3章

12月25日 死後45日目 午後16時30分

ガチャリとドアが開いて誰かが入ってきた。まあおそらくうさぎだろう。

「おはようございます。蘭様」

この声は間違いなくうさぎだ。僕は背を向けたままおはようと返した。

「そのゲームそんなに面白いですか」

ゆっくりと近づいてくる足音は僕の背中で止まった。

「まあ、暇つぶしにはなるな」

僕はポーズメニューからセーブを選んでゲームをセーブした。そのデータがロードされることはもうないかもしれない。

「聞きたいことがある」

僕は座ったまま後ろを振り向いてうさぎを見た。うさぎはいつものあの笑顔で僕を見ていた。


 昨日、俊と誠との出来事で疲れていた。もちろん生身の体ならそのままベッドにダイブして眠りにつくのだろうが、この体は肉体的な疲労を感じることはない。それでも精神的に疲れた。うさぎは帰ってきた後少しして別の仕事があるといって出て行ってしまった。1人残された僕はとりあえず寝ることにした。ただ、この何もすることがないから寝るというのは現世では時間つぶしと疲労回復に効果的だが、こっちではあの真っ暗な世界と外の時間経過は同じだし、そもそも肉体的疲労なんてものはないからほとんど起きているのと同じ状況にしかならなかった。それでも思考の整理というものを少しでもやっておこうとは思っていた。

 まず、第1に心底心理というものが厄介だった。1番隠していたいことが見えるというのは知られたくないから隠しているわけで、それを知った以上知らないふりをするというのは気持ちが悪い。それに、そんな複雑な気持ちを持ったまま成仏なんてしたくはない。

 第2に2日間で姿が変わってしまうことも、この現世での生活の不便さの1つだ。次に現世に行くときは3日目ということになるから姿は変わるのだろう。最初の2日間は若くてかわいい女の子だったからよかったものの次がすごいよぼよぼのじいさんとかだったらもう誠と俊には会えないしな。

 正直、誠と俊以外会いたい人なんて思いつかなかった。残りの4日間俊と誠にナンパされ続けるのも面白いかなと思っていた。ただし、4日間かわいい女の子だった場合に限るのだが。もし、かわいい女の子じゃなかったらもう誰にも会いたくなかった。目が合って心底心理を聞くのも嫌だし、死んでまであれやこれやと考えるのはもう嫌だ。精神的に疲れる。ちょうど時期もクリスマスだしイルミネーション見ながら過ごすのも悪くない。

 ただ、6日目の最後の最後に父親に少しだけ会いたかった。目を合わせない限り心底心理は聞こえない。父親と目を合わせずにちらっと様子を見て、僕は無事に成仏する。うん、これだ。こういう終わり方なら心安らかに成仏して死世とやらに行ける。この4日間の過ごし方は決まったな。あとは何か整理しておいた方がいいことは・・・。僕は昨日の記憶を漁る。1つ気になることを忘れていた。うさぎの件だ。

 昨日の現世に行く前にうさぎが話していたこと。担当官のなり方。ああいう話の終えられ方をされると細かく聞きたくなってしまう。まあ、記憶を漁らないと思い出せなかったのだが。それでも思い出した以上うさぎが戻ってきたら聞いてみよう。



「聞きたいことがある」

「はい」

「うさぎは現世で誰かを殺したのか」

「え?」

「昨日、僕が現世に行く前に担当官のなり方というのを話しただろう。だから、誰かを誤って殺してしまって担当官になったのかなと」

うさぎは少し黙った。そしてそれから腕を組んでうーんと言って首をひねった。

「おそらく殺してはいないと思います」

「おそらく?」

「前にも話した通り、死世に行く前に現世の記憶というものはすべて消されます。そして担当官になるときも同じように現世での記憶が消されるので現世で私が何をしたのかははっきりと覚えてはいません。ですが、一応、罪状の欄には存在確認罪と書かれていたので誰かを殺したわけではないかと」

「存在確認罪?」

「他人に自分の存在がばれてしまった、ということです」「

「でも、普通ルールを破ろうとすると、体の自由が利かなくなったり、担当官がこっちに戻すんじゃ・・・」

「担当官がたまたま見ていない隙に何かをしたのか、運悪くばれてしまったのかはわかりませんが、結果として今は担当官になっているということになっています」

ルール違反で死世に行けなくなる。そこがどういう場所かは分からないけど、そこに行けないとなるとうさぎは罰を受け僕は担当官になる。僕が担当官になるのは最悪いいかもしれないが、うさぎが罰を受けるのはかわいそうだ。

「あ、ちなみに私は蘭様がばれそうになったらすぐに戻しますからね。私が罰を受けるのも、蘭様を死世に送り出せないのも嫌ですし」

と、笑いながらうさぎは言った。

「さて、そろそろ準備でもしますか」

時計を見ると長針が10を少し過ぎたところにあった。僕は昨日と同じようにリュックをからって椅子に座った。

「では、今日のリスポン地点を決めてください」

「ちょっと聞いていいか」

「相変わらず質問の多い方ですね。どうぞ」

まあ、確かにこっちに来てからずっと質問している気がする。でもわからないことだらけのこの世界。質問せずにはいられない。

「現世での姿のことなんだけど、あれって決められないよね」

「ええ、無理ですよ。あれは完全ランダムに決められているので蘭様はもちろん私でも決めることはできません」

「じゃあ、あんな美少女になったのは運が良かったということか」

「美少女になることが運がいいかどうかというのは置いといて、一般的に健康体であるという制約はありますからリスポンしたはいいけどトイレから出られないなんてことにはなりません。自由に歩き回れるということが大事ですので、赤ちゃんになるなんてこともありませんのでご安心を」

「よぼよぼのじいちゃんになるのは?」

「ありえますよ。見た目がよぼよぼでも健康体で元気に歩ければ問題はありませんからね」

「それって何種類くらいあるの?」

というと、うさぎは腕を組んで首を横にしてうーんといった。

「数えたことはありませんが、私が担当官としてやっているうちに被ったことはありませんね」

今まで何人を見て来たかということを聞くのはやめた。20年以上やってれば相当な人数を見てきているだろう。それで被ったことがないとすれば、それはもう数えきれないほどの種類があるのだろう。

「でも、ものすごく運がよかったら昨日とおんなじ姿になるかもしれないってことだよね」

「ああ、それはあり得ませんね。現世で3種類の人物になるということは決まっているので同じ姿になることだけは絶対にありえません」

ということは現世の人たちにとって今日の僕は全員が初めましてということになるわけか。それが絶対2日おきに起こる。

「まあ、これは参考程度に聞いてほしいんですけど、現世での姿は実際の姿とはかなり遠い姿になっているような気がします。たぶん外見で絶対ばれないようにするためだと思いますが

まあ、この2日間がどんな姿になるかはもうすぐわかる。昨日と同じ姿がない時点でもう俊たちに会うのはあきらめがついた。どんな姿だろうともうこの2日間は誰に会うつもりもないし。現世というものを満喫しようと思う。

「リスポン地点は1日目と同じところでいいよ」

「わかりました。では目を閉じてください」

目を閉じるとうさぎがカウントダウンを始める。1日目のようなワクワクじゃない、2日目のような覚悟を決めた感じでもない、ほとんど無に近い感情で僕はリスポンするのを待っていた。



12月25日 死後45日目 現世3日目 午後17時02分

 目を開けると2日前と同じ色のドアがあった。3日目。何もわからなかった1日目。やらなければいけないことがあった2日目に比べれば何もすることのない3日目はとても楽だった。男子トイレか女子トイレかわからないこの場所を出て、鏡で自分の姿を見て、1日のんびり過ごそう。僕は便器から立ち上がった。鍵を開けて外に出ようとしたところで気が付いた。小さい。僕は鏡の前に出た。かわいい女の子の姿がそこにはあった。本当に子、子供なのだ。どう見ても小学生。誠と俊の問題を昨日までに終わらせておいてよかったと本当に思った。さすがに女子小学生をナンパするほど変態じゃないだろうからこの姿で2人がかかわることはないだろう。これで本当に何もすることがなくなった。とりあえずトイレから出た。

「ちょっとお嬢ちゃん」

トイレを出てすぐに声をかけられた。振り返ると2日前にリュックを持って追いかけてきたおばちゃんだった。周りをぐるりと1週見回したがお嬢ちゃんらしき人物は僕以外いなかった。

「ちょっとちょっと」

と僕に向かって手招きしている。もしかしてばれたか。いや、2日前と姿は全く違うし、そもそも赤間蘭はこんなおばちゃん知らんし、でも、リュックは同じ。とりあえずおばちゃんに近づく。するとおばちゃんは後ろに回り込んだ。

「ほらバッグが開いてる」

と言ってバッグを閉めてくれた。

「お嬢ちゃん1人?」

1人かと聞かれれば1人に間違いはない。この姿を知っている人はこの世で自分以外1人もいないはずだ。僕はうんとうなずく。

「お母さんは?一緒じゃないの?」

まあ、そう聞かれてもおかしくない年頃なのだ、この見た目は。中身はもう成人してますけどね。見た目は子供、頭脳は大人。確かそんな名探偵がいたはずだ。まさか自分がそんな名探偵的状況になるなんて想像したこともなかったが。

「家が近所なの」

僕はそう嘘を告げた。

「あら、本当にお嬢ちゃんだったのね。暗くなると変な人が出るかもしれないから明るいうちに帰りなさいね」

この辺に住んでいるとなればこの地域ではお金持ちと認定されるのは当たり前だ。

「はい、ありがとうございます」

とお礼を言って足早におばちゃんから離れた。2日前と言いおせっかいなおばちゃんだな。まあ、向こうは親切心でやってくれているのだから悪く言うつもりはないが、少しドキドキした。さすがに2日前見たリュックかどうかなんて覚えてはいなかったみたいだけど。

とりあえずあたりを見渡す。僕にとってこの景色がもうすでに新鮮だった。小さいころから背が高かった僕はこんな風に人を見上げる時期も短かったから170cmをゆうに超えていたからこんな目線になるなんていつぶりだろうか。背が高いのはデメリットばっかりだと思っていた。大体の棚は僕より小さかったからどこにいても友達に見つかるし、小さい子に気づかない蹴り飛ばしそうになったことが何回もあるし、背が高いからもてるなんて言うけどあれは迷信だ。と思っていたけど、小さいのは小さいのでいろいろと不便かもしれない。まあこの体は極端に小さいのだけど。

まず、棚の上の方の商品が見えない。何とか角度を付けて見ようと少し下がる。その商品と僕の間を人が通る。この体、やっぱり不便だな。まあ、何か買いたいものがあるわけでもないしとりあえず見える範囲のものをウィンドウショッピングでもしてみるか。店内はクリスマスということもあってそれっぽいものがたくさん売られていた。それっぽくないものでも『クリスマス』なんて文字を書いて売り場自体を赤っぽくすればいかにもクリスマス用品のような気がしてきてしまうのは不思議だ。このデパートには年に数回程度しか来ない。このクリスマスの時期に来たのは今回が初めてだ。間違いなく最初で最後ということになるだろうが。その年に数回来るときもお目当てのものは決まっていて・・・。

クリスマスセールとやらでいつもと違う場所にそれはあった。くるくると回るやつにかけられているポストカードはほとんどすべてがクリスマス仕様のものになっていた。春、夏、秋、冬と部屋に貼るポストカードを変える。別に誰に見せるわけでもなくなんとなくそれを眺めていると心が落ち着くようなそんな気がして趣味として貼っていた。クリスマスの時期に来ないは、単純に込み合っている中でポストカードを選びたくないのとクリスマスの柄のポストカードにそこまで魅力を感じなかったからだ。ただ、後者の理由は今ここで無くなった。クリスマスをモチーフにしたポストカードは魅力的なものがたくさんあった。それを見ているだけで僕のテンションは上がった。1枚1枚手に取ってみる。どれもなかなかのものだった。こんなことなら秋と冬の間にクリスマスを入れておけばよかった。下の方は一通り見終わって上の方を見たかったがこの体には限界がある。なんとなくは見えるのだが、もっとよく見たい。背伸びをして何とか見てみるのだが、よく見えない。手を伸ばせば届くかもと思って手を伸ばす。あともう少しというところで上からひょいと手が伸びてきてポストカードを取った。後ろを向くと女の人がそのポストカードを持ってこちらに差し出している。

『赤間蘭が好き』

彼女の眼はまっすぐこちらを見ていて、意図的に目を合わせてきているようだった。人の目を見てしゃべりなさいなんてよく言われるけど目が合うのはやっぱり恥ずかしかったりするものでなかなかできることじゃない。それを平気でやってのけるのが彼女だった。聞きたくなかった。そんなこと。

「これ、ほしかったんでしょ?」

厳密に言えばほしかったのはその隣の奴だったが、今はもうそれどころじゃなかった。とにかく頭の整理ができていなかった。

「ありがとうございます」

というとレジにそのポストカードを持っていった。とにかく彼女から離れないと。さっきのは空耳。何も聞こえていない。

「216円になります」

と言われて気が付いた。お金を持っていない。彼女に会ってそんなことも忘れてしまうほど気が動転していた。

それ、やっぱりいいです。と言おうとするとリュックから着信音が鳴った。リュックを開けて携帯を取ろうとするとすぐに切れてしまった。そのかわり、チャリンという音とともにお金が出てきた。100円玉、10円玉5円玉1円玉。合計216円。うさぎはなかなかできるやつかもしれない。その216円を払ってその場をすぐに離れた。

 エスカレーターを半ば駆け足みたいな速度で下り、僕は外に出た。僕は何も聞かなかった。誰にも会っていない。深呼吸して気持ちを落ち着かせる。心臓なんて動いているはずないのになぜだかバクバクとすごいスピードで動いているような気がした。ぎゅっと握りしめてくしゃくしゃになったポストカード入りのビニール袋をリュックにしまった。

 外は奇麗だった。クリスマスということでイルミネーションできれいに飾られた公園は見るものを魅了していた。僕ももちろんその1人に違いない。このデパート前の公園のイルミネーションは毎年楽しみだった。数年前に大規模な工事があり、それから毎年クリスマスの時期はイルミネーションをやっている。年々派手になっていくその公園は年々口コミが広がり、地元のクリスマスと言えばここという一つのデートスポットになっていた。僕はもちろん毎年一人で見に来る。いちゃつくカップルを横目にしながら携帯で写真を撮る。周りがどう思おうが僕には関係なかった。むしろここのイルミネーションの古参である僕は少しその辺にいるどのカップルよりも優位にいるように感じていた。

「はい、とりますよ」

真ん中のハート型のイルミネーションの前にいるカップルが体をそのイルミネーションの形に合わせて、2人でハートを作っている。

カシャリ。スマホのシャッターが落ちた。そしてそれをSNSにアップして『彼氏とイルミネーション見に行ってきました』ってコメントして、タグ付けして、数かけ月後に消す。ここにいる大半のカップルはそんなものだろう。よくあんな恥ずかしいことを人前でできるなと思う。いつ別れるかも知らない相手と。もし、今ここにいるカップルがすべてゴールインするなら日本の少子化は解決されるだろう。なんて心の中でひがみを言ってみる。いくら外面的に気にしていない様に見せても、心の中では来年こそは彼女とという気持ちが必ずある。あのハートの形のカップルもバカにしながらも心のどこかにいいなと思っていたりする。そんな様々な気持ちを抱えて毎年無言で写真を撮り続ける。

 結局、最後まで1人だったな。まあ、人生のアディショナルタイムのようなこの時間で、イルミネーションを見れただけでもラッキーだったと思う。

    

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