第8話 勝っても負けても
「うぅー、つづみちゃんとからたちちゃん、手強いなぁ」
寮にあるさくらの部屋で、パジャマ姿のミハトがベッドに座り込み、ため息をつく。
放課後のミハトの誘いはまたしても断られてしまった。
「あいつら強情だな」
「ホントだよ。予定では今頃は5人で楽しく過ごしてるはずなんだよ?」
ミハトはむぅと頬を膨らます。
「さくら、はやくつづみちゃんを助けてあげようよ!」
「まぁ、待てって」
さくらはニヤリと笑って見せた。
「プライドの高そうな奴は、みんなの前で打ちのめしてやるのが一番効果的だろ?」
SクラスAクラス合同授業が月末あたりにあるはずだ。
そこでつづみを束縛する紫紺とやらをぶちのめす。
「ミハト、もう少しだけ待ってろ。すぐにつづみも仲間にしてやっから」
「ホント?はやくみんなで仲良くしたいなぁ」
「そうだな」
じっとりとした目を今度はミハトに向けるさくら。
視線の意図に気づいたミハトは、苦笑いして人差し指を重ねて「だーめ」とバツを作る。
「むつむちゃんも言ってたでしょ?仲間が出来てからだよ。そしたら『みんな』でさくらと仲良くできるもん」
少女はそう笑うとベッドから降りた。
「おやすみさくら。はやくみんなで楽しもうね?」
そう笑って少女は部屋から出った。
「みんなで、ねぇ……」
ミハトにつづみに蓮華、からたち。
いずれも自分の女にしてみせろと、むつむちゃんは言っていた。
胸のデカさはからたちが一番だが、蓮華は尻と足がいい。
つづみは小柄で、体型の似ているミハトと比べても合わせても楽しめるだろう。
4人を抱く様を考えて、さくらは鼻の下をだらしなくのばしたのだった。
*****
その日Sクラスが少人数のため、合同練習となると教師から説明を受け、紫紺達Aクラスの面々は、更衣室でジャージに似た訓練着に着替えていた。
紫紺は長い髪を後ろで結んでおく。
同じく訓練着に着替え終わった要と百多郎と共に更衣室を出て、訓練所に向かう途中、同じAクラスの生徒、
「蓬生君、私たちは補助に入るようにだってさ」
小柄でベリーショートの黒髪、外で運動するのが好きだという彼女は健康的に焼けた肌をしていた。
「そうか、篝火家の人形を使うのか」
「お、よく知ってるねー」
篝火家は念力で人形を操る異能に長けた家だ。
他の家より、そういった異能持ちが生まれやすいらしい。
「人形は学校側で用意してくれてるからさー、私はそれ動かしてくれって」
「贅沢な事だな。篝火家の人形は一体五十万はすると聞くぞ」
「そんな事ないよー。学校のはせいぜい全身稼働するマネキンみたいなやつだから十五万ぐらいだよ。特注人形なら桁が3個ぐらい変わるけど」
あははははと、あっけらかんと笑う巴。
篝火家の能力は個人によって差があるが、遠隔で人形を動かせるというメリットはかなり大きく、使い道も様々だ。
災害、事故の際の救助活動や、巨大な人形なら簡単に岩やら車なども移動できるという。
有能なものならば、数十体を同時に、操ることもできるという。
「蓬生くん、今日は奥さんと一緒の授業だから、イイトコ見せないとねー」
ニヤニヤと笑って紫紺をいじる巴。
奥さんとはもちろん、つづみの事だろう。
入学してからほぼ毎日お昼にはAクラスにやってくるつづみ。
Aクラスではすでに蓬生夫妻とか言われていた。
「私の人形が、戦闘向きじゃない生徒の訓練用。蓬生君は戦闘向き異能生徒のお手本として動いてもらうんだってさー」
「すごいな。たしか試験の人形操作も篝火家の人間が動かしていたのだろう?」
「そうそう。誰かさんは消し炭にしたりしたけどねー」
「手加減するなとの事だったからな」
「関屋君は人形の関節バキバキにしてくれちゃってさぁ」
あははははと、また楽しそうに巴が笑う。
「あ、じゃあ、私は人形準備しないといけないから。蓬生君手伝ってー」
「わかった。要、つづみを頼んだぞ」
ーーー 一方、つづみの方は。
「あの男、やはり早急に処分しなくては」
ちょっと死んだ眼のつづみがぼそっと呟く。
本来なら隣のからたちが、まぁまぁと宥めるが、今回は彼女も無言で頷いていた。
というのも、Sクラスは少人数との事でさくらだけ別教室に行かされ、残りの4人は教室で着替えるの事になったのだが。
授業を勘違いしてたとか、忘れたとか言って着替えている所を思いっきりさくらが教室の扉を開けたのだ。
悲鳴をあげる女子、蓮華、つづみ、からたちの3人。
「ちがう!わざとじゃねぇ!」とかいいながら、なかなか扉を閉めないさくら。
まぁ、着替えを覗かれたのは間違いないのだ。
「ご、ごめんね。さくらってたまにドジだから」
「話しかけてこないでと、澪標さんにお伝えくださる?」
ミハトの言葉に、冷たく切り捨てるつづみ。
こんなイベントが起きるのは覚えてなかった。例の未来予知ラノベで読み飛ばした可能性は高い。
不機嫌そうな蓮華も無視して、つづみはさっさとからたちと共に移動する。
他のAクラスの生徒が集まっている場所に合流するとざわめきがいっそう大きくなった。
「え、やだ、誰あれ」
「Sクラスの男子って一人じゃなかった?」
「カッコいいー。好みの顔かもー」
「関屋くんといい勝負じゃない?」
眼鏡を外し、髪を整えたさくらの姿を見て女子が色めき立つ。
入学時の垢抜けない姿からは予想外の容姿だ。
涼しげな目元に、整った顔だち。
はいはい変身願望もあったのねーとつづみは軽く流して紫紺の姿を探す。
「つづみ様」
こちらにいち早く気づいた要が百多郎と共につづみに駆け寄る。
「あれが澪標ですか?つづみ様!自分と澪標、どっちがかっこいいですか!?」
「答えは紫紺様。紫紺様が一番かっこいいのでその質問は無意味ですわ」
「それでこそつづみ様です!」
わぁっ、と一人はしゃぐ要。この手のやりとりに、もう慣れた百多郎とからたちはお互い「がんばりましょうねー」とにこやかに挨拶する。
Aクラス担当の教師が生徒を整列させる。
「今から身体強化メインの異能強化授業を始める。とはいえ、これは出来に差があるから、初めに手本を見せる。蓬生、篝火、頼む」
教師に呼ばれて、二人が前に出た。
と、その後ろを顔のない、真っ黒なマネキンがギシギシと歩いて来る。
「篝火が操作するのは異能者向けの訓練人形だ。素材は、なんだっけな?スチール?」
「外装の一部だけスチールとアルミですね。本体は木材ですよー」
なんでこの人形に殴られるのは、鉄板巻いたバットで殴られるようなもんですねー、とさらっと巴が笑って言ってのける。
「だそうだ。蓬生、まずは防御頼む。あ、火は使うなよ」
「はい」
「よし、篝火頼んだ」
はーい、と巴が返事をすると、訓練人形が紫紺に殴りかかる。
それを両腕で構えて防御する紫紺。
「簡単そうに見えるが、これ、普通なら骨バキバキ折れる威力だからなー」
そんなのを生徒にさせるな、と内心呆れる紫紺。
「お前達が得意とする異能は、自分の異能での肉体の損傷を抑えるため、自動的に身体を強化する補助異能が発動するようになってる。戦闘向きの異能の者ほど強化しやすい。今回はその得意とする各自の異能は抑えつつ、強化のみを発動できるようにするものだ。じゃあ、蓬生、攻撃してくれ」
「はい」
紫紺は人形の攻撃をいなすと、その胸部を掌打する。
バキン!と胸部の外装がへこむ大きな音と共に、まるで紙のように人形が吹っ飛んだ。
「うそっ、そんなあっさり!ひどぉい!」
巴の冗談めいた悲鳴が上がるが、紫紺は素知らぬ顔をする。
「ここまでしろとは言わんが、まぁ一つの目標にしろ。そんじゃ、グループを二つにわけるからなー」
二人の簡単なお手本が終わると、Aクラス生徒が騒めく。
「やっぱ蓬生旦那って、すげぇ人なんだな」
「おれ、戦って勝てる気しねぇわ」
「てか、鉄板巻いたバットって何!?怖すぎんだけど!!」
クラスメイトの畏怖の言葉にも、紫紺は表情を崩さない。
いや、正直、蓬生旦那って呼ばれたのにはニヤつきそうになったが。
「若様、お見事でした」
要がいそいそとやってきて紫紺を褒め称える。
「大した事ではない」
「ご報告があります。つづみ様が『紫紺様が髪まとめてる。うなじがセクシーすぎてモザイク入りますよ!スマホアプリなら配信停止扱いですわ!』とのお言葉が……」
「俺のうなじを猥褻物扱いするなと、言ってくる」
つづみに一言言ってやろうと、彼女を探して向かおうとした時だった。
「篝火のお人形壊したぐらいでイイ気なもんねぇ」
明らかにこちらを挑発するような言葉だった。
「あたしも、ちょっと前に篝火のお人形と戦ったけど、割と見掛け倒しよね」
あんなん倒しても何の自慢にもならないわね。と言葉を続けるのは薄雲蓮華だ。
「薄雲蓮華」
紫紺は彼女に向き合い、忠告する。
「篝火への侮辱だ。口に気をつけろ」
「あら、ごめんなさい。安全圏からこそこそするタイプの異能って卑怯に思えてね。悪気はないのよ。」
肩をすくめて笑う蓮華の言葉に、紫紺は眉根を寄せる。
彼女の言葉を諌めようとした時、ぽん、と肩を叩かれる。
「いいよ、蓬生君。気にしないで」
にかーと笑ってみせるのは、篝火巴本人だ。
「二人とも、戦闘向き異能グループじゃ指導役なんだからしっかり。じゃ、蓬生奥様の相手は任せたまえ!ふふふ、可愛がってあげよう!」
冗談めかして、非戦闘向きグループの方へ向かう篝火。
「何よ。言いたいことあれば言えば?」
紫紺はなおも強気な蓮華をジロリと睨むが、その場を去る事を選んだ。
「……行くぞ要。手合わせしろ」
「はい若様!」
ふん、口だけは立派ね。と後ろから聞こえてきた蓮華の言葉に、要のこめかみがひくついた。
「若様、自分ちょっとあの女しばきーーー」
「駄目だ」
要の怒りを押さえつけるように、紫紺は遮るのだった。
ーーー
「私、身体強化はからっきしなんですの」
「うーん、そうみたいだねぇ」
篝火は一度に複数の訓練人形を操作している。
その人形を殴るなり、投げるなりして動かすのが非戦闘異能グループの課題なのだが。
つづみがどんなに押しても引いても人形はびくともしなかった。
すでに諦めて体育座りで見学である。
篝火が良い手本がいないかと、周囲を見回す。
「蓬生さん、ほら、あそこの帚木さん見てて」
ちょうど帚木からたちが、訓練人形の前に立ったところだった。
同じ非戦闘異能だから、彼女は戦闘は苦手のはずだ。同じような動きをすればちょっとは流れがつかめるかも。と、二人が思った次の瞬間、からたちは訓練人形を背負い投げしていた。
予備動作すら読めない早業にひぇっ、と誰かが小さい悲鳴を上げる。
「……いや、やっばい。あの人。手本になるかと思ったけど速すぎて無理だねー」
「あ、藤袴さんに褒められて照れてますねー」
「おー、藤袴君も頑張ってる。けど、人形引っ張ってるだけだー。投げれなーい」
巴とつづみがほんわかと見守っていた頃ーーー
「ねー、俺とも相手してよ。シコンサマー」
紫紺と要が一通り組み手が終わったあと、さくらが馴れ馴れしく話しかけてきた。
へらへらと笑ってみせているが、その眼は値踏みしているようだった。
「では、自分が」
と、要がさくらを遠ざけようと自らすすみでるが。
「あ、太鼓持ち君は後でね」
へらりと笑うさくら。
さくらの侮辱に、要はあっさりと「そうですか」と引き下がる。
「つづみの婚約者だっけ?シコンサマってさ。いいねぇ、お家の人にお嫁さんまで用意してもらえるおぼっちゃんは。羨ましいわー」
安い挑発に、紫紺は怒りよりもただただ不快感を覚える。
さくらの後方では悔しそうにこちらを見る生徒や、疲れて座り込んでいる者もいる。おそらくさくらの訓練相手だったのだろう。
なるほど、Aクラスの生徒と互角以上に戦えるようだ。
「Sクラスの澪標だな?同じクラスの薄雲はどうした?」
「いやー蓮華は今日不機嫌すぎて、相手すんの怖くてさぁ。多分、オンナノコの日」
本人は茶目っ気たっぷりの冗談のつもりだろうが、笑えないし、デリカシーもない言葉に紫紺は返事をする気も失せた。
なるほど、つづみが嫌悪するはずだ。
「あ、つづみー!今からシコンサマと遊んでもらうから見に来いよー!」
わざわざ非戦闘グループに声をかけて、周囲の注目を集めるさくら。
これで紫紺が断りにくいようにしたつもりらしい。
SクラスのさくらとAクラス戦闘異能トップレベルの紫紺がやりあうと聞けば、皆が興味をそそられたのか、自身の練習を止めて集まり出す。
教師はどこ行ったと、紫紺は周囲を見回すがいつの間にかいなくなっている。
「はいはーい、じゃあ私が審判するよ!」
ぴょんぴょんと橋姫ミハトが手を挙げて飛び跳ねる。
「試合形式か」
紫紺の言葉にも、ヘラヘラとさくらが笑ってみせる。
「そ、ルールはわかりやすく。『参った』か戦闘不能にするか」
「審判……」
紫紺はミハトのほうをチラリと見るが、ミハトは何も気づかずニコニコと微笑んでいるだけだ。
有効打を判断できる能力は期待しない方がいいだろう。
「そのルールだと大怪我しちゃうじゃん。もー、ヤバいと思ったら私の判断で止めるからねー」
空気を読んだのか、篝火巴が訓練人形を数体引き連れて、第二審判を申し出てくれた。
『そういえば、つづみの予知では俺は負けるんだったな』
数日前にした『賭け事』を、紫紺はここで思い出す。
『まぁ、つづみも忘れてるだろう』と、ちらりと婚約者を見ると。
それはそれは美しく、穏やかで、蕩けるような笑顔を浮かべていた。
『あれは絶対覚えている』と、紫紺は即座に理解して絶望した。
なんなら要も慈悲と安寧の微笑みを浮かべている。
『あ!!あいつ!だから簡単にさくらの挑発に引き下がったのか!』
今更ながらに紫紺の頭に浮かぶのは、可愛いつづみと交わした可愛くない約束だった。
『忘れているわけがなかった!あのつづみが!忘れているわけなんてないだろう!馬鹿か俺は!』
焦っても、時すでに遅し。
「それじゃー、構えてー」
ミハトの言葉に、紫紺は意識をすぐさま前のさくらに向ける。
「はじめぇっ!」
ミハトの開始の声とほぼ同時に、重い衝撃が紫紺を襲う。
首元を狙っての、さくらのハイキックだった。とっさに身体強化した腕でガードしなければ、脳震盪を起こしていただろう。
この一撃喰らっただけで、ビリビリとした痛みで手はろくに動かないのがわかった。
再度、顔面を狙っての右ストレート。 紫紺はとっさに避けて、後ろに跳ぶ。
『凄まじいな』
六条院の教えを受けていると言うのは伊達ではなかった。
単純な体術なら紫紺をも上回るだろう。
続いて来る横殴りの拳をいなすが、それは布石だったらしい。
いなされた反動を使って、くるりとさくらが回ったかと思えば、紫紺の脇腹に回し蹴りが入る。
常人なら内臓に損傷がでるレベルだろう。
「ぐっ!」
歯を食いしばり、脇腹から脳天まで走る激痛に耐える。
「おいおい、どうしたシコンサマァ!」
今度は痛ぶるように拳で連続で殴り続けてくる。
たまらず、紫紺も反撃にでるが、容易く回避され、防がれる。
「ははっ、つづみ、見てたかー?」
彼氏面で、さくらがつづみに手を振る。余裕綽々という様子と、その態度に紫紺は若干腹を立てた。
なんだお前は、つづみのなんなんだ。馴れ馴れしくつづみを呼び捨てにするな。
ちらりと、紫紺はつづみの様子を見る。
つづみは一切、さくらを見ていなかった。
つづみの視線の先は紫紺しかいない。
殴られ続けて防戦一方、おおよそかっこいいとは言い難い姿なのに、つづみはうっとりと紫紺だけを見ている。
そう、紫紺様好き好き大好きモンスターつづみにとって、さくらが何をしようと無意味無価値。
つづみは紫紺だけを見て、恋する甘い声で紫紺を応援する
「紫紺様ぁ!勝ったらつづみ、なんっっっでも言う事聞きますからねぇ!」
そこまではこの蓬生夫妻の関係から予想出来た。「旦那頑張れー」と男子からヤジも飛ぶ。
「負けたら、約束通り、つづみとお風呂ですからねぇ!!負けてもいいんですのよぉぉぉ!」
つづみのとびっきりの甘えた声。なんなら負けろと言わんばかりだ。
ヒュッと息を吸って固まる紫紺。
は?え?と理解ができないさくら。
手を合わせて無言で祈る百多郎。
首まで真っ赤にしてあわあわするからたち。
そして何より、後光が差しかねないばかりの要の満足気な笑みから、全てを察して理解するAクラスの生徒たち。
「澪標負けろボケェェェ!!」
「ふざけんな!婚約者とお風呂で洗いっこだと!死ねぇぇぇ!!彼女持ちは滅べぇ!!」
「蓬生負けろー!!ここは負けるが勝ちだろがー!」
「蓬生くん!奥さんのためにも負けてー!!」
Aクラス、特に男子のヤジが激しくなる。
さくらも自分が勝っても負けても、つづみと紫紺がイチャつくだけだとわかり、明らかに動きが鈍る。
ミハトも何故か慌てているようだ。
「あわわわ!さくら!勝ったらダメだよ!負けてもダメだけど!」
「え、ちが、こんなはずじゃ」
さくらの予定では、みんなの前で紫紺をボコボコにして土下座させて参ったと言わせるつもりだった。
奴のプライドをめたくそに折ってやろうと。
「さくらっ!!」
ミハトの悲鳴に気づいた時には遅く。
さくらは胸部に紫紺の掌底打ちを見事なまでに当てられてしまった。
「ンゲッ……」
肺から空気が無理矢理押し出されるような息苦しさと共に、身体が宙に浮き、さくらは受け身も取れず、地面に仰向けに倒れた。
慌てて立ちあがろうにも、呼吸を整えられれず、咳き込んでさくらは芋虫のように丸まるばかりだ。
「勝負あり!」
歓声と罵声と悲鳴が、訓練所を揺らした。
*****
「ねぇ、ちょっと」
「は、はい」
紫紺とさくらの決着がついたすぐ後だった。
蓮華がからたちにこっそりと話しかけてくる。
「あの二人、本当に、仲良いの?」
ちょっと信じられないとばかりに、蓮華は目の前の光景を眺める。
紫紺に喜色満面で駆け寄るつづみに、顔を顰めつつもつづみを見る目が優しい紫紺。
蓮華が聞いていた話と「だいぶ違う」
「そうですね。お二人とも、とても、仲がよろしいです」
「ふぅん、あの子趣味が悪いわね」
憎まれ口を叩く蓮華に、クスリとからたちが笑ったのがわかった。
「何よ」
「いいえ、何も」
何かまた言い換えそうと蓮華は口を開くが、黙っておく。
「あたしとは違うんだ。なんだ、よかったじゃない」
ぽつりと蓮華が呟いたのを、誰も知らない。
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