秋田の告白(1)

「あんた、探偵なの?」


 工藤の前にいる女は、気だるそうな表情で尋ねる。


「そうです。行方不明になった鈴原健介さんについて調査しています」


「今頃になって探すなんて、変な奴もいるもんだね。あれから何年経ったっけ?」


「鈴原さんが行方不明になって、十三年が経ちます」


「十三年か。もう、そんなになるんだね」


 女は複雑な表情で答え、テーブルの上に置かれたオレンジジュースを一口飲んだ。それ以外は、何も注文していない。ふたりがいるのはカラオケボックスの一室だが、当然なから唄う気配はなかった。

  彼女の名は秋田成美アキタ ナルミ、現在三十一歳だ。かつては、不良少年たちと共に夜の街を徘徊するような荒んだ生活をしていたらしい。気の強そうな顔立ちや仕草の端々に、それは窺える。

 しかし今は、そうした過去とはすっぱり縁を切った。現在は、宅配便を配達するドライバーとして働いている。

 もっとも、その生活は楽なものではなさそうだ。でなければ、謝礼金に釣られて、こんな場所に来たりはしないだろう。

 聞いた話によれば、彼女は当時ノトーリアスに所属していた者たちと深い付き合いがあった。正式なメンバーではなかったが、創設時より彼らと行動を共にしていたのは間違いない。

 さらに、鈴原と付き合っていた……という噂も聞いている。当時、鈴原の周囲には数人の女がいた。そんな女たちの中で、秋田が一番早く鈴原と付き合いだしたらしいのだ。




「あなたは昔、鈴原さんと仲が良かったそうですね」


「う、うん。まあ、仲が良かったと言えば良かったよ」


 工藤の問いに、秋田は言葉を濁しながらも頷いた。この女、殿岡のような嘘つきではなさそうだ。ならば、きっちりと話をしたい。工藤は、さらに質問した。


「単刀直入にお聞きします。あなたと鈴原さんが付き合っていた、と言っていた人もいました。その話は間違いですか?」


「間違いではないかもね。確かに、当時は付き合っていた……のかもしれない。でも、あいつの周りには常に誰かいたからね。あたしひとりじゃないよ」


 岸森と同じことを言っている。毎回思うのだが、あの鈴原のどこにハーレムを築き上げる能力があったのだろう。

 そんなことを思いつつ、工藤は話し続ける。


「そのようですね。岸森さんも言っていましたよ。鈴原さんの方から、声をかけてきたとか」


 何気なく言ったのだが、途端に秋田は顔をしかめた。


「岸森がそう言ってたの? ウソウソ、大嘘だよ。あいつ、自分から鈴原に近づいて行ったんだ」


「そ、そうでしたか」


「昔からそう。あいつは最初、村川にちょっかい出してた。でも、村川は相手にしてなかったんだよ。そしたら、次は鈴原に声かけたわけ。あいつは、来る者拒まずだったからね」


 そう言って笑ったが、その笑顔は微妙に歪んでいる。秋田が当時から今にかけて、岸森に対しどのような感情を抱いているかを物語っていた。


「そうでしたか。あなたは、ノトーリアスとどのようなかかわり方をしていたのですか?」


「どのような、って……当時は。よくツルんでたよ。あの時は、学校も家もつまんなかった。今みたいに、スマホがあるわけでもないし。でも、街に出ればあいつらがいたからね。自然とツルむようになってたんだ。ただ、上の連中のことは知らない」


 この女は、ノトーリアスとは距離を置いた付き合い方をしていたらしい。工藤は、話題を変えることにした。


「話は変わりますが、あなたは当時ヤクザと付き合っていたと聞いています」


 ここからが本題である。当時、ノトーリアスのバックにはヤクザが付いていると言われていたらしい。そのヤクザというのが、秋田の彼氏だった男のようなのだ。ところが、ヤクザは行方不明になる。同じ時期に、鈴原がノトーリアスとかかわり始めた──

 途端に、秋田の表情が変わった。やはり、この女も何かを知っているのだ。工藤は、話を続けた。


「そのヤクザもまた、姿を消したようですね。どこに行ったのでしょうか?」


 その問いに、秋田の視線が揺れる。迷うような仕草をしたが、ややあって口を開いた。


「あたしは、何も知らない。でも、たぶん殺されたんじゃないかと思う」


「殺された、とは穏やかでないですね。なぜそう思うのか、聞かせていただけますか?」


 工藤の問いに、秋田の表情が歪んだ。今度は目を逸らし、口をつぐむ。

 少しの間を置き、彼女は再び口を開いた。


「鈴原はさ、いきなり声をかけてきたんだよ。困ってるみたいだね、みたいな感じでさ」


 昔を懐かしむような口調である。

 これは工藤の質問に対する答えではない。話が、完全にズレてしまっている。話題をズラすのは、この女の癖なのか。あるいは、話したくないことから話題を逸らせたのか。

 だが、工藤はそちらに乗ることにした。


「すみません。もう少し詳しく話してください。その鈴原さんが声をかけてきたのは、いつ頃の話ですか?」


「いつ頃って、そんなことわからないよ」


「ノトーリアスとジャンキーズが、ぶつかりそうになったことがありましたね。その事件の前ですか? 後ですか?」


「後だった気がする」


「そうですか。鈴原さんは、当時ノトーリアスの上の人たちと交流があったそうですね」


「そう。村川や藤田や東野あたりと、ヒソヒソ話してるのを何度か見たよ。明らかに、あたしらとは違う人種だったからね。変な奴だとは思ってたけど、その時は何とも思ってなかった。はっきり言って、あたしのタイプとは真逆だったからさ」


 彼女から見て、鈴原の第一印象は「変な奴」でしかなかった。それどころか、タイプでないとはっきり言っている。もっとも、それは彼の画像を見た時点でわかっていたことだった。

 その、タイプでない男とどういう経過で付き合うようになったのか……そんなことを思いつつ、工藤は相槌を打った。


「そうでしょうね」


「あの日も、いつもと同じ感じで集まって話してたんだよ。そしたら、鈴原がいきなりこっちを向いたんだ。何かと思ったら、あたしの方に歩いてきたんだよ。で、声をかけてきたんだ。何か、困ってるみたいだねって」


「みんなのいる前でですか?」


「そう。なんか馴れ馴れしい態度だったけど、確かに凄く困ってもいたんだよね。だからビビっちゃったわけ。こいつ、何者だろう? ってね」


「当時、困っていたのは事実だったのですね?」


「そう。当時、あたしはヤクザと付き合ってた。ヤクザって言っても、実際にはただのチンピラだったけどね。一応は組の名前が入った名刺とかも持ってたけど、役職も何も書いてなかった。今なら、チンピラに毛の生えたような雑魚だってわかるけど、当時はわからなかったから」


 工藤も、その事実を他の者から聞いて知っていた。

 ヤクザという人種の中には、擬態が非常に上手い者がいる。見た目は強面こわもてで、名刺を見れば所属している組の名前が印刷されている。紛れもなくヤクザだ。しかし、実際に話してみれば穏やかな口調で態度も紳士的。実は優しいお兄さん……そのギャップに惹かれていき、気がつくと身も心も捧げてしまう女性は少なくない。

 だが、そこから彼らは本性を表す。ヤクザと知り合ったばかりに、人生をボロボロにされた女性もまた、枚挙にいとまがないのだ。

 この秋田も、同じ目に遭ったのだろう。そんなことを思いつつ、彼女の話に耳を傾けていた。


「|武田タケダはさ、本物のろくでなしだった。もし一度だけタイムマシンで過去に戻れるなら、武田と出会う前に行って自分に忠告するよ。あいつとはかかわるな、ってね」


 武田という名は初耳だが、おそらくは例のヤクザであろう。だが、確認のため聞いた。


「その武田というのは、あなたの元カレのヤクザですね」


「そうだよ。あいつ、本当にひどい奴だった。口を開けば、しょうもない自慢話ばっかり。聞いてらんない。話してると、ホント疲れる」


 あいつというのは武田のことか、それとも鈴原のことか。おそらくは武田だろうが、一応は確かめなくては……などと考えている間にも、秋田は一方的に語り続ける。


「しかも、あいつは平気で女を殴るんだよ。もう、本当に最悪。おまけに──」


「あいつというのは、武田さんですね?」


 ようやく口を挟むと、秋田は頷いた。


「そう。あいつはね、顔みたいに目立つ場所は絶対に殴らないんだよ。肩とか、腹とかを何度も何度も殴るの。あたしも、何度殴られたかわかりゃしない。しかも、凄く嫉妬深くて……下手すりゃ、他の男と話してるとこ見ただけで怒られたこともあったんだよ」


 武田なるヤクザがろくでなしであることはよくわかったが、知りたいのは武田のことではない。工藤は話題を変えることにした。


「立ち入ったことをお聞きしますが、鈴原さんとあなたの間に子供はいたのですか?」


「えっ……」


 この話題は、爆弾に等しいものだったようだ。一方的に語っていた秋田だったが、工藤の一言でピタリと口を閉ざす。どうやら、図星だったらしい。


「どうなのです?」


 なおも尋ねると、秋田はしぶしぶ答える。


「いたよ。でも、あいつが消えてから堕ろした」


「なぜですか?」


「鈴原はひとご……いや、極悪人だよ。あんな極悪人の子供は、産んじゃいけないって思った。だから堕ろしたんだよ」


 工藤は聞き逃がさなかった。彼女は今、鈴原は人殺しと言おうとしたのだ。しかし、慌てて言い直した。

 鈴原が、誰かを殺す場面に秋田は居合わせた。これは間違いないだろう。工藤は、そこを突くことにした。


「すみません。あなたは、鈴原さんが人を殺すところを見てしまったのではないですか?」


「えっ?」


 秋田の顔は、一瞬で青ざめる。間違いない、彼女は見たのだ。

 鈴原が、誰かを殺す場面を──





 

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