4章

12月27日 死後47日目、16:38

残り2日。これが僕に残された時間。現世に帰れるのはあと2回。ほとんどノープランで過ごしていたこれまでとは違い、残りの2日間の予定はきっちりと立っていた。うさぎは昨日僕が帰ってきて少し会話したら

「また明日の今日と同じくらいに来ます」

と言って出て行ってしまった。

 3大欲求がないというのはいささか不便なのかもしれない。特に睡眠は最も大事である。たとえば昨日みたいに1人部屋に残されたときなんかはもし僕が生きているなら寝て過ごしたことだろう。誰かにこんなことを話したらあと2日間しかここに入れないのにとか思われるかもしれないが逆にあと2日間しかないから何もすることがないのだ。ここは望めばなんでも出てくるのは知っている。

最後に食べたいものは何ですか?

 食欲がないのでいりません

誰かと寝たくはありませんか

 そっちの方の欲求もありません

漫画やゲームもありますよ。もちろん小説も

 じゃあなんか適当にそれで

自問自答の結果適当な娯楽で時間をつぶすことにしたのだが何でもあるといわれると逆に何をすればいいかわからなくなるもので結局出てきた娯楽品を少しづつかじる程度に遊んで時間をつぶした。

 それでも時間が余ったから生きているときにもほとんどしたことのない筋トレをしてうさぎを待っている。

 残り2日ということはうさぎに会えるのもあと2日か。あった時は何だこいつと思っていたけど意外と話してみると話は合うし、情に熱かったりするしたまにへまはするけどいい奴だったな。そういえばうさぎはなんで死んだんだっけ。まだ聞けてないや。でも、人に恨まれるタイプでもなさそうだし、となると病気か事故だな。いや、意外と彼氏を取られた恨みとかで誰かに殺されてたり・・・。

 そんなことを考えていると扉が開いてうさぎが入ってきた。

「割れませんよ?」

腹筋をしている僕に向かってそういった。

「いや、別に割るつもりはないけど」

「じゃあ何してるんですか?腹筋を割る以外の目的で腹筋をする人初めて見ましたけど」

「何もすることがなくて、暇つぶし」

「暇つぶしに筋トレするような方だとは思っていませんでしたが、、、」

ぶつぶつとうさぎが独り言をつぶやいていた。

「ところでさちょっと聞きたいことあるんだけど」

「何ですか?」

「うさぎってなんで死んだの?」

それまでのテンションが嘘のように急に暗くなった。

「あまりいいたくないんですけど、それって命令ですか?」

「いや、別に命令じゃないけど、こんなに若くてきれいな人がなんで死んだのかなってちょっと興味がわいて」

はあとうさぎはため息をついた。

「別にもう20年以上前のことですし別に答えてもいいのですけど。ひかないでくださいね」

「別にひかないよ」

「自殺です」

思ってもいなかった答えが返ってきて言葉を失った。

「ほら、引いたでしょ。だから言いたくなかったんです」

「いや、別にその意外だったというかなんというか」

「でも、納得はしているんです。ああ、そういうことかって。自殺と言ってもここでの自殺は意味が広いですからね。蘭様だって自殺ですしね」

そういわれてみれば僕の死因も自殺だ。自分1人で死ぬこと全般がここでは自殺と判断される

「じゃあ、僕みたいに1人で交通事故起こしたとか」

「事故ではありません。これ以上はあまり人にべらべらと話すようなことでもないような気がします。これ以上重い空気にはなりたくないでしょう」

これ以上話さないのはうさぎなりの気遣いのようだ。これ以上聞くのはやめておこう。僕はうさぎを見てゆっくりとうなづいた。

「では、そろそろ準備をしますか」

元のテンションに戻ってそう言った。椅子を持ってきてリュックを僕に渡す。

「今日はどうするか決まっているのですか」

「最後の2日間についてはもともと決めていたからね」

「何をするんですか?」

「お母さんの墓参り」

「ああ」

というとうさぎは少し悲しい顔になった。

「いやいやそんな顔しないでよ。お母さんって言っても生まれてからちょっとしてから死んじゃったから顔も見たこともないし。でも、まあ一応意味ないかもしんないけど死んじゃったことを報告しとかないとかなって。たぶん顔見てもわかんないかもしれないけどもうすぐ会えるかもって報告しとく。何かあったら大体お墓の前で1人言のように報告してたんだから」

「きっとお母さん喜びますね・・・。いや息子が死んでしまったから悲しみますかね」

「なんだか微妙なところだね」

僕はそう言いながら椅子に座った。うさぎなりに気を使ったのだろうとわかった。死世に行くときに現世の記憶をすべて失われるのであればお墓で話した声が母に届くことはないのだろう。だから喜びも悲しみもするはずはない。それを言わずにいてくれるうさぎのやさしさに心打たれる。今まで、生きていた時に話していたことが何も伝わっていなかったというのは少し残念な気もしたがそこにいると僕が思えば母はそこにいた。会話がたとえ一方通行であっても僕の心は軽くなったりした。実際に聞こえているかどうかはあまり官営ないのかもしれないな。


「では、リスポン地点を決めてください」

坂の上の、町がよく見えるお墓のトイレを指さす。

「では目を閉じてください」

ゆっくりと数字を数えるうさぎの声がだんだん遠くなってゆく。



12月27日 死後47日目 現世5日目

トイレの個室。今日もまたここから始まる。5日目ともなればもう慣れたもので腰を少し浮かすことや目線がいつもと違うことにも驚いたりしない。昨日よりは明らかに大人だった。2回続けて幼女ということはなかったようだ。そっちの方がありがたい。あの見た目はなかなかに不便だった。トイレから出て鏡を見る。さあ、美女、美幼女と来て次は何なるかという期待もあった。しかしその期待は鏡を見た瞬間崩れ去った。

「おっさん」

思わず声が出てしまった。50歳を超えたくらいだろうかそれくらいのただのおっさんがそこには立っていた。てっきりこの現世での姿は女性だけだと思っていたのだがそうではなかったようだ。希望を言えばもっとダンディな姿がよかったがまあ見た目がどうであろうがあまり関係はないだろう。

 トイレを出て階段を上る。坂の上にある集団墓地の一番上、とはいかないが母のお墓は街が見える側に立っており、そこからの眺めはとてもきれいなものだった。

「はふーん」

伸びをしたときに気の抜けた声が出た。こんな中途半端な時期にお墓参りに来ている人なんていなかった。それで、なんだか気が抜けた。ある意味母の前ということも僕の気を抜かせる一つの要因だった。

 父と一緒にここに来るのは母の命日の日だけだった。ほかは1人で来ていた。周りに人がいなければ声を出してしゃべるし、人がいれば心でしゃべりかける。どちらにしろ一切返事はないけどかえってそっちの方が気持ちが軽くなったりした。自分が死んだことでいくらここで話しかけたところで聞こえてないということがわかってしまったのだが。

 とりあえず手を合わせる。死者が死者に手を合わせるというのもなかなか面白いものだ。

「お母さん。僕死んじゃいました」

いつものように返事はない。

「こんなに若くして死ぬなんて親不孝ですよね。でも、3日後には死世というところに行くみたいです。お母さん。あなたもそこにいますか?いるならぜひ会ってみたいです。僕はあなたの顔を見たことがないという話はよくしますよね。父が頑なに見せてくれないのです。写真とか取ってないとか言って。本当はきっと撮りましたよね?たくさん。ただ、もう本当に見る機会もないと思うので、お母さんが僕を見つけてください。生まれてすぐのころからはだいぶ顔も違っているので難しいとは思いますがなんかそこは母の缶みたいなやつで何とか見つけてみてください。あっちで会ったらよろしくお願いします」

誰もいない墓地に僕の声だけが響いている。どうせ本当に母のもとにこの声は届いてなどいないがそれでもこんなこと話せるのはお母さんしかいなかった。

「今は死んだ後のロスタイム的なやつで現世に帰ってきてるんだけど、最初の2日間はさ・・・」

 これまでの4日間のことを話した。誠と俊のこと恵のこと。自分が女の子になったこと。

今年もイルミネーションがきれいなこと。とにかく小さなことから大きなことまですべてを話したかった。どうせ今日はここ以外行くつもりもない。今日は母に会いに、最終日は父に会いに、そう決めていた。

「あとね・・・」

と話を続けようとしていると下の方にある駐車場に1台の車が止まるのが見えた。それはよく見慣れた1台の車だった。

車から降りてきた人物は暗闇ではっきりとは見えないが車と言いあのシルエットといい父に間違いはなかった。自分の妻のお墓の前で知らない中年のおっさんが声を出して話していたらややこしいことになりそうなので僕は階段を上った。なるべく音を立てないようにそれでもはやく階段を上った。別に隣のお墓に来たみたいに堂々と隣のお墓で手を合わせればよかったのかもしれないがなんとなく父に合っちゃいけないような気がして父から逃げた。

 父は僕には気づいていなかったようだ。階段を上ったおかげでこちらから父の行動は丸見えという状態になった。静かに顔の前で手を合わせその状態のまましばらくいた。手を合わせ終えるとお墓と1度正面に向き合っていつも仕事に持っていっている鞄から封筒のようなものを持ち出した。その後お墓の下の方をごそごそした。再び立ち上がったその手にはまだ封筒が握られていた。その封筒を今度は鞄に直しその場を立ち去った。父の車が駐車場を離れるまで僕はその場を動かなかった。

 階段を下りて母のお墓の前に戻ってくる。父がごそごそしていたあたり。お線香とかをいつも入れてある場所。僕は線香のにおいがあまり好きじゃなかったし、僕が来たことを父に知られたくないという理由で基本線香を立てなかった。だからここは見なかったし、母の命日に父と一緒にここを開けるときも線香以外のものが入っていた記憶はない。ただ、今日は違った。そこには線香と一緒に小さな水色の封筒が入っていた。封筒を開いてみる。中には1枚の紙が入っていた。

『蘭が死んでもうすぐ四十九日が立とうとしています。なんだかあっと言う間に過ぎてってしまいました。私自身まだ信じられないという気持ちが強いです。蘭がもうこの世にいないなんて。ふと、思うのです。夜家に帰ると蘭がいるのではないか、朝目が覚めたら蘭が朝ご飯を作っているのではないかと。そんなことあり得ないのに。でも、もう四十九日を迎えるというのに父がそんなんでは蘭が心配しますね。もうちょっとしっかりします。

最近は少し考え方を変えるように努力をしています。蘭は私の元を離れて華のもとに行ったんだと。もうすぐ蘭はきっとあなたのもとへ行きます。もうかわいい時期は過ぎてしまってますが、まだ今でも意外とかわいいところもあります。蘭がそっちに行ったら存分に好きなだけかわいがってやってください。それではまた来週来ます。』

手紙だった。内容のほとんどは僕のこと。こんなことを毎週やっていたのか。知らなかった。まず父が命日以外、それもおそらく週1というかなり頻度で来ていたことにおどろいた。それにこの手紙。決して上手とは言えない父の字がそこにはあった。このお墓は僕と父と別々に同じようなことを聞かされていたのだな。手に持っていた手紙を封筒に戻し、お墓の下のところに丁寧に戻した。

 いつから書いていたのだろうか。もし母が死んだときから書いていたのだったらその手紙に母のことが書いてあるかもしれない。父は母のことをほとんど話さなかったから全くどんな人か知らない。少しでも知れるなら。父が手紙を残しているかは分からないが探す価値はあるかもしれない。

「じゃあ、死世で会える日に」

そう告げて僕は母のお墓を後にした。

 階段を下りながらリュックから携帯を取り出しうさぎに電話を掛けた。

「はい、うさぎです」

「人の家のトイレにワープってできるの?」

「人の家のトイレにワープして何をするつもりなんですか」

「いや、人の家というか自分の家」

「自分の家ですか。自分の家なら問題ないですよ。ただし、誰もいなければですけどね。・・・今は誰もいないみたいですので大丈夫ですよ。手順は昨日と同じなのでよろしくお願いします」

僕は階段を下りて今日のリスポン地点であるトイレへと向かった。個室に入って目を閉じる。家のトイレは洋式だからきちんと座っていても大丈夫だ。心の中で10数える。

1,2,3,4,5,6,7,8,9,10

目を開けると毎朝よく見ていたドアがあった。トイレカバーもされていないし、漫画が置いてあるわけでもない。父が新聞を持ち込むことはなかったし、僕がスマホを持ち込むことはなかった。うちのトイレは純粋に用を足すという目的以外で使われることはない。必ず毎日通っていた場所だけにこう何日も来ないで久々に来ると感慨深い。もう僕がここで用を足すことはないと考えると少し寂しいのだが、トイレ的には仕事相手が1人減って楽になる気持ちかもしれない。

「ありがとうございました」

トイレに長年の感謝を告げてトイレを出た。

 僕の最後に記憶している部屋とほとんど変わりはなかった。父が片付け好きということもありリビングはいつものようにきれいだった。机の上にきれいに並べられたリモコン。右端に置いてあるクッション。そのどれもがいつも通りだった。部屋は2LDKで真ん中にリビングその両端に僕の部屋と父の部屋があった。その両方のドアが閉まっている。このドアが開け放たれているときは少ない。昔はリビングで2人でテレビを見たりもしていたが年を重ねるごとにその時間は少なくなっていった。それは僕の反抗期のせいでもあったり、父の仕事から帰る時間がおそくなったからだったりと理由はいくつかあるけど今ではお互いほとんどの時間を自分の部屋で過ごしていた。ある意味そこはお互いのプライベート空間であり僕が父の部屋に入ることも父が僕の部屋に入ることもなかった。

 僕は自分の部屋を開ける。さすがに僕が死んでもう1か月以上たっている。あらかた片付けがされているものと思っていたのだがそこには何1つ変わっていない僕の部屋があった。本棚に漫画本。タイトル順にア行からきれいに並んでいる。CDラックのCDも漫画本と同じように名前順に並んでおりさらにはそのアーティストのCDの発売日順に並んでいる。この辺はしっかり父の血を受け継いだなと自覚している。勉強机として買ってもらった小学生のころから使っている机の上にノートパソコンが1台、開いたままでおいてある。キーボードの上にはうっすらと埃がたまっている。電源を点ける。ウイーンという音とともにパスワード画面が表示される。慣れた手つきでパスワードを打ち込む。名前と生年月日を合わた簡単なものだから誰でも開けようと思えばあっさりと開けられてしまうだろう。前回のログインを調べてみる。11月11日の夜の1時が最後になっていた。とい

うことは父は触っていないということか。パソコンを開いたついでにいろいろなものを削除する。男のパソコンには人には見られたくない写真や画像がいくつかあるはずだ。たとえ父親にだって見られたくないものだ。やだ、昔聞いた話だと削除したところでパソコンから消えることはないから本当に全部消すにはパソコンごとぶっ壊さないといけないらしい。ただ、そんな時間はないし、ぶっ壊れたパソコンの後処理に困るので一応データを消すというところまでが限界だ。今僕ができるベストを尽くした。

 父が僕の部屋に全く入っていない可能性が高いというのは部屋の埃も物語っていた。うっすらではあるが床に埃がたまっている。父の手紙に信じられないという気持ちがあると書かれていた。僕のいないときに父が僕の部屋に勝手に入ったら怒るだろう。父が僕の部屋に入らないのはきっとそういうことなのだろう。

    

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