第3話 アノニマス・アレ?ドコニイマスカ?

「…遺伝子組み換えの植物や動物には本来的な進化のプロセスを経ていないから、環境への適応においてどこかに欠陥がある場合が多い。ハイブリッドの動物は二次交配が不可能...それは正統的な進化系統樹の嫡出子ではないからです。この狂った❝ ムシ❞のモンスターの場合には凶暴性と攻撃性だけが突出していて、言うなれば人工の殺人兵器、生物兵器で、裏にあるのは全人類への真っ黒な悪意です。ですが実際の現地の映像や死骸の詳細な分析の結果、やはり地球上の生物とは異質であるがゆえの、ある弱点を、私は発見しました」

 アンリ・ファーブルの後裔は、偉大な先祖が例のフンコロガシの生態研究の最中に、謎を解くカギとなる重要な発見をなした、ちょうどその刹那を彷彿させる、「素朴で純粋な驚異」に満ちた表情を一瞬垣間見せた。

が、その牧歌的なニュアンスはすぐ掻き消えて、アンジェラは非常事態に臨む従軍看護師のような厳しい表情になった。

「…DNAの配列や染色体を電子顕微鏡でトレースしていった結果、地球上の生物と決定的に違うのは、この”ムシ”には水、water が全く必要でない、そういう機序の生命原理でできている。それどころか、酸素が実は生物にとって猛毒だった超古代があるように、この”ムシ”はおそらく”水”が大の苦手で、例えば硫酸でもかけられたような甚大なダメ―ジを、消防車とかから放水された場合には被るものと思われます。」

 会場がざわめいた。

 水?じゃあ簡単に退治できそうな…しかし?

 ほぼ全員が同じ思考経路をたどっていた。

「…しかし、激甚な災害が超弩級の規模とレベルで大量に押し寄せているような現状で、水を一体どうやってそんなにたくさん調達して「ヒョウゴロシ」の猛烈な侵攻を食い止めるというのか。そんなことできるんですか?」危機の迫っているメキシコの政府高官が嘆願するような声を上げた。無理もない。事態は一刻を争い、彼は祖国の期待を一手に背負っているのだ。 

 正面のスクリーンにはリアルタイムのニュース映像が展開していて、グロテスクな巨大なヒョウゴロシが、群舞し、蝟集して、不気味な咀嚼音を立てながら死人や死んだ家畜をむさぼっていた。

 砂漠化されている地域のデッドラインはじりじりと北上していた。


「…一つだけ方法があります。台風です。気象兵器の存在は公然の秘密だということは政府筋に人脈のある私も知っています。超大型の台風を人工的に作れるだけ作り…ASAPにです。それを全部一気にヒョウゴロシにぶっつけるのです。それしか方法はない!地球の危急存亡の今の、たった一つの希望、救世主、それは超大型の人工台風です。国境を超越した”台風テロ”を起こす「史上最大の作戦」を今すぐに立案計画して早急に実行する。それこそが最後の究極の手段だ!それにはもちろんアメリカ大統領の陣頭指揮が必要かもしれない…」

 アンジェラは最後はまるで”阿修羅像”さながらに紅蓮の炎を背負った、悪鬼のような表情すら泛べているように見えた。


 すぐ作戦総本部が設置された。

 「史上最大の地球防衛作戦」…作戦名、コードネームは「嵐に沈没するノアの方舟」と決まった。


<続く>


 

 

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