第16話 なりふり構わなくなります

「っで……」

つづみは泣き叫ぶ。

「なんでこのタイミングで予知ラノベですのぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

怪獣のような叫びを上げるつづみ。

そう、紫紺との初キスの直後、意識を失い、まさかのそのまま予知夢コースとなった。

「あれは、あれはぜったい初夜ルートでしたわよぉぉぉぉぉ!!!」

悔しさで泣き叫ぶつづみだが、夢から覚める様子はない。

今回はご丁寧にも、紫紺の部屋にいる夢のようだ。

その紫紺の机にあの予知ラノベが置いているのだから、まるでこのふざけたハーレムラノベが紫紺の私物のように思える。

まだエロ本が置いてあった方が『あらあら紫紺様たら、こんな性癖なのねうふふ』と楽しめるのに!!!


「うぅ、早く読まなきゃ」

とはいえ、序盤の流れを潰せば後半は起きないことだらけだし、何より澪標の妄想を読んでいるようなものだと思えばこの予知に意味はないようにも思える。

「ん、表紙変わってる」

以前は澪標を囲むように美少女がいたのだが、からたちがいなくなっている。

「殴ればハーレム入り回避確定なのかしら」

今度要さんに人の殴り方を習いましょうか、と年頃の娘が思いつかないようなことを考えて読み進める。

「っ……」

内容を読み進めると、少々おイタがすぎる話になっていた。

方向性を変えて、がっつり女子生徒を洗脳魅了するダークヒーローの話のようだ。

碌でもない話に、つづみは怒りで本を叩きつけたくなる。

『どこまでもこの男はふざけたことをしてくれる……』

今回ばかりは飛ばさずに最後まで読み進めなければ、いけないようだ。

つづみはまず紫紺の行動を確認する。異変に気づいて動き出す紫紺を洗脳された薄雲が迎え撃つシーンを見て、ギリリと本を持つ手に力が入る。

「目覚めたら、続きですわよ紫紺様!!!」

発情しているつづみは気合いを入れて、夢から覚めるまで夢ラノベを読み始めた。




ーーーー


つづみは無意識で鼻を擦った。朝だ。自分はすっかり寝てしまっていたらしい。

今何時かしらと、つづみは勝手知ったる紫紺の部屋で壁時計を眺める。


「ーーーーっあああ!!??」


時間を見て、つづみは不恰好な姿で布団から跳ね起きた。

何せ、壁時計が示しているのは、普段ならすでに学校に到着している時間であった。

「紫紺様っ!いや、遅刻!!」

寝巻きのまま、屋敷の廊下へ飛び出し、自室に大急ぎで走るつづみ。

その途中で、紫紺の母、桐子がつづみさん、と声をかけてきた。

「つづみさん、今日はお休みでしょう?」

「御義母様!!おはようございます!おやすみ!?」

えぇそうよ。と桐子は優雅に微笑む。

「つづみは今日は体調が悪いからと、休ませるよう紫紺が言ってきたわ。

つづみさんもぐったりしてたから、起こさなかったんだけど」

お食事にする?それともお風呂に入る?と不思議な提案をしてくる。

「体調がすぐれないようなら、お部屋でゆっくりなさい。学園にはもう連絡しているから」

学園、という言葉でまたもつづみは、あああああ!!と素っ頓狂な悲鳴を上げる。

「紫紺様!紫紺様に連絡は取れますか!?」

「えぇ、どうしたの?」


「紫紺様がやっぱりかませ犬になっちゃうんですぅぅぅぅ!!!」


まだこの子、寝ぼけているのかしらと、その時桐子は思ったという。


ーーー時間は少し戻り、早朝。

「紫紺様、お疲れなのでは?」

要の言葉に、いや、大丈夫だと生返事をする紫紺。

「藤袴と話を詰めたい。薄雲の懐柔も並行して進まねばならんからな」

はぁ、とため息をつく紫紺。もはや入学して眉間に皺を寄せるのが癖になっている。

「なぁ、要、少し聞いていいか」

なんでしょう?と要は身を乗り出して、主人の言葉を待つ。

「あー……いや、すまん、後で相談する」

紫紺は目を瞑るとそのまま黙ってしまう。そんな態度にも要はおやおやと少しばかり笑って同じように沈黙に付き合うことにした。


紫紺は目を瞑ったまま、昨夜のことを思い出す。

『言えるか!つづみにキスしたんだけど、どうしよう。なんて!』

つづみがこの歳になっても、紫紺の自室で寝ることに慣れていたし、家の者も誰も止めなかった。昨夜も本当に、つづみは睡眠のために紫紺の部屋に来ていた。

紫紺も気が緩んでいた。

自室に2人っきりで無防備なつづみが、手の届く場所にいたことなど何度もある。

我慢ができなくなった、というよりも、我慢する間もなく、紫紺はつづみを抱き寄せていた。

その結果が、


『キスしたら意識失われたとか、誰にも言えんぞ』


あの後紫紺は、白目を向きながら気絶したつづみを見て、心臓が止まりそうになった。

抱き寄せたまま、とにかく鼻血を抑えたせいで、紫紺の部屋のゴミ箱は何かの事件後のようだった。

自発呼吸はしているので大丈夫だろうと、つづみを寝かせて、それでも急に体調が変化しないかしばらく様子を見ていた。


昨夜の、穏やかなつづみの寝顔を思い出しているうちに、紫紺はじわじわと不安になってくる。

それこそ、タイミングがおかしいだろとか、急にすることじゃないとか

つづみに幻滅されたんじゃないかとか、紫紺が悔やんでいると要から声がかかる。

「紫紺様、到着しました」

「あぁ」

車を降りて、紫紺は険しい表情のままいつもより足どり重く教室に向かう。


今朝、ぐっすり寝ているつづみを起こすのが忍びないのもあったが、

急にやらかしてしまったものだがら、つづみのあの目に見つめられるのが気恥ずかしく逃げるように登校してしまった。


朝からつづみにどう話そうか、謝ったほうがいいだろうか、タイミングとムードを考えろ!と怒っていたりないだろうか。

そんなふうに年頃の男の子らしい考えを、珍しくしていたせいだろうか。

紫紺は周囲の異変に気づくのに遅れてしまっていた。


そう、たとえば、Aクラスの女子が朝からいないとか、急に彼女に振られたと泣き喚いている男子生徒がいたりとか、要に挨拶する女子が今日はいないとか。


「蓬生旦那!!彼女に振られそうなんだけど!助けて!」

「なぜ俺に聞く」

「嫁がいるから!関屋も助けてくれ!!今朝から急に返事がそっけないし、なんか距離起きたいって言われて!!!」


半泣きで紫紺に駆け寄り、その手を握って助けを求めるクラスメイトを、要がアイドルの握手券の剥がし役とばかりに、そのクラメイトをひき剥がす。


「そういうのって日々の積み重ねだと思いますよ」

「うあぁぁぁん!関屋が暗に復縁無理じゃね?って煽ってくる!!!」


泣き叫ぶクラスメイトのメンタルケアは要に任せて、紫紺は百多郎の姿を探す。

「だーかーら!教えないって言ってるでしょう!!」

彼にしては珍しく怒気を含んだ声と共に教室に入ってきた。後ろから調子乗るな!とか覚えてろよ!とこれまた複数名の男子生徒の声がする。どうも一つ上の先輩方のようだ。

「藤袴、テメェ!!」

百多郎の挑発するような言葉に乗った男子生徒が、力任せに胸ぐらを掴んでくる。

「どうしました」

静かに、冷静に、紫紺が百多郎の胸ぐらを掴んだ上級生の男子生徒に問いかける。

「あ!?関係ねぇだろ!!」

「友人です。その手を離してください」

丁寧な言葉だが、決して下手に出ていない威圧感を出す紫紺。

その姿に男子生徒が怯みかけるが、引っ込みがつかなくなったのだろう。

大きく舌打ちすると、百多郎を掴んでいた手を離す。

「こっちもなぁ、最初はフツーに頼んでたんだぜ。帚木の連絡先教えてくれやってな」

悪いのはこいつだとばかりに睨みつける男子生徒。

「勝手に友人の、それも女の子の連絡先を教えるわけないでしょう」

ギロリと睨み返す百多郎。見れば制服に土埃がついている。

朝から絡まれて、ようやくここまで逃げてきたようだった。

「何?お前ワンチャン狙ってんの?」

ゲラゲラと、百多郎を数名の男子生徒が嘲笑う。

「夢見ちゃったなー。あの帚木だぜ?無理無理!」

「あの仮面の下の顔見て、よく付き合えるな。顔面格差えぐいて!!」

昨日のからたちの美貌に当てられたのだろう。どうにかお近づきになりたくて、おそらく連絡先を知っているだろう藤袴に絡んでいたというところか。

「そ、そんなつもりはありませんぞ!!帚木さんと僕は友人で!」

顔を真っ赤にして反論する百多郎を嘲笑う男子生徒。

連絡先が結局手に入らないから、藤袴をいじめてストレス発散することに切り替えたようだ。

「教室に戻られては?もうすぐ時間ですよ」

百多郎の前に出て、紫紺が冷たく上級生の男子生徒たちに告げる。

「おやおやおや、授業を受けれないほど帚木様にご執心ならお伝えしておきましょうか?」

紫紺の横に音もなく並び、要が優男の笑顔をフル活用して甘い言葉を囁く。

「先輩方、お名前を教えていただければお伝えしますよ『帚木本家』に」

ぎくり、と上級生たちが目に見えて怯えて焦るのがわかった。

帚木家がどういう家か、思い出したらしい。

「なお、現在の当主、帚木岩澄様は大変な子煩悩です。いやぁ、可愛い娘に近寄る男を探るなど、帚木家には容易いでしょうねぇ。すぐにご連絡が来るでしょう。手紙に、電話に、SNSのアカウント、あぁ、ご自宅に人をだす可能性も十分ありますね」

はははと、強がって笑う上級生。彼らに慈悲の微笑みを浮かべて、しかし目は笑わず、要はその未練を介錯する。

「後はただお待ちください。きっと来ますよ。『帚木家』からのご連絡が」


その言葉を最後に、上級生は短い罵倒の言葉をボソボソと捨てて、大慌てで逃げていった。

「腰抜けが。当主と殴り合っても、求婚する気概もないのか」

ちっと舌打ちして、珍しく乱暴な言葉を吐き捨てる要。

「災難だったな」

「いえこれぐらい、なんともありませんよ」

藤袴の背中には蹴られた足跡が残っていた、紫紺は何も言わずにその背中を軽く叩く。

「藤袴は帚木さんとよくにいたからな。一番仲がいいと思われているんだろう」

「僕が、一番口が軽そうだからでしょう」

紫紺と要にはそういうやっかみは受けていないようで、恨めしそうに百多郎が2人を見る。

「藤袴さん、鎖骨って折れやすくて治りにくい部位らしいですよ」

「なんでこのタイミングで人体急所教えてくるの関屋君!」

「要は『何かあればお手伝いします』と言いたいらしい」

「すんごい雑な訳しますなぁ紫紺君!」

わちゃわちゃと百多郎を励ますようにちょっかいを出す紫紺と要。

ふと、紫紺のスマートフォンが着信を知らせる。相手は母だった。

少し出る、と短く要に伝えて紫紺は教室を出てスマートフォンの着信をとった。

「紫紺です」

「あぁ、よかったわ、紫紺、つづみさんが起きてね」

困惑している様を隠さずに、桐子は息子に伝える。

「なんでも、はやく帰ってきてほしいみたいよ」

「そんな事でわざわざ電話ですか……母上、つづみを甘やかしすぎです」

自分にそれだけ早く会いたいというわがままだろう。全く可愛いやつめ

「そういう意味じゃないみたいよ」

違った。

んっぐ!と恥ずかしさで紫紺はなんとも言えない呻き声を出す。

「えぇと、学園が変なことになってない?」

「いえ、特には」

そこまで言って、紫紺は自分を見ている人物に気づく。

篝火だ。しかし様子がおかしい、いつもはしっかりと胸を張って歩いている彼女が、フラフラと歩いている。意識が朦朧としているのか、視点があっていない。

後ろには三体の訓練用人形を引き連れている。

「あぁ」

少女の唇から歓喜の声が漏れる。

「見つけた!見つけた!見つけた!」

キャキャキャキャと少女が紫紺を指さして笑う。

「訂正します。少しおかしいことに巻き込まれそうです」

紫紺は冷静に母親にそう告げてスマホの通話を切って、彼女を見据えた。


「ああああ、頭、頭痛いぃぃぃ、痛いよぉ」

頭を抱えてうめく巴がぶつぶつと呟く。

「なんで、なんで、助けて、ふづき様、そう、だ、誰だっけ?さくら、そうださくらのためだもんね。うん、さくらを裏切った悪い子だから」

後ろの人形の一体が倒れた、そのまま獣のような四足歩行でこちらにゆっくりと歩み寄ってきた。

「篝火、どうした、大丈夫か」

大丈夫でないのは目に見えてわかるが、一応声をかける。

人形の操作も荒く、一体は壁に大きく一度ぶつかったりしている。

「あ、あー」

まず四足歩行になった人形の一体が紫紺に飛びかかる。

無防備な人形の頭部を蹴り飛ばしたところで、特に意味はないと判断し紫紺は、その人形の四肢を焼く。

炭化した手足がボロボロとくずれ、その人形が紫紺に触れることなく動きを止める。

「あー、壊れちゃった。焼き壊れちゃった」


篝火巴はなおも笑って、紫紺を指さし、残りの人形を繰り出した。


ーーー

「あらやだ、あの子電話切っちゃった」

困ったわねぇと呟く桐子に、キェーーー!とつづみが鶏のような悲鳴をあげる。

「が、学校に行きますわ!!お義母様!」

「あら、大丈夫なの?」

「大丈夫です!!あ、でも、ギリギリ罪に問われない正当防衛に認められそうな武器があればください!!!」

「そんな魔法の武器はないわよ」

冷静な桐子の言葉に、再度つづみは焦りでクキェーーー!と再度悲鳴をあげた。

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