②
今年はここ数年で1番の出来に感じた。ただ、無駄にあっちこっちを光らせているわけでもなくそれぞれのオブジェクトが他のオブジェクトを際立たせつつも自分というものをしっかりとアピールしている。1つ1つはもちろんのこと全体のバランスを見ても素晴らしいの一言に尽きるようだった。
生きていれば、スマホを片手に何枚も写真を撮っていただろうが、この携帯で何を撮ったところで意味はないのだろう。そもそもカメラ機能があるかどうかすら怪しい。
そもそも、いつからイルミネーションなんて好きになったかな。いつの間にか好きになっていて、気づいたら1人で行くようになっていた。高校のころはもう1人で行っていたからそれよりももっと前だったはず。よく思い出せなかった。でも、好きなものなんてそんなものか。よく〇〇にあこがれて××になりましたなんてテレビで言うけど、本当にそうかどうかはわからない。理由なんて後からいくらでもつけられる。じゃあ、僕はキラキラ光るものにあこがれてイルミネーションが好きになりましたとでも理由を付けてみよううか。そのとても女の子らしい理由に自分でも少しにやりとした時だった。
「君、いくつ?」
そう声をかけてきた2人組の男性がいた。もちろんナンパではない。その服を見れば一目瞭然。警察官だ。
数年前に公園が改築されたときに安全面の強化として交番が建てられた。人の多いこの時期となればパトロールしているのは当たり前だ。
22歳です。いや嘘じゃないんです。なんて言ってもこの姿じゃ通じるはずもない。年齢と言われても少し高めに言っても12歳くらいが限界だろう。
「お母さんかお父さんは?一緒じゃないの?」
どうしようか。ダッシュで逃げてもこの若い2人組の警察官にはかなわないだろうし第一に逃げる行為そのものが怪しすぎる。
「あっちにいます」
と、てきとうなことを言ってみる。
「どこ?一緒に連れてってくれる?」
困ったことになった。あっちにお母さんもお父さんもいるわけない。
「もしかして迷子かな?大丈夫だよ。放送でお母さんとお父さん読んであげるから」
呼んでも一生誰も来ない。そもそも自分の名前すら決めていないのに。逆にここで赤間蘭ですって言ったら誰か来てくれるかもしれないが。
「ほら、あそこの交番でママとパパ待ってようね」
と行って連れていかれそうになった時だった。
「くみちゃーん」
と後ろの方で声が聞こえた。はじめそれが自分にかけられた声だとは気づかなかった。
「くみちゃん」
声が近くなって後ろを振り向いた。
「めぐみ・・・」
小走りでかけてくる彼女の姿があった。近づいてきて、僕の目を見てウィンクをした。
『蘭が好き』
2度目の告白だった。空耳にするには大きすぎて、もう無視なんてできなかった。
「妹がご迷惑おかけしました」
「君の妹さん?この人お姉ちゃん?」
と最初は恵に後の方は僕に問いかけられた。僕は首を縦に動かして、彼女は「はい」と大きく返事をした。
「それはよかった。もうはぐれないようにね。」
「気を付けます」
と彼女は言って僕の手を取った。
「じゃ、行こうか」
僕の手を引いて交番から遠く離れたラジオの公開収録をやっているところの前にあるベンチに連れて行った。
「ごめん。迷惑だった?なんか困っているように見えたから助けた方がいいかなって」
「あ、うんありがとう」
「あの人たち公園中に響き渡る声で誰誰のお母さんいませんかって叫ぶんだよ。そんなことされたら恥ずかしいって言うのがわかんないかな。大丈夫。お母さん私が見つけてあげるから」
恵はおせっかいだった。相手はきっとこれをしてほしいだろうというのを勝手に決めつけてそれを自分で実行してくる。もし、本当に僕が迷子なのだったらあのまま警察に預けられた方が確実にお母さんが見つかったかもしれないのに。そんなこと恵は考えていないのだろう。
「わたし、こうさかめぐみっていうの。怪しいものじゃないよ」
と言って、財布から僕の通っていた大学の学生証を取り出した。高坂恵と書いてある。その横の写真には少し幼い恵の姿があった。
「お名前は?」
そういえば名前決めてなかったな昨日はリンだったから、今日はリカくらいにしておくか。
「リカです」
「リカちゃん?かわいい名前。それで、お母さんとどこではぐれちゃったの?」
「あ、いえ。家が近所なので1人で来てたんです」
「あら、じゃあお嬢ちゃんじゃん」
まあ、もうこういう反応だよな。僕もこの辺に住んでるんですよって聞いたらお金持ちーとかセレブーとか言うだろう。
「でももうこんな時間だから1人で歩いてたらまた警察に捕まっちゃうよ」
公開放送中のラジオ箱の中の時計はすでに20時になろうとしていた。確かに、小学生の女の子1人でうろつくには遅い時間だ。とはいえ、21時になるまで帰れないし。
「イルミネーション好きなの?」
恵が言った。
「さっき、イルミネーションの奇麗なポストカード買ってたし、さっきも外でずっと眺めてたでしょ」
ずっと見ていたのか。僕が恵を知っているからいいものの知らなかったらただの危ない人だぞ。
「あ、別につけてたわけじゃなくて。ポストカード取ってあげた後、イルミネーション見ようと思って外に出たらたまたま見つけたから」
まあ、そういうことなんだろう。確かにカップルだらけの中こんな小さい子が一人でイルミネーションの前をボーっとしてたら目立つからな。
「イルミネーション好きだよ」
目を合わせないようにやや下を向いて答えた。
「やっぱり。いいよね。イルミネーション。キラキラして。暗い気持ちもパーッと明るくなるような」
「暗い気持ち?」
と、自分で反応してしまったことに後悔した。もう心底心理は聞いた。なぜ暗い気持ちなのかそれはわかってたはずなのに。
「あ、うん。えっと。ちょっとね悩んでることがあって。イルミネーション見たらね、少しでも楽になるかなーって」
えへへと恵は笑ったがその笑顔はあまりにへたくそだった。
2人の間に気まずい沈黙が流れる。僕が本当に小学生ならもっと無邪気にいろいろなことを聞けたかもしれない。残念ながら見た目は小学生でも心は大学生。あれやこれやと聞けない。ましてやあの恵が自分のことを好きだと知ってしまった以上、余計に何を話していいか思い浮かばなかった。
「今夜のリクエストはこの曲です」
目の前の公開放送からそんな声が聞こえてきた。今日はクリスマス。どうせどっかの誰もクリスマスソングをリクエストするのだろうと思った。しかし、流れてきたのはクリスマスソングなんかではなかった。この曲は・・・。
「この曲知ってる?」
知ってる。最近デビューしたてのアーティスト。この曲聞を初めて恵に聞かせたのは他の誰でもなく僕だった。
「知ってる。ラブサマちゃんだよね」
というと恵はビックリした顔になった。
「なんで知ってるの?この人有名なの?」
「有名かは分からないけど、なんか偶然聞くことがあっていいなーって思って」
本当にたまたま聞いて、たまたまいいなって思って、たまたまそれを恵に伝えた。
「私は好きじゃない」
えっと思って恵を見た。恵はただ、まっすぐ前を見ていた。
「この曲をね教えてくれた人が本当にお星さまになっちゃったんだ。この曲を教えてくれたその日にね」
『背伸びをしたって届かない 恋のお相手はお星さま』というその曲のフレーズを思い出す。星になったか。
これを教えた日に死んだのは忘れてたな。死んだ日のことを思い出してみる。1か月以上も前のことだ。もうほとんど思い出せないと思っていたが意外とはっきりと覚えていた。
いつものように誠と俊と食堂でしゃべっていた。そこに恵とほかの女の子2人も来て6人で話していた。6人でいることはいつもではなかったがまあ珍しいことでもなかった。その時に確か父親から電話が鳴って、その時にこの曲が鳴った。
「誰の?」
「僕の電話」
「いや、そうじゃなくて。誰の曲かって?」
誠が聞いてきた。どうせ父親の電話なんて後でかけなおせばいいやと思ってその時は無視した。
「最近はまってるんだけどね」
と言ってスマホを操作してその音楽を流す。約2分間1番が終わるまで僕らは黙ってその曲を聞いた。
「いい曲だね」
その時の恵はそう言っていた。それからはマイナーな歌手の話題になってたくさんの曲を聞いた。食堂も閉まる時間になったころみんな帰ろうとしていた。僕はトイレに行くから先行ってていいよと言って別れた。トイレを済ませて、食堂を出たところに恵が立っていた。
「あれ?帰ったんじゃなかったの?忘れ物?」
「いや、蘭が1人で帰るのかわいそうだから待っててあげただけ」
「1人でって俺原チャリだから駐輪場までじゃん」
「蘭、寂しがりでしょ。その距離でも寂しくて泣いちゃうでしょ。あー私ってやさしい」
少しひきつったような笑顔で彼女は僕に笑いかけた。
「バカにしやがって」
僕も笑って返す。駐輪場までの約2分間僕たちはそんな冗談を言い合っていた。
「じゃあな」
ヘルメットをかぶった僕はそう言ってエンジンを入れた。
「あのさ」
エンジンをかけた原チャリに乗っているヘルメットをした人にもはっきりと聞こえるくらい大きな声で恵は言った。
「なに?」
僕も聞こえるように大きな声で言った。
「今日さ電話してもいい?」
「今話せばいいじゃん」
「あとで電話する。外寒いし」
11月にしては確かに寒い日だった。
「じゃ後で」
と言って恵と別れた。
もちろん僕だって男だし。もしかしたらなと思ったけど。まさか恵がって気持ちの方が大きかった。俊か誠のことを好きになった相談かもしれない。まあそうなったら俊の方だろうなと思っていた。
「あーもうしんみりするのはやめやめ。せっかくこんなきれいなイルミネーションあるのになにしんみりしてんだろうね。一緒に見に行こ」
そういって恵が僕の手を取ろうとした時だった
「こんなところにいたの」
そういっておばちゃんが近寄ってきた。さっきのおばちゃん。リュクを閉めてくれたおばちゃん。まだ何か用でもあるのか。ただ、目線は僕ではなく恵を見ていた。
「電話してくれたらいいのに」
「何度もしたわよ。電話に出なかったのはあんたじゃない」
恵がスマホを取り出して携帯を見る。
「ごめん。気が付かなかった
「気を付けなさいよ」
というとおばちゃんは僕を見た。
「あら、さっきのお嬢ちゃんじゃない?」
「先ほどはありがとうございました」
「あれ?知り合い?」
「知り合いというほどでもないわよ。リュックが開いたまま歩いてたから閉めてあげただけよ。あんたたちこそ知り合い?」
うーんと恵はうなった。ポストカードの流れから話すと長くなるからどこから話すべきかと考えているようだった。
「さっきイルミネーション見てたら知り合って、友達になったんだよね。お姉ちゃん」
僕はそう言って恵を見た。
「そうそうそんな感じ」
恵はうんうんとうなずきながら言った。
「この人ね。私のおかあさん」
なるほど、親子は似るものだと自分の中で納得した。とはいえ、恵のお母さんも老けたものだ。小さいころはよく会っていたが最近はまったく会わなかったから気づかなかった。
「リンちゃんも一緒にご飯食べに行く?」
恵たちはこれからご飯のようだ。時計を見るともうすぐ21時になろうとしていた。
「家でお母さん待ってるから、大丈夫です」
「じゃあ、気を付けて帰るんだよ。また警察に捕まらないようにね」
と言って別れた。
さて、僕ももうあっちに帰るころだな。とはいえこんな感じで帰ったことないからなどうやったら帰れるのか。1日目はホテルでちょうど時間が来た。2日目はトイレに駆け込んだら時間が来た。とりあえずトイレに行ってみるかと思って、歩き出す。
「おかえりなさいませ」
いつここに戻ってきたかわからないほどそれは一瞬の出来事だった。
「ただ・・いま」
「初めてただいまと言いましたね。今日は余裕のご帰宅でしたからね」
「あんなただ歩いていてるタイミングでもこっちに戻せるのか」
「一応戻すときの条件として21時の前後5分以内というのは前もお話ししましたが、ほかには誰も認知していないときというのが条件ですね」
1日目はホテルで誠と2人きりだったから誠以外見ている人はいないだろう。2日目もトイレに入った瞬間だったからトイレに誰もいなければ見ている人はいないか。だが、今日のあの人混みで僕を誰も見ていないなんてことはあり得るだろうか。
「偶然あそこにいた全員が瞬きして僕を一瞬見失った?」
「そんな超奇跡的偶然あり得るはずないでしょう。そうですね。ちょっと待ってください」
うさぎは僕の現世での行動を監視しているモニターの前に行き何かをしている。
「これで良し」
と言ってこちらを振り返る。両手に1枚ずつ紙を持っている。
「ではまずこちらをご確認ください」
右手に持っていた紙を表に向ける。写真だ。さっきまでいた公園。今日のいつか見た光景だろう。イルミネーションとたくさんの人が写っている。
「見たよ」
「では次にこちらの写真をご覧ください」
と言って左手の紙をこちらに向ける。また写真だ。それもさっきと同じ。
「見たよ。この2枚の同じ写真がどうした」
「やはり同じに見えるのですね。では今度は2枚の写真を同時にご覧ください」
2枚を横に並べてみても同じにしか見えなかった。
「やっぱり同じにしか・・・」
と言いかけたところで気づいた。
「もしかしてこの右端に小さく映っている人が消えたとか」
「そうです。大正解です」
大正解と褒められるほどのことでもないような気もするが。
「で、いったいこれが何?」
「蘭様は先ほど2つの写真を見たとおっしゃったにもかかわらず同じ写真だと言いました。これくらいの写真ですので右端にいた人も見ていたはずです。なのに消えたことに気づかなかった。これは蘭様にこの人は認知されていなかったということです。見ていても認知されてないものなんてたくさんあります。あの時蘭様はイルミネーションの反対側のトイレに向かっておられました。なので認知される方がいなくなったということですね」
「じゃあずっと誰かが僕を認知していたらどうするの」
「21時5分を過ぎてしまえば、17時から21時までというルールを破ったことになりますのでルール違反ということになります」
てことは今までもそのルールを破る危険はあったということか。
「21時前後に人の認知から外れろなんて今まで聞いたことなかったぞ。今までだって外れない危険はあっただろ」
「これは基本的に担当官の役割なのです。認知というのはまず目で見ないことには始まりません。全員の目を一瞬でもそらせればよいのです。何をするかによってポイントの変動はありますが、目線をそらすなんて方法はいくらでもあります。なので蘭様は時間を気にせず現世をお楽しみいただいて大丈夫ですよ。最初から説明していると時間が気になるでしょう。短い時間しかないのでそういった不安を少しでもなくそうと思って説明はしておりませんでした」
「信じて任せていいんだな」
「もう20年以上やっているのですよ。任せてください」
うさぎはニコッと笑った。
「ところであのかわいらしい女の子は蘭様の彼女ですか?蘭のことが好きと言ってましたし」
「まあ生きてればもしかしたら彼女になってたかもな」
そういうとうさぎがこちらをじーっと見てくる。
「何だ?」
「いえ、現世では今こんなのがモテるんだなと思いまして」
人をこんなの呼ばわりとはひどいなと思ったが、まあそこは許そう。こんなのは別にモテないしな。
「あいつくらいだろう。俺を好きになるなんて。ただ、まさか俺のことを好きだなんて知らなかったからな」
「でも、死んだ日に夜電話するって言ってたじゃないですか。あれは絶対電話で告白するにきまってるじゃないですか。それもわからないくらい鈍いのですか」
「なぜそれを知っている」
「なぜってあの記憶を思い出させたのは私ですから。蘭様が覚えていたことであればそれを思い出させるのも仕事ですから。もちろんその記憶は私も見れます」
「じゃあ、思い出そうとすればなんでも思い出せるのか」
「だから覚えていたことだけです。今ここにいる蘭様は現世で死んだ蘭様と記憶の面ではほぼ一緒ですが、現世で別の姿になっている蘭様はこちらが自動的に必要と判断された記憶以外は持っていないのでそれが必要となった時、こちらからそれをお渡しするという風になっております。今思い出せる記憶が覚えていた記憶ということになります。あのベッドはそれを確認するためのものでもあるのですよ」
今思い出せること。と言っても何かきっかけがないと何を思い出せばいいかなんてわからないな。死んだ日の朝食なんてのも覚えていないし、結構いろいろ覚えていないものだな。ただ、死んだ日のあの場面をあそこまで明確に覚えていたということは単に記憶が近かったということもあるかもしれないが、心に残る思い出だったのだろう。
「あの場面だけを見ていたら恵が俺を好きだなと思うだろうが、そういうタイプじゃないんだなあいつは」
「仲のいい友達だったということでしょうか」
「友達ねえ。幼馴染というか、腐れ縁というか。初めて会ったのは幼稚園の時だったかな。誠も同じ幼稚園で3人で。家も3人とも近所だったからよく遊んだな。それから小、中、高、大と3人一緒。途中思春期ってやつで話さない時期もあったけどそれもすぐに終わってまあ、あんなふうな感じになったって感じかな」
うさぎは腕組をしてふんふんとうなずいていた。
「蘭様はどうだったのですか」
「どうって?」
「好きだったのですか?」
改めて好きかどうか聞かれると困る。確かに1度好きになりかけた時もあった。思春期の時期に。ただ、小さいころからの関係が決まづくなるのが嫌とかそんな適当な理由を付けて好きにならなかった。誠の存在も大きかったような気もする。僕と付き合うくらいなら同じ幼馴染のイケメンと付き合うだろうと思った。それに、恵は男には困らなさそうだった。特別かわいいというわけではない。さっきうさぎが言ったかわいらしいというのが適切な表現だろう。ただ、それくらいの方が俺でも行けるんじゃないかと思って男によくモテる。中、高生にありがちな現象だ。
恵のことは嫌いではない。が、好きでもない、と思う。じゃあ、あの恵の心底心理を聞いた時の気持ちは何だったのだというと説明がつかなくなる。
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