③
「普通」
「普通って何ですか。普通って」
いきなり大きな声を出したうさぎにびっくりした。
「あの子は蘭様を好きだと言ってるのですよ。それに対して普通って。見損ないました」
「いや別に直接聞いたわけじゃないし。偶然聞いただけだし」
「でもあの恵という子は45日前までは確実に蘭様が好きだったわけじゃないですか。確かに今も好きということに保証はありません。ですが今日の彼女の様子を見ればわかるのではないですか」
だんだん強くなるうさぎの口調に少し押され気味だ。
「落ち着けって。大体好きか嫌いかなんてもう死んでいる僕には関係ないし。どうしようもないだろ」
これが彼女に火をつけてしまった。
「どうしようもない。じゃあなぜあなたは現世に行ってるんですか。そりゃ確かにいろんな制約があって不便なところはもちろんあります。それでもどうしようもできるはずです。彼女は蘭様に告白しようとしていた。運悪く蘭様は死んでしまいました。現世に帰ることを選ばなければここで終わりでした。でも、現世に帰ることを選んだのだったらどうにでもできるでしょう。でどうにかするべきでしょう。好きな人が死んでしまったあの子の気持ちも少し考えてください」
最後の方はもうほとんど怒鳴ってるみたいに大きな声だった。言い終わるとうさぎは少し下を向いて
「また明日、今日と同じ時間に来ます」
と小声で言って出て行った。
うさぎの言うことは何も間違っていなかった。現世に行くことを選んでいなければまず恵の気持ちを知ることはなかっただろうし、気にもかけなかっただろう。しかし、今の僕は現世に行くことを選んだし、恵の気持ちを知っている。もし僕が生きていたら恵に告白されてどう答えただろうか。あの日、僕が生きていて、電話越しに恵が告白してくる。そう考えると体中が熱くなるような感覚に襲われる。実際は心臓はないし血液もおそらく通ってないからそんなことはないのだが。
僕は寝ることにした。おそらく僕が生きていたら恵と付き合うことを選んでいただろう。今の反応がそうなのだろう。知らず知らずのうちにというか思春期のあのころの気持ちは死んでいなかったのだ。
じゃあ死んだ僕は彼女にどうこたえるのが正解なのか。あの、幼女の姿でどうこたえることができるのか。それを考えなければならなかった。
12月26日 死後46日目、16:42
やはりあの空間、睡眠空間は記憶の整理にはとっておきの場所だった。記憶がはっきりとしている。あの死ぬ前の食堂での話も現世にいるときよりもはっきりと思い出せた。何を思い出そうとするかによってすごく小さいころの記憶でも簡単に思い出せた。
「おはようございます」
扉を開けて入ってきたうさぎはいつもより元気がなさそうだ。
「おはよう」
いつもより高めのテンションで返す。
「今日はもう起きられていたんですね」
「ちょっと準備したいこともあったしね。ちょうど終わったところだよ」
僕は机の上のものをバックに入れる。
「昨日はすいませんでした」
扉の前で頭を深々と下げているうさぎ。
「いや、別にいいって。頭を上げて」
顔を上げたうさぎは怒られた子供のような表情でこちらを見た。
「むしろ、感謝している。あそこまでガツンと言われた方が心に響くというか。いろいろ考えられたよ。ありがとう」
「いえ、言いすぎました。私自身なぜあそこまで熱くなってしまったのかわかりませんが、このままで終わるのはとにかくよくないという感じがして」
「生きていた時に好きな人が死んでしまった経験があったとか」
うさぎは腕を組んで考えている。
「わかりませんね。現世での記憶はもちろん消えていますから。私はポイントを使って若返りとかはしていないのでこの年でその経験をしていたらつらかったでしょうね。恵様はそういう状況なのですが」
それをどうにかするのが今日の僕の目的だ。
「好きな人が死んでしまったからそれに耐えられず自分も死んでしまったとか」
うさぎはいつものにっこり笑顔になった。
「それはあり得ないですよ。私の死因はそいった類のものではありませんので」
「じゃあ死因って?」
「それはまた今度機会があればお話ししましょう。もう現世に行く時間です」
長針が11を少し過ぎたところを指していた。僕はリュックをからい、いつものように椅子に座った。
「リスポン地点はどこにされますか」
「もちろん。恵のいる場所で」
「了解しました。・・・あちょっと待ってください」
「何?」
「移動中ですね」
見ると恵の位置が動いていた。この速さだと車か。ただ、この道を通っているということは。
「一昨日と同じ公園にリスポンしてくれ」
「追わなくてよろしいのですか?」
「公園に寄ったあと追う。その時電話するから場所を教えてくれ」
「了解しました。では目を閉じてください」
目を閉じる。うさぎのカウントダウンにももう慣れた。
「3、4、5」
僕の4日目が始まる。恵に気持ちを伝えるための。
「6,7,8」
9が聞こえたか聞こえないくらいでうさぎの声は遠くに消えていった。
12月26日 死後46日目 現世4日目 午後17時01分
2度同じ失敗はしない。うさぎの声が聞こえなくなったと同時に足に力を入れた。一昨日と同じようにスカートをはいていた。今日は濡らさずに済んだ。
トイレから出る。もちろん用なんて足してないけど手を洗う。トイレから出るときには手を洗うという行為は僕にとって身に染みた行為のようだ。鏡に映った自分の姿を改めてよく見る。ぱっちりとした二重。笑うと自然にえくぼができる。鼻がしゅっと通っててなんだかお人形さんような顔立ちだった。このまま大人になればそれそれはとてつもない美女に成長するだろう。彼女の成長はきょうまでなのだが。
トイレから出ると小学生くらいの子が3人で遊んでいた。僕が大学帰るときによく見る3人組だ。男の子2人と女の子1人。楽しそうにボールを蹴って遊んでいる。
「シュート」
そう言って男の子が蹴ったボールが僕の方に転がってきた。
「取ってー」
シュートを打った子が手を上げて飛び跳ねている。残りの二人もこちらを見ている。
僕は目の前にいるボールを蹴った。つもりだった。いつもの感覚で蹴りだされた足はぼるの上を滑りその勢いで私の足は上を向き腰から勢いよく落ちた。
「大丈夫?」
慌てて3人が近づいてきた。この体では痛みも感じないらしい。
「大丈夫だから」
と言って上半身を起こす。
「あ、パンツ丸見え」
シュートの子が言った。スカートで膝を立てていたから3人の方から見るとおそらく丸見えだろう。僕は慌てて膝を伸ばす。
「そんなこと言っちゃいけないんだよ」
と女の子
「でも見えてたじゃん」
とシュートの子。
「立てる?」
ともう1人の男の子。
「立てるよ」
と僕が言って立ち上がる。
「どこの小学校?」
「えっと、私は遠いところ。おじいちゃんのところにあそびにきてるだけだから」
「そうなんだ。じゃあ一緒に遊ぶ?」
「ごめんね。今からちょっと用事あるんだ」
「そっか。じゃあまたね」
「じゃあね」
ともう1人の男の子に別れを告げた。シュートの子と女の子はもう僕のパンツとは関係ないことで口論になっているようだった。
公園を出て坂を登る。懐かしい気分だった。僕と誠と恵もよくあの公園で遊んでいた。ままごともしたしかくれんぼもしたし鬼ごっこもした。あの頃は死ぬことなんて考えたことはなかったな。でもなんとなくいい人は天国に行って悪い人は地獄に行くんだなんて考えてた。あと数日で死世に行く。そこが地獄なのか天国なのかは分からないがとにかくもう僕は死んでいてそこはどうしようもない事実だった。一昨日と変わらずビールが2本置かれている僕の死んだ場所。恵もさっきここにいたのだろう。ここから移動していた。正直、まだ迷っていた。恵に気持ちを伝えるべきなのかどうか。確かにずっと恵のことを好きだったかと言われればそうじゃない。ただ、恵が僕のことを好きだと知った時、確かに僕の心の中に彼女はいた。たぶんずっといたんだが気づかなかったのだ。いや、それは嘘だな。気づかなかったではなくて見て見ぬふりをしていたのだ。これまでの恵との関係を変えたくないとかそんなことを気にして恵への気持ちを無いものにしていた。恵も同じような気持ちを持っていたのだと思う。ただ、恵はちゃんとその気持ちに向き合って僕に伝えようとした。結局恵の意志とは関係ないところで僕に伝わってしまったのだが。
恵の気持ちを知った後でずるいかもしれないが僕だって恵に好きだと伝えたい。ただ、僕はもう死んでいる。明日にはまた違う姿になって最後の2日間を過ごす。そんな人間が彼女にうまく赤間蘭が恵を好きだということを伝えられたところで彼女を苦しめてしまうだけなのではないか。そんなことを考えていたらやはり僕の気持ちははっきりとしなかった。ただ、時間は限られている。とにかく恵に会いに行こう。
そう思って坂を下ろうとした時だった。目の前に1匹の猫が現れた。どこかで見たことある。思い出すと思わずああと声が出てしまった。死因の猫だ。体の模様、色、尻尾の長さそのどれもが僕の記憶の中にある猫と同じだった。
「お前のせいでー」
なんて冗談っぽく言ってみる。この猫に別に恨みはない。もともとはスピードを出しすぎていた僕のせいだ。この辺の野良猫はやたら人に慣れている。この猫も悠然と僕の横を通っていく。僕の死亡場所の前で1度立ち止まった。それからビール缶を踏み台にしてどっかに行ってしまった。猫が踏み台にしたその猫の蹴りだす力に対抗できず倒れて僕の方に転がってきた。やれやれと思いつつもビール缶をもとの場所にもどそうとして死亡場祖に近づく。転がらなかったビールに半面を下敷きにされた状態でそれはあった。
ポストカード。ビール2本の下敷きになっていて気づかなかった。そのポストカードの表紙を見るだけで誰からのものかは察しがついた。大きなクリスマスツリーが印刷されているそのポストカードは昨日、僕が本当にほしかったポストカードだった。裏を向ける。そこには恵の字があった。小さいころからあまり変わらないきれいな字だった。前半は。後半の字は震えていた。気持ちは決まった。
リュックを開けて携帯を取り出す。電話を掛けるともしもしといううさぎの声が聞こえた。
「今の恵の場所はわかるか」
「もちろんわかりますよ。昨日と同じイルミネーションのところですね」
「そこに行きたい。タクシーを呼ぶのとお金を出してくれないか」
「そんなことしなくたってすぐ行けますよ?」
「どうやって」
「さっきいたトイレに行って目を閉じてください」
「ワープできるのか」
「まあそんな感じですね」
「じゃあ頼む」
そう言って電話を切った。
小走りで坂を下って公園に戻る。さっきまでいた小学生たちはもういない。仲良く帰ったのだろうか。そんなことを少し気にしつつトイレで目を閉じる。
午後17時32分
心の中で10を数えてから目を開けた。いつワープしたのかはわからないが、いつの間にかイルミネーションのある公園のトイレに移動していた。
トイレから出ると昨日と変わらない華やかなイルミネーション達が僕を出迎える。ただ、昨日と少し違うのは人が少ないせいで飾られている者だけでなくそれを見る人1人1人もよく照らしていることだった。26日。クリスマスイブでもクリスマスでもないこの日にわざわざ見に来るカップルなんていない。仮に見に来てたとしたら君は何番目と聞いてみたい。
昨日みたいに警察に捕まらない様になるべく交番や警察官から遠い方へ行く。ただ、昨日ほど人が少ないせいか警察官の数も明らかに少ない。これなら見つかることもないだろう。
昨日一通り見て回ったが僕の中で1番のお気に入りと言えば大きなクリスマスツリーだった。ツリーとはいっても本当の木ではないが華やかすぎないその装飾と絶妙な色具合がとても気に入った。一歩また一歩とクリスマスツリーへと近づく。そのツリーの正面にスポットライトでもあたっているかのように光る恵がいた。両手を胸の前で組んで何かを祈っているようにも見えるその姿はとても美しかった。恵を見てこんな感情を持つのは初めてだったが今の僕の恵への木本を考えればそれは別に特別ではなく普通の感情だった。
恵に近づいていく自然な感じで隣に行く。横目でちらっと僕見た恵は僕に気づいた。
「あれ、りかちゃん?」
「お姉ちゃんこんばんは」
「また1人で来たの?」
「うん、またイルミネーション見たくなっちゃって。お姉ちゃんも1人?」
「うん。今日は1人で来たの。昨日人が多くてゆっくり見て回れなかったから」
僕の方を見てニコッと笑って言った。
「このクリスマスツリーね。願いことがかなうんだって目を閉じて胸の前で手を組んで心の中で3回お願い事を言うんだって。なんかtwitterとかでみんな言ってたからちょっと便乗してみようかなって」
それであんなポーズだったわけか。確かに大勢の人の前で1人であのポーズでいるのは少しかわいそうな目で見られそうな気がする。
「でもさ、このクリスマスツリーも大変だよね。どうせみんなのお願い事なんて『来年も彼氏とこれますように』とか『一生2人が一緒でありますように』とかどうせ恋愛がらみのことばっかで飽きるよねきっと」
ここに来る奴なんてリア充のカップルか女子会と称してくる女子たちの集まりくらいだろう。女子会なら『来年こそは彼氏とこれますように』ってところかな。まあどちらにしろ恋愛がらみに違いはないのだが。
「私のお願い人とちょっと違うから叶えてくれないかなー」
「どんなお願い事したの?」
「人にお願いごと言ったらかなわなくなっちゃうんだって。だから秘密だよ」
恵は唇に人差し指を当てていたずらっぽく笑った。
「リカちゃんも何かお願い事したら?好きな男の子とかいないの?」
「うーんいないかな」
好きな女の子はいるけど
「じゃあ何でもいいからお願いしてみなって。叶うと思えば何でも叶うんだから」
じゃあと言って胸の前で手を組んで目を閉じる。目を閉じたものの何をお願いしたらいいかわからない。どうせ自分のことなんてお願いしたところでなあ。じゃあ人別の人のことをお願いすれば。僕は心の中で恵のお願いが叶いますようにと3回唱えた。
「したよ」
「よし、じゃあ行こっか」
「どこに?」
「昨日一緒にイルミネーション見に行こうっていったらお母さんが来ていけなかったから今日こそは行こう。デートだよ。デート。彼氏のいない女2人が12月26日にデート。なんだか悲しいねえ」
ふふふと笑っている恵につられて僕も笑う。恵は僕の左手を掴んで歩き始めた。
恵とのデートは本当に楽しかった。1つ1つのイルミネーションを静に見たり、間間では大学の話もしてくれた。同じ大学に通っていてもそんな見方があるんだというような見方をしていたり女子が普段どんな会話をしているのかなんてことも知れた。本当はりかではなく、らんとしてデートして見たかった。
一通り見て回った。昨日も一通り見て回ったのだが2人だったからなのかその相手が恵だったからなのか昨日よりも何倍も面白かった。
「最後にあそこいかない?」
ハート型のイルミネーションを指さして言った。そこは昨日まで大勢のカップルが列をなして写真を撮っていたところだった。
「恥ずかしいよ」
「大丈夫だよ。見てる人も少ないし。なんか縁あって私たち偶然仲良くなれたんだし記念にさ」
そういうと恵は僕の腕を引っ張って連れて行った。昨日までだったら後ろに並んでいるカップルが前のカップルを撮るという暗黙のルールが成立していたのだが誰も並んでいないそこにはいまやそんなルールは存在しない。
「誰かにと撮ってもらわないとね」
そういうと恵は会社帰りだろうか足早に去っていく女の人に声をかけた。こういう時に物おじせずに堂々と人に何かを頼める恵は本当にすごいと思った。僕は人見知りでそんなことできない。
声をかけられた女の人の笑顔を見る限り了承してくれたみたいだ。
恵が僕の横に来る。
「2人でハート型作ろうよ」
「それはさすがに恥ずかしいよ」
「全然恥ずかしくないよ。お姉ちゃんも一緒にやるんだから」
こういう時女の人は平然とよくやれるなと思う。男からしてみりゃそんな恥ずかしいことできませんってことでも女子が集団になれば平気でやってみせる。
仕方なくハートを作ることにした頑張って体を横に沿う。恵と両手をつないでいる。あの女の人から見てハートになっているかは定かではないが恵が満足そうだからいいか。
「はい、撮りますね」
ああ、そうか思い出した。僕がイルミネーションを好きになった理由。
その当時父がどんな仕事をしているかなんて知らなかったが、僕のお迎えにほとんど毎日来てくれた。それでもたまに仕事が遅くなると恵のお母さんが迎えに来てくれた。そうあの日。あの日はクリスマスの日にたまたま父の仕事が忙しくなって恵のお母さんが迎えに来た。父が迎えに来てくれないときは少し寂しかったが恵と一緒に帰れることは少しうれしかった。
「蘭君、イルミネーションって知ってる?」
恵のお母さんは車を運転しながらそう言った。
「いるみねーしょん?」
「すっごくきれいなんだよ。いろんなものがねきらきらひっかてるの」
と言う恵の目もキラキラ光っていた。
「ねえ、おかあさん。今から行こうよ。蘭君にもイルミネーションみせたい」
「そうね。蘭君も見てみたい?」
それが何なのかよく分からなかった僕は期待に胸を膨らませて首を縦に動かした。
その当時のイルミネーションは今みたいに派手ではなく、とても地味だった。それでも初めて見る装飾品の数々に胸が躍った。人もすくなかった当時はちびっこ2人が走り回っても誰にも迷惑をかけることなんてなかった。
一通り走り見終わって疲れた僕たちにカメラを構えた恵のお母さんが
「はい、そこ二人並んで」
といった。僕たちは言われるがままそこに並んだ。すると突然恵の手が僕の手を掴んだ。僕はビックリして恵の方を見たけど恵はまっすぐカメラの方を見て笑顔を作っている。
「はい、撮るよー」
声に促されて僕も前を見た。カシャッという音ともに恵の手は僕の手を放した。今だからわかる。恵は僕の何倍も大人だったんだなと。
当時の僕はただただ何が起きたかわからない状態だった。それは僕の中でイルミネーションの時のうれしい思い出として記憶に残っていたみたいだ。これが数年後イルミネーションを見るとワクワクするから好きという僕の気持ちを作り出した。
カシャッという音ともに恵の左手が離れた。右手はつないだまま撮ってくれた人に感謝を言って僕に今撮った写真を見せてくれた。
「きれいに映ってるね。ケータイとか持ってない?持ってたら送るんだけど」
持ってはいるがあれが普通にケータイとしての役割を持っているかどうか怪しい。僕は持っていないと答える。
「じゃあ今度写真にしてあげるね。住所どこ?送ってあげるよ」
「いいよ。わざわざ」
「私との思い出いらないの?」
そんないい方されたら断れないだろ。笑ってはいるから冗談のつもりだろうが。仕方ないから思いついた適当な住所を言う。
「わかったじゃあ、今度送るね」
それがどこに着くのか。届いた人は知らない女の子2人が写っている写真をもらってどうするのか。危ない人の家に届かないことだけを祈った。
「疲れたね。ちょっと休憩しよっか」
昨日と同じベンチに座る。恵の手はそれでも僕の左手を話さなかった。
「疲れたねー。よく歩いたよ。この年になるともう体力ないわ」
とても大学生の発する言葉とは思えない。
「あのさ」
と顔を近づけてくる。とっさに顔を引く。
「クリスマスツリーにさっき何お願いしたの?」
「誰かに言ったらかなわなくなるんじゃ・・・」
「大丈夫。ここだとクリスマスツリーから私たち見えないから」
そういう問題なのか。恵のお願いが叶いますようにと願ったなんてとても言えない。
「お姉ちゃんから言ってよ」
「え、お姉ちゃんから。じゃあお姉ちゃんが言ったらリカちゃんも言う?」
「言う」
恵が何をお願いしたか気になった。人とちょっと違うっていってたな。
「蘭にもう1度だけ会いたい」
しばらく沈黙が続いた。それから恵が口を開いた。
「昨日言ったお星さまになった人が蘭って言うの。ある日突然前触れもなくいなくなっちゃってねそれでね、それでね私ねその人にね蘭にね告白・・・」
恵の目から大粒の涙がこぼれていた。僕の左手にぐっと力が入る。
そのまま恵は声をあげずに泣いた。時折鼻をシュンとすする音だけが響いた。
「大丈夫?」
少し落ち着いたタイミングを見計らって僕はそう問いかけた。
「うん。大丈夫。ごめんね泣いたりして」
僕はゆっくりとうなずいた。
「全くあいつはどれだけ私を泣かせれば気が済むのだ」
謝ってどうにかなることではないけど一応心の中でごめんなさいと謝っておく。
「じゃあ、次はリカちゃんの番ね」
この流れで言うのかよ。もう振られることはないと思ってたから何も考えてなかった。
「ほら、お姉ちゃんが言ったら言うんでしょ」
目はまだ真っ赤だったが、にこにこしながら僕を見る。
「お姉ちゃんのお願い事が叶いますようにってお願いしたの。私別にお願い事とかなかったから」
「本当?なんていい子。そんないい子にはハグしちゃう」
そういって僕の顔は恵の胸に押し付けられた。性欲のない僕は興奮はしないがただ、ただ、恥ずかしくてすぐに離れようとしたが思いのほか恵の力が強く、結局恵の気が済むまで押し付けられ続けた。
恵の胸から解放された僕は時計を見た。時刻はすでに20時50分を指していた。
「そろそろ帰らないと」
「もう21時になるもんね。1人で帰れる?送ろうか?」
「家すぐ近くだし。昨日も1人で帰ったから大丈夫」
「じゃあ、バイバイだね。写真近いうちに送るから楽しみに待っててよ」
「うん待ってる。バイバイ」
「またねー」
そういって恵と別れた。
恵の手紙はずるかった。前半こそ天国に行っても元気でね。私は絶対忘れないからと書いてあった。後半は文句だった。バカとかアホとか子供みたいな悪口いっぱい書いてあった。震える字で。そして最後に『言い返したかったらもう1回会いに来てみろ』と添えられてあった。
僕はリュックを開けて携帯を取り出した。
泣くつもりなかったのになと私は思った。リカちゃんに迷惑かけちゃったな。今度写真できたらお菓子と一緒に持って行ってちゃんと謝ろう。
不思議な子だったな。初めて会った時からなんか初めてあった気がしないっていうか。今日の2人でイルミネーション見ているときだってなんか安心感みたいなものを感じたし。だからあんなことも話しちゃったのかな。
そんなことを考えながらボーっと歩いているとクリスマスツリーの前に来ていた。さっきリカちゃんにお願い事しゃべったのがばれてませんようにと祈った。その時だった。いきなりあたり一面が真っ暗になった。周りのお店の電気もイルミネーションの電気も一斉に消えた。
ふいに後ろから私の肩のあたりに腕が回った。とっさのことで何も声が出ない。
「ありがとう」
耳元でつぶやかれたその声は誰のものかはすぐにわかった。
「蘭」
そう叫んで振り帰ると同時に一斉に電気がついた。そこには誰もいなかった。ただ、足元にどこかで見たようなポストカードが1枚落ちていた。
「おかえりなさいませ」
「セーフだった?」
「こうしてここに普通に戻ってこれているということはセーフでしたね」
「いやー緊張した」
「元の姿に戻る、あのあたり一帯の電気を消す。相当にポイントを使いましたがね」
「あれ以外の方法が思いつかなかった。というかあれを思いついただけでもほめてほしいところだけど」
「意外と大胆なんだと思いましたよ。後ろから抱き着くなんて一歩間違えれば叫ばれてお終いですからね」
「まあ確かににな。あれは合ってたと思うか」
「あれとは」
「最後はケータイ付けたままだったから聞こえてただろう『ありがとう』って」
「ずるいとは思います。ありがとうなんて曖昧な言葉で恵様の気持ちにこたえるのは。ただ、だからと言ってほかにあの場面で伝えられる言葉は思いつきません。なので正解じゃないかもしれませんがまちがいでもなかったと思います」
「そうか。うさぎにそういってもらえると少し楽になるよ」
恵に気持ちを伝えられないもどかしさは当然僕の心には残ったままだが僕のもどかしさなんかよりも恵の方が何倍、何百倍ももどかしいのだと思う。せめてもの償いとしてクリスマスツリーに込めた願いを叶えたことが恵の気持ちを1歩でも2歩でも先に進ませてくれたらと願う。
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