なら、人は興奮状態にある。そのため、少しばかり殴られたり蹴られたりしても耐えられる。だが、その時のリーダー格は興奮とは真逆の状態だろう。何が起きたのか状況を飲み込めていないため、頭の中は真っ白な状態である。

 その状態で頭部にパンチを食らえば、通常の数倍は効くだろう。それに、村川は喧嘩の強さも折り紙付きである。一撃で倒れるのも当然だろう。

 これら一連の流れを、鈴原は一瞬で計算した。つい三ヶ月ほど前までは、地味で目立たぬオタクだった少年が……。




「おい、あんた大丈夫か?」


 殿岡の声で、工藤は顔を上げる。知らぬ間に、表情が険しくなっていたらしい。まずは、話を聞こう。

 工藤は表情を和らげ、ペコリと頭を下げた。


「あっ、すみません。一発で倒したんですか。その村川さんも凄いですね」


「当然だろう。俺らのアタマだったからな。で、その後に藤田さんが立ち上がって、次ボコられたいのはどいつだ!? って吠えだしたわけ。でもよ、そうなっちゃうと向こうも完全にビビってんだよな。数は向こうの方が多かったけど、戦争する空気じゃねえんだよ」


 そうなるのも仕方ないだろう。ジャンキーズのメンバーは、この時点で総崩れである。何せ、こちら側の人間が立て続けにふたり倒されたのだ。しかも、うちひとりはリーダー格である。戦国時代なら、大将が首を獲られた状態だ。


「その後に東野さんが、PC来るぞ! って怒鳴ったわけよ。そしたら、みんな散っていった。その場は、ひとまず収まったわけさ」


「あのう、今でてきたPCというのは何ですか?」


「あんた知らねえのか。当時の俺らはよ、パトカーのことPCって言ってたんだよ」


「パトカーでしたか。実際、パトカーは来ていたのですか?」


「わからねえ。サイレンは聞こえてなかったからな。ただ、パトカーが来たとなりゃ逃げるしかねえじゃん。みんな、あっちこっちに逃げていったよ」


 つまり、この叫びがダメ押しになったわけだ。パトカーが来たら逃げる、これは不良少年たちの暗黙のルールである。

 仮に、このあと本格的な喧嘩に突入した場合、確実に乱戦となる。その場合、人数の多いジャンキーズが盛り返す可能性もあった。ところが、パトカーが来たとなれば中断せざるを得ない。となると、野球の雨天コールドと同じだ。この場合、リーダーをヤられているジャンキーズの負けだろう。

 果たして、どこまでが鈴原の計算かはわからない。ひょっとしたら、その東野なる男が咄嗟に嘘をついた可能性もある。だが、その流れを作り出したのは鈴原だ。この騒動が起きる少し前に、飛び降り自殺を試みた少年がやってのけたこととは思えない。

 さらなる謎が生まれたが、それを聞く相手は殿岡ではない。まずは、別のことを聞く必要がある。


「確認ですが、今でてきた村川さんはノトーリアスのリーダーだったのですよね。藤田さんと東野さんは、どういった方なのですか?」


「藤田さんは、ノトーリアスのナンバー2だったんだよ。身長が百九十くらいあってさ、すげえガタイしてたんだ。喧嘩だったら、村川さんより強いかもって言われてたんだよ。東野さんは、その次の次くらいかな。ナンバー4か5くらいだと思うよ。この人は、口が上手くて頭がキレるんだよな」


 では、その村川や藤田らについて調べてみよう……などと思いつつ、工藤は頭を下げる。


「なるほど、よくわかりましたよ。今日は来ていただき、ありがとうございました」


 言った時、殿岡がまたしても顔を近づけてきた。重要な秘密でも打ち明けるかのごとき雰囲気であったが、囁いた言葉は下らないものだった。


「なあ、鈴原を見つけたら言っといてくれよ。殿岡が会いたがってた、ってな」


「わかりました。伝えておきましょう」


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