秋田の告白(1)
「あんた、探偵なの?」
工藤の前にいる女は、気だるそうな表情で尋ねる。
「そうです。行方不明になった鈴原健介さんについて調査しています」
「今頃になって探すなんて、変な奴もいるもんだね。あれから何年経ったっけ?」
「鈴原さんが行方不明になって、十三年が経ちます」
「十三年か。もう、そんなになるんだね」
女は複雑な表情で答え、テーブルの上に置かれたオレンジジュースを一口飲んだ。それ以外は、何も注文していない。ふたりがいるのはカラオケボックスの一室だが、当然なから唄う気配はなかった。
彼女の名は
しかし今は、そうした過去とはすっぱり縁を切った。現在は、宅配便を配達するドライバーとして働いている。
もっとも、その生活は楽なものではなさそうだ。でなければ、謝礼金に釣られて、こんな場所に来たりはしないだろう。
聞いた話によれば、彼女は当時ノトーリアスに所属していた者たちと深い付き合いがあった。正式なメンバーではなかったが、創設時より彼らと行動を共にしていたのは間違いない。
さらに、鈴原と付き合っていた……という噂も聞いている。当時、鈴原の周囲には数人の女がいた。そんな女たちの中で、秋田が一番早く鈴原と付き合いだしたらしいのだ。
「あなたは昔、鈴原さんと仲が良かったそうですね」
「う、うん。まあ、仲が良かったと言えば良かったよ」
工藤の問いに、秋田は言葉を濁しながらも頷いた。この女、殿岡のような嘘つきではなさそうだ。ならば、きっちりと話をしたい。工藤は、さらに質問した。
「単刀直入にお聞きします。あなたと鈴原さんが付き合っていた、と言っていた人もいました。その話は間違いですか?」
「間違いではないかもね。確かに、当時は付き合っていた……のかもしれない。でも、あいつの周りには常に誰かいたからね。あたしひとりじゃないよ」
岸森と同じことを言っている。毎回思うのだが、あの鈴原のどこにハーレムを築き上げる能力があったのだろう。
そんなことを思いつつ、工藤は話し続ける。
「そのようですね。岸森さんも言っていましたよ。鈴原さんの方から、声をかけてきたとか」
何気なく言ったのだが、途端に秋田は顔をしかめた。
「岸森がそう言ってたの? ウソウソ、大嘘だよ。あいつ、自分から鈴原に近づいて行ったんだ」
「そ、そうでしたか」
「昔からそう。あいつは最初、村川にちょっかい出してた。でも、村川は相手にしてなかったんだよ。そしたら、次は鈴原に声かけたわけ。あいつは、来る者拒まずだったからね」
そう言って笑ったが、その笑顔は微妙に歪んでいる。秋田が当時から今にかけて、岸森に対しどのような感情を抱いているかを物語っていた。
「そうでしたか。あなたは、ノトーリアスとどのようなかかわり方をしていたのですか?」
「どのような、って……当時は。よくツルんでたよ。あの時は、学校も家もつまんなかった。今みたいに、スマホがあるわけでもないし。でも、街に出ればあいつらがいたからね。自然とツルむようになってたんだ。ただ、上の連中のことは知らない」
この女は、ノトーリアスとは距離を置いた付き合い方をしていたらしい。工藤は、話題を変えることにした。
「話は変わりますが、あなたは当時ヤクザと付き合っていたと聞いています」
ここからが本題である。当時、ノトーリアスのバックにはヤクザが付いていると言われていたらしい。そのヤクザというのが、秋田の彼氏だった男のようなのだ。ところが、ヤクザは行方不明になる。同じ時期に、鈴原がノトーリアスとかかわり始めた──
途端に、秋田の表情が変わった。やはり、この女も何かを知っているのだ。工藤は、話を続けた。
「そのヤクザもまた、姿を消したようですね。どこに行ったのでしょうか?」
その問いに、秋田の視線が揺れる。迷うような仕草をしたが、ややあって口を開いた。
「あたしは、何も知らない。でも、たぶん殺されたんじゃないかと思う」
「殺された、とは穏やかでないですね。なぜそう思うのか、聞かせていただけますか?」
工藤の問いに、秋田の表情が歪んだ。今度は目を逸らし、口をつぐむ。
少しの間を置き、彼女は再び口を開いた。
「鈴原はさ、いきなり声をかけてきたんだよ。困ってるみたいだね、みたいな感じでさ」
昔を懐かしむような口調である。
これは工藤の質問に対する答えではない。話が、完全にズレてしまっている。話題をズラすのは、この女の癖なのか。あるいは、話したくないことから話題を逸らせたのか。
だが、工藤はそちらに乗ることにした。
「すみません。もう少し詳しく話してください。その鈴原さんが声をかけてきたのは、いつ頃の話ですか?」
「いつ頃って、そんなことわからないよ」
「ノトーリアスとジャンキーズが、ぶつかりそうになったことがありましたね。その事件の前ですか? 後ですか?」
「後だった気がする」
「そうですか。鈴原さんは、当時ノトーリアスの上の人たちと交流があったそうですね」
「そう。村川や藤田や東野あたりと、ヒソヒソ話してるのを何度か見たよ。明らかに、あたしらとは違う人種だったからね。変な奴だとは思ってたけど、その時は何とも思ってなかった。はっきり言って、あたしのタイプとは真逆だったからさ」
彼女から見て、鈴原の第一印象は「変な奴」でしかなかった。それどころか、タイプでないとはっきり言っている。もっとも、それは彼の画像を見た時点でわかっていたことだった。
その、タイプでない男とどういう経過で付き合うようになったのか……そんなことを思いつつ、工藤は相槌を打った。
「そうでしょうね」
「あの日も、いつもと同じ感じで集まって話してたんだよ。そしたら、鈴原がいきなりこっちを向いたんだ。何かと思ったら、あたしの方に歩いてきたんだよ。で、声をかけてきたんだ。何か、困ってるみたいだねって」
「みんなのいる前でですか?」
「そう。なんか馴れ馴れしい態度だったけど、確かに凄く困ってもいたんだよね。だからビビっちゃったわけ。こいつ、何者だろう? ってね」
「当時、困っていたのは事実だったのですね?」
「そう。当時、あたしはヤクザと付き合ってた。ヤクザって言っても、実際にはただのチンピラだったけどね。一応は組の名前が入った名刺とかも持ってたけど、役職も何も書いてなかった。今なら、チンピラに毛の生えたような雑魚だってわかるけど、当時はわからなかったから」
工藤も、その事実を他の者から聞いて知っていた。
ヤクザという人種の中には、擬態が非常に上手い者がいる。見た目は
だが、そこから彼らは本性を表す。ヤクザと知り合ったばかりに、人生をボロボロにされた女性もまた、枚挙にいとまがないのだ。
この秋田も、同じ目に遭ったのだろう。そんなことを思いつつ、彼女の話に耳を傾けていた。
「|
武田という名は初耳だが、おそらくは例のヤクザであろう。だが、確認のため聞いた。
「その武田というのは、あなたの元カレのヤクザですね」
「そうだよ。あいつ、本当にひどい奴だった。口を開けば、しょうもない自慢話ばっかり。聞いてらんない。話してると、ホント疲れる」
あいつというのは武田のことか、それとも鈴原のことか。おそらくは武田だろうが、一応は確かめなくては……などと考えている間にも、秋田は一方的に語り続ける。
「しかも、あいつは平気で女を殴るんだよ。もう、本当に最悪。おまけに──」
「あいつというのは、武田さんですね?」
ようやく口を挟むと、秋田は頷いた。
「そう。あいつはね、顔みたいに目立つ場所は絶対に殴らないんだよ。肩とか、腹とかを何度も何度も殴るの。あたしも、何度殴られたかわかりゃしない。しかも、凄く嫉妬深くて……下手すりゃ、他の男と話してるとこ見ただけで怒られたこともあったんだよ」
武田なるヤクザがろくでなしであることはよくわかったが、知りたいのは武田のことではない。工藤は話題を変えることにした。
「立ち入ったことをお聞きしますが、鈴原さんとあなたの間に子供はいたのですか?」
「えっ……」
この話題は、爆弾に等しいものだったようだ。一方的に語っていた秋田だったが、工藤の一言でピタリと口を閉ざす。どうやら、図星だったらしい。
「どうなのです?」
なおも尋ねると、秋田はしぶしぶ答える。
「いたよ。でも、あいつが消えてから堕ろした」
「なぜですか?」
「鈴原はひとご……いや、極悪人だよ。あんな極悪人の子供は、産んじゃいけないって思った。だから堕ろしたんだよ」
工藤は聞き逃がさなかった。彼女は今、鈴原は人殺しと言おうとしたのだ。しかし、慌てて言い直した。
鈴原が、誰かを殺す場面に秋田は居合わせた。これは間違いないだろう。工藤は、そこを突くことにした。
「すみません。あなたは、鈴原さんが人を殺すところを見てしまったのではないですか?」
「えっ?」
秋田の顔は、一瞬で青ざめる。間違いない、彼女は見たのだ。
鈴原が、誰かを殺す場面を──
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