第21話 ヨチイラズ
大人達が酒のつまみに悪巧みをしているころ。
「怪我は大丈夫なのか?」
『はい、幸い軽い打撲ですから。しかしただの打撲なのに橋姫家の方々がすっ飛んできまして、治癒異能を使われ、ほぼ完治しましたねぇ』
紫紺は自室で、百多郎に電話をかけていた。
「そうか、無事ならよかった」
『……紫紺君、僕は駒比べから降りようと思います』
予測できていた言葉だが、あえて紫紺はなぜだ?と問う。
『駒比べに参加していれば、僕の周囲に今回のような面倒に巻き込まれる人が出るでしょう。そのリスクと、楽しく皆さんと学園生活を過ごすメリット、天秤にかけるほど僕は賢くありませんので』
藤袴家としては、蓬生、関屋、帚木と知り合いになれただけでもメリットは大きいのだ。
『ふづき様から了承は得ていますし、何より篝火さんも今回の出来事で本来の目的は果たせそうですから』
篝火巴の希望は『篝火家の者が大怪我させた、薄雲家次期当主の治療』であった。
治癒、異能補助の橋姫家の弱みを握ったも同然の今、橋姫家の能力者を呼んで治癒してもらえるだろう。
それに、六条院ふづきの駒である百多郎が、暴走するさくらを止めたのだ。
ふづきの地位は間違いなく、六条院家の中で再評価される。
「そうか、では先日の話は無しだな」
『……えぇ、蓬生家のお役に立てず申し訳ありません』
「そんなことはない。俺としては良い条件だ。ただの友人に戻るんだからな」
『蓬生家のメリットにはならないだろうに、まだ僕を友人と?』
「なんだその言い方、泣くぞ」
電話の向こうで、百多郎が笑ったのがわかった。
「では、また明日学校で」
『はい、おやすみなさい』
友人の無事を確かめた後、紫紺は電話を切る。
「で、そろそろ自室に戻れ、お前ら」
紫紺の部屋でカードゲームで遊んでいる三人に声をかける。
つづみ、要、蓮華である。
「紫紺様ぁ!蓮華さんが8をいつまでたっても出しませんのよぉ!」
「人の部屋で7並べするな」
「何よ。参加したいの?しょうがないわね。私の札分けてあげる」
「7並べに途中参加とか新しいルール追加するな」
「勝った者が紫紺様のお部屋にお泊まりできます」
「やめて要」
とはいえ、楽しそうに遊ぶつづみを見て、ふ、と紫紺が笑みをこぼす。
異能を使わずに遊ぶ様は、かつての子供の頃より夢中で微笑ましい。
「てか、あんたちゃんと聞いた?」
「何がだ?」
愛しそうにつづみを眺める紫紺に、蓮華がぶっきらぼうに声をかける。
「アタシが蓬生家に居候する話」
「っは!?」
紫紺だけが驚いたのを見ると、要とつづみはもう話を聞いていたらしい。
「いや、なんでうちにいるんだとは思っていたが」
「あんた意外と流されやすいわね」
しばらくの間だけ蓬生家で保護するだけかと思っていた紫紺は、その三白眼を丸くしている、
「澪標の被害者ではありますが、薄雲家が澪標陣営だったのは周知の事実。罪滅ぼしとしてつづみさまの護衛、かつ、護衛術指南ということで蓬生家に雇われることになりました。これは紫檀様も桐子様も認めております。もちろん、薄雲家も」
要がカードゲームに興じながらも、紫紺に簡単に説明をする。
「あんたたちにとっても悪い話じゃないでしょう?つづみの護衛が増えるんだから」
未だ8を出さない蓮華を、じとりとつづみがうらめしそうな目で見るが、無視しておく。
「薄雲家としては『事故』とはいえ蓬生次期当主を暴行してるからね。そういう落とし所がないとまた親父が暴走するのよ」
それこそ、蓮華を嫁に差し出すとか言いかねない。
「つづみの異能については?」
「あぁ、聞いてるわよ。アタシと、親父だけね。帚木家から」
つまりは、薄雲家にも美味い汁を吸わせてやる。管理局の、もとい帚木家の手駒として働けと言うことだろう。
「つっても、よく当たる占いみたいなもんだって聞いてるけど」
「あぁ、その認識でいい」
紫紺はやれやれとそのゲームが終わるまで眺める。
「つづみ」
「はい」
「よかったな」
紫紺の言葉に、一瞬つづみはきょとんとするも、すぐに満面の笑顔で「はい!」と答えた。
なお、カードゲームは要が圧勝した。
「今日は男子会ですよ若様!」
「帰ってくれ」
悔し泣きするつづみを抱えて、蓮華が自室に戻り、そのまま要は紫紺の部屋にお泊まりした。
*****
Sクラスは解体となり、むつむも学園を去ることになった。
催眠をうけたAクラスの女子生徒は数日後には問題なく、教室にきていた。
「蓬生旦那!関屋!彼女がさぁ!やっぱりより戻そうって!!澪標に意識いじられてたからなんだってーーー!!」
事件当日、急に彼女に振られそうだと、泣きそうになっていた男子生徒がわざわざ報告してくる。
「油断した時に急に来ますから。覚悟しておくんですよ」
「関屋が脅してくる!!」
さて、澪標に遊ばれたAクラス女子は「今度見つけたらボコる」「能力の全て使って痛めつけてやる」「この世の地獄を見せてやる」と未だ怒りに燃えている。実にたくましい。
「篝火はまだ検査入院らしいわね」
「えぇ、意識は戻っているようなのですが」
蓮華の言葉に、百多郎は困ったような笑顔を浮かべる。
ふづきが聞いた話によると、『百ちゃんに会わせる顔がない』とのことだ。
落ち着くまでもう少し時間がかかるだろう。
「まぁ、仕方のないことですわ」
「つづみ」
「しばらくしたら、皆で篝火さんのお見舞いにいきましょう」
「つづみ」
「うふふ、でもよかったですわ。こうして紫紺様と一緒のクラスになるのが、私、楽しみで楽しみで」
「つづみ!!!」
和やかなつづみに対して、紫紺は我慢ならんとばかりに叫ぶ。
「膝から降りなさい!!」
紫紺が席についたとほぼ同時に、紫紺の膝にちょこんと座るつづみ。
同じクラスになり、ご機嫌のつづみはここぞとばかりに紫紺に身を寄せる。
「そんな意地悪言わないでくださいましな」
つづみは桜貝のような爪がついた指で、紫紺の胸元にくるくると『の』の字を書く。
もちろん紫紺の乳首を狙っている。
「つづみの席は紫紺と対角線にしましょう」
蓮華の言葉に、なんでですの!!!とつづみが憤慨する。
「このまま授業を受けてもよろしいのではなくて!?」
「よろしくない!てか、紫紺もつづみを降ろしなさいよ!」
蓮華の言う通り、本当に言う通りなのだが。
心を鬼にしてつづみの肩に触れると、きゃあ、と、はしゃぐような声を出してつづみが笑うのだ。腰に手を回せば、いやんと、くすぐったそうに身を捩られる。それがまた扇情的に笑うものだから。
「触れるか!!!」
逆ギレする蓬生家次期当主であった。
「要!かなめぇぇぇ!」
「すみません、若様!今行きます!」
さくらに操られていた女子に謝罪され、逆に慰めていた要が大慌てで主人の元に向かう。
「動画ですね!」
「違う!!つづみを!!降ろせ!!」
「はい!動画とお写真撮ってからでいいですか!?」
「かなめぇぇぇぇぇ!!!!!」
なんかもう面白いので、蓮華も手を出さずにその様子を見ることにした。
「でもよかったですな。三人ともAクラスに編入できて」
「うん、嬉し、いな」
からたちが仮面の下からでも嬉しそうな声で答える。Sクラスに分けられた、つづみ、蓮華、からたちはAクラスに入ることになった。きっとしばらくしたら篝火も戻ってくるだろう。
「そういえば、澪標と橋姫はどうなりましたの?」
未だ紫紺の胸元をクリクリといじりながら、つづみがなんとなしに疑問を口にする。
ちなみに、つづみの指遊びに、紫紺は顔を真っ赤にして歯を食いしばり耐えている。
「澪標は異能管理局で異能の再指導の後、別の学園に向かうかと。橋姫はまだわかりません。しばらく家にいるでしょうが、転校するか復学するかは分かりませんね」
あはっ、となぜか百多郎が笑うものだから、紫紺とつづみを除く三人が不思議そうに彼を見る。
「いや、なんか、ライトノベルだったら、いつかパワーアップした澪標と再戦しそうなものですなぁと思いまして」
「碌でもないこと言わないでよ。あんたの『勘』だと当たりそうで怖いんだけど」
ゲンナリとした蓮華の顔に、うんうんとからたちが頷く。
「こ!ここですわ!ここが紫紺様のお乳首様ですわぁ!!!」
「やめなさいつづみ!!」
「し、紫紺君!アイアンクローは!アイアンクローはやめてあげてくだされ!!!」
結局朝礼の鐘が鳴っても、つづみが紫紺の膝から降りなかったため、蓮華とからたちが引き摺りながら剥がして席に付かせたのだった。
*****
その日は朝から晩まで紫紺のそばにいることができて、つづみにとって大満足な一日だった。
途中はしゃぎすぎて、何度か紫紺からアイアンクローをされて、引き剥がされたが全く問題ない。
蓬生家に帰っても、つづみはご機嫌で、紫紺にベタベタと抱きつく。
「つづみ、課題をするからこのまま部屋まで運ぶぞ」
「はぁい」
紫紺にお姫様抱っこされて、ご機嫌のつづみである。
一方の紫紺は、もうなんか、色々とあきらめた柴犬の目に近い。
自室の襖を、行儀が悪いが足で開けて入る。
空気を読んだのか、自室の周りに人の気配はない。
「つづみ」
紫紺が名前を呼ぶ。はい、と少しの緊張と桃色の期待でつづみは返事をする。
『これはもう、今夜!今夜ですわね!紫紺様ぁぁぁ!!!』
「お前の能力についてだが、一つ仮定の話があってな、痛い痛い」
期待を裏切られたつづみは、紫紺の頬を軽くつねった。
ぶすくれるつづみを座らせ、紫紺は念のため周囲を再確認しながら襖を閉める。
「真面目に聞け、大事な話だ」
「なんでしょう」
未だ拗ねたままのつづみに、やれやれと紫紺が声を抑えめに続ける。
「お前の異能だが……その異能の一つに『自分の求める未来を引き当てる』と言うものもあるんじゃないか?」
予想外の言葉に、つづみは目を丸くしてきょとんとする。
「たとえば、家庭科室に潜んだ時だが」
あれは、お前が『見つからない未来』を見ていたのではなく。
『見つからないように未来を操作した』んじゃないか?
「そうでもなければ、あそこまで気配を隠せるというのは、あまりにも都合が良すぎる」
紫紺がそう思ったのはもう一つある。
さくらの拙い魅了を解けなかった蓮華が、からたちの魅了を自力で解いた。
違いといえば、そこにつづみがいた。
つづみが『薄雲が動く未来を望んだ』せいではないだろうか。
「私には、よくわかりませんが……」
完全な無意識に行うものなのか、それとも本当にただの偶然なのか。
「だとすれば、私の今一番望んでいる『未来』が来てもよろしいのではなくて?」
にこりと、つづみは笑って紫紺の返事を待つ。
つづみの言葉に、今度は紫紺がまたも耳まで赤く染まり、何か言葉にしようとして何度かもごもごと飲み込む。
つづみは、笑顔で、紫紺の覚悟が決まるまで待つ。
やがて、紫紺はつづみと膝を突き合わせるように正面に座り直す。
「つづみ」
「はい、紫紺様」
「好きだ、卒業したら結婚しよう」
「ン゛ン゛ッ!!!!」
つづみが、誤飲でもしたかのような異音を出す。
『そんなまっすぐな表現だとは思いませんでしたわぁぁぁぁぁ!!!』
「へ、返事!」
「ヒャァイ!!!」
「はいだな?それは『はい』だな!?」
焦る紫紺がまた可愛らしくて、ぐへへへへと獲物を捉えた蛮族のような笑い声を漏らすつづみ。
もしも自分に未来を引き寄せる力があるなら。
紫紺との婚約は、自分の我儘で、欲望で、引き寄せてしまったのかしら
「もしかしたら、私、紫紺様と結婚するためだけに、この異能を得たのかもしれませんわ」
異能を得たから、紫紺を虜にできたのか。紫紺を虜にするため、異能を得たのか。
因果はわからないが、もはやどうでもいいことだ。
『両方とも私のものですもの』
くすりとつづみが口角をあげて小さく笑う。
「なくてもいい」
「ふぇっ?」
「異能を使わないようにしてもいい。俺がお前を大事に思うのはその異能だけじゃない」
今度はぼっ、とつづみの顔が赤くなる。
「つづみ」
「な、なんでしょうか?」
珍しく顔を赤くして狼狽えるつづみ。
「おいで」
紫紺が『求めている』とわかり、ピギィィィと小さな小さな悲鳴をあげるつづみ。
悲鳴が可愛くないが、その表情はとても普段のやりたい放題しているつづみとは思えないほど、恥ずかしがって可愛らしいと紫紺は思う。
「め、目を瞑ってくださいな!」
つづみから口付けをしようとしているのに、紫紺は目を閉じる気はないらしい。
「嫌だ」
「んんんんっ!!!!」
覚悟を決めて、つづみは紫紺に寄り添い、鼻がつくほど顔を近づける。
無言で、見つめ合い。互いの呼吸音のみが聞こえる。
ゆっ、くりと、唇を合わせーーー
「若様ーーー!薄雲家から羊羹が届きましたぞーーー!!」
廊下の向こうから聞こえてくる声に二人は、弾かれたように距離をとる。
「おい爺!お茶!お茶も用意しろよ!」
「やかましいわ馬鹿孫がぁ!お!薄雲のお嬢様ーーー!!!若様のお部屋で羊羹食べませんかーーーー!!!」
「食べますーーーー!!!」
廊下の向こうから、清護、要、蓮華がわいわいと話しながら近づくのが聞こえてきた。
「紫紺様」
「なんだ」
「私に未来が引き寄せられるなら、こんな失敗はしませんわぁ!!」
泣くつづみを、よしよしと紫紺は不器用ながらに笑って慰める。
「俺は、つづみが予知を外そうが、奇声をあげようが、我儘を言おうが」
誰かが入ってくる前に、紫紺はつづみに囁く。
「つづみが一番大事だ」
愛しい人の言葉に、つづみは蕩けんばかりの幸福に包まれる。
あぁ、私。その言葉だけで。
どんな運命も抗って、逆らって、手玉に取れる気がしますわ。
「紫紺様、ハーレムなんて作ったら噛み付いてやりますからね」
「……俺がそんなモテると思うか?」
返事の代わりに、こてんと、つづみは紫紺の胸に頭を預ける。
あと少ししたら賑やかな声と共に、お菓子とお茶が届けられるだろう。
『続きは、また今度』
その今度は、いつかなんて、きっと予知をみる必要はない。
そうして乙女は、拙く、勢いだけの、愛に満ちた策略を巡らす。
きっと明日も明後日も、愛しい人のそばにいるために。
『乙女のための運命反抗記』
乙女のための運命反抗記 竹末曲 @takesue280
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