第7話 二人の勝負

「もー!!つづみちゃんてば!たまには一緒に帰ろうよ!あ、一緒にカフェ行こうよ!

この間ね!すっっっごく可愛くて美味しいケーキ屋さん見つけたの!カヌレもおいしいんだよ!!」

放課後、とっとと教室を出ようとしたつづみは、内心げんなりする。

リスのように頬を膨らませて怒ったかと思えば、今度は無邪気な笑顔でつづみの腕に抱きついてクリクリとした可愛らしい上目遣いでミハトが誘ってきたのだ。

「申し訳ありません、紫紺様とご一緒する予定なので」

つづみも慣れたものであっさりとミハトを振り払い、いつものセリフでミハトの誘いを一蹴する。

「ちょっとー!からたちちゃんもなんで黙って帰るの!?」

こっそり教室から出て行こうとしたからたちが、びくりと身を震わせた。

「ご、ごめんなさい。私、今日は、すぐ家に戻らないと、行けなくて。

あと、決められた場所以外で、食事は、許されてなくて、仮面、外れたら大変だし」

仮面を言い訳に逃げようとしていると思ったのだろう、再度ミハトの頬がぷぅと膨れる。

「そんなの、こっそり行っちゃえば、わからないって!」

ミハトの声に便乗するように、やれやれとさくらが口を出してくる。

「お前らさぁ、そんなに家に縛られて、生きてて楽しいのかよ?」

その言葉にからたちは俯き、つづみはピキッ!と表情を強張らせる。

「からたちは親や家の言うこと聞いて仮面つけてずっと生活していくつもりかよ。それ、どうにかしようとか思わないわけ?」

この男、本当にデリカシーがない。とつづみは心から軽蔑する。

からたちが自分の仮面を恥じているのはそんなの少し話せばすぐわかることなのに。

「仮面が異能制御装置だと説明があったでしょう。その言い方は失礼ですわ」

つづみはなるべく感情を込めず、冷静にさくらを諌める。

「いや、だって見てて異常だろその仮面。普通の異能制御の器具あるじゃん。体に埋め込むタイプやアクセ型のさぁ」

もしここに藤袴がいたならば、さくらに殴りかかってくれただろう。

そんなさくらの発言を聞いて、今度は薄雲蓮華がわざとらしいほど大きなため息をついてみせる。

「体内に埋め込むタイプはそれこそ『異能が危険』と判断された特殊例。それに、あたし達ぐらいの年齢はまだ異能が安定してないの。そんな体で埋め込み型なんて使って見なさいよ。適合できなくなったら大問題よ。それにねぇ、アクセ型で市販されてるのは制御機能としてはすごく弱いタイプなの。専用のタイプは利用者に合わせて調整して、値もはるし、部品も貴重だし、能力の強さ次第じゃ、いくつもつけないといけないのよ」

蓮華がスラスラと語る。そこの知識はさすが名家で教育された異能者というところか。

「てか、あの帚木家があんたが気づくような事に気づいてないわけないでしょう?色々試した結果その仮面が一番いいって判断されたんだってわかんないわけ?」

「おー、説明ありがとさん」

さくらの態度に蓮華は大きく舌打ちして見せる。不愉快という態度を隠す気はないようだ。

「まーそしたらからたちはいいとして。つづみは?お前はいつまで紫紺様のおもちゃなんだ?」

さくらの挑発に、まぁ、とつづみは打って変わって満面の笑みを作る。

それは決してさくらへの笑顔ではない。

『自分をおもちゃ扱いするドS紫紺様も大変大好物です』という性癖ゆえの笑顔だ。

そんなことを微塵も感じさせず、つづみはにこやかに語る。

「紫紺様が私をおもちゃ扱い?そのような真似をなさるわけないでしょう?私は私の意思で紫紺様の側にいるのです」

堂々と、胸を張り、勝ち誇るようにつづみは宣言する。

「紫紺様は、私を、それはそれは大事にして下さいますの」

だから、貴様如きが紫紺様を語るなとばかりのつづみの眼に、さくらは思わず助けを求めるようにミハトに目を逸らす。

「いや、でもその歳で婚約者とかおかしいだろ」

「そうだよつづみちゃん!これを機に蓬生家からちょっと離れてみようよ」

さくらとミハトの言葉の、なんと、つづみの心に響かぬことか。

「ごめんなさい、この後、紫紺様と『放課後制服デェェェト』なので、それではさようなら!」

威嚇するように、デェェェトを強調してつづみは教室を出る。

どさくさに紛れて、しっかりからたちの腕を掴んで巻き添えにするのも忘れない。

「全く、本当に!!頭にきますわ!」

からたちの腕を引き、ぐんぐんと進むつづみ。

「私はこのままAクラスに向かいますが、からたちさんはどうします?」

「あ、私は、家の車が、待ってるから」

「そう、では車までご一緒しますわ」

「あ、ありがと、えと、蓬生さん」

からたちは消え入りそうな、悔しそうな声で懇願する。

「あの、言わないで。その、仮面のこと、を、言われたって」

すん、とからたちが鼻を啜ったのがわかった。

「ご、ごめんなさい、仮面が、変なのは、わかって、るの」

改めて、自分の姿をおかしいと指摘され、傷ついてしまったのだろう。

本当に、あの男は最低だ。

からたちが、そんなこと、一番わかっているだろうに!!!

「からたちさん」

つづみはあろうことか、からたちの尻をペチンと叩く。

ヒャン!と可愛らしい悲鳴をあげる仮面の少女。

「あの澪標の言葉を気にするのなんて、無駄無価値ですわ」

つづみは断言する。

「紫紺様や私がその仮面について何も言わないならそれは『なんでもないこと』なのです!藤袴さんなんてかっこいい!って言ってたでしょう。どの言葉に重きを置くのかなんて、からたちさんの自由ですけど!?」

つづみは、からたちの仮面の奥にあるであろう目を見据える。

「澪標の言葉を一回思いだしたら、この間の私たちを思い出しなさい。貴女をどんな目で見てた?

それを10回は思い出しなさいな!!私と紫紺様が仲睦まじいシーンは100回でもよろしくてよ!!」

つづみは極めて真面目にとんでもないことを言う。

そのとんでもない言葉に、からたちはほんの少し救われたようで、小さな笑い声を漏らした。


ーーーーー


からたちが帚木家の迎えの車に乗り込んだのを見送ってから、Aクラスに向かった後、予定通り紫紺と要と合流し、放課後デェェェトとなった。


今日は要が、紫紺とつづみを「抹茶と栗の和菓子が美味しい甘味処があるから行きましょう!」と提案した場所である

イチャイチャするつづみと紫紺が、他のお客様の目の毒になると判断して、あらかじめ個室を予約したできる男である。

なお、断られたら人目も憚らずに泣き叫ぶ所存ですと、紫紺は要に脅迫もされていた。

「ほんと、早めに紫紺様と婚約しててよかったですわ。どんなに誘われようとも『婚約者が待ってるので』で断れますもの」

とある甘味処でつづみがしみじみと呟いてお茶を飲む。

「まだ、誘われているのですか?」

おや、と要が目を丸くする。

「えぇ、まったくしつこい連中で。何度私が紫紺様と一緒にいたいと言っても理解してくれなくて……」

「そうか。つづみ、栗きんとんも頼むか?お前好物だったろう?持ち帰り用の栗きんとんもあるようだぞ」

「紫紺様の口から栗きんとんって単語でると、かっこいいと可愛いが融合してインパクトが超新星レベルなんですね。つづみまた一つ賢くなりましたわ。あ、持ち帰り用買いましょう」

キャッキャッと案の定イチャイチャする紫紺とつづみ。

その二人をそれはそれは良い笑顔の要が眺める。少女漫画なら見開きレベルのいい笑顔だ。

「ここまで一緒にいるのを見せつけていれば、不仲説もなくなりそうなものですが」

自分プロデュースの放課後デートプランに満足気に頷く要。

事実、度々紫紺に会いにくるつづみを見て、Aクラスでは『あの二人仲がいいんだなぁ』という素直な感想もあれば、『彼女持ちは死ぬが良い』という悲しき僻みも時折見れる。

それでもSクラスでは頑なに『つづみちゃんは婚約を無理強いされてる』という認識らしい。

「あぁー……」

何か嫌なことでも思い出したのだろう。つづみが遠い目をする。

「あの、澪標さんはどうにかしてほしいですわね」

あれから、ことあるごとにつづみの頭をぽんぽんしてくる。

『俺はわかってるから無理すんなよ』といわんばかりにだ。

「つづみ様、最近の剣山は軽いものもあるみたいですよ」

「関屋さん、私の頭部に剣山常備しろと?それ、私の頭も返り血で真っ赤になりますわよ」

いやですわ、汚れるじゃないですかと呆れるつづみに、『相手を血まみれにするのはいいのか?』との疑問が湧くが、言及を諦める紫紺。

「その割には、俺には何も言ってこないな。その澪標とやらは」

「何か言ってきても、相手にしないでくださいませ」

澪標の相手が疲れたのだろう。つづみは死んだ目で乾いた笑い声を漏らした。

「もう本当にあの男。どうにかして合法的に存在を消す方法ないでしょうか」

今日の発言を思い出し、つづみはギリギリと歯軋りをしそうになる。

「まぁ、もしかしたら、合同練習の時に何か言ってくるかもしれませんね」

抹茶プリンを食べながら要が小さくうーんと唸った。

「SクラスとAクラスでの練習でしたわね……紫紺様、その日私と一緒に休みましょう?」

入学初日に見たあの本を思い出す。たしか記憶では紫紺がさくらと戦闘訓練を行い、加減できなかったさくらが紫紺を打ちのめしていた。

「そういうわけにもいかないだろう。まさか、ただの授業で決闘なんぞ申し込むほど澪標も馬鹿ではあるまい」

それでも深刻な顔をするつづみを見て、紫紺は少し考え直す。

「何か視えたのか?」

この件についてつづみが何か未来視しているのかと、率直に問うと、つづみは一瞬目を泳がせた。

「そ、そのぉ。澪標と紫紺様が戦闘練習として戦う未来を、以前、ちょっとだけ」

「なるほど、それで俺は負けたのか」

あっさり納得する紫紺に対し、つづみはあわあわと焦って紫紺を慰める。

「訓練での練習試合ですから!本気を出せば紫紺様が勝ちます!つづみは負けても勝っても紫紺様が一番好きです!」

でも、やっぱり好きな人がかませ犬の役割なのは辛い!と、つづみは唇を噛む。

「でしたら、せっかくなので一つ賭けをしては?」

要がニッコニコで悪魔のような提案を行った。

「次の試合、もしも澪標と若様が戦うことになって、若様が勝ったらつづみ様は若様の言う事なんでも一つ聞く。若様は負けたらつづみ様の言う事なんでも一つ聞く」

澪標との戦いを、推しカプのイチャイチャイベントのダシにする。

できる男、関屋要。

なお、これにより、勝っても負けても要には美味しいイベントになる。

「なんでも……?」

硬派を気取っているが、紫紺とて年頃の男である。口には出せないがつづみとしたい事は沢山ある。

例えば、学生らしい買い物デートとか、一日中一緒の部屋で過ごすとか。動物園とか水族館デートとか。あとは……

そこまで考えて、紫紺やイヤイヤと冷静になる。つづみがこんな賭けに乗るわけがないじゃないかと。


「一緒にお風呂」


つづみの力強い願望、否、欲望の声に、紫紺の淡い夢がぶち壊された。


「紫紺様が負けたら、私と一緒にお風呂入っていただきます」

迷いのない真っ直ぐな澄んだ目だった。


「無論、水着とかなしで。」


容赦なく逃げ道を潰すつづみ。速攻、スマホで人気の入浴剤やボディソープを検索する要。

「ま、待て、そういうのは良くない!」

慌てて紫紺が反論する。

「俺はつづみのご両親に、結婚までは健全な関係を持つと約束してるんだぞ!」

「ご安心ください!そこはつづみがなんとかします!力技で!」

頼もしく拳を握って力説するつづみ。本当に力技でなんとかしそうな勢いである。

「そ、そもそもなんでそんな賭けをする必要がある!」

「澪標に付け入る隙を与えないためです。あと、勝っても負けてもお二人がイチャイチャする事になれば、自分は満たされます。」

つづみに負けず劣らず真っ直ぐな目で要が紫紺を見つめる。

年頃の娘ならトゥンク……と、ときめきかねないぐらい宝石のように輝いた眼だった。

「では若様が負けたら、つづみ様と一緒に入浴ですね」

「約束ですよ?ちゃーんと守ってくださいな」

ね、紫紺様、とつづみが微笑む。

その微笑みを見て、ついついあらぬ妄想ーーー例えばつづみに背中を流してもらうとか、逆に紫紺がつづみを頭から爪先まで洗ってやるとかーーー紫紺の頭にいかがわしい妄想が浮かび、ぐぅ、と小さく呻く。


なお、つづみの方がもっといかがわしい妄想をしていたのは言うまでもない。


「俺が勝てば、つづみはなんでも一つ言う事を聞くんだな?」

つづみに振り回されたのが少し悔しくて、紫紺はわざと語気を強めて詰め寄る。

取り消すなら今だぞと言わんばかりだ。

「もちろんですわ。あ、でも、犯罪になりそうなものはやめてくださいね」

「当たり前だろうが」

つづみの未来予知は覆せない事はないが、現状、紫紺が負ける可能性が高いのは間違いないだろう。


「つづみ、悪いがお前の予知、覆してみせるからな」

「紫紺様、そんなに私に言う事を聞かせたいんですか……もう!えっち!ムッツリドスケベ!インキュバス!夜の大魔王!夜戦特化!」

顔を赤らめてきゃーと恥じらうつづみ。

どう転んでも自分に益しかないと確信し、菩薩の笑みの要。

そして、この暴走する婚約者をどう止めようか悩む紫紺であった。


「あ、要さん、そのローション風呂の入浴剤のページ私にも見せてくださる?」

「つづみ!やめなさい!要もスマホを渡すな!買うな!蓬生家に請求書を送るな!」

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