殿岡が見た鈴原(1)
「あんた、鈴原のことを聞きたいのか?」
殿岡は、ふてぶてしい表情で聞いてきた。
「はい」
答える工藤。彼の前に座っている
小学生から中学生までバスケ部に所属しており、高校に進学した時も迷わずバスケ部に入る。だが、上級生たちからイジメに遭い、一ヶ月で退部してしまう。その後、ぶらぶらしていた時にノトーリアスのメンバーと知り合い、程なくして加入する。一応はチームとして知られてはいたが、当時のノトーリアスはサークルに毛の生えたようなものだった。
しかし、この殿岡により鈴原健介がメンバーとなる。それから、ノトーリアスは一気に巨大化したのだ。
もっとも、殿岡自体は大した働きをしていない。やがてノトーリアスは解散となったが、その後も幹部クラスの者たちは、当時の人脈を活かし表と裏の両面で派手に活動している。
しかし、殿岡は現在に至るまで何もしていない。今も無職である。親や親戚、友人たちから金をせびる毎日だ。たまにアルバイトのようなこともしているらしい。
そんな彼だが、過去のことを喋りたくて仕方ないようだ。殿岡にとって一番輝かしい時代は、ノトーリアスのメンバーだった頃しかないらしい。その当時の記憶を、誰かに語りたくて仕方ないのだろう。
殿岡は背は高いが、体には脂肪がたっぷり付いており、顔色は不健康そうである。これは、無職であることだけが原因ではないように見えた。肩まで伸びた髪は、かつてチーマーだった時代の名残りなのだろうが、半魚人のような顔立ちとは全く合っていない。
「あなたと鈴原さんは、どこで出会ったのですか?」
工藤が尋ねると、殿岡は偉そうな態度で顔を近づけ囁いた。
「実はさ、俺が喧嘩してる時に助太刀してくれたんだよ」
いかにも大事な秘密を語るような顔つきだ。
ふたりが今いるのは、駅の近くにあるファミリーレストランである。客や店員はいるが、ふたりの近くには誰もいない。したがって声をひそめなくても誰かに聞かれる心配はないのだ。ただただ、話を聞こえづらくしただけである。
この殿岡という男、よほど頭が悪いのか。それとも、自分を大物に見せたいのか。あるいは、その両方かもしれない。
「喧嘩ですか。やはり、敵対するチームとの揉め事だったのですか?」
さらに尋ねると、殿岡はしたり顔で頷いた。
「そうなんだよ。俺が歩いてたら、変なバカがいきなり因縁つけてきたんだ。お前、どこの者だ? みたいな感じでさ。で俺が、ノトーリアスだよって言い返したら、いきなり殴りかかってきたんだ」
「いきなり、ですか。それは理不尽ですね」
「そうなんだよ。しかも、相手は十人くらいいてさ。俺もそれなりに強え方だけど、十人相手は無理だよ。なんとか三人はぶっ飛ばしたけど、残りの連中にやられちまった」
この殿岡、バスケ部にいただけあって背は高い。百八十センチほどだろうか。バスケ選手の中では大きくはないが、一般人の中に入れば大きい部類だ。
もっとも、殿岡は喧嘩の強いタイプではない。体格はいいし、運動神経も悪くはないだろう。しかし、この男は臆病だ。先日に会った大島と比べれば、明らかに格が違う。同じ元不良でも、潜ってきた修羅場の数の違いが如実に現れていた。
だが、工藤はそのことには触れなかった。
「その時、鈴原さんが助けてくれたんですね?」
「ああ。あれは凄かったな。俺も喧嘩には自信あるけど、鈴原には敵わねえよ。気がついたら、全員ぶっ倒されててさ。鈴原は済ました顔で、大丈夫か? なんて声かけてきてよ。さすがの俺も、目が点になったね」
信じられない話である。
鈴原健介は、身長百六十五センチほどで体重五十キロ前後という体格だ。運動神経は一般生徒と比べても劣っており、体育の成績も悪かった。格闘技や武道の類いは一切やっていない。喧嘩が強かった、などという話をした者もいなかった。ひ弱なオタク少年、それが鈴原に対する周囲の評価である。
もっとも、大島だけは違うこと言っていた。
(あいつには、裏の顔がある)
鈴原に裏の顔があったのは間違いないが、十人を一瞬で倒すというのは理解不能である。そんなことをやってのけるには、ヘビー級のプロボクサーでもない限り無理だろう。
ひょっとして、自殺未遂の後に格闘技でもやっていたのだろうか。あるいは、スタンガンか何かを隠し持っていたのかもしれない。そのあたりを聞いてみることにした。
「鈴原さんは、どんなスタイルで闘っていました?」
すると、殿岡はおかしな表情になる。
「スタイル?」
「例えば、ボクサーのような闘い方をしていたとか、あるいは武器を使っていたとか、何か気づいたことはありますか?」
「そういう話じゃないんだよ。あいつが軽く触れた途端、みんなバタバタ倒れてたんだ」
さらにわけがわからなくなった。触れただけでバタバタ倒れるとは、どういう状況だろう。アクション映画でもあるまいし、有り得ない話だ。
「どういうことです? 触れただけで倒れたのですか?」
「そうなんだよ。俺も、あれは未だにわからない」
聞けば聞くほど、わからなくなっただけだった。会った瞬間から薄々感じてはいたが、この殿岡はかなり頭が悪い。話していることも、どこまで正確か怪しいものだ。しかも、嘘つきに有りがちな目の動きをしている。
仕方ない、話題を変えよう。
「それがきっかけとなり、あなたと鈴原さんが知り合ったのですね?」
「ああ。その後、俺は鈴原をノトーリアスの溜まり場に連れてった。喧嘩の達人だ、って紹介したんだよ。そしたら、みんなゲラゲラ笑ったんだ。ギャグだと思ったみたい」
それはそうだろう。オタクの見本のような鈴原を連れてきて、喧嘩の達人などと言われて信じる者はいない。
一方、殿岡は得意気に語り続ける。
「だからさ、俺は言ったんだよ。こいつは本当に強いんだ! ってな。そしたら、藤田さんが怒り出してさ。そばにいた後輩に、お前こいつとやれ! って言ったんだよ」
「なるほど。鈴原さんを試したわけですね」
「そう。で、その後輩も藤田さんに言われちゃ嫌とは言えないから、いきなり殴りかかっていったわけよ。そしたら、一発でやられちまった」
その一発を、詳しく説明して欲しいのだ。しかし、この男にそれを要求するのは無理な話である。
「一発ですか……ちなみに、その後輩さんは何という方ですか?」
「
その一発で倒した秘密は、別の人間に聞くとしよう。工藤は話題を変えることにした。
「確認ですが、鈴原さんはノトーリアスの正式なメンバーだったのですか?」
「それが違うんだよ。結局、あいつは正式なメンバーにはならなかったんだ。でも、それには
「ジャンキーズ? 何者ですか?」
「当時、渋谷でかなり有名だったチームだよ。その時はノトーリアスよりも人数多かったし、メンバーには有名な奴も大勢いたんだよ。そいつらと戦争になっちまったんだ」
「何がきっかけです?」
「今いったろうが。俺と鈴原とでジャンキーズ十人をヤッちまったからだよ。それから三日くらい経った頃、ジャンキーズが俺らの溜まり場に乗り込んできたんだよ。いきなり百人くらいに囲まれて、あれはさすがにヤバいと思ったね」
つまり、この殿岡が戦争のきっかけとなったわけか。それにしても、百人に囲まれた、は有り得ない。渋谷のセンター街付近で殺気立った若者が百人集まれば、その時点で警察が動く。大事件になっていただろう。
殿岡が嘘つきなのは、これではっきりした。この男の話は信用できないが、それでも工藤は話を続ける。嘘つきにもいろいろタイプがあり、殿岡は真実に嘘を混ぜるタイプだ。話をさせれば、真実の一端は見えてくるだろう。
「百人ですか、凄いですね。それから、どうなったのですか?」
「ます村川さんが、お前ら何なんだよ! みたいな感じで怒鳴ったんだよ。そしたら向こうも言い返してきて、バカ野郎この野郎殺すぞみたいな言い合いになったんだよ。で、その場にいた全員がヤる気になっちまったわけ。いよいよ戦争が始まるかと思ったら、いきなり鈴原が前に出てきたんだ」
殿岡は、したり顔で語っている。
今の話に出てきた村川は、ノトーリアスのリーダー格と聞いている。仲間の手前、引くわけにもいかなかったのだろう。そんな状況で、正式のメンバーでもない鈴原が出てきたわけだ。これは、双方ともに唖然となっただろう。
工藤は考えを巡らせながら、殿岡の話を聞いていた。
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