第10話 ツンデレはデレるからツンデレなのだ
紫紺とさくらの訓練、もとい決闘騒ぎはAクラスを超えて学年に噂になっていた。
元々Aクラスには、Sクラスの特別待遇に不満を持つ者も多い。
そのSクラスのさくらを、Aクラス代表とも言える紫紺が打ち倒したのだ。
面白がって吹聴する者は少なくない。
さらに、さくらとつづみの言動を聞いていた生徒のせいで話は大きくなる。
『つづみに横恋慕したさくらが逆恨みし、勝負を挑むも紫紺にボコボコにされた』と。
「……ほぼ真実ですからなぁ」
Aクラスにて、百多郎がそういうと紫紺は顔を顰めた。
会った時より、紫紺の眉間の皺がより深くなっている気がするとは、さすがの百多郎も言えない。
「澪標を刺激したくはないのだが」
「無理でしょうなぁ。彼、また紫紺君に噛み付くと思いますぞ」
百多郎も、てっきりさくらはつづみちゃんに惚れているのだと思っていた。
「彼も早く諦めてくれればいいですなぁ。橋姫さんも誤解だとわかってくれれば澪標君を説得してくれそうなものですか」
からたちから話を聞く限り、ミハトはつづみに紫紺から離れるべきだと囀っているらしい。
思い込んだら突っ走ってしまうタイプなのだろうかと、ふぅむと百多郎は考え込む。
「若様」
珍しく若干焦った様子で、要が紫紺に駆け寄ってきた。
「どうした要」
「篝火さんに例の件を話そうとしたのですが、先手を打たれました」
要の言葉にさらに紫紺の眉間の皺が深くなる。
「彼女、Sクラスに移ったそうです」
*****
「篝火巴だよー!今日からよろしっくねぇー!」
太陽のように眩しい笑顔の少女を歓迎するのは、ミハトだけであった。
Sクラスに急に移動になったという篝火巴。
蓮華は苦々しい顔を隠さず、つづみは敵か味方か探るような視線を隠そうとしない。からたちに至っては左右の少女の空気に当てられてオロオロとするばかりだ。
「よし、篝火、空いている席に座れー」
わははと豪快に笑うむつむを、つづみは鋭い眼で見据える。
証拠も何もないが、篝火のSクラス移動にむつむが暗躍しているのは間違いないだろう。
『篝火さんがあちら側に取り入れられるとなると、困りましたわね』
未来予知ではつづみを襲う予定だった訓練人形。それを調べてもらおうかと思ったが、逆に情報をむつむ側に与えてしまう可能性が出てきた。
『なぜ、今更?侍らせる女は元々5人を予定していた?』
悩んでいるつづみの頬を、ぷにっ、と巴が突っついた。
「びっくりしすぎだよー蓬生の奥さんったら。旦那さんいないと難しい顔するんだねー」
能天気にぷにぷにとつづみの頬を突っついてからケラケラ笑って席につく。
その様子を微笑ましそうにミハトがニコニコと眺めていた。
授業自体は何事もなく続く。
Sクラスでは異能関連はもちろん、数学、古文、現文、化学に社会などなどほぼ全ての授業がむつむが対応する。
悔しいことに、授業自体はわかりやすいのでむつむの指導能力が高いことは事実のようだ。
問題があるのはきっと人間性だろう。
さて、そのまま問題なく終わるかと思っていたのだが。
ーーー昼休み。
いつものようにAクラスにきたつづみたちを見て、紫紺は目を丸くする。
「……珍しいな」
つづみと、その後ろからついてくるからたちは、いつも通りだ。
珍しいと言ったのは、その後ろから薄雲蓮華がついてきているところだろう。
居心地悪そうにしているが、帰る気はないらしい。
「別に、いいでしょ」
ツンとした態度をとる蓮華に、あらあらとつづみが困ったような顔をする。
「紫紺様が不快でしたら山に帰しますが」
「お前はクラスメイトをなんだと思っているんだ」
「……クラス、メイト?」
「都合よく記憶を失うな。やめなさい、つづみ、薄雲を『この人だあれ?』みたいな顔で見るんじゃない」
紫紺がつづみの態度を諌める背後で、おどおどとしている百多郎と、敵意を剥き出しにする要。
「じっくり話す機会は確かになかったな。ちょうどいい」
「そうね。ちょっとあんたとは話がしたいと思ってたのよ」
蓮華は強気な態度を崩さない。
「あんた達。席を外してくれる?」
傲慢な態度で要、からたち、百多郎を指差して蓮華はそう命令する。
要がにっこり笑いながら拳を振り上げるものだから、慌てて百多郎とからたちが要を抑えて「食堂行ってきますねー」と教室から出ていった。
教室には数名のクラスメイトがいる。あえてこちらを見ないようにしているようだった。
「ちょっと、校舎裏に移動するわよ」
一昔前のヤンキーの呼び出しみたいな事を言う蓮華であった。
*****
「悪かったわね」
わざわざ人気のないところに呼び出して、蓮華が開口一番に言い放ったのは彼女なりの謝罪の言葉だった。
「その、あんたたちの事誤解してたし、喧嘩売るみたいな事して悪かったわよ」
苦々しそうに話す蓮華。態度は不躾だがわざわざ謝りにくるところ、根は素直なのかもしれない。
「あぁ、合同訓練の時の話か。俺よりも篝火に謝った方がいいな」
「いえ、紫紺様、ここは思いっきり地面にキスさせてやりましょう」
「つづみは黙ってなさい」
よしよしと頭を撫でて、荒ぶる婚約者を宥める紫紺。
さくらに頭を触られている時は、ブチギレる寸前の野犬みたいな威圧感を最近出すようになっていたつづみ。
それが、紫紺に撫でられ、嬉しさのあまり抱きつきそうな子犬の笑顔となっている。
「そうね。篝火家だからってあの子は関係ないものね」
意味深な蓮華の言葉に、紫紺は不思議そうな顔をするが口を挟むのはやめておいた。
「謝罪のためだけに呼んだのか?」
「まぁ、呼び出した理由はそれだけど、ついでに忠告しとこうと思って」
蓮華は真面目な顔になると、話を続ける。
「六条院家の『駒比べ』ってわかるかしら?」
「……いや、なんだそれは」
「あたしも、六条院先生や親から初めて聞いたんだけど……」
蓮華は『駒比べ』について自分が知った事だけを簡潔に伝えてきた。
六条院家では自分の弟子を競わせる『駒比べ』という遊びがあること
六条院むつむは、その駒に澪標さくらを選んでいること。
さくらは仲間集めで4人の仲間を必要としていること。
「その4人中に、少なくとも、あたしとつづみが含まれてるわ」
忌々しそうに蓮華はそう呟いた。
「なぜつづみが選ばれた?」
「透視の能力が珍しいからじゃない?使い方によっては結構脅威なのはアンタもわかってるでしょ?」
敵の位置や罠の場所、相手が何を持っているかさえ、リアルタイムで、わかるのだ。
戦い方によってはかなり有利だろう。
だが、本当はつづみに透視能力はない。
嘘だとバレても面倒だから、駒比べに参加させたくないのだが。
「あたしは単純に戦闘要員ね。で、さくらのやつ、つづみの事諦めてないみたいよ」
「ウヘェ……」
心底嫌そうな顔をするつづみ。
「余計わけがわからんな。駒比べ?とやらに勝つためにつづみの力が必要ならば、素直に協力を交渉すればいいだろうに」
「あいつらの考える事なんてわかんないわよ。二人とも頭おかしいんだもの」
「二人……澪標と橋姫か?」
えぇ、そうよと、うんざりした顔で蓮華が頷く。
「今ならよくわかるわ。橋姫ミハトが言ってることがおかしいって。あの子妙にあんた達を別れさせたがってるけど、なんで?なんか恨み買うことしてない?」
疑いの目を向ける蓮華に、心外だと言わんばかりに否定する紫紺
「まさか、蓬生家は橋姫家とは良好な関係だぞ。なんなら昔は縁談が来たぐらいだ。定期的に異能用の薬も橋姫家に注文しているし、そもそも、橋姫家と争う家なんぞないだろう」
橋姫家は異能術のサポートのみならず、製薬関係でも力のある名家である。
橋姫家の恩恵に預かっていない異能持ちの家は少ない。
「じゃあ、ミハトの独断かもしれないわね。」
よっぽどあんたが嫌いなんでしょうね、と若干の哀れみの目で見られる紫紺。
「とにかく、気をつける事ね。特にお友達にも気を配りなさいよ」
蓮華の言葉に、紫紺はなんだと?と言葉を返す。
「あの藤袴っていう男子よ。あんたの取り巻きの関屋や、からたちはバックについている家が大きいから大丈夫でしょうけど、藤袴家はそうでもないわ。下手すりゃ、あんたらに巻き込まれる可能性だってあるんだから」
そんなに大事になる可能性があるのか、と紫紺はげんなりした顔で大きなため息をついた。
「あの、よろしくて?」
おずおずとつづみが手を上げて、発言したいと紫紺にアピールする。
どうしたつづみ、先ほどの暴言が嘘のように可愛いじゃないか。という言葉を飲み込んで、紫紺は「なんだ?」と冷静に問う。
「薄雲様、あなたはどうしますの?」
つづみの問いに、蓮華は多少驚いた顔をするも、観念したように答えてくれた。
「あたしは家から『六条院様に逆らうな』って言われてる。だからあたしの意思なんて関係なく駒になるしかないわけ。ホント嫌になる」
居心地悪そうにそういうと、蓮華はつづみをみる。
「正直、つづみとあたしは同じ立場だと思ってたのよね。家の都合を押し付けられて、やりたくないことをやらされてるんだって」
命令されての、紫紺と婚約関係になり、いやいや付き従っているのかと。
「でも違った。あんたほんとにそいつの事好きなのね」
そいつ、というのは紫紺の事だろう。
「えぇ、心から愛しておりますわ」
素直なつづみの言葉に、あははと、初めて蓮華が笑う。年相応の、可愛らしい笑顔だった。
「羨ましいわぁ。あたしは家のためになる男のところに嫁げって言われてるから余計にね。あんたみたいな夢中になれる旦那様だといいんだけどね。いっそ、蓬生家の第二夫人でも狙おうかな」
「ぶちのめしますわよ」
「冗談だって」
蓮華はつづみのマジギレ具合に苦笑する。
「話はそれだけ。言っとくけど、あのやばい二人には私が情報漏らしたってバレないようにしてよね」
「待て薄雲」
去ろうとする蓮華を紫紺が呼び止める。
「今から食堂では間に合うまい。もうここで昼食にしよう」
「はぁ?何言ってるの。食べ物あるわけ?」
不思議そうな顔をする蓮華に、紫紺はある方向を指差す。
謎の黒スーツの老人が、黒々とした重箱を持って隠れていた。
「……え、だれ」
「うちの使用人だ。もう時間もそんなにない、食って行け」
「関屋清護と申します。薄雲のお嬢様」
首には相変わらず入校許可証がぶら下がっている。不審者として通報する手段は必ず潰す。
「要からとりあえず3人分用意しておけと連絡が来ましたが、正解でしたな」
ニコニコとレジャーシートを敷き、取り皿と箸を三人に配る関屋祖父。
「いやはや、紫紺様とつづみ様の邪魔をするなら、もう、どうしてやろうかと思いましたが、話を聞けば、もはや若様とつづみ様を愛でる同士ではありませんか。ささ、薄雲のお嬢様、御飲み物は如何なさいますか」
「え、何このやばい人」
「うちの使用人だ」
正直ここまでするとは俺も思ってなかった。と紫紺は虚空を見る。
さっきから視界の端でチラチラ『若様ご飯持ってきましたぞ』アピールする清護は見えていたのだが、なんだこの豪奢な弁当。
「色々言いたいことはあるだろうが、諦めてくれ。食事にしよう」
「紫紺様!紫紺様の好きな蓮根の挟み揚げありますわよ!」
「薄雲のお嬢様、お飲み物はこちらのクーラーボックスにありますのでお好きなものをどうぞ」
その日、薄雲蓮華は改めてこいつらヤベェやつだなと、認識したのであった。
*****
食事を終えると、つづみと蓮華二人で教室に戻ることになってしまった。
「いいか、くれぐれも失礼な事や喧嘩を売るようなことを言うんじゃないぞ。フリじゃないからな」と紫紺に釘を刺されたつづみは、大人しく蓮華と共に二人で教室に向かう。
「よろしかったのですか?」
「何が」
「貴女の行動は、澪標側から見れば裏切り行為に当たるのではないかと思いまして」
蓮華を見る事なく、つづみは微笑み、表情を崩さずに問う。
「……まぁ、そうかもね。だけど、あいつらも何もできないと思う」
ただでさえ仲間選びに難航しているのだ。ここで蓮華を切り捨てることは出来ないだろう。
「あんまり表立ってあんたたちのの味方はできないけどね」
「それでも、貴女の情報は役立ちましたわ」
少なくとも、どうしてさくらがつづみに執着するかはわかった。
「ふふ、出会った当初、ツインテ引っこ抜いたのをその節穴の目に移植したろか!と思ったのを謝罪しますわ」
「いや、怖。発想が怖」
つづみの発言にドン引きの蓮華。
「どうして、急にあんな話を?」
「……蓬生紫紺に謝りたかった。なんて理由じゃ、あんた納得しなそうね」
ガリガリと蓮華は頭を掻く。
「嫌がらせよ。嫌がらせ。あいつら、あたしが逆らわないって思って舐めてるから、ちょっとぐらいアンタたちが抵抗してもらったらスカッとするかなって」
クスッとつづみが小さく笑う。
「あぁ、それなら納得です。むしろそういった考えの方が私としても共感できますわ」
「性格悪いのね」
「しばくぞ」
つづみは口も悪かった。
「……あなたが、澪標に逆らえない理由もついでにお聞きしても?」
「ついでで聞かれるような事じゃないんだけど」
それでも、少し悩んだあと、蓮華は答えることにしたようだった。
「一年ぐらい前かな、篝火家の能力者の一人が異能を制御できなくて、能力の暴走を起こしかけたの。たまたま上の指示で、警戒してたうちの兄貴が対応に入ったんだけどさ。
あ、うちの兄貴、異能管理局の下っ端で。まぁ、運が悪かったのよ」
蓮華の声が、暗く、だが静かにはっきりと続ける。
「兄貴、今意識不明で入院中」
ほんの少しだけ、蓮華の声が震えるのがわかった。
「篝火家は治療費と慰謝料を出すって言ったけど、親父は『息子が応援を待てば防げた』ってなっちゃって。馬鹿で意地はっちゃってさぁ。逆に篝火家とぎくしゃくしはじめて、まぁ、その他色々大変なのよ」
そこで六条院家が、嫌、正しくはむつむが出張ってきたと言うところか。
「あたしがさくらを手伝えば、六条院家が援助してくれるって話なわけ。まぁ、それこそ色々とね」
「そう、でしたの」
おそらく、その兄というのは薄雲家の跡取りだろう。
その跡取りが意識不明ということは、正直薄雲家としても、状況もあまりよろしくない。
蓮華はもしもの時に備えて、その血を、異能を少しでも残せるよう『優秀な男』を選ぶよう、家から言われているというところか。
援助というのは金銭的な問題だけでなく、『優秀な男』も用意してやるということも意味するのかもしれない。
「そう」
つづみは、息を小さく吐く。
「だから、ま、あたしが敵対しても恨まないでよね。あ、一緒に教室入ると疑われるわ。
あたし一応あんたらを説得する言って出てきたから」
ちょっと遅れてきなさいよ。と蓮華はいつものような傍若無人な態度を取って先に行ってしまった。
「気に入りません」
蓮華の態度ではない。
人の弱みにつけ込むような六条院のやり方がだ。
あまりにもやり方が下劣。
なおかつ、さくらだけの力ではなく、むつむがハーレム要員集めに手を貸しているのも腹立たしい。
蓮華しかり、Sクラス強制加入の巴しかり。
つづみは窓の外を眺めて、微笑んだ。
自分と紫紺様の学園生活の邪魔をされ、何より、愛し合う自分と紫紺様を引き裂く前提の、その頭に虫の沸いた愚策。
「いち、にぃ、さん」
つづみは指折り数える。澪標さくら、橋姫ミハト、六条院むつむ。
とにかくこの三人さえどうにかすれば、いい。
あぁ、それにしても。とつづみは感極まるように、甘く息を一人吐く。
あんなに、紫紺がつづみを取られないように、必死に考えて動こうとしている様が見れるなんて。
「私ったら、愛されてますわぁ」
満足げにそう呟くと、つづみは足取り軽やかに教室に向かうのであった。
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