第14話 紫紺様と愉快な仲間たち
幼少期より武術を叩き込まれているところを、六条院むつむがさくらの中の異能の芽吹きに気づいたのだ。
「お前の異能は『異能の模倣』それも複数同時にストックできるなんて。」
近くに異能者がいなければ発覚しない能力だ。父親は大変喜び、我が子を六条院に預けた。
六条院様に仕えることはお前の幸福である。そう笑う父親にさくらは内心唾を吐く。
他人のために生きることなど、強要されてたまるものか。
「あぁ、お前の能力ならそんな必要はない」
からからと、むつむはさくらの不満を笑って肯定した。
「むしろ多くの能力者をお前の配下にすべきだろう。ならばいい方法が一つある」
むつむが提案した『駒比べ』
六条院家の6人が選んだ若き異能者。それに従う他家の異能者。
「いいかいさくら。異能持ちの家はねぇ、血統に拘る家が多いんだ。」
遺伝と能力の関係性はまだ明確にはなっていない。
親兄弟で同じような異能が発現することは多いという点はあるが、異能者同士の婚姻でも、異能が全くない子や、ある日突然全く違う能力に目覚めるものもいる。
「そんな博打でもねぇ、強力かつ稀有な異能と認められた男は他家の女に種付けを懇願されることもあるんだ」
「お前は異能者が大嫌いに見えるねぇ」
「自分や自分の家族の上でふんぞり帰っている名家の女たちが嫌いなんだろう」
「そんな女たちに、お前の力を見せてやる楽しい機会をあげる」
「あぁ、そうだ。女たちが土下座をしてお前に乞うんだ。どうぞ私を抱いてください、お胤を下さいってさ」
下劣な笑い声をあげてむつむが楽しそうに語る。
さくらの中の鬱々とした欲情に、ほらどうだ、暴れようぜと誘いをかける。
「いいぜ、むつむちゃん。俺の存在を、知らしめてやる」
そうして、澪標さくらは嬉々としてこの『駒比べ』に参加した。
さくらの模倣異能は最大三つまで使う事が可能だ。
そのうちの一つを、橋姫ミハトの『増幅の異能』として使えば、オリジナルよりも強化された異能を使うことができる。
「あー、しかしめんどくせぇよなぁ」
二人しかいない教室でさくらがあくび混じりに不満を漏らす。
実を言うとこの『駒比べ』まだ他の駒の存在も仲間も未確認である。
「期日が来るまで戦えないなんてよぉ」
「しょうがないよ。参加する家には真剣な戦いなんだから」
ミハトは困ったように微笑んで、やる気をなくしているさくらを慰める。
「地位や財産を報酬にする家もあるし、没落したお家を復興させようと必死な家もある。自分の特殊異能のための特別な配慮や待遇をお願いしたりね」
「はー、どいつもこいつも必死だねぇ」
「そうだよ!さくら!頑張ろうね!ミハトも色々考えてあげるから!!」
ひらひらと手を振って、ミハトは教室を出る。
女子トイレに入り、しっかりと個室の扉を閉めて、ふぅと息を吐く。
そう、ミハトにとっても真剣な戦いである。だからこそ、負けたら面倒なのだ。
橋姫ミハトはその可愛らしく、美しい顔を曇らせる。
ミハトは『橋姫家の代表』としてさくらについている。
これがさくらが無様に敗北しようものなら、橋姫家でのミハトの地位は急降下する。
橋姫家は他家への補助が大きな仕事だ。
そんな中で生まれたミハトは、「他家との結束を深めるための道具」としては大変良い札となった。
例えば、『橋姫家の力を特に必要としない名家』にどうぞ可愛がってくださいと差し出すお人形として。
または、橋姫の分家の血筋と結束を維持するための政略結婚として。
そんな立場が嫌だった。
だから自らむつむに協力を申し込んだ。
むつむもさくらの勝利に力を貸してくれると思っていたのだが。
『正直、他の女の子が使えないじゃない』
薄雲蓮華はこちらに協力的だが、蓬生と帚木はハズレだった。
むつむちゃんはこの二人を仲間にすれば、勝利の可能性はぐんと上がると言っていたけれども。あまりにもこちらに非協力的だった。
言葉を尽くしても、つづみは冷徹にこちらを見据えて拒み続ける。
からたちは押せば、流されるかと思ったがなかなかに頑固者だ。
諦めて篝火巴をこちらにつけたはいいが、人形操作は操作する人形がなければ意味がない。
さくらが積極的に篝火巴の異能を模倣するメリットは今はない。
今のところ、巴は単純な前衛要員だ。
『蓬生家の謎の金の流れをこちらに少しでも流せれば、人形量産も可能かな?』
ミハトはぎちっと音を立てて親指の爪を噛む。
橋姫家は他家との交流が多いぶん、多くの情報が入ってくる。
自分の母親が持ってきた縁談だってある。ミハトちゃん、ここのお嫁はどうかしらとまるで良い出荷先を見つけた生産者の笑顔に、ミハトは吐き気を覚えたものだ。
そういった情報の中の一つにあった蓬生家の薬の注文と、金払いのよさ。
蓬生家の薬は橋姫家当主である父や次期当主である姉が作り、ミハトは関わることさえできなかった。
薬はつづみが使っている。そして、つづみが高価な橋姫家の薬を惜しげもなく与えられるほど蓬生家の大事な金脈なのは間違い無いのだ。
問題は、どうやってもつづみがこちら側に来ないということだ。
『期日までに、つづみちゃんをこっちに引き入れないと』
他の駒たちの情報がまだ入ってこないし、予測をつけられないのも痛手だ。
むつむちゃんはぱったりと情報をくれなくなった。
舞台も準備した、基地も軍資金も用意した、あとは自分で頑張れと笑うばかりだ。
『勝たないと』
ぎちぎちぎち
『ここまでもう進めてしまったんだ。勝たないと』
ぎちぎちぎちぎちぎちぎちぎち
『父様が私を許さない。姉様が私を叱りにくる。良い『取引相手』を潰しておいてこれかと責められる』
ぎちぎちぎちぎちぎちぎちぎちぎちぎちぎち
ばちんと、ミハトの親指の爪が音を立てて噛み割れた。
鉄錆の味が口に広がる。不快そうにミハトは、ぐいと、親指の爪で己の唇を拭った。
ーーーーー
同じく昼休み。
「……なるほど、そう言うことでしたか」
蓬生家の、今日は特に大きな高級車の中。関屋要はまだ納得してないような顔で目の前の主人と友人を睨みつける。
「自分への相談もなく、家庭科室に忍び込んでた。へー、へぇー。どうりで私を置いて朝早く登校されたと思いましたよ」
思いっきり拗ねる要。じとーっと恨みがましい目で二人を見る。
「藤袴くんの?助けを?求める?電話に?すんごい心配したんだけどなー」
「も、申し訳もなく……」
「すみませんでした……」
二人が反省しているのでちょっとは溜飲が下げる要。
今回、蓬生家の大きめのリムジン車をわざわざ呼んで三人だけで話せる環境を作ったのだ。軽食を車内で食べながら、適当に校外を運転してもらっている。
時間は限られている、いつまでも拗ねている必要はないと要は気持ちを切り替えた。
「若様、駒比べは藤袴君側につくという事でよろしいのですか?」
「いや、つかないが?」
え、この流れで断られた?と百多郎が明らかに狼狽える。
「そもそも、当然のように語っているが、参加条件、ルール、何を持って勝者とするかもわからん争いに参加してどうする。あと、蓬生家には参加するメリットもない」
はぁ、と紫紺は小さくため息をつく。
「かと言って藤袴を突き放すつもりもないし、邪魔するつもりもない」
「参加はしないが、手助けはしてくれると?」
「そうだ、参加はしない、藤袴が勝とうが負けようが、さして蓬生家には関係がない。が、藤袴と敵対する者が愚かにも増長し『俺たち』にも仕掛けてくるなら……」
口の端を吊り上げ、紫紺がとても悪い顔で笑う。
「まぁ、そんな大馬鹿者は少ないだろうがな」
ここにつづみがいれば、『紫紺様かっこいい!』と鼓膜を破壊するような高音の嬌声が上がっただろう。
「藤袴、こちらの要望は『つづみを駒比べに参加させない』が第一だ。これに協力するなら、蓬生家は藤袴家に協力しよう」
不思議そうに百多郎は考え、そして言葉を選ぶように問う。
「その、矛盾しておりませんか?駒比べに参加しないのに、僕に協力すると言うのは」
「俺は試合に出ないが、応援はできると言うことだ」
紫紺は楽しそうに、昼食用の軽食を指差す。
「こうして交渉の場を用意してやれる。情報も手に入れたら渡そう。軍資金も出せる。蓬生家の人手も貸し出せる。お前が勝つために俺は動く。だから、藤袴」
蓬生紫紺は、交渉する。なるべく穏やかに。
「駒どもが、つづみに近寄るなら真っ先に潰すのを手伝え」
同級生とは思えぬ圧をかけられる藤袴。あれ、僕、裏社会の何かと取引してたっけ?
と一瞬現実逃避しそうになる。
「し、失礼ですが、他の駒がつづみちゃんに興味を持つ可能性はそんなに高いのですかな?」
「あんなに可愛いんだぞ、澪標のような横恋慕男が出るだろうが」
お、おぅ、と藤袴はなんともいえぬ声を漏らす。
「と言うのは半分冗談だ」
半分は本気で思ってらっしゃるのですね若様。と要が優しい眼差しで主人を見つめる。
「詳しく話すことは禁じられているが、つづみの力は貴重なものだ。他の家に看破されては困るし、蓬生家としてもつづみにあまり力を使わせたくない」
「なるほど、駒比べに参加させられてはつづみちゃんはその力を使うことが増える、蓬生家としても喜ばしくないと」
そこまで話していて、百多郎はぶわっと、冷や汗が吹き出すような悪寒に気づく。
こういう『勘』が働くのは良し悪しだ。
『つまり、駒比べに参加して得る六条院家の報奨よりも、つづみさんは蓬生家にとって、価値のある能力を持っている』
その能力を知れば、目の前の蓬生家の男二人が自分にどう出るか。嫌な予感しかしない。
「察しがよくて大変助かります」
要が嬉しそうに微笑む。
「関屋君、僕は今ほど君のその微笑みが怖いと思ったことはないよ…その条件でしたら僕も呑みましょう。では、僕も今回の駒比べについて知っていることをお伝えしますので、積極的なご助力を願いますよ」
百多郎はスマホを取り出すと、二人に画面を見せるように渡す。
「今回のおおまかなルールです。駒は13歳から18歳までの若い能力者。異能を利用する試合の舞台は六英学園を主とする。試合に参加できる駒の仲間は最大4人まで。駒の仲間も13から18までとする。一つの家から参加できるのは二人まで」
「……二人とも同じ駒に仕える必要がないとするとあるな」
「えぇ、極端にいうと、僕の方に紫紺君。澪標につづみちゃんがついてもいいわけです。で、この駒比べに僕か澪標が勝てば、参加していた蓬生側には報奨がでる」
「駒比べに参加するための、仲間の申請はどのように行う?」
「駒の同意、参加者の同意、そして自分の師である六条院様の承認が必要です。期日はありません。ただ一度同意したら取り消しできません。まぁ、病気などで今後の参加が難しいと認められた場合は再参加できませんが辞めることもできます。これまた仲間の補充にも条件がいくつかありまして…」
それを聞いてくつくつと悪い笑い声を上げる。
「なるほど、篝火巴はすでに藤袴の陣営だと申請、承認を済ませているのか」
その上で、澪標側の陣営に向かわせるなど、意地の悪いことだ。
「わざわざ澪標君に伝える必要もありませんし、義務もありませんからな」
すっとぼけて百多郎は肩をすくめる。
篝火は澪標たちに駒比べの参加の意思は見せていたが、申請はのらりくらりと躱しているとのことだ。
「ルールを見ると、開始後に陣営を鞍替えすることは禁じられているのか。参加者は他の六条院、そのふづき様やむつむ様にも共有されているのか?」
「そのはずですが」
どういうことだ、と紫紺は険しい顔になる。
「だとすれば、篝火巴がすでに藤袴陣営なのはむつむ様はお分かりのはずだ。なぜ澪標に伝えない?開始するまでに篝火を自分の陣営に引き込める算段があるのか?」
「ここを」
百多郎は仲間の引き抜きと言う項目を指指す。
文章を読んで、紫紺はなんだこれはと怒りに近い声をあげる。
「駒の交渉しだいでは仲間の引き抜きは可だと?さっきと矛盾しているぞ」
極端な例えを出せば、巴の意思で勝手に陣営移動はできないが、澪標が藤袴を脅す、もしくは何らかの交渉をして、両陣営が了承すれば、巴を澪標陣営に入れ直す事は可能である。という事だ。
「無茶苦茶なルールだな」
ルールを見ていくうちに紫紺は、一つの大きな前提を思い出す。
「六条院としてはただの遊びだからか」
絶対的な権力を持つ六条院家、その中でこれは、自分たちの盤上で若者たちが右往左往し、好き勝手騒ぐ様を眺める遊びなのだ。
わざと穴のあるルールを置いて、どう動くかも見どころというところか。
実家の協力をどれだけ得られるか、他の一族と、どう交流し、交渉し、敵対するかもおそらく評価の対象なのだろう。
「この情報はあとで送ってくれ。他にも気になる点があればまとめて連絡する」
紫紺の言葉に「わかりました」と、百多郎が返事をして、スマホを返してもらう。
「藤袴、薄雲蓮華を引き抜くぞ」
一瞬だけだが、藤袴は驚いた顔をして、すぐに話を呑み込んだ。
わざわざ紫紺がその名を出すと言うことは『引き抜きやすい』との判断をしたのだろう。
「薄雲さんの参加理由は?」
「六条院、おそらくむつむ様が出した何らかの条件のためだろう。ふづき様に連絡をとり、同じもの、それ以上の褒賞が薄雲家に出せないか交渉しろ。おそらく蓮華本人への強い報奨ではなく、薄雲一族への報奨だ」
以前話した薄雲蓮華の様子だと、家に命令されて、いやいや澪標や橋姫に従っているのが目に見えてわかった。
ならば、引き抜きの話に乗る可能性はある。
何より、薄雲家が駒比べに参加をするなら、藤袴の出した条件次第でこちらに乗るはずだ。
「なるほど、現状、澪標の陣営は橋姫と薄雲しかおりませんからなぁ。そこへ篝火はもちろん、蓬生、関屋にバックアップを約束された僕が薄雲家へ勧誘してみると。報奨は勝ってこそ、よっぽど澪標に将来性がなければ寝返るでしょうねぇ」
話が早くて助かると、紫紺は満足そうに笑みを浮かべる。それがまた邪悪な笑顔で、『うわぁ悪人顔だぁ』と百多郎は素直な感想を漏らす。
「ですが、澪標やむつむ様が了承しないのでは?」
「あぁ、だから奴らにも交渉する」
紫紺は足を組み、またすごい悪人顔で笑顔を作る。なお、本人は先ほどから、普通の笑顔のつもりである。
「つづみを餌に、薄雲蓮華を俺のものにする」
態度とセリフと表情といい、とんでもない悪役である。
「若様、つづみ様が今のセリフを聞いたら屋敷に火をつけられますからね」
優しい微笑みの要にいや、これは作戦で、と説明する前に紫紺のスマホが着信を知らせる。
「すまない、少し待ってくれ」
電話に出ると紫紺。
百多郎が要に飲み物のおかわりをもらっている間に、紫紺の顔がみるみる青ざめて、なんとも言えない渋い顔となる。
苦虫を噛み潰した顔のまま、紫紺が電話を切る。
「藤袴、俺と要は蓬生の屋敷に帰ることになった。お前はこのまま学園に送り返す」
「どうしたのですか」
紫紺は頭を抱えたまま、大きなため息をつく。
「暴力沙汰の騒ぎが起きたらしい。澪標が、帚木さんに」
その言葉に、百多郎は拳を強く握りしめる。そうだ、彼女も、巻き込まれていたのだ。
もしもあいつが、彼女に何かしたなら、僕は、あいつを。
「ボコボコにされたそうだ」
????
?という顔をする百多郎と要。
「つ、つづみ様がボコボコにしたのでは、なく?」
わりかし失礼なことを言う要に、ふるふると首を横に振る紫紺。
「清護、すまないが学園に戻ってくれ」
「かしこまりました」
はぁーと大きなため息をつく紫紺。
「つづみもその現場にいたらしい。なんで、また、こんなことに」
「つづみ様がけしかけたのでは?」
「関屋くんのつづみちゃんの人物像どうなってるんですか!?さっきから野盗か蛮族の評価ですぞ!!」
それにしても、あの優しそうな帚木さんが暴力的手段に出るなんて。
「な、何かの誤解では!?」
百多郎の言葉に、ふるふると首を横に振る紫紺。
「まだわからんが、学園から蓬生に連絡がきた。父上から俺と要は屋敷に戻るように命令された」
あの澪標の馬鹿が。まさか帚木に喧嘩を売るようなことをしたのか?
蓬生と帚木は協力関係にこそあるが、家の財力、人脈、権力は帚木家が圧倒的にある。
先に紫紺と要が帰宅させられるのは、この騒ぎから離し、『蓬生家と関屋家はその暴力事件には関係ない』と帚木家に示すためだろう。
「つづみがなぁ…やらかしてないといいんだが…」
婚約者からも騒ぎの要因じゃないかと疑われる蓬生つづみである。
ふと、藤袴は澪標は間違えたのだと思った。
つづみちゃんに手を出すのは、それはきっと、敗北するも当然の悪意の道が舗装されている。
そんな『勘』が働いてしまう。
藤袴はこの場にいない澪標を憐れむのだった。
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