第2話 まずは登場人物のお披露目ですね
「紫紺様、紫紺様」
「なんだ」
「私、何かおかしいところがないでしょうか?」
入学式に向かう蓬生家の黒の高級車で、つづみは恐る恐る紫紺に自らの装いについて助言を求める。
紫紺が詰襟の制服に対して、つづみの制服は黒のセーラーワンピースであった。
白い襟には刺繍が施され、菫色の細いリボンタイがきっちりと結ばれている。
スカートの裾は膝下で、その裾周りにまた菫色の刺繍が彩られていた。
「普段お屋敷では着物ですから、なんだかそわそわしてしまって」
それも、もちろんあるが、この学園の制服が特殊すぎる。
男子は詰襟の制服であるが、女子はなんというか、異常に華美な制服。
一目で六栄学園の生徒だとわかるようにという建前らしいが……
じゃあなんで制服改造可で、女子だけ、ブレザー、セーラーワンピース、セーラー服選べたんだろう。
女子だけリボンや、つけ襟、スカートの種類とか色々豊富すぎだった。
そうだーーーまるで。
ハーレム主人公のために、色々な、装いと属性がつけれるようにーーー
そこまで考えて悪寒が走る。
普通なら酷い妄想だが、あんなラノベの夢でも自分の能力『未来予知』の可能性がある。
『今まであんな予知の仕方はなかったし、可能性は低いと思いたいけど……』
流石のつづみもあのハーレム話を他者にする勇気はない。もしも、ただの悪夢だった時が恥ずかしい。
何より、夢だというとそれは潜在意識ではないかと言われる可能性だってある。
まるでつづみが「紫紺との婚約を避けたがってる」などと思われるのは心外なのだ。
本当に心外である、三国志なら憤死しているレベルである。
そんなつづみの悩みとは裏腹に、紫紺はつづみの姿を頭からつま先まで見ていた。
艶々とした黒髪、心配そうに眉を下げるその表情は庇護欲を掻き立てる。
セーラー服のワンピースから伸びる細い足と薄手の黒タイツが、その、肌は見せないはずなのに、なぜか艶かしさを感じる。
蓬生つづみは、そう、美少女である。
言動こそ残念な事が多いが、本当に!残念なことが多いのだが!!黙っていれば美少女だ。
そして、その慎ましい胸元の膨らみに、紫紺は先日のことを思いだす。
胸元のはだけた寝巻き、細い首と、浮いた鎖骨とーーー
「紫紺様?」
名を呼ばれて紫紺は、すぐさま車外の流れる景色を見る。
「いつもと変わらん」
自分のいやらしい考えを見抜かれたのだろうかと、羞恥で頬が熱くなったを誤魔化すため、ぶっきらぼうにそう返事をする。
それで二人の会話は終わってしまった。居心地悪くなった紫紺がチラリとつづみを見る。
不安なのだろうか、いつも騒がしいつづみが今日はどこか緊張しているようだった。
『よく考えれば、つづみには初めての学生生活なのだな。まぁ、俺がついていれば問題あるまい。』
不慣れなつづみをサポートしてやらねば。
六栄学園の門が近づいてくるのを見て、紫紺が静かに意気込んでいたが。
つづみは車から降りて、即座にしゃがみ込むことになるのだったーーー
******
ハーレムラノベの導入のやりとりを、見終わったつづみは(いや正直そんな導入シーン見たくはなかったが)紫紺の励ましを糧に歩みを進めていた。
校門から入って、しばらく進むとクラス分けの名簿が大きく張り出されていた。
六栄学園のクラスは能力の高さで分けられる。おそらく最高クラスのAだろうが、念のため見にいくかと紫紺が歩くと、つづみもついてくる。
「なんだ、お前も見にいくのか。てっきり「わかっている」のかと」
つづみの能力は基本的に蓬生家以外には秘匿されているため、こっそり他の者に聞かれぬよう紫紺がつづみに耳打ちする。
「えぇ、紫紺様はAクラスですわ。あら、
「……じゃあなぜついてきた」
結果がわかっているなら、あんなに人が集まっている掲示板の前に行く必要などないだろうに。
「私もついていけば不思議に思った紫紺様が話しかけさらに近距離で耳打ちされてその吐息を
息継ぎなしで、さも当然のごとく言い放つ言葉がこれである。
「では、つづみも同じクラスだな」
もうこの程度の奇行は、スルーできるぐらいには慣れた紫紺であった。
「いえ、……紫紺様、ご一緒のクラスになれなくて残念です」
「そんなはずはない。お前は同じクラスにするよう蓬生家から学園側に話を通している。特にお前は『不安定な透視能力持ち』だからな。俺がフォローに入るためにもそれは通るはず」
それぐらいの権力は蓬生家にはあるし、能力の都合や家の都合がある生徒はそういう要望を通すことは少なくない。
つづみの能力に関しても、学園側にも『透視能力』として申請している。
しかし、つづみの顔は曇ったままだ。
「ちょっとどういうことよ!!!」
クラス分けの名簿の前で甲高い怒りの声が上がる。
近くにいた学園関係者に、今にも掴みかかかりそうな勢いである。
鮮やかな赤い髪をツインテールにし、すらりとした長身は凄まれると迫力のあることだろう。
制服ではブレザーを選んだのだろう、ミニスカートと黒いニーソックスが長い足ににあっている。
きっと笑顔がすごく可愛いんだろうなと予想できる美少女だが、今や大変お怒りである。
「あたしを誰だと思ってんの!?
「あのー、俺の名前もないんスけど……」
蓮華の後ろから、のほほんと出てくるのは朝見かけたさくらという少年だ。
「はぁ?あんたのは見落としじゃないの?下のクラスから見ていきなさいよ。」
しっしっとさくらを犬でも追い払うように、手で下がるように命じる蓮華
「それよりこのあたしが!Aクラスに名前がないのよ!おかしいでしょう!?」
そのさくらという少年は、蓮華のその態度に腹が立ったのか、喧嘩を売ることにしたようだ。
「うるせえ女だな。そのキンキン声で俺のメガネ割れたらどうする」
ギン!と蓮華はその少年を睨みつけた。噛み付く先が変わったようだ。
学園関係者は「確認してきます!」とどこかへ走り去っていった。
「なんだ、騒がしいな」
呆れ顔の紫紺。呆れ顔の紫紺様セクシーすぎない?とここぞとばかりにその横顔を凝視するつづみ。焼き付けたいこの表情と言わんばかりにガン見するつづみ。
「薄雲家の異能者ですね」
そんな二人の後ろから声がかかる。振り返れば、見慣れた顔がそこにあった。
「あら、関屋さん。紫紺様と同じクラスでしたわよ」
短い黒髪と、整った顔立ち、紫紺に負けず劣らず鍛えているその姿は蓬生家でも大変評判が良く、使用人達からも可愛がられている少年である。
「はい。若様に置いて行かれぬよう精進いたします」
爽やかに要が笑う。年相応の少年の笑顔が眩しい。
「あの、つづみ様。自分、つづみ様のお名前を探したのですが……」
急にしょぼんとする要の報告に、紫紺は眉を顰めたが、つづみは答える。
「あぁ、これからだと思います」
そう言い終わると同時に、子供の大きな声が聞こえた
「やぁやぁ!いやーすまんねぇ!私としたことが、うっかりさんだったよ!」
ケラケラと笑いながらやってきたのは一人の少女だ。
小学生高学年ぐらいのその少女は、場違いなフリルと薔薇のコサージュをつけたドレスでニヤニヤと笑っている。
歩くたびに黒髪のポニーテールがゆらゆらと揺れた。
「今年は特別クラスがあるんだったよ!」
少女がレースの手袋をした手で、パチンと指を鳴らせば、上空から一枚の巨大な板が生徒たちの目の前に落ちてくる。
板には大仰にその特別クラスの生徒名が金文字で書かれていた。
「その名もSクラス!この六条院むつむが直々に担当するさいきょークラスさぁ!!!」
ううむ、いい板だ。黒檀でも使われているのだろうか。いい木を使ってやる事がこれかと、つづみは変なところで呆れてしまう。
が、紫紺や要は一番おかしなところに目を見開いた。
『特別Sクラス
つづみの名がここにあるのこともおかしいが、他の面々の名前もおかしい
「薄雲様がSクラスなのはわかるけど、他の四人は聞いたことないな……」
「ばか!橋姫家といえば治癒術に異能増幅術の名家だぞ!」
「あの異能秘匿主義の帚木家が表に出るなんて……」
「蓬生……え、次期当主の紫紺様を差し置いてSクラスだと……一体何者だ?」
ざわめきだす新入生たち。それもそのはず、この学園に入るからにはそれなりの能力者だろうし、各家のパワーバランスは聞かされているはずだ。
「おいおい、入学初日からやってくれるぜむつむちゃん」
やれやれとばかりにさくらは頭を抱えた。
「さくら、同じクラスでよかったね!」
「ミハトは能天気だな、俺も同じぐらいのお気楽思考になりてぇよ」
はいはいそのやりとりハーレムラノベで見た。
ーーーと、なると。
「……!」
納得できないことだったのだろう。紫紺は、その六条院むつむと名乗った少女に一言言ってやろうと前に出ようとした。
だが、即座につづみが紫紺の腕を掴む。
「っ!!」
紫紺は驚き、勢い余って一度は払い除けるが、すぐさまつづみは人目も憚らずに紫紺の腕にしがみつく。
というのももちろん理由がある。
つづみは見たハーレムラノベでの、この次の展開を知っている。
「紫紺」は自分がSクラスではないことに激昂して六条院に掴みかかるが、さくらに止められる。
『おいおい、こんなやつでも一応は見た目は幼女なんだ。やめてやれよ。
しかし、クラスが気に入らねぇから騒ぐなんて、蓬生家次期当主様は女子中学生みたいで可愛いでちゅねー』
この言葉に「紫紺」はさらに怒り、さくらを殴ろうとするが、簡単に薄雲蓮華に止められる。
『こいつを殴りたい気持ちはわかるけど、初日から暴力沙汰は危ないんじゃなくて?』
腕力で薄雲蓮華に敵うことなく、「紫紺」は「その名前覚えたぞ」と捨て台詞を吐いて「紫紺」はそのシーンを退場していた。
『紫紺様に!そんなかませ犬ムーブさせてたまるものですか!!!』
絶対に離れてなるもんかと、つづみは紫紺の腕にぎゅうと抱きついて両腕でしっかり掴んでいる。
なお、鍛えられた紫紺の腕に抱きついている興奮に、一瞬つづみが『あふん』と昇天しかけたのは仕方ない事であった。
一方の紫紺だが、完全に動きが止まり、先ほどのクラス分けのことなど吹き飛んでいた。
胸が、胸が、思いっきり腕に当たっている。なんなら挟まれている。
『つづみが俺を止めるということは(柔らかい)何か先読みをして(つづみが近い)
いや、これがどんな結果なのかは(いい匂いがする)果たして最良なのか(手小さい)可愛い(抱きしめたい)』
少しでも冷静になろうとするが、思考がどんどん欲望に侵食されていく。
彼とて、若い男であり、こんな欲望を自分が持っていることなどわかっていた。
だが、そんな欲望を理性で抑え込んでこその蓬生家の男である。と必死に耐えていた。
「さてさて!それではオモチャのーーーゴホンゴホン!Sクラス生徒!私の後についておいでー!」
バスガイドが使っているような小さな旗を取り出し、六条院むつむは元気よく声を上げた。
どうやらかませ犬イベントを起こさずに済んだようだ。
「紫紺様」
急に力を抜いたつづみと、安心させるような穏やかなその声に紫紺はびくりとその身を震わせた。
「よく我慢できました」
嬉しそうなつづみの笑顔に、その言葉に、余計に紫紺は体を震わせた。
今にもつづみをどうこうしたい妄想でも見抜かれたのかと、冷や汗が噴き出る。
もちろん、つづみとしては、よくあのロリババア六条院に手を挙げないよう、抑えたことを褒めているのだが。
紫紺は「ふんっ!」と照れ隠しに、不愉快そうに顔を背けるだけで精一杯だった。
照れる紫紺様に興奮しつつ、つづみは六条院と名乗った女に憤る。
ーーー大体特別クラスって何!自分の贔屓の生徒に女をあてがいたいだけじゃない。職権濫用だわ。
贔屓の生徒とはもちろん澪標さくらのことだ。
ハーレムラノベでは二人は師弟であると書かれていたが、どうもそれに近い関係なのは間違いなさそうである。
「むつむちゃん、こんなことして怒られても知らないからな」
「はははは!この私を怒れるものなどいないよ!」
ーーーえ?こんな茶番のために私と紫紺様のクラス分けられたの?
授業を受ける紫紺様を見逃すことになったの??
1日に摂取できる紫紺様を制限されちゃったの???
つづみは、うえーんと駄々をこねて泣きたい気持ちになった。
しかし、名家蓬生家の次期当主の婚約者が、そのような醜態を晒すわけにはいかない。
「紫紺様、また後ほどお会いしましょう。関屋さん、紫紺様をよろしくお願いします」
ペコリと要に頭を下げると、つづみは名残惜しくも紫紺の腕を離す。
そして、つづみ曰く、「アホみたいな集団」の元へ絶望の表情で向かうのであった。
******
六条院に率いられ、ぞろぞろと歩くのは4人、さくら、ミハト、蓮華、そしてつづみだ。
つづみは前を歩くさくらたちから距離をとりたくて、わざと遅めに歩いていたため、最後尾だった。
「ねぇ、あんた、大丈夫?」
薄雲蓮華が歩くスピードをわざわざ落としてつづみに話しかける。
「何がですか?」
「さっき、なんかロン毛の男とやり合ってたじゃない。こわーい顔した男よ」
テメェそのツインテもぎ取るぞ。という暴言を脳内で吐き捨てつつ、つづみは表情を変えずに曖昧に返事をする。
おそらく、紫紺が腕を振り払ったシーンでも見ていたのだろう。
「問題ありませんわ」
「いや、結構乱暴にされてたじゃん。あたし、あーいう男大嫌いだから」
テメェの目玉は節穴か?もぎ取ったツインテを代わりに詰め込むぞ。と再度暴言を脳内で吐くつづみ。
なんなら脳内でつづみはアヘ顔ダブル中指立てポーズすらしていた。
「おい、人様の事情に考えなしにつっこむんじゃねぇよ。脳筋か?オブラートとか知らない国の人か?」
こちらの会話が聞こえていたらしいさくらが振り返り、馬鹿にして呆れた顔を見せる。
ーーーいや、お前もこっちの会話につっこんでこないでくれ。あと大して面白くないその煽り文句もやめてくれ。
つづみはそう思ったが口をつぐむ。下手にやりとりしない方がいいかもしれない。
恐ろしいが、ハーレムラノベの通りに流れになりつつある。
わずかながらに紫紺様かませ犬デビューは遅らせることができたが……
『私のハーレム入り回避とは言い難い……』
ハーレムラノベが自分の未来視だとすると、大筋は決まっているものの、サブイベントは潰すことができるかもしれない。
そして、サブイベントと潰していけば、自分のハーレム入りだけでも避けられるかもしれない。
今までの予知からして……
たとえば、数日後、起こる交通事故や自然災害、芸能人がどういう理由で週刊誌で醜態を晒されるのか。
つづみの予知を知った蓬生家が介入すれば、その未来は防げるが、何もしなければそのままになる。
そういったつづみの予知の情報を売り、蓬生家はここ数年で今まで以上の財を成してきた。
『私の異能、ほんと、なんというか、よくわからないから扱いに困る』
本家で修練を積まねば、今まで以上に不安定な能力であっただろう。
ーーーハーレムとか信じたくない。うぅ、駄目だ不安になってきた。
つづみはそっとハンカチを取り出すと口元に当てた。
そう、これこそ、紫紺と離れることを予知したつづみが用意した一品。
「紫紺様が使っているヘアトリートメントの匂いをつけたハンカチ」である。
なお、これを準備してほしいと蓬生桐子様に頭を下げてお願いしたら、心よく準備してくれた。
理解のある義母様である。しゅき!!!
まるで何かを堪えるようにハンカチで口元を押さえるつづみを見て、蓮華は心配そうな顔をしている。
まさかつづみが惚れた男の匂いを嗅いでいるなどと思いもしてないだろう。
『きっとあの男に酷い目に遭わされてるんだ!あたしが見ててあげなきゃ……薄雲の力は弱い人のためにあるんだから!』
薄雲蓮華の純粋な思いとは、別につづみは紫紺の匂いに集中していたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます