第6話 仲睦まじい二人

食堂の片隅で奇妙な4人組が食事を取っていた。

『なんで自分は、ついてきてしまったのだろうか』

藤袴ふじはかま百多郎ももたろうは日替わり定食を食べながら、恐る恐る残りの3人を見た。

向かいに座るのは蓬生よもぎう紫紺しこん。その隣には彼の婚約者である蓬生よもぎうつづみ。

ただ、朝見たご機嫌具合が嘘のようにどこか落ち混んでしまっている。

そして何より奇妙なのは百多郎の隣の帚木からたちだ。

仮面をちょっと上にずらしながら、少しずつ食事を進めている。


本来ならここに関屋要もいるはずだったのだが、別クラスの女子達に食事に誘われ、あれよあれよという間に別のテーブルに連れて行かれた。

すんごい無念そうな顔でこっちを見ていたが、主人である紫紺に「行ってこい」と言われては断ることもできなかったのだろう。

女子生徒にきゃあきゃあと言われながら囲まれる様こそ羨ましいと、正直に百多郎は思った。


「つづみが何かご迷惑をかけましたか?」

気まずい空気の中、切り込んだのは紫紺だった。

びくりとからたちが驚く、それに釣られて百多郎もちょっとびくつく。

「よ、蓬生さんは、何も、悪く、ないよ」

その言葉に、つづみがじっとからたちを見る。

「朝、私、ほら、その、二人が、仲良いの見てたから、その、あんな、言われて、蓬生さんが、怒るのは、当然、かなって」

なるほど、と百多郎は今朝の要の言葉を思いだす。紫紺がつづみを無理矢理婚約者にしたと、言われる事が多い。

おそらくSクラスの誰かがそんな噂を真に受けて紫紺を悪く言ったのだろう。


「なんだつづみ」

紫紺が真顔で、つづみを咎めるように声をかける。


「お前の婚約者老け顔、とでも言われたか」


『違うそうじゃない!』と思うと同時に『気にしてんのかい!』というツッコミが同時に脳内で入り、百多郎は盛大に味噌汁を吹き出した。

大丈夫ですか、とからたちが咳き込む百太郎にテッシュを渡してくれる。


「そんなこと言われてません!それに!紫紺様はただ高校生にしてはなんか部隊とか率いてそうな貫禄がある素敵な老け顔ですわ‼︎」

「よく言われるが、それどういう貫禄なんだ?俺はそれを聞いてどういう感情を持てばいいんだ?」

『老け顔は否定せんのかい!』とふたたび百多郎の中でツッコミが入り、さらに咽せる。

「蓬生さんは、えっと、紫紺さんに、無理矢理、婚約、させられてるって、言われて、怒ってるんだよね」

咽せる百多郎の背をさすりながら、からたちが確かめるようにつづみに声をかける。

「当然です。だいたい、私は橋姫のお嬢様とは面識もなかったのですよ?それなのに、見当違いの思い込みで私を、『かわいそう』と哀れむなんて。もはや侮辱です」

怒りを露わにするつづみ。対して平静な紫紺。

「そんな事で拗ねているのか。つづみ」

「そんな事って!紫紺様も一緒に怒って下さいよ!つづみは今は共感して欲しい気分なのに!むしろ甘やかして!ドロドロに!!」

「じゃあ、放課後デートでもするか?」

「シュルゥ!!!!」

返事というよりは、なんか別の生き物のような鳴き声をあげるつづみ。

「って……そうやって私をごまかす気ですね」

すぐさま恨めしげな顔で睨むつづみに、紫紺はなんて事なく話を続ける。

「ごまかしではない。お前が婚約を無理強いされてるように見えるなら、俺の努力不足なのだろう。お互い納得して婚約していると内外に示す必要がある」

ん?とここで百多郎はどこか違和感に気づく。

「あの、僕はお二人ともお話しするのは昨日今日が初めてなんですが。」

困惑で、糸目をより細めながら百多郎が話をする。

「お二人を見れば、そういう噂が嘘だとすぐわかります。その、紫紺くんが、つづみちゃんを無理矢理婚約者にしているという噂です」

百多郎は今朝のデレデレのつづみを思い出す。あと、そんなつづみすらも愛おしそうに見る紫紺も。

「元々つづみちゃんはあまり表に出ていません。なのに『橋姫ミハト』ちゃんが、ちょっと見かけただけのお二人が不仲だと思ったが不思議ですなぁ?」

はて、と、百多郎は正直な感想を述べる。

「そもそも、そんな噂が広まってるのがおかしい。本家と分家の婚姻はそう珍しいものでもありませんですからな。しかも『橋姫家』のお嬢様が出会ってすぐの蓬生家の婚約に口を出すなんて、迂闊すぎますぞ?」

場合によっては『橋姫家』が『蓬生家』の事情に口出していると思われる可能性もある。

あ、と百多郎の言葉につづみも奇妙な事にようやく気づく。

自分の先読みで『橋姫ミハト』は「紫紺様を敵視している馬鹿女なんだ」と思い込んでいた。

『どうして』敵視するのか、という考えを見落としていた。

「というか、この食事の間でも二人が仲睦まじいと嫌でもわかって僕は胸焼けしそうです」

げんなりとして百多郎がつぶやく。

「こんな食堂で「これ、好きだったな?」って婚約者に食べさせるとか、普通はしないですぞ

「あと、多分、つづみちゃん、テーブルの下で、紫紺さんの、足に、自分の足、くっつけてる。お互い、足、絡ませて、いちゃついてる」

同じく少々げんなりした声でからたちが呟く

「そこに気づくとはさすが帚木家ですわ」

上から目線のつづみ。バレていたのかと、手で真っ赤な顔を覆い隠して俯く紫紺。

「つづみが婚約を強制されていると思われるのは、俺が強面すぎるせいだと」

「紫紺くん、ちょっとだけしか見てない僕が言うのも何だけど。君らの言動見てたらそういう考えは爆散する」

「うん、藤袴さんの、いう通り、貴方達、とっても、その、仲良し」

「うふふふ、帚木さんたら、そんなこと言われたらつづみ照れてしまいますわ。

まぁ、紫紺様と私が相思相愛、比翼連理!天の川がないバージョンの乙姫彦星なのは明白ですからしかたないですわね!!!」

ほらこれ!この言動よ!?とばかりに百多郎とからたちは、デレデレのつづみを指差して、紫紺に目で訴える。

「話は戻りますが、紫紺くんのいう通り、お二人の仲睦まじい様子を見せつけて行けば誤解もなくなりますなぁ」

そこまで言って百多郎は、内心『馴れ馴れしく言いすぎたか?』と内心焦った。

二人とも蓬生なのでうっかり名前で呼んでしまっていた。

しかし、百多郎の言葉に、そうか、と紫紺が頷くばかりだ。

「じゃあ、つづみ、放課後どこか出かけるか」

「紫紺様、私行ってみたかったラブなホテルが」

「真顔でいつもすごいこと言うなお前は。行かんぞ。絶対にだ」

同じく真顔でつづみをあしらう紫紺。

「紫紺様、つづみ様、近くに映画館があるのでそこ行きませんか?そのあと紅茶が美味しい喫茶店があります」

いつの間にか、要が紫紺とつづみの二人の後ろに立ち、デートプランを提案する。

「本日、上映されているのがこちらです。時間的にこちらとこちらがオススメです」

タブレットを持って二人に映画デートをプレゼンする要。

なお案内しているのはカップルシートである。抜け目がない。

「映画デート、いいですなぁ、僕なんかゲームセンターぐらいしか思いつきませんからなぁ」

百多郎は要の案をヨイショしたつもりだった。

しかし、ゲームセンター?と予想外につづみとからたちが良い反応を示す。

「藤袴殿、よさそうな場所知っているか?」

「え、あぁ、クレーンゲームとかでよければ、良いプライズ品を置いている店を知ってますぞ。あ、ダーツとかもあったかな?」

「そこにするか?」

紫紺の言葉に、つづみは興奮した面持ちでうんうんと頭を縦に振る。

箱入り娘はゲームセンターに興味津々らしい。

「藤袴殿、放課後一緒にどうだろうか?もちろん、帚木さんも」

紫紺に誘われて、え、と藤袴は一瞬躊躇する。

正直、百多郎はこの学園で誰かの取り巻きになるぐらいしか取り柄がないと思っていた。

金はそこそこあるが異能も外見も勉学もぱっとしない自分が、うまくやっていくにはおべっかを使って力のある家に媚びへつらうしかないと。


今朝の紫紺の寂しそうな笑顔がパッと頭に浮かんだ。


そうだ、彼は『友人』として僕に接してくれている。

その僕が、自分を卑下しておべっかを使うから。

僕自身が友人ではないと思い込んでいるから。友人になろうとしていないから。


自分の勘違いかもしれない、でも、僕だって「友人」は欲しい。


「私は、行けない、かも」

「行こう!帚木さん!」


百多郎は、遠慮するからたちを、その細い目で見つめて力強く声を出した。

仮面でみえないが、からたちは百多郎を驚いたように見ているようだった。


「でも、私、ほら、こんな、仮面」

「大丈夫、僕なんてほら、チビデブ糸目だし!紫紺くんだって結構な老け顔で!!お互い様!むしろその仮面かっこいい部類ですぞ!」

「確かに紫紺様は学生証見せると二度見される老け顔ですが!藤袴くん!無礼ですよ!」

「ははは、要。後で殴る」

要のフォローになっていない言葉に、乾いた笑い声をだす紫紺であった。

「お願いです帚木さん来て下さい!僕だけじゃこのバカップルの相手はキッツイ!!それを見守る関屋くんの相手も正直キツイ!」

大変正直な感想をぶちまける百多郎。それを聞いて仮面越しでもわかるぐらいからたちも笑っていた。

「関屋さん、早くテーブルに戻られたら?あちらの女性陣が見てますわよ」

「つづみ様!放課後制服デートですよ!この関屋要!この日のためにプランを色々準備していたんですが!!」

「それは別の機会に」

要が『自分が考えた、紫紺様とつづみ様の制服デートプラン』を採用されなかったことに、嫉妬と羨望の目で百多郎を見てくる。

そんな要の目線も知らず、からたちが百多郎の言葉にうなづいた。

「ありがとう。じゃあ、色々、教えてね」

嬉しそうな、からたちの言葉に、どきりと百多郎の胸が高鳴った。

「ま、任せてくだされ!!」

自分の高校生活、ちょっと、ほんのちょっとだけ期待してしまうのは身の程知らずだろうか?

百多郎は、そんなことを考えて高鳴る胸を抑えようとするのだった。


*****


ーーー蓬生家、本邸の一室

蓬生家当主、蓬生よもぎう紫檀したんはとある客の相手をしていた。

目の前に座るのは割腹のよい白髪の中年男性。

それこそ、どこにでもいそうな特徴の無い男だ。

「では、今月は予知はしない。という事で本当によろしいので?」

「えぇ、残念ですが、つづみが『駒比べ』に巻き込まれてしまってはこちらとて、そうするしかありません」

紫檀の、困ったような笑顔にも男は微笑みを崩さない。

「帚木家が信用ならないと?」

「まさか、帚木家を信頼しているからですよ」

紫檀は言葉をゆっくり紡ぐ。

「六条院様たちの『駒比べ』に口出しなど、我が家ができる立場ではございません。ただ、つづみが巻き込まれてはこちらとて考えなければならない。それは、帚木家も同じかと思っていましたが」

笑顔のままだが、ぐ、と男が息を呑んだのがわかった。


ーーー六条院家の『駒比べ』

現代の異能者の家系で最も古く権力を持つ一族の戯れである。

六条院家の6名が自身の指導力を示すため、他の家から一人、駒を選ぶ。

あとは自分が育てたその駒が、如何に他の駒を打ち負かすか競うものとなる。

駒がどうやって配下の作るのかも『駒比べ』の評価の一つだ。

駒が配下探しをするのは、他家からは名誉な事でーーー

というのは、全ての家には当てはまらない。

『駒比べ』に勝ったなら、見返りは大きいが、他の家に目をつけられたくない弱小一族には迷惑な話である。

もちろん、つづみの能力を秘密にしたい蓬生家とて、駒比べに巻き込まれたくない。

なれば、つづみの予知を控える必要がある。


「蓬生つづみの予知で、貴方方も私たちも益を得た。尊い命も失わずに済んだ事も多々ある。だが、つづみの能力は万能ではない。先を見れば見るほど、多くを見れば見るほど、彼女の精神にも肉体にも大きい負荷がかかる。」

だから、蓬生家では月に一度しかつづみに先読みをさせない。

より多く先読みする事で100の命が救えたかもしれない。だが、蓬生当主は救えたかもしれない他者の100の命より、一族の娘の命に重きを置いた。

先読みは、酷な能力である。

他者の未来を知ってしまう。その中にある不幸な未来を、悍ましい結末を。

もとより異能の中でも特殊で稀有な力だ。

無理に続ければ、術者である少女の精神は摩耗し、早々に砕けるだろう。

「少なくとも『駒比べ』が終わるまで、先読みは休ませる。それが蓬生家当主の決断です」

「あァ、それデハ仕方ない」

男の前に置かれたスマートフォンから声がする。

その声は男の声だが、時折機械じみた合成音声に変わった。

声の主こそ、帚木家現当主、帚木ははきぎ岩澄いわすみである。

目の前の男は、帚木の配下であった。

「予知がアルと助かるんだけどネ。ほら、篝火家の暴走能力事故だっテ、本当は10人近く死傷者ガ出るはずが、一人の意識不明でスンだし」

つづみの予知能力は、管理局で役職をしめる帚木家と蓬生家の管理下に置かれていた。

帚木家は蓬生家から予知を得る代わりに、蓬生家への支援、および帚木家の技術を持って蓬生つづみの能力育成とその隠蔽にも力を貸していた。

「予知に頼りすぎるのはお互い危険だ。よい休息期間でしょう。」

「まぁねぇ、そうだねぇ。しカし六条院家の『駒比べ』眺めるには愉快ダけど、巻き込まれタラ迷惑だヨネー」

帚木家の娘も巻き込まれているらしい。お互い複雑な立場だ。

「六条院むつむ様の駒が『澪標』というのは確定でしょう。しかし、こちらとて無条件でむつむ様につくのは避けたい」

「アハ、わかるヨ。『駒比べ』で勝てば恩恵は大きイ。でモ向こうからよっぽど良い条件が無い限り、ウチも避けたイけどネー。それにどうセなら勝ち馬に乗りたイね」

ーーー帚木家の事だ。他の駒を確認したからこそ、『澪標』には勝ち目がないと判断し、易々と娘を出すのを拒否したいのかもしれない。

「『駒比べ』の結果を先読みしてもらイたいたかったけどネー。残念残念。じゃあ、なんかあったラまた教えてニャーン」

ブツリ、とスマホの通話が切れる。

「それでは、失礼いたします」

わざわざ帚木の管理するスマホを持ってきた男が、スマホを回収すると一礼して座を辞する。

まったく訳がわからぬほど慎重な事だ。


さて、紫紺かつづみが、うまく帚木の娘に接触してくれれば良いが。


ーーーその日の夕方

二人が帚木の娘とすでに交流していると聞いて、紫檀は驚きつつも「そうかい」と短い返事をする。

『帚木め、実は全部わかってるんじゃないだろうな』

一癖ある協力者に、紫檀は小さく笑ったのだった。

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