第20話 幕は降りる。とりあえず。

「うっわーーー!痛そ!」

痛めつけられた紫紺を見て、嬉しそうにさくらが見下ろす。

「若様!!」

要が錯乱せんばかりに叫んで駆け寄ろうとするが、女子たちに押さえつけられて動けない。

その滑稽な姿に、またもさくらは楽しそうにケラケラと笑う。

「どうすっかなー。他の女子を襲うようなシーン取らせるか?それともこのままつづみを呼び出して目の前でつづみを抱いてやろうか?あ、そのあと関屋とつづみを目の前で交尾させてやるよ!」

悪趣味極まりない言動に、蓮華は舌打ちし、要は血が出るほど拳を握る。

百多郎は黙ってさくらと、紫紺を見ていた。


「あんた、本気でそんなこと考えてないでしょうね。言っとくけど、蓬生は駒比べに参加してないみたいよ?いくら六条院様でも、駒比べ不参加、無関係な家の次期当主をそこまで巻き込んだら庇えないわよ」


蓮華の言葉に、おいおい、とさくらが大袈裟に肩をすくめて見せる。


「じゃあ、口出しできねぇぐらいの弱み握っとくか」

そう言って、さくらが紫紺の長い髪を掴んで、乱暴に引き上げた時だった。

さくらの顔が、文字通り、紫紺に掴まれる。

あ、と思ったさくらが指の隙間から見たのは。



肉食獣の笑みを浮かべる紫紺であった。



「っぎ!!あああああ!!!!」



火が、さくらの顔を、喉を焼く。

治癒の異能を使って、即座に回復を行うが、それと同等の勢いで皮膚が焼かれ続ける。

俺を助けろと叫ぼうとするが、喉が焼かれて声が出ない。

息をするだけで、熱風で肺が焼かれるようだった。


そのまま、床に乱暴に投げられる。地面に叩きつけられるように転がるさくら。

「レンゲェ!ソイツを!!」

と、そこまで叫んださくらが見たものは、しなやかな白い鞭。否、蓮華の健脚であった。

薙ぎ払うかのように、蓮華の回し蹴りがさくらの頭部を見事に狙い打つ。

咄嗟にガードした腕までへしゃげる威力に、さくらは聞いた事のない悲鳴をあげた。


「そのお鼻」

蓮華は、それはそれは美しい声で語る。

「また潰してあげる」


ごっ!と岩盤でも割れたのかと思うような音が教室に響いた。

蓮華の拳は、さくらの端正な顔にめり込んでいる。


すでに魅了済みの女たちを動かそうとするが、全員、さくらの援護に入れない。

要が六つの手と、自ら体をはって少女たちを抑えているだけでなく、百多郎も必死に押さえ込んでいる。


くらり、と意識を飛びそうになるわずかな一瞬、さくらは教室の入り口で佇むつづみを見た。

花のように微笑む視線は、さくらを見ていない。

桃色の唇が、別の男の名を呼ぶ。

ごぅっと。さくらの心に暗い火が灯る。そうだ、俺は、こいつに、こいつに固執したせいで!!!!


「テメェかぁっ!!めすいぬぅぅぅぅぅ!!!!」


さくらの絶叫に応えるのは、つづみではなかった。

「黙れ」

紫紺の言葉と共に、さくらの口内で炎が燃える。舌が、喉が焼け続ける。

「ーーーーーー!?!?!?」

泣き叫ぶこともできず、さくらは口と喉を抑えながらしゃがみ込む。

それを見下してくるのは、紫紺だ。


「(ばかがっ!!!)」


さくらは涙目になりながらも、涼しげにこちらを見る紫紺を見てニタリと笑う

炎がいかにさくらを焼こうと、治癒の異能が増幅している分勝る。

あと少しで、この炎も、ダメージを完全に封じ込める。

そうなれば、さくらのターンだ。ここにいる全員、俺の支配下においてやる!


「いいぞ、続けよう」


さくらの意図などわかっているかのように、紫紺が笑う。

「お前が全員を支配下に置くのが先か、お前が黒焦げになるか」

炎の勢いが増す。さくらは白目を剥いて声にならぬ悲鳴をあげる。

「結構な痛みだろうに、よく耐えるものだ」

何かの実験でもするかのような、感情のない言葉。

「(ーーー殺される)」

さくらは魅了を使おうとして、焦る。少しでも今使っている治癒の力が落ちてしまったら?

同時に異能を使うことはさくらも慣れていない。ましてやこの異能は覚えたばかりだ。

さくらの不安が、恐怖が『増幅される』

頭で考えるより先に、さくらは逃げた。それも、入り口のつづみに向かって走る。

つづみの戦闘能力は低い、人質にでもできる、先にこいつだけでも魅了でーーー


くすり、とつづみが品よく微笑んだ。


その後ろから、白い仮面が影のようにぬぅっと浮かび上がる。

声もなく音もなく、白魚のような指が、さくらの首元を力強くつかむ。

つづみの後ろには、帚木からたちが潜んでいた。

「てめっ、ははき」

かつての人形を使っての訓練の時のように。

からたちは情け容赦は微塵もなく、その哀れな少年の床に叩きつけるように投げ飛ばした。

「ーーーぎっ!!!」

脳が揺れる、視界が白くなる、意識が飛ぶ。

最後に聞こえるのは、くすくすと笑うあの少女の声だったーーー


*****


「紐か何かないか?あいつを拘束しておきたい」

「ブラ紐しかないわよ」

「そんな冗談よく言えるな!」

呆れた顔で、満身創痍の紫紺に、下着姿のまま晴れやかに蓮華が笑った。

「さぁさぁ皆さーん!!」

手をぱんぱんと叩いて、同じく晴れやかな顔でつづみが教室に入ってくる。

彼女がこのSクラスの教室で、ここまで笑顔になったのは今回が初めてであろう。

「今からからたちさんの言葉をよぉくお聞きになって!」

そこまでやられると逆にやりにくいと、からたちは思ったが不満を言ってもしかたがない。

からたちはさくらに魅了されている女子生徒の状態に一つ、告げる。


「   澪標さくらは貴女を愛さない   」


残酷な考えを、からたちはさくらに魅了された少女たちに植え付ける。

さて、洗脳だ、催眠だとさくらは言っていたが、からたちの異能の根本は『魅了』である。

愛しい恋しいという気持ちを植え付けられ、奉仕する。だが、無償の愛にはなり得ない。

からたちの『魅力』は未熟な状態でかけてしまうと、相手は見返りを求める。


それがないと分かれば、愛しい恋しいという気持ちはあっという間に裏返る。


下着姿の少女たちは、廊下で這いずって逃げようとするさくらを追いかけていった。

廊下の向こうでさくらの悲鳴が上がる。

さくらが再度魅了しても無駄だ。

からたちの異能の方がずっと強く、かかったとしても愛しい恋しいと思えば思うほど、少女達の行き場のない怒りがより増すだけだ。


「多分、澪標が気を失えば異能は解けるとおもう」

解けたところで、少女達は洗脳されていたという記憶は残っているので、怒りの鉄拳制裁継続なのは変わらないだろう。

「おー、ハーレム主人公物のラノベでありそうなワンシーンですなぁ」

さくらが、下着姿の女の子たちにタコ殴りにされている様子を見て、百多郎がそんな軽口を叩く。

「ふ、藤袴くん!血!血が、出てる!救護室!!」

「おわっ!いいですいいです!あぁ〜〜〜!!」

横幅が自分の倍はあろう百多郎を、ひょいと持ち上げてお姫様だっこするからたち。

そのまま大慌てで救護室まで運んで行ってしまった。


「やっぱ怖いですね、帚木さん」

ぽつりと要が呟き、その場の三人が静かに同意した。

「あと、絶対自分の方が藤袴君より重傷なんですけど!どう思います若様!!」

「わかったわかった。要、俺が連れて行くから、拗ねるな」

「あんたたち二人とも重傷なんだから、おとなしくしてろ」

男子二人を諌める蓮華。

「つづみ」

紫紺はつづみを手招きして呼び寄せ、耳をかせ、とつづみを抱き寄せる

「大丈夫か?」


それは、この短期間に『予知の目』を何度も使わせてしまった負い目だった。

さくらへ仕掛ける前に、紫紺、蓮華、からたちがどう動けば最善となるか、何度も何度も予知させたのだ。

「紫紺一人だけ乗り込めば、Aクラスの少女数名を大火傷させる」

「からたちと蓮華が先に向かうと、どちらかが魅了され、共倒れ」

「紫紺と蓮華が本気でかかればさくらを殺害してしまう」

作戦をいくつも仮定として提案し、つづみがその作戦の未来を見る。

その結果、早い段階で見つかった最善策がこの流れであった。


「少し疲れましたが、大丈夫ですわ」

正直頭は割れそうに痛いし、耳鳴りもひどい、それよりも、幼い頃からずっと一緒にいてくれた紫紺の役に立てたのが嬉しい。

「それでは紫紺様」

つづみは逃さないとばかりに、紫紺の首に腕を回して抱きつく。

「昨夜の続き、今夜にでもしましょうか」

とっても可愛い下着がありますの。とつづみが囁くが、反応はない。

恐る恐る紫紺の顔を見る。

「……馬鹿か」

耳まで顔を赤くした紫紺が目を逸らす。


「オッヒョーーーーーーー!!!!照れギレ紫紺様で今日もご飯が美味しいですわぁぁぁ!!!」

「うるっさ!つづみうるさっ!!ちょっと紫紺!キスでもなんでもしてつづみ黙らせてよ!」

「賛成ですわぁ!!!さぁ紫紺様、ほら、ちゅ!ちゅっとね!むちゅっとね!!!」

「やめなさい、つづみ、貝みたいに口を伸ばすな、やめなさい」

「わ、若様!流石につづみ様にアイアンクローはやめてあげてください!!!」


*****


終わってしまえば、あとは流れ作業とも言える『大人たちの手際の良さ』だった

帚木家子飼いの兵隊が、学園に強制執行。澪標さくらを保護。洗脳されていた女子生徒を隔離、催眠を解くため異能管理局の医療機関に全員を連れて行った。

紫紺と要も大怪我をしていたため、同じ医療機関へ運ばれて治療を受けることとなった。

学園側が事実確認をしたいと、現場にいた帚木、薄雲、藤袴に一人一人話を聞かれたが、形式的なものだとは三人ともわかっていた。


「あははハは!まぁまぁナ出来じゃないか!!」

ご機嫌なのは帚木岩澄だ。ある程度後始末が終えたあとの夜、蓬生家で酒をご馳走になりながら、たのしそうに事の顛末を語る。

「紫紺君も、怖イねぇ。治癒で戻せるギリギリの威力デ加減しタんだろう?」

その気になれば、人を容易く炭化させるほどの威力も出せるはずだ。

それをしなかったのは、本人の甘さか、それとも

「生かしておいてこそ、ですからね」

穏やかに微笑む蓬生紫檀。

「此度の『異能暴走事故』で澪標の子は再教育、異能の一時封印。被害にあった娘達の家からの非難を受けることを考えても、早々に駒比べから脱落だろう」

「六条院むつむ様もひどいことをする」

暴走事故を起こしたさくらを、むつむは切り捨てた。

他の駒の賑やかしに、さくらを使い終わったというところか。

この暴走事故には無関係だ、後から知ったんだ。と言う体でいるらしい。

とはいえ、今回の騒ぎ、むつむとて無傷とはいなかった。

駒比べが始まる前から、自分の駒が無くなり、尚且つ今回の主催者であるむつむの面目が潰れたようなものだ。

六条院ではお遊びだが、ここまで駒が派手にやらかすと『指導力』を問われる。

「駒で遊ぶノはいい。けれども、駒をろくに動かセぬとなれば、指導者の力量の問題だかラねぇ」

それでも、今回の事故は六条院内での話で終わるだろう。その中でむつむの地位が落ちようが、評価の汚点になろうが、蓬生、帚木家に大きな影響はない。


「この六条院の手落ちを理由に、学園の方ニ管理局の者ヲ入れることになったシ、橋姫家へ良い『交渉』もでキるし、いいねいイね、つづみちゃンの言う通り、損はない話で終わりそうだよネ」


学園で起きたこの騒ぎを『偶然来園した』蓬生家当主の妻が目撃しているのだ、失態については言い逃れできないだろう。


橋姫ミハトは橋姫本家が匿った。

今回の澪標の暴走をミハトは、橋姫家は関係ないという主張をしようとしている。

Aクラスの名家をいくつも敵に回しては橋姫家とて今後やりにくい。

が、魅了された痕跡はない上に、ミハトの言動を証言する生徒が出ては、圧倒的に不利だろう。そこで、帚木家が『交渉』をするつもりのようだ。

他の家とのやりとりには入ってやるだから『仲良く』しようと。


「そういえバさぁ、橋姫の家の子、最後まで可哀想なつづミちゃん、紫紺はつづみちゃんとの婚約を無理強いしてイるって言ってたみたいだけど」

追加のお酒を持ってきた桐子と紫檀が顔を見合わせる。

「逆、なのですが」

「逆?」

桐子は頬に手を当てて、どうしてそんな話になるのかしらと不思議そうにする。

「婚約を強く望んだのはつづみちゃんのほうなのよ」


他の家の娘と紫紺が婚約するかもとなったとき、つづみの予知はパッタリと出なくなった。

そして、その婚約が破棄になった時、つづみが紫檀に直接訴えたのだ。

『紫紺様を私にください』

『そうすれば、私は必ず蓬生家のお役に立ちます』

元々つづみは本家に組み込む予定だったので、それを承諾したが……

「ふゥん、昔話みたイな話だねぇ」

繁栄を条件にその家のものを番に望む、人ならざるものの婚礼譚。

「たいてい、そウいう異類は逃げるか退治されルかなんだけどねぇ」

「人の家の嫁を異類扱いしないでもらいたいなぁ」

呆れたような紫檀の言葉に、ニヤニヤと岩澄は笑うばかりだ。

『そう外れてもいないだろう』

未来を見る異能なんて、神の域だ。命中率こそグラつきがあるが。

『バレてしまうと、どの家も躍起になる』

だから、蓬生のこの当主はつづみの秘密を知った不穏な同族の記憶を『帚木』に頼ってまで弄って消したこともある。

「まぁ、つづみも紫紺も婚約には納得しているから問題ないよ」

これ以上うちの問題には口を出すなと、紫檀に暗に言われ、ハハハと岩澄は笑う。

「それじゃあ今夜は悪巧ミの時間。お互イ、お家のたメに楽しい策略を練ろうじャないか」


六条院むつむ、澪標家、橋姫家、料理できるものは多い。

帚木、蓬生両当主はにこやかに悪い話を進めるのであった。

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