第15話 血を流せ
その日の昼休みは珍しく、つづみは
「二人っきりっで食事なんて初めてですわね」
「う、うん」
紫紺様と要たちは用があるとかで、一緒に昼食を取ることができなかった。
特に、今朝見た予知では紫紺様に迫る危険はなかったので、問題はないだろう
何より、今日で駒2人の存在は分かった。
『お前に手を伸ばす澪標を潰す。だが、俺ではない、藤袴に潰させる』
今朝、車の中で作戦を教えてくれた紫紺様の言葉を、つづみは思い出す。
『お前の予知だが、澪標と争えば俺が負けることが多いように見える。ならばそういう運命の流れが強いのかもしれない。予知に抗うこともできるだろうが、念の為、直接敵対はせず、俺の仲間を差し向ける』
『お前を奪われないためだ。卑怯だなんて言ってくれるなよ?』
卑怯だなんてそんな!!!つづみが思うわけないじゃないですかぁぁぁぁ!!
むしろ!私のために!卑怯卑劣な手にも
凛とした表情を崩さず、脳内でそんな獣じみた嬌声をあげるつづみ。
「お、つづみとからたちじゃん。お前ら仲良いなー」
ぽん、と頭に手を置かれる。何度もやられた感触につづみは固まる。
澪標さくらが珍しく食堂に来ていたせいで、運悪くつづみとからたちは見つかってしまった。
「ミハトと蓮華見てねぇ?」
「見ておりませんわ」
早く会話を終わらせたいつづみは即答する。
「まじか、ミハトが弁当持ってくるはずなのに全然見つからなくて、蓮華も最近昼休みはどっかに消えるしよぉ」
ふと、さくらがつづみの選んだからあげ定食を見て、ぶはっと、笑う。
「つづみ結構食うんだな!!うわ引くわー」
つづみの選んだ食堂のメニューは、確かに一般女子が選ぶメニューより少しばかり量が多かった。
「え、マジでしっかり完食する系?あはは!胸をデカくしてぇならキャベツがいいらしいぞ!」
ぱしんぱしんと軽快につづみの頭を叩く澪標。
これだけでも、普段のつづみならブチギレていただろうが、今はギリギリ耐えておく。
紫紺が『俺たちが策を練り終わるまで、なるべく騒ぎに巻き込まれないようにしてくれ』と言っていたためだ。だからつづみは必死に耐える。
「お、何?図星つかれて何も言えない感じ?かわいいなぁつづみは」
ゾッとするような声音に、つづみの『ストレスゲージ』がぐんぐん上がる。
「澪標君、も、もう、やめて」
なお、さくらに撫でられて、白目と歯茎を剥いて威嚇の表情に切り替わっているつづみに気づいているのは、からたちを含めて食堂にいた数名のAクラスの生徒のみだ。
つづみのその野犬の表情に気づいた数名は、恐れ
このままでは獣のごとく、つづみがさくらを害しかねない。
「からたちもさぁ」
さくらは呆れたような顔をする。
「飯食う時ぐらい仮面外せば?」
パッと、さくらがからたちの仮面を片手で掴むと、簡単に外してしまった。
元々食事のために、仮面の留め金を緩めていたのが仇となった。
きゃあ、と、小さなからたちの悲鳴が上がる。
長い睫毛は緩やかに、しかししっかり上を向き、形のいい鼻筋と整えられた眉。
丸く大きな目。花びらを思わせるような可愛らしい唇。ほんのりピンク色の頬は仮面を外された恥ずかしさからだろうか見る見るうちに赤くなっていく。それがまた大変可愛らしかった。
つづみが毅然とした、凛とした美しさなら、こちらは触れれば消えそうな、まるで幻想的な印象を与える美しさを持っていた。
からたちの姿をみた全員が、息を呑んだのがわかった。
つづみでさえ、白目を剥くのをやめて正気を取り戻したが、言葉を失ってその美貌に魅入られてしまった。
「やっぱな、素顔かわいいよな」
さくらが嬉しそうに笑った瞬間。
からたちの鉄拳が、その顔面に叩き込まれた。
目撃者曰く。
世にも美しい彫像を見て時が止まったかと思えば、スイカを潰すような音で我に返った。
曰く。
少女漫画でめちゃくちゃ描き込んだ美少女の顔のままで、突然、成人向け格闘漫画になった。
曰く。
花のような、妖精のような美少女が、捕鯨砲を思わせるパンチを繰り出した。
鼻血を噴き出して体勢を崩すさくらに、容赦なくからたちは再度顔面、鳩尾、脇腹、また顔面、側頭部、顔面と殴り続ける。からたちのその美しい目には涙が浮かび、唇はこれまた真珠のような歯で噛み締められていた。
びちっと、つづみの頬にさくらの血飛沫がとぶ。
悲鳴を上げることなく、倒れ伏すさくらを容赦なく、からたちは蹴り飛ばし、骨を折る勢いで踏み続ける。
殴り続けるからたちがこれまた美しくて、我を忘れていた数名の生徒がそこで、ようやく悲鳴をあげた。
そんな中で、つづみは、静かにからたちの仮面を拾い上げる。
「はい」
今にも泣き出しそうなからたちに、つづみは血飛沫を頬につけたまま、仮面を差し出す。
声を出してはならないとばかりに、血が出るほど唇を噛み締めて、からたちは仮面を受け取り、付け直す。そのままうぅぅと声にならない小さな泣き声をあげて座り込む。
つづみは、背後で倒れ伏し痙攣しているさくらには一瞥もくれず、ただからたちのそばに寄り添う。
「からたちさん」
つづみが慰めるように声をかける。
「めちゃくちゃスッキリしましたわ」
怒声と悲鳴が、しばらく食堂に響くこととなった。
ーーーーー
「で、帚木さんはしばらく停学、つづみは厳重注意か」
蓬生家の客間で、疲れ切った顔の紫紺。
この1日で3年ぐらい老けたようだった。元々老け顔なので誤差の
朝から藤袴と交渉し、昼には作戦を立てて、帰って見ればつづみが騒ぎに巻きこまれている。
騒動を広げぬために、帰宅するよう促されたつづみ。
この騒動を聞いて蓬生家も慌てて紫紺に連絡し、帰宅するよう紫檀が命じた。
藤袴は一度学校に戻してから、紫紺と要は蓬生家の屋敷に戻る。
「帚木さんがいれば大丈夫だと思ったのだが、まさか彼女の方が問題を起こすとはな」
紫紺が頭を抱える。
屋敷の客間で、紫紺は眉間の皺を深く刻んだまま話を始めることにした。
「学園側としては、つづみに非は無いとしたんだな?」
うんうんうんとつづみは首を縦にふる。
「まぁ、手をあげたのは帚木だけだから当然と言えば当然か」
「それに、その場にいた生徒全員がほぼ帚木さんの味方でしたわ。私もからたちさんの味方です」
仮面を剥いだ澪標も悪いが、ここまでの暴力沙汰を起こしておいて、目撃者全員が帚木側についたらしい。
『異常だな』
冷静に紫紺は判断する。この異常はからたちの能力が短時間だが発動してるのかもしれない。
『だが、これで帚木はしばらく駒比べに参加できないな』
それは藤袴の陣営にも、入れることができないということだ。
おそらく、橋姫の焦り具合からすると駒比べ開始が近い。
澪標と表立って戦うまでに、帚木を藤袴の陣営に入れることができればと思ったが。
「帚木さんはAクラスに移動だろうな」
「まぁ、羨ましい。私も見習いたいですわ」
「つづみやめろ。暴力に訴えるな。素振りをするな」
とにかく、帚木の暴力事件については、続報を待つのが一番いいだろう。
紫紺は大きいため息と共に、凝り固まった己の眉間を揉んだ。
これは昨夜のつづみの『予知の火』にもなかった出来事だ。これがわかっていれば要はつづみの側においていたものの。
「つづみ、お前は怪我はないか?」
「メンタルがやられました」
即答である。
「これは今夜も添い寝オプションつけてもらわないと、つづみはストレスで不眠症になってしまいますわ」
えーんえーんとわざとらしく泣き真似をして、チラチラと紫紺を視るつづみ。
腕を組んで何とも言えない顔して、色々言いたいことを耐える紫紺。
「今はそれどころじゃないだろうが」
顔を赤らめて、一応は拒否する紫紺。じぃっと、つづみは紫紺を見つめる。
「私のこと、嫌いになりました?」
「ばっ!そんなわけないだろう!」
「だって、いつも嫌がるんですもの、紫紺様が冷たくて、私不安になりますわ」
今度をこれまたわざとらしく、つづみはすね始める。
「ちょっと男子!つづみちゃん泣いちゃうじゃん!」
「黙れ要」
なんだその小芝居はと、紫紺はつづみと要を睨みつける。
「わかった、つづみ、寝るだけだぞ」
根負けした紫紺をよそに、つづみと要は無言でハイタッチを交わした。
ーーーーー
Sクラス、特別寮の談話室。
「バカなことをしたねぇ」
帚木からたちに澪標さくらがぶん殴られたと聞き、篝火巴は呆れて見せる。
「マジで容赦なかったんだけど」
いてててと、鼻を抑えるさくら。
「もう、無茶しないでよ」
さくらを案じてミハトは治癒の異能をかけ続ける。
「まーこれで、からたちの異能をコピーできたからいいけどよぉ」
ぴくり、と巴が身をこわばらせる。
「嘘でしょ。帚木家の異能だよ。そんなことしたらやばいって!!」
なんてバカなことを、と巴が大きな声を出して非難するが、さくらとミハトはことの重大さがわかってないようだった。
「何がやばいんだよ。それに帚木って言ったって、六条院にはかなわねぇだろ?」
「それでも、帚木、
特に箒木、空蝉は異能を一般には秘匿することが多い。それだけ危険な能力や扱いの難しい能力の子が生まれやすい家系なのだ。そして、その異能は、この国では特に重用される。
「そんな家から異能を奪ったって知られたら……」
「しょうがねぇだろ?つづみのは模倣できなかったんだから」
さくらの異能模倣は相手に触る必要がある。それが、つづみだけはどんなに接触しても模倣できなかったのだ。
使い方がわかっていないせいか、さくらの能力が足りていないのか、それとも『ただの透視』ではないのか。
「ねぇ、本当にやめた方がいいって!!」
「巴」
うるさい巴を黙らせよう、そう思ってさくらは小手調べ程度にその『魅了』の異能を使った。
あ、と巴はへたり込む。さっきまで元気に話していた口はポカンと空いたままだ。
「は?嘘だろ、すげぇじゃんこれ」
楽しそうに笑い、さくらはニタニタと笑って篝火に近づいた。
『帚木の能力、使えるな』
そんな、軽い考えで、
ーーー彼は破滅の道を進むことになる。
*****
「つづみ、『予知の火』はしばらく使うな」
朝から騒がしかった1日が終わり、つづみはごねたかいあって、紫紺の部屋に来ていた。
「『予知の火』あぁ、先読みの儀式で使うあれですか」
命名は要であり、まだ仮称のはずだったが、まぁ、確かに能力に名前があった方がわかりやすいかしら、とつづみはその能力の名前をすんなり受け入れる。
「なぜですの?今はお勤めもありませんので、問題はないはずです」
今夜は着ぐるみのような、黒猫を模したパジャマで、つづみは我が物顔で紫紺の布団の上にちょこんと座る。
「お前は、『予知の火』を使ったあと、体はなんともないのか」
「あー……」
何もないといえば嘘となる。倦怠感、意識を失うような睡眠。調子が悪い時は嘔吐もある。
「異能を使わない場合のお前の体調の記録も欲しいからな。これも仕事の一つだと思って休め」
「でも、あの予知夢ラノベが」
「あぁ、それだが一つ試してみたいことがあってな。かませ犬として、動いてみようと思う」
「紫紺様!?」
驚き、そして納得いかないと言わんばかりのつづみの反応に、満足そうに紫紺が笑う。
「いいか?俺は、澪標に喧嘩を売りにいく。あぁ、それはそれは無様に負けてやろう」
驚いたままのつづみに、紫紺は芝居がかったように続ける。
「これで俺の出番はお終いだ。で、つづみ、お前は俺が負けたらどうする」
「どうするって…」
つづみは、ポカンとして紫紺を見つめる。
「何も変わりませんわ」
そうだ、つづみは、紫紺が勝とうが負けようが変わらない自信があった。
「むしろ敗北を晒した紫紺様をつきっきりで慰め続けて私に依存させるチャンスですわ」
息継ぎなしで語るつづみの暴走妄想。それに慣れてしまった紫紺は、スルーして淡々と作戦説明を続ける。
「まず、俺が駒比べ参加者のふりとして、薄雲蓮華をよこせと澪標に喧嘩を売る」
ちょっとつづみがムッとしてヤキモチを焼くのがわかる。
その様子を見て、紫紺はぞくりとするような興奮を静かに覚えるが、悟られぬように話を続ける。
「勝てばつづみをくれてやると、いかにもなセリフも言ってやろう。もちろん、前持って薄雲蓮華にもこちら側に着くように交渉を済ませるのが前提だがな」
この誘いに澪標がのる可能性は高いだろう。
「もちろん、俺は負けるので薄雲蓮華は手に入らない。つづみは澪標の物に」
これで紫紺の出番はお終い。
「では次に、藤袴を澪標の前に出す。そうだな。彼も同じように蓮華とつづみをよこせと言ってもらおう」
「藤袴様側の賭け代は?」
「『駒比べ』辞退、もしくは澪標の配下になるのが条件と出してみよう。あぁ、あの女好きなら篝火でも食いつくだろう」
そうすれば、ほら、互いの陣営はどうなる?と紫紺はニヤリと笑う。
「澪標側は、実質2人しかいませんわね」
この流れの作戦なら、蓮華もつづみは、裏切り放題、澪標の背後から刺し放題である。
「対して、藤袴陣営は篝火、要もつかせる。本来ならここに、からたちさんもついて欲しかったが」
そこで藤袴が勝って、陣営には蓮華を。つづみは解放となれば。
「つまり、私と紫紺様は出番終了、あとはメインキャラ頑張れよ!的な!」
「前もって、俺がかませ犬をして動くから、戦闘での澪標の情報も得やすい。藤袴も策を練ることができるだろう」
「も、もし藤袴様が負けたら?ま、万が一、澪標が勝ち続けるようなら」
紫紺は言い淀む。
「その時は、つづみだけは駒比べから遠ざける最後の切り札が、あることはある。つづみを、……させて、強制的に離脱させる」
急に声が小さくなる紫紺。先ほどの堂々たる姿が嘘のようだ。
「私は何をすればいいのですか?予知ですか?」
紫紺が耳まで赤くして、絞り出すように、最後の策を伝える。
「……妊娠」
妊娠。それを聞いてつづみは初めて走馬灯というものを見た。良い人生だった。
「も、もちろん、休学も考えている!ただそれでも駒比べから、澪標から逃れられない場合の、最後の切り札だ!」
ワタワタと紫紺は言い訳を続ける。駒比べのルールにあった抜け穴の一つだ。
妊娠ともなれば、参加不可能と判断されてもいい内容だったのだ。
「これは本当に最後の最後の手段で!」
最低なことを言っていると自覚した紫紺が、今まで見たことないほど狼狽える。
それがまた可愛らしくて、先ほどのギャップもあり、その追撃でつづみは意識を飛ばす。
なんか、もう、人間に生まれ変わったオークみたいな粗い呼吸になる。
「紫紺様」
つづみはようやく美少女らしき微笑みを取り戻す。
「最高ですわ」
興奮のあまり、美少女フェイスからだらだらと鼻血を出ている。
「全く、紫紺様たら私を驚かせるのが上手なんですから」
色々言いたいことがある紫紺だったが、自分の発言が最低なセクハラにあたるので、反論を諦め、黙ってつづみの鼻をティッシュで押さえてやる。
「……驚いたのか?」
「えぇ、なんなら驚かされてばかりです」
く、と紫紺が嬉しそうに笑った。
「そうか、驚いたか」
なぜ紫紺がそんなに嬉しそうになのか、つづみにはわからない。
幼少期からトランプなどの遊戯に一度も勝てず、自分よりも貴重な能力を持っていて。
全て見通せるような力の少女に。予知で知って簡単なことじゃ驚かないような彼女に。
紫紺はなんだか初めて勝てた気がする。ようやく、対等に、遊べている。
「つづみ」
未だ、鼻血を出し続けるつづみを、紫紺は力を入れて抱き寄せる。
「嫌じゃない、んだよな?」
「まぁ、紫紺様、私が嫌がるなんてまだ疑うのですね」
つづみはいつだって紫紺様を受け入れる準備はできてますのよ!といつもの悪ふざけで、つづみは目を閉じて軽く唇を突き出す。
いつもなら、紫紺は『バカなことを』とつづみを突き放す流れだった。
「そうか」
これが『愛しい』という感情だと理解するより先に、紫紺の体が動いていた。
え?と、声を出す前に、つづみの唇が塞がれる。
鼻血を出しながら、つづみはふざけた猫の着ぐるみ寝巻きのまま、初めて紫紺から口付けをされた。
目を見開いて白黒させるつづみの口内に、何が入る。
口の中に侵入した生暖かく柔らかい異物が、どうしようもなく『もっと欲しい』と思う。
あ、これ、紫紺様の舌、だぁ。
そう思った時、つづみの脳が感情の昂りのあまり煮えそうになる。いや、なんなら煮えた。
ぶちん、と鼻の血管がまた一つ切れたような音は幻聴だろうか。
つづみはそのまま白目を剥いて意識を失った。
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