権藤が見たもの
「あのう、あなたは探偵なんですか?」
「はい。工藤探偵事務所の私立探偵です」
工藤は答える。
彼の前には、
ふたりは、駅近くのファミリーレストランで待ち合わせた。実のところ、今回もカラオケボックスで話を聞きたかったのだが、向こうがこの店を指定してきたのである。
「さっそくですが、あなたは鈴原健介さんと同級生だったのですよね」
そう、この権藤は鈴原の同級生である。中学生の時、いじめに遭い半年ほど不登校であった。そのために成績は悪く、入れる高校が寿山院しかなかったのである。
実際、彼は痩せていて地味な風貌である。顔つきも小狡そうな印象を受け、魅力的とは言い難い。
そんな権藤は、工藤の質問に気取った様子で答えた。
「ええ、まあ」
「率直に言って、どのような生徒でしたか?」
「どのような、と言われても……これと言って、特徴はなかったですね」
またしても、気取った口調で答える。この雰囲気は、誰かに似ていた。誰だったかな……などと工藤は思いつつ、さらに質問を続ける。
「そうでしたか。クラスの中で、特に目立った行動などはありましたか?」
「ないですね。だいたい、ウチの学校は狂っていましたから。タバコくわえたヤンキーが、校庭を堂々と闊歩してるようなところでしたから」
そんなことは聞いていない。
そもそも、この話は嘘である。田舎ならともかく、都内にある学校で堂々とタバコを吸えば停学になるはずだ。ましてや、校庭で吸ったとなると近所の目がある。教育委員会に訴えられでもしたら
しかし工藤は、その点には触れず大げさに顔をしかめて見せた。話を聞き出したい時は、相手の言うことがどんなにバカバカしくとも否定しない。これは鉄則である。
「それはひどいですね。教師は注意しないのですか?」
「しませんよ。常にほっぽらかしでした。動物園と同レベルでしたね」
得意気に答える。工藤は、ようやく気づいた。この権藤は、殿岡と同じ匂いがする。つまり、大嘘つきということだ。
「そんな学校、本当にあるんですか?」
「ありますよ。実はですね、当時の未成年者の犯罪検挙数は、何と五万人近くまでいっているんですよ」
権藤は、したり顔で語っていく。
これは、詐欺師がよく使う手口だ。具体的な数字を言ってみせて、自分はこの分野に詳しいのですよ……と相手にアピールする。だが、この五万人という数字には何の意味もない。彼が先ほど語った「タバコを吸っていたヤンキーが校庭を堂々と闊歩していた」という話が真実である証拠になるわけでもないのだ。
にもかかわらず、聞いている側は錯覚を起こす。具体的な数字を挙げられたことにより、この分野に詳しい人が言っているのだから間違いないだろう……という錯覚だ。
内心あきれている工藤の前で、権藤はなおも語り続ける。
「その中にはですね、ほとんど警察が介入しないはずの校内暴力で検挙された人数が百人近くいるんですよ。まあ、学校が全ての暴力沙汰を通報しているとは考えられないですからね。本当は、その何倍もの暴力事件が揉み消されていると思います。ウチの学校もそうでしたよ」
またしても、先ほどと同じ手口を使っている。その上、言っていることが滅茶苦茶だ。
七〇年代から八〇年代は、校内暴力の発生件数はピークに達していた。だが、それからは下降している。少なくとも、都内の高校では大っぴらに暴れるような不良少年はいなくなっていた。
しかも、かつてのような窓ガラスを割ったり校舎をバイクで走り抜けたり……というような行為は、生徒の側からも否定的な目で見られるようになっている。八〇年代頃より、都内の若者たちは校内暴力を冷めた目で見るようになっていた。
九〇年代に入ると、学校で暴れるという行為そのものが完全に時代遅れだと見られるようになっていったのだ。バカにされることはあっても、リスペクトされることはない。
それ以前に、当時の学校が校内暴力を揉み消していたことと権藤の話が本当であることとは、イコールではない。もっともらしいことをベラベラと語っているが、何の関係もないのだ。これまた、自分はこの分野に詳しいぞ……というアピールでしかなかった。
この男は、嘘しか言わないのだろうか……などと思いつつも、工藤は相槌を打つ。
「そうでしたか。いや、知りませんでしたよ」
「だいたい、ウチの高校には、リーゼントやパンチパーマのヤンキーが当たり前のようにいました。あと、眉毛を剃り落としている奴なんかもいたんですよ。最悪ですよね」
これも嘘である。
田舎ならともかく、都内でリーゼントやパンチパーマという不良少年の見本のごとき髪型にする高校生はほとんどいない。九〇年代に入ると、完全に時代錯誤な髪型と化していた。せいぜい、お調子者がウケ狙いでやる程度だ。
代わりに、金髪メッシュや長髪といったチーマースタイルが台頭していた。これには、人気ドラマの影響などもある。古くからある「改造した制服を着て、街を徘徊する」という不良少年のスタイルは「ダサい」と見なされていたのだ。
ましてや、眉毛を剃り落とす……というスタイルは、七〇年代のものである。八〇年代に入る頃には、完全に時代遅れとなっていたのだ。
不良少年という人種は、法に触れるような行動をとることに
しかし、工藤は何も言わず話を聞いていた。ひょっとしたら、この男は鈴原の重大な秘密を知っているかもしれないのだ。
「それは大変でしたね。ところで、鈴原さんの話ですが……」
「ああ、鈴原ですか。あいつは、本当に暗い奴でしたからね。存在感も薄くて、いるのかいないのかわからないタイプでしたよ。気がついたら、学校に来なくなってました。まあ、それも当然ですよ。ウチの学校は無茶苦茶でしたから、嫌になったのでしょう。なにせ、ホモまでいましたからね」
また始まったか、と思いながらも、工藤は適当に話を合わせる。
「えっ、本当ですか。それは恐ろしいですね」
「でしょう? ウチの高校は男子校でしたからね、ホモがいるんですよ。トイレの中で、堂々とヤッてたりしましたからね」
得意気に話しているが、これも嘘である。
今のように多様性を重んじる時代ならともかく、当時はゲイに対するはっきりとした差別意識があった。特に九〇年代には、一部の不良少年たちが「ホモ狩り」と称してゲイのカップルを襲っていたくらいだ。さんざん暴力を振るって痛めつけ、金品を奪うという手口である。ついには、都内の新木場にある夢の島緑道公園内で、ホモ狩りによる殺人事件まで起きてしまった。その事件が大きく報道されたことにより、彼らのしていたことが明るみに出たのだ。
当時の不良少年たちにとって、ゲイは最高にみっともない人種であり殴ってもいい相手という評価であった。そんな時代に「自分はゲイだ」とカミングアウトするかのように、トイレで堂々と男と性交する……これは、もはやダサいと言われるレベルの行動ではない。魔女狩りが行われている時代に、魔女の扮装をして教会の周囲を徘徊するのと同じくらい愚かな行為である。言うまでもなく、そんなことをする少年はいない。仮にゲイであったとしても、そんな性癖は必死で隠すだろう。
工藤はかぶりを振った。もう限界である。
「あのう、私が聞きたいのは鈴原さんのことです。あなたの嘘ではありません」
言った途端に、権藤の表情が変わった。
「は、はい?」
「あなたは、ネットにて寿山院高校のことを面白おかしく書いていますね。実話と称していますが、その内容は全てデタラメです。学校名を変えていますし、あなた自身もペンネームを使っているため、かつて同級生だった人間にはバレていないようですね。ですが、見る人が見ればすぐに嘘だとわかりますよ」
そうなのだ。この男は、とあるサイトにてエッセイを投稿している。今語ったようなデタラメな話を、実話と称して書いていたのだ。その時点で、権藤も嘘つきであることは容易に想像できたはずだった。しかし、彼にはどうしても聞かねばならないことがあったのだ。
建前の仮面を脱いだ工藤の言葉に、今度は権藤の方が溜息を吐いた。
「なんで信じてくれないんですかね。こっちは、本当のことを言っているだけなのに」
露骨に不機嫌そうな表情である。工藤を睨むような目で見ている。
本当のことを言っているだけなのに……これは、インチキ霊能者がよく使う言い回しだ。否定論者に対し「霊は存在しており、私は本当のことを言っているだけだ。私には、本当に見えているのだから仕方ない」などと言い張る。こうなると、もはや話し合いにならない。嘘か本当かではなく、本当のことを言っているのに信じないお前が悪い……という方向に論点をすり替える。
対する工藤は、じっと黙っていた。その態度に、こちらが怯んでいるものと思ったらしい。権藤は、さらに語り続ける。
「実は、僕は作家でもあるんですよ。あのエッセイを読まれたなら、知っていますよね? 最近、書いた小説が書籍化しました。その関係から、マスコミにも知り合いはいるんですよ」
この話は、珍しく本当だ。
権藤は数年前より、小説投稿サイトに登録し小説を書いていた。すると、投稿した作品に人気が出る。さらに、その評判を知った出版社からオファーがあったのだ。今の権藤は、サラリーマンと作家というふたつの顔を持っている。
この手のタイプに有りがちだが、嘘を嘘と指摘されて怒ったらしい。それで、自分に出来る最大限の脅しをかけてきたのだ。マスコミを使うぞ、というものである。確かに、個人で営業をしている小さな企業なら、マスコミを敵に回したくはないだろう。
「あんまり失礼なことを言っていると、マスコミが動きますからね」
そんなことを言いながら、権藤はニヤリと笑った。大物ぶった態度で、こちらをさらに怯ませようとしているのだ。
しかし、工藤は表情ひとつ変えない。
「そうですか。ところで、大島文明さんという方はご存知ですよね?」
「大島……」
一瞬、権藤の顔に呆けたような表情が浮かぶ。だが、すぐに引きつった笑みを浮かべた。
「だ、誰ですか? そんな人、知りませんね」
その声は震えていた。動揺しているのが、一目でわかる。
「また嘘を吐きますか。大島さんは、あなたや鈴原さんと同じクラスにいましたよね。私は先日、大島さんと会って話をしました。あなたのことも、よく知っていましたよ」
もちろん嘘である。だが、権藤は工藤の嘘を信じてしまったらしい。体がぷるぷる震えている。嘘をつく人間ほど、他人の嘘には意外と騙されやすかったりする。特に、権藤のような自分を大きく見せたがる人間は騙されやすい。結局のところ、自分に自信がないためだ。自信がないため、他人のつまらない嘘にも心が揺れる。
「大島さんは、あなたのことをこう言っていましたよ。鈴原と同じくらい目立たなかった男だ、と。あのエッセイに描かれていたこととは、ずいぶん違うようですね」
これは、今とっさに思いついたでまかせである。よほど効いたらしく、顔色が青くなってきている。
そのエッセイでは、最終的に権藤が古武術の道場に通い稽古して黒帯を取り、学校のヤンキーを叩きのめして伝説の男になり卒業……そこで完結となっている。それもまた、実話だということになっていた。
もっとも、それが嘘であることは現実の権藤を一目見ればわかる。この男は、殴り合いなどしたことはないだろう。
真実を突かれ震える権藤に、工藤は話を続ける。
「ご心配なく。私は、あなたの嘘を糾弾するために、ここに呼んだわけではありません。ひとつ、聞きたいことがあります。正直に答えてください」
「な、なんですか?」
「あなたの書いた小説に『底辺高校に入ったけど退屈だから陰の実力者になっちゃいます』という作品がありますね。あの作品の主人公・
「モデル?」
「はい。あの主人公ですが、普段は地味で目立たない少年。しかし裏では超能力で不良少年たちを束ねる陰の総帥というキャラでした。あなたの周囲に、そのような人物がいたのではありませんか?」
そう、このライトノベルの主人公は、あまりにも鈴原に似ているのだ。
ある日突然、超能力を得た主人公。彼は偶然に街にたむろする不良少年たちと交流するようになり、伝説のカリスマとなっていく。さらに、つまらぬ成り行きから始まった不良同士の抗争に巻き込まれるが、ひとりで丸く収めてしまう。やがて、巨大な集団を陰で操るボスとなる。
そんな主人公は、日本の黒幕とも言うべき存在に目を付けられ……というストーリーである。WEB小説に有りがちな内容だが、人気は高かった。
ひょっとしたら、権藤もまた鈴原の裏の顔を知っていたのではないか。どちらも同じクラスだったし、密かに鈴原と行動を共にしていたのではないか……そう思い、この男と接触してみたのだ。
「そ、そんなのいるわけ無いでしょう」
声を震わせながら答える。嘘は感じられない。どうやら、やっと本当のことを言う気になったらしい。
「そうでしたか。では、単なる偶然の一致なのですね。困ったものだ」
工藤は、ふうと溜息を吐いた。全くの無駄足だった。
もっとも、この結果は予想できていた。単なる偶然の一致……とはいえ、鈴原のやっていることは十代少年の心をくすぐる部分はある。昼間は平凡な高校生、しかし夜になるとチーマーたちから一目置かれる裏の実力者。似たようなヒーローは、これまで数多く創造されている。いわば、ヒーローもののテンプレートのひとつにすぎない。
この権藤は、そのテンプレートを用いて小説を書いた。それがヒットしたにすぎない。
この男は、小説家には向いているのだろう。息を吐くようなペースで嘘を吐ける。しかも、その嘘をきちんとした物語に昇華できる。これは、小説家にとって必須の能力だ。
だが、個人的な付き合いはしたくない。
「わかりました。あなたとは、これ以上話しても何も得られないようですね。老婆心ながら、ひとつ忠告させていただきます。あなたの書かれたものは、あの年代に詳しい人が読めばすぐに嘘だとバレるような内容です。実話と言い張るのなら、当時の若者文化をもう少し勉強してから書くべきでしたね」
そう言うと、テーブルの上に封筒を置き去っていった。
権藤は嘘つきであり、鈴原とは何の関係もなかった。たまたま同じクラスであり、書いた小説が鈴原の裏の顔とそっくりだった。しかし、ひとつだけ成果があって。鈴原は、学校ではおとなしくしていたという事実を知れたことだ。
裏であれだけのことをしておきながら、学校では目立たぬ一般生徒……これは、いったい何なのだろう。
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