第5話 『かわいそう』

入学2日目の朝、つづみと紫紺はいつものように蓬生家の車に乗って登校していた。

「紫紺様、よろしければお昼はご一緒しませんか?」

おずおずとつづみが紫紺に1つ提案をする。

少しでも一緒にいたいという、いじらしい乙女心だ。

そんな乙女心を持ってるくせに、昨夜は恥も外聞もなく、紫紺の部屋で寝るんだ!絶対に添い寝オプションつけるんだ!ビエー!と駄々をこねていたのだから不思議だ。

「そうだな。要、お前も来るだろう?」

「え!?」

助手席に乗っていた要が『正気か!?』と言わんばかりに振り返ってくる。

「要!!若様が誘ってくださるのだぞ!!『はい!』以外の返事をするでない!!!」

運転手であり、要の祖父、関屋清護が大声をあげて叱責する。

几帳面に整った豊かな白髪に、これまた整えられた白い髭、キリリとした表情は蓬生家の若い使用人にも人気のロマンスグレーだが、

本人は『紫檀様と桐子様のお孫様を抱っこするまでは絶対死なない』という筋金入りのヤバイ人、もとい忠臣である。

なお、最近の健康の秘訣は『紫紺様とつづみ様の結婚式』の脳内プロデュースらしい。

その理想の結婚式と、要の脳内プロデュースする『紫紺様とつづみ様の結婚式』に大いに意見の相違があり、先日祖父と孫での殴り合いの喧嘩があったのは、関屋家の秘密である。

「いや、要が他に用事があれば別に……」

要をフォローするかのように紫紺が話を続けようとするが

「若様!要に若様以上の用事などありませぬ!!!」

「ばか!爺さん!せっかくの二人っきりの邪魔になるだろうが!空気読めよ!!」

「読んでますぅーー!読んだ上で若様のお誘いにはいと言えというのだ!馬鹿孫!」

理不尽なことを言う運転手。

びっくりするぐらい安全運転の清護だが、ご当主一家への行動は暴走しがちである。

「食堂があると聞いています。楽しみですね」

運転席と助手席で喧嘩する祖父と孫を仲裁するのを早々に諦めたつづみが、紫紺に話を続ける。

「あぁ、迎えに行くから教室で待っていろ」

はい!と返事をしかけて、つづみがハッ!と首を横に振る。

「いいえ、私がAクラスに行きますわ」

紫紺様をあのトンチキSクラスに近づけたくはない。紫紺様がどんないちゃもんをつけられることか。

Sクラスの4人が敵とは限らないが、さくらが紫紺に何かしかけてきそうな予感もするし、蓮華も何か勘違いしているような気がする。

「そうか」

実を言うとSクラスの様子を見にいきたかった紫紺だが、つづみにそう言われては断る理由もない。

「六条院家はふざけた言動が多いが、目をかけた能力者の育成には実績がある。お前が六条院家の目にかなったなら、蓬生家としても喜ばしい事だ」

つづみを褒める紫紺。次期当主たる自分がつづみと並べないのが不甲斐ないが、それを隠そうと虚勢をはる。

「まぁ、でしたら」

紫紺の気持ちを知ってか知らずか、キランとつづみの目が光る。

「ご褒美の一つでも頂けますよね?」

有無を言わせぬ圧に、ぐ、と紫紺は眉を顰めるのであった。


*****


藤袴百多郎が最初に蓬生紫紺に持った印象は、『怖そう』というひどく単純なものだった。

短めの眉に、三白眼の吊り目、背は高く、自分よりも身体をかなり鍛えているのがわかった。

異能も強力なもので、大木を一瞬で燃やし尽くす発火能力。

長い黒髪を風に靡かせつつも、さも当然のように次々と異能訓練人形を炭化させていた風景は、もはやホラーの域だった。


幼い頃から蓬生家次期当主として教育され、すでに可愛らしい婚約者もいる、蓬生紫紺。

異能ではなく、商売でどうにか家名を残している藤袴の跡取りである百多郎。

お互いの立場の差はすでにつきつつある。


一応、挨拶もしたが、軽く流されて終わりだろう。まぁ、まだ無関心ぐらいの関係で問題ない。


そんな印象の蓬生紫紺が。


「つづみ。まだクラスに行かなくていいのか?」

「まだです!!」


婚約者に言われるまま手を繋いで校内を散策していた。


ニッコニコウッキウキの婚約者の少女と、気恥ずかしらしく、耳が真っ赤の紫紺。

しかめっ面を維持しようとしているが、たまにふにゃりと崩れた笑顔になっている。

朝の登校時間、ほとんどの生徒が教室に直行しているが、二人はそんな生徒たちからは見つからない、校舎脇の花壇のそばで手を繋いで楽しそうにしていた。

たまたま紫紺の後ろ姿を見かけ、挨拶をと思い、追いかけたらこの光景である。

「あ、藤袴さんおはようございます!」

その二人から離れた場所で、昨日あったばかりの要が輝かんばかりの笑顔を向けて挨拶してくる。

手にはスマホ。もちろん距離を取ってスマホのカメラ機能を全て駆使してあの二人を撮っている。

「おはようございます。あの、何をしているのかな?」

ちょっと引きつつ、百多郎が問う。

「いえ、こういう何気ない日常が何よりの宝なんだと痛感いたしまして」

照れ笑いをする要、うん、あの二人を連写している理由になってないのだが。

「……大変、仲がよろしいのですなぁ」

つい、そんな感想を百多郎が漏らす。

紫紺が穏やかで優しい笑顔に対して、つづみの笑顔がとろけっぱなしなのが気になるが。

というか、つづみちゃん、ちょっとよだれ出てないかあれ?あ、紫紺くんが拭いてあげてる。お母さんか?そういうプレイなのか?

「幼少時からの婚約者というと、『つづみさんが可哀想』という声がどうしても上がりまして」

目線はスマホのまま、関屋要が少しだけ悲しそうな顔をする。

「小さい頃から、自分はあの二人を見てきました。本当に仲が良くて、婚約は当然だと思っていたので。そういう声を聞くと悔しいんですよね」

分家の娘が本家に逆らえるわけがない、あの少女を無理矢理本家に組み込もうとしている。

そう思われるのも仕方ないのかもしれない。

「若様はしかも強面、老け顔、威圧感と、好まれない3要素揃ってますからね。実際は厳しいですがお優しいんですよ。

確かに、いかにも権力でつづみ様無理矢理侍らせてそうな雰囲気出してますけど」

「君、主人のことボロクソ言ってる!気づいて!」

「そのような誤解を解くため、お二人の仲睦まじい姿を写真に収めるのは関屋家の仕事の一つであります」

「誰だアンタ!!」

気配もなく現れ、手元には馬鹿でかい高級そうなカメラを持ってくる黒スーツの老人。

「関屋清護と申します。藤袴家次期当主様ですな。以後お見知り置きを」

深々と頭を下げる老人。なるほど、若い頃は要に負けず劣らずの美丈夫だったのだろうと思わせる風貌だ。

そして、首元には堂々と入校許可証がぶら下がっているため、不審者として通報する手段を潰されている。

「爺さん、場所被るから別の方向から撮りに行けよ!」

「はー!?言われんでもわかってるわ!」

急に温度が上がる二人、あ、これ同担拒否のオタクの言動に似てると百多郎が気づいた時には、照れギレ気味の紫紺がこちらに向かってきていた。


*****


「朝から見苦しいものを見せたな」

関屋祖父のカメラと、関屋孫のスマホを封印させ、紫紺は百多郎に謝罪する。

「いやいや、とんでもない」

「つづみ、こちらはクラスメイトの藤袴百多郎殿だ。」

紫紺の横に凛と立つつづみ。真面目な顔で見据えられると思わず見惚れそうになる美少女だ。

「蓬生つづみです。お会いできて光栄でございます」

鈴のような声と、春の日差しのような微笑みに思わず身じろぐ。

さっきまでよだれ垂らして紫紺にべったりだった少女と同一人物とは思えない。

「藤袴百多郎です。こちらこそ、お会いできて嬉しいですなぁ」

さて、百多郎の脳内で計算が始まる。蓬生家に睨まれなければいいと思っていたが、交流を深められるならさらにいい。

要の言葉と、以前得た蓬生家の情報を考えて、必死におべっかを考える

「大変お似合いの婚約者殿ですな。仲睦まじい様子で羨ましい限りです」

一瞬でつづみの顔が明るくなる。なんなら後ろの関屋祖父と孫のコンビの顔も輝く。祖父、まだいたんか。

「いやはや、凛々しい紫紺様と花のようなつづみ様、揃えば場が華やかになりますなぁ」

照れるつづみに、『あいつわかってんじゃねぇか』と古参のオタクみたいな顔で関屋祖父と孫が見てくる。

「藤袴殿、ありがとう」

一人、紫紺だけが少しだけ寂しそうな顔を浮かべたのを見て、百多郎は何か間違えたかと内心焦る。

「本当にお似合いのお二人だと僕は思いました!」

んっふーーー!と大満足なつづみの表情を見ると、自分の言動は間違えてないはずだ。


「何を、しているの?」


5人に声をかけてきたのは仮面の少女、帚木からたちだった。

「あ、蓬生さん、おは、よう」

か細いからたちの声、それは妙に耳に入ってくるものであった。

「おはようございます。帚木さん」

「ははきぎ……」

空気が一瞬でピリついたのが、百多郎にもわかった。

帚木家。能力秘匿主義の名家でもあるが、他の家に畏れられる一番の理由は「能力者狩り」の一族というところだろう。

能力者がその能力を使い、非異能の国民を守ったり助けたりするのに対し、帚木家は国内の犯罪異能者の摘発に特化している。

それ以外にも、異能管理局で異能持ちの家同士の仲裁や、国家公安にも携わることも多いと聞く。

それだけの権力と実績、強力な異能を持つ一族である。

「こんな、ところで、どうしたの?」

「紫紺様と朝のイチャイチャハピハピタイムを楽しんでおりました」

ピリついた空気で、大変真面目な顔でつづみがすごく馬鹿そうなことを言う。

え、この人、こういうこと言うんだ!と驚愕する百多郎。

お前、そういう事を人前でも言うのか!と同じく動揺を隠せない紫紺。

「しこん。あ、蓬生家の」

ぺこり、とからたちは頭を下げる。

「蓬生さんの、クラス、メイトの、帚木、からたちです」

よろしくお願いしますと、優しい声で挨拶される。

「ごめんね。私は、別の、入口から、入ってきてて、蓬生さんが、たまたま見えて。邪魔だったね」

「いえ、そろそろ教室に向かうとこでしたのでお気になさらず。つづみ、帚木殿と向かいなさい」

紫紺がつづみをSクラスに行くように促す。

「うぅーーー」

「唸り声を上げるな」

名残惜しくて唸り声を上げるつづみに慣れているのか、紫紺はつづみを軽くあしらう。

ぺこり、とからたちがまた頭を下げて、つづみは何度も振り返りつつ。

そんな二人がSクラスに向かうのを、男4人見送る。


「行ったか?」

紫紺が小さく呟く。

「……私が感じる限りは。一人、だけだと思いますが」

清護が身を正して、緊迫した声でそう告げる。

要の方も、周囲を警戒しているのがわかり、百多郎だけが不思議そうにキョロキョロと3人と周囲を見回す。

そういえば、帚木が来た時、関屋たちが明らかに緊張しているのがわかった。


「帚木家の護衛でしょうね。いやはや、あの威圧感。若様、ぜっっったい帚木家を敵に回さないでください!」


要がまだ近くにいるのでは?と半ば怯えながらそんな事を言う。

百多郎では察知できないレベルの、帚木からたちの護衛がいたらしい。

「護衛をつけてでも、娘を集団生活させたいか。させねばいけない理由でもあるのか?」

「やめましょう若様。深入り、だめ、絶対」

「ま、まぁ、僕らもクラスに向かいましょう。ね?」

青ざめる要と考え込む紫紺を見て、わざと陽気に百多郎は振る舞うのであった。


*****

「仲が、いいん、だね」

Sクラスに向かう途中、からたちがつづみに声をかけてくる。

「えぇ、とっても」

にっこりと笑ってつづみは返事をする。つづみはまだSクラスの生徒を警戒していた。

その警戒を感じ取ったのか、からたちは何か言いたげにしたが黙りこくってしまった。


「おはよー!!」


教室の扉を開けた途端、ミハトがからたちに抱きついて挨拶し、同じようにつづみにも抱きついてくる。

「これ!ほら、つづみちゃんのお部屋!これはね!みんなでご飯食べる食堂!お風呂場もおっきいんだよー!」

早速とばかりにミハトが寮の部屋をスマホで見せてくる。

新しい、できたばかりの建物なのだろう。写真には最新の設備が写っている。

「寮には入りませんわ」

写真を眺めつつも、つづみは語気を強めて拒否する。学生寮というよりも、本当に普通の戸建のようだった。

まるで、本当に『さくらと数名の女が同棲生活するため』に作られた家のようで気持ちが悪い。

「私も、入れない」

からたちが怯えたような、しかしはっきりと声を出す。ミハトの勢いに押されないようにしているようだった。

「そうね、あんなスケベ男が一緒ならあたしだって出て行きたいぐらいよ」

話に入ってくるのは薄雲蓮華である。昨夜何かあったのか、蓮華は不快感を隠そうとはしなかった。

つづみの予知通りなら、着替えを覗かれでもしたのかもしれない。

「さくらは確かにえっちだけど、でもみんなで住むならきっと楽しいよ!」

ミハトが見当違いのことを言ってくるのを、つづみは冷めた目で見据える。

「私は寮には入りませんわ」

「つづみちゃん!無理しないで!蓬生家がなんか言うなら橋姫家とむつむちゃんが説得するよ!」

「必要ございません」

「でも、でもでもぉ」

ミハトは泣きそうな顔で、つづみを見つめる。


「つづみちゃん『かわいそう』だよぉ」


その言葉に、つづみは目を細めた。

え、と言わんばかりに蓮華がミハトとつづみを交互に見る。対して、からたちは微動だにしなかった。

「あのね、つづみちゃん!これはチャンスなんだよ!あの紫紺とかいう怖い人から離れるチャンス!」

思いやりと正義を持ってミハトが『かわいそうな』つづみを説得する。

「おうちの権力を使って無理矢理婚約を結んでるんだよ!そんなの愛じゃない!恋愛ってもっと自由なものだと思うの!」

「何、あんた。そんなことになってたの?」

ミハトの話をまるっと信じた蓮華がつづみに詰め寄る。

「そう、つづみちゃんのおうちは、あの紫紺とかいう男の人には逆らえないんだよ!蓮華ちゃんもわかるでしょう?

本家分家の力の差はどうしてもあるんだよ……」

蓮華も何か思い当たる節があるらしく、言葉に詰まる。

「つづみ、あんた。その男からちょっと離れた方がいいわよ。なんならあたしも力になるわ」


「必要、ございません」


熱が上がるミハトと蓮華に対して、つづみの声は冷え切ったものだった。


ーーー妄言吐きの下衆女めが。

紫紺様の何を知っているのか。私の愛を軽んじるのか。

私と紫紺様の積み重ねた信頼と想いが、貴様如きの囀りで揺らぐものか。


押し黙ったつづみが心を閉ざしたように見えたのか、心配そうにミハトと蓮華が見つめる。


「こーら、喧嘩するなって」


いつからいたのか、さくらがつづみの後ろに立っていた。

「二人とも、そんな熱くなるなよ。朝からカロリー大量消費とか辛くね?」

やれやれとばかりにさくらが肩をすくめてくる。

「でも、さくらぁ」

ミハトが今にも泣き出しそうに目を潤ませる。

「本人がそれでいいってならいいじゃねぇか」

さくらの、予想外の言葉に少しつづみは目を丸くする。ここぞとばかりに紫紺とつづみを引き離そうとすると思ったのだが。

「でもよ」

とびっきりの気取った声が聞こえたと思ったら。


「助けてほしい時は言えよ」


ぽんぽん、とつづみの頭に何か当たる。それはさくらの手だと気づいた時にはつづみは白目と歯茎を剥いて意識を失いそうになった。

貴様、するか?会って二日目の異性に頭ポンポン、するか!?やめろ、髪を触るな!

つづみはもはや畏怖の感情で、さくらの顔を見る。


「俺、けっこーつえぇから」


微笑むさくら。ヤベェもんを見たと言わんばかりのつづみの表情をどう捉えたのか。

「おら、むつむちゃんくるから準備しよーぜー」とミハトと蓮華を席に座らせる。

最後に『心配すんなよ』と言わんばかりに、また頭ぽんぽんされたつづみは、能面のような表情で席につく。

「ていうか!話しかけないでよ!スケベ男!」

「あぁん?お前まだ昨日のこと、根に持ってるのかよ!殴ったんだからおあいこだろうが!!」

ギャンギャンと騒ぎ出す3人をよそに、からたちだけが、つづみの様子を伺っていた。


*****


Sクラスの授業は、むつむによる。異能の歴史と現在の国の現状。

大まかな異能持ちの家についての説明だった。


薄雲蓮華は『あんたらそんな基礎も知らないの?』

と驚いていたが、つづみとからたちが今回初学校生活だと聞くと渋々納得した。

つまり、ここしばらくは基礎知識を詰め込む授業というわけだ。


昼休みを告げる鐘がなり、座学が一旦終わりを告げる。


「お昼ご飯だー!」

能天気にミハトが声を上げると、いそいそと大きなバッグを取り出す。

「えへへーみんなで食べようと思ってミハト頑張ったんだよー!!」

重箱に詰め込まれた美味しそうな料理はミハトの手作りである。

「朝からなんか作ってるとは思ったけど、すごい」

蓮華がまじまじとミハト特製料理を見る。形の良いおにぎりに、ベーコン巻きアスパラ、枝豆入りの出汁卵、冷めても美味しそうな唐揚げ。

可愛いハートのミニハンバーグ。ほうれん草のおひたしにきんぴらごぼう。

「おぉーやるじゃねぇか」

ガシガシとミハトの頭を撫でるさくら。嬉しそうなミハト。

「みんなと仲良くしたくて!ミハト頑張ったんだよ!!」


そんな和やかな雰囲気を完全無視してつづみは教室を出ていく。


「あぁー!待って待ってぇ!」

チッ!気づいたか。とつづみが仕方なしに振り向く。

「つづみちゃん!一緒に食べよう!ね!?ね!?」

「先約がありますの。失礼します」

一応は蓬生家と友好関係の橋姫家の人間だ。無視して逃げてもいいが、つづみは礼をちょっとだけすると早足でその場から逃げた。


ーーーAクラスではすでに食堂に向かう生徒とすれ違った。

つづみは中の様子を伺う。

「つづみ」

つづみが来るのを待っていたのだろう、紫紺が立ち上がる。

「それじゃ、行くか、って、痛、痛い痛い痛い」

ズンズンと足音荒く、紫紺の元まできたかと思えば、紫紺の胸部にズドンと頭をぶつけてくるつづみ。

そのまま抉り込むかのように、紫紺の胸元に自分の頭頂部をぐりぐりと押し付けてくる。

「つづみ、どうした。」

無言でぐりぐりぐりと頭を押し付けてくるつづみ。

藤袴百多郎が挨拶しておこうと思って、声をかけにきて『何しているんだろう』と困惑した目で紫紺を見た。

紫紺も困惑が隠せない表情で、百多郎に助けを求めるような目で見てくる。

とりあえず、撫でてみては?と百多郎はジェスチャーで紫紺に提案しておいた。


恐る恐る、紫紺がつづみを撫でる。


ぐりぐりするのはやめて貰えたようだ。ただ返事はなくぎゅうと紫紺に抱つき、離れようとしない。

空気を読んだAクラス生徒は『頑張れよ』いう表情で去っていく。

百多郎も空気を読んで、そっと出ようとした時だった。

「あ、あの、こんにちは」

今朝見た仮面少女がこちらを見ていた。

「こ、こんにちは帚木さん」

引き攣った声で百多郎は挨拶をする。

つづみを追ってきたのだろう。お互いぺこぺこと挨拶をして、からたちが意を決して声を出す。


「あ、あの、お昼!お昼、ご、はん!一緒に、いいですか?」


逃げ遅れた百多郎と、身動きできない紫紺、そして紫紺とつづみのやりとりを慈しみの目で眺めていた要。

三人は帚木からたちの提案に顔をみあわせる。

名前を呼ばれたであろうつづみは顔を紫紺に埋めたままだ。

「つづみ」

返事をしなさいと紫紺が促す。

すん、と鼻を啜る音がして、つづみがちょっとだけ振り返った。

「紫紺様も一緒なら」

「え、え!もちろんです!!!」

嬉しそうなからたちの声が、教室に響いた。

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