第17話 乙女人形

篝火かがりびともえが、訓練人形を、明らかに害意を持って紫紺に襲いかからせた。

が、わずかな一瞬で高熱の炎が訓練人形を焼き尽くす。

燃え滓になった訓練人形を前に、巴は頭を押さえながら、腰が抜けたように座り込むとうーうーと子供のように唸る。

「勝てない、勝てなかったよぉ。さくらぁ」

ぶつぶつと唸り続ける巴の異常性に、紫紺は不快そうに顔を顰める。

「紫紺様、ご無事ですか!」

「か、篝火さん!?」

要と百多郎が飛び出してくる、百多郎の姿を見た巴はあー、と間の抜けた声を漏らす。

「百ちゃんごめんね、私役に立つつもりだったんだけど、気がついたら、百ちゃん裏切ってて、でもね、さくらがね、まだね、許してくれるって、裏切る予定だった姑息な私を許してくれるって、優しいよね、すごいよね、さくら、さくらさくらさくらさくら」

頭をゆらゆら揺らし、巴はわけのわからぬことを呟き続ける。

「藤袴。篝火家とふづき様に連絡しろ、駒比べ関係にしてもこれはやりすぎだ」

紫紺が口に出した、ふづきという言葉に巴が大きく反応した。


「なんで百ちゃんなの」


せきを切ったように、巴はどす黒い感情を吐き出す。

「なんで、百ちゃんがふづき様に選ばれたの?私だって頑張ってたじゃん。それが、あいつが、人を大怪我させたせいでさぁ、うちの家肩身が狭くなってさぁ!なんで私じゃないの?人形?人形ならたくさんあるよ。調子に乗るなよ蓬生!!!お前が燃やし尽くせない人形だってこっちにはあるんだ!!訓練人形如きで!」


目をぎょろぎょろとさせて、口の端から泡がつくほどの言葉を吐き捨て続ける。

普段の篝火巴からは想像もつかない姿だった。


「紫紺くん、代わってください」

百多郎は篝火巴の前に出ると、彼女の顔を両手で包むように挟み込む。

音もなく、衝撃もなく、痛みもなく、ただ感触だけがした。


ーーー巴の耳から触手が脳に入り込み、脳幹まで撫でるようなそんな、悍ましい感覚


言葉も出せず、巴は大きく口を開いてはーっはーっ!と荒い呼吸になる。

1分もしないうちに楔が手を離せば、篝火はばたりと倒れた。

意識はあるが、動くのも辛いと言わんばかりだ。


精神感応、及び、干渉能力。

百多郎の能力はこれに加えて『思考や感情』をある程度操作もできる。

こんな異常事態でもなければ、ここまでの威力で人に使うことは彼も避けているのだが。


「紫紺君、澪標が篝火さんをけしかけたようです」

「何かの異能か?」

紫紺は静かに怒りを露わにする。あの愚か者めが、これは『やりすぎだ』

「紫紺様、多分ですけど、つづみ様に連絡したほうがいいです」

要がこそりと紫紺に耳打ちする。つづみの予知を使ってでも先手を取るべきという進言だ。

「さっき連絡が来たが、この騒ぎについてだろうな」

「紫紺様、向こうからくる女子生徒、篝火さんと同じ様子です」

廊下の奥を見ると、ゆらゆらと女子生徒が頭を抱え、ぶつぶつと何か言いながらこちらに向かっている。

「確か、あの子、うちのクラスのゴリゴリの戦闘向け能力持ちですよ」

Aクラスの生徒が本気で争えば、それこそ大事になる。

「狙いは俺で、原因はさくらか」

「おそらくは」

「中のクラスメイトに教員の指示に従い、逃げるなりしろと伝えておけ」

紫紺は百多郎の肩を叩く。

「ここから離れるぞ、他の生徒が巻き込まれる。あの馬鹿が原因なら俺達が狙いだ」

「は、はい!」

「とにかくだ」

紫紺は怒りを露骨に我慢した様子で、引き攣った笑顔を浮かべた。

「あいつは殴るぞ。絶対にだ」

動けない巴をクラスメイトに任せ、紫紺と百多郎は元凶がいると思われるSクラスへと向かうことにする。

「若様。鎖骨、鎖骨を折りましょう!!」

要がこれまた笑顔で私刑のバリエーションを増やしにくるが、そんなことはつゆ知らず、前方から、明らかに意識混濁と言った具合の女子生徒がこちらに気づく。

「よもギーうくーん」

グラグラと頭を揺らして、少女は泣き笑いの表情を浮かべる。

「あー、そびましょっ!!!」

紫紺たちが、彼女は念動力の使い手だったかと思い出した時には、少女は自分の学生鞄を逆さにする。

教科書、ノート、スマートフォン、手鏡、化粧品がボロボロと床に落ちる。そこまではわかる。

どこからかき集めてきたのだろう、トンカチや釘、草刈鎌まで床に落ちた時、咄嗟に紫紺と要が前にでた。

少女の私物と、かき集めた危険物がふわりと宙に浮く。

それらが、三人に向かって殺意を持って飛んでくる。

「止めます!」

要は自分の『六つの手』を出現させると特に殺傷能力の高いトンカチや草刈鎌を捕まえて、床に叩き落とす。残りの四つの手は床に全て叩き落として、当たらないようにする。

その一方で、飛び交う釘も気にせず、紫紺は少女の懐に飛び込むと容赦なく掌底を少女の小さな顎に横から当てる。脳が揺れる感覚に、少女がグルンと白目を剥いた。

尻餅をついて倒れる少女。それと当時しに念動力で動いていた釘やトンカチは動かなくなる。

「っあーーー、あーーー」

目を回しながらも、立ちあがろうとする少女の頭を、大慌てで百多郎が両手で掴んだ。

「ごめんなさい!!」

脳を優しく撫でられ、引っ掻くような感覚に、少女は声にならない声をあげてバタバタと足を暴れさせる。が、すぐに動かなくなる。

「無力化したか、行くぞ」

全く苦戦せずに進む二人。その後ろをワタワタと百多郎がついていく。

「僕がいうのもなんですが、お二人、その、慣れてません??」

「俺は戦闘向け異能だからな、対人戦闘は鍛えられている」

「同じです。若様の護衛ですから」

「容赦はしている。俺たちが『澪標に洗脳された生徒』に反撃できなかった。という方が問題になる」

忌々しいと言わんばかりに苦い顔をする紫紺。

「さっさとこの馬鹿騒ぎを終わらせるぞ」


ーーーー

一方蓬生屋敷。

「朝も早くからご苦労だねぇ」

当主、蓬生よもぎう紫檀したんは、朝から訪れた帚木ははきぎ当主、岩澄いわすみと、その娘からたちを出迎えていた。

岩澄はきっちりとしたスーツ正装。からたちはいつもの制服だ。

「そっちコそ。朝から面倒かけルねぇ」

昨日起こした帚木からたちの暴力事件で、岩澄は『迷惑をかけたので謝罪』という体で蓬生家に訪れていた。

「澪標家にはもう向かったのかい?」

「もちろン、昨日済ませたヨ」

岩澄はからからと笑う。しかし、目はちいとも笑っていない。

「息子さんが、うチの娘の『異能制御器』を無理矢理外したカらぶん殴りまシた。すみマせんでした。って」

「あはは、謝ってないねぇそれ」

帚木家の来訪に、澪標家は生きた心地がしなかっただろう。

それだけ『澪標』はやらかしてしまっているのだ。

駒比べと『子供のしたことだから』と岩澄は済ませているが、今回だけだろう。


当主同士の会話に、からたちは居心地悪そうに身をすくめるしかできない。


「そっちにも迷惑かケたねぇ」

「いいや、問題ないよ。つづみさんも紫紺もお友達が増えて楽しいらしい」

「それは良かった。からたちちゃンもなんだかんだで楽しいみたいデねぇ。昨夜もお友達と随分長く電話シしてたもんネ」

急に話を振られたからたちは、恥ずかしそうに俯く。

「まぁそのお友達が男っぽいんダけど!!!蓬生家誰か相手知らなイ!?うちの家のコも教えてくれなクてさぁ!!!」

「やめてください!!」

羞恥のあまり、からたちが勢いをつけて父親の肩を殴る。

ドゴムッ!!と、なかなか人体では聞かない音がしたが、蓬生当主はハハハと笑って流す。

「まぁ、せっかくだからお茶でもどうだい?」

「頂こうかナ」

当主同士、今後のことで話し合う必要があると、紫檀直々に部屋へと案内している途中。

「当主様!」

制服姿のつづみが前から走ってくる。

「おや、つづみさん、体調が悪いと聞いていたが」

「元気になりました!今から学園に行って参ります!!つきましては!」

つづみは当主二人が眼中にないとばかりに、からたちの前に立つ。

「こちらの帚木家御息女をお借りしますわ!!」

からたちの腕を力いっぱい掴み、そんなわがままを宣言する。

きょとんとする大人に、深々と一例し、つづみは「行きますわよ!」とからたちの腕を引っ張る。

「え、ダ、ダメだ、よ」

狼狽えるからたち。なお、つづみがどんなに引っ張ってもからたちはビクともしなかった。

「帚木家当主様、はいと言ってくださる?」

からたちの腕を掴みながら、つづみは不敬にも帚木岩澄に直接交渉をする。

「どうシて?」

咎める意図はなく、むしろこの奇妙な出来事を楽しんでいるような声音だった。

帚木家の護衛だろうか、刺すような視線を周囲から感じる。

それでも、胸を張り、にっこりとつづみは笑って答えてみせた。

「私、今から澪標と橋姫をぶん殴りに行きますの」

ふえっ!?とからたちが素っ頓狂な声を出して、指示を待つように岩澄と紫檀を見る。

意外にも、当主二人はそれを聞いて、笑い出しかねないほど微笑ましそうにこちらを見ているだけだった。

続けて?と言わんばかりの視線に、つづみは一瞬たじろぎそうになるが、グッと堪える。

「からたちさんには、そのお手伝いをしていただきたくて」

つづみはなおも虚勢をはり、笑顔で続ける。

「決して『悪い話』にはなりませんわ。えぇもちろん」


予知できる私が言うんだ。うまい話があるから黙って乗れ


そう言わんばかりのつづみの作り笑顔に、当主二人はとうとう耐えきれずにくつくつと小さく笑い出した。

「いいヨ。行っておいデ。からたちちゃん」

「お父様!?」

「ありがとうございます!ほら行きますわよからたちさん!!お義母様が車を出してくださいますわ!!!」

少女二人が大慌てで、玄関へと向かう。その背を、大人二人は黙って見送るだけだ。


「どうせ、何が起きているか知っているんだろう?」

紫檀が、岩澄に呆れたようにそう呟く。

つづみの無礼を咎めることなく、娘を向かわせたということは、彼らは何が起きているかわかっている。そしてそれらは帚木家にとって容易に終わらせることができる事なのだろう。

うふふふ、と笑いを堪えきれないように岩澄は声を漏らしている。

「そうだネ。ちょっトね。さ、僕らは見守ロう。子供の活躍を見れたらいいネ!!」


さぁさぁ、せっかくの舞台だ。

上手に立ち回ってね。可愛い娘たち。


ーーーーーー


「二人とも、本当にいいの?」

紫紺を送り迎えしている清護はまだ戻っておらず、蓬生家の別の車で学園に向かうことになった。使用人が運転すると言っていたが、どうもつづみの様子がおかしいと思った桐子きりこは自ら運転を申し出た。


「大丈夫ですわ!運転お願いいたします!!」

「よ、よろ、しく、お願い、します」


後部座席に乗り込んだつづみとからたちの返事を聞いて、そう、と短く返事をすると桐子は車を出した。

バックミラーをチラリと見る。明らかに帚木の護衛の車が後についてきているのが見えた。

「到着まで時間があるわ、つづみさん、何が起きたか説明できる?」

「説明、ですか?」

「帚木家のお嬢さんなら、能力についても話して問題ありません」

桐子の言葉に、からたちは観念したようにうなづく。

「確かに、私は、つづみちゃんの、『予知』について、知っています」

「えぇ、あなたは、本来つづみの監視役だったものね」

桐子の今度はつづみが目を丸くする。

「学園では知らないふりでもしてくれていたのかしら?で、つづみちゃん。どんな予知を見たのかしらかしら?」

つづみの困惑を無視して、桐子はさっさと話を戻す。

確かに、優先すべきは今、学園で起き得ていることだとつづみは予知を告げる。

「澪標さくらが帚木からたちの異能を模倣して我が物としています。学園の一部の女子が洗脳、澪標の私怨による騒ぎが起きています」

からたちが息を呑んだのがわかった。

「貴方の異能が魅了なんて生優しいものじゃないと予知で知りましたわ。他者への洗脳どころか一言命じれば、生命活動すら自分で止めさせる……不幸中の幸いで、澪標の愚か者はそこまで使いこなせないようですが」

「……『くさり』と、我が家では、読んでい、ます」

からたちは泣きそうな声で、ポツポツと音を区切って語る。

「帚木の家、には、昔から、魅了や、洗脳の、異能を持つものが、多く生まれます。声だけ相手に、命令し、自死まで、させる異能を『音くさり』と」

だから、からたちは不自然なまでに声を途切らせて聞きにくくするし、当主岩澄は特殊なボイスチェンジャー付きの仮面で声を変えている。

「でも、声、だけ、じゃないんで、す。視線や、触れるだけで、みんなが、私の、命令を聞くようになりま、す」

そんな、自分でも持て余すような能力が、澪標に模倣されてしまったなら


「許さない」


からたちの怨嗟の言葉。

他人の人生をたやすく終わらせることのできる、この忌まわしき異能をおもちゃのように操るなんて。

えぇ、えぇとつづみは頷く。

「だから貴方が必要なのですわ。帚木からたち」

つづみはからたちの手を握る。

「私の予知と貴女の魅了と戦闘能力とお家の力、フルで使わせてもらいますわ」

いやとは言わせないと、つづみはにっこりと笑う。


「そういう圧の掛け方、紫紺とそっくりよねぇ…」

桐子がぼそりとつぶやいた。

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