⑨
俊が3人分の生ビールを頼んだ。
「誠、昨日みたいに黙ってんなよ。俺黙ってるやつは嫌いだぞ」
はははと俊は冗談っぽく笑った。誠もようやく笑顔になった。昨日と同じように生ビールが運ばれてきた。
「それでは、みなさんビールは持ちましたか?」
「見りゃわかんだろ。3人しかいねえんだぞ」
「ごちゃごちゃうるさいな。乾杯!」
「乾杯!」
「乾杯!」
これだよやっぱり。このノリがやりたかったんだよ。僕は一気に飲みすぎないようにジョッキをあまり傾けない様にした。こうすれば上品だろ。俊も誠も一気に飲み干した。
「すいません」
俊が店員を呼んだ。はーいという声がして店員が入ってきた。
「生2杯」
「1杯はウーロン茶で」
「ふざけんな。勝手にウーロン茶とか許さんぞ。生2杯で大丈夫です」
はーいと言って店員さんは言ってしまった。ある意味これはお決まりのジョークというか誠の2杯目がジュースとかお茶を頼もうとするのはいつもの流れ。
「ひどいよ」
と誠が言って完成。毎度見慣れたパターンだから面白くはないのだが初見のふりをして笑ってあげる。
「ぶっちゃけさ」
俊が言った。このタイミングで何をぶっちゃけるのか。
「俺、誠が女の子好きじゃないのかもって思ってた」
「えっ」
ほんとぶっちゃけだな。本人に気づかれてますよ。
「いや、俺が好きとは思わなかったけど、ナンパした女の子が誠が何もしないって言ってくるから。はじめはタイプじゃなかったんかなとか思ってたけど、みんなそうだからもしかしたらなとは思ってた」
「まあそこの話はいろいろあるんやけどまた今度な。もう酒飲み始めたらあんなにしゃべれんし。りんちゃんも2回聞きたくはないやろ」
「なら、今度2人の時に話してくれ。ちゃんと素面の時に。そんでそのあと飲もう」
「結局飲むんかい」
2人の会話を見ているだけで楽しい。3人の時は俊が5、誠と僕で2.5づつ話してたけど今は2.5いなくなった分を誠がフォローしている。2人の会話に入れないことに少し寂しさも感じる。失礼しますといって店員さんが追加の生ビールと俊が適当に頼んだ料理を運んでくる。うけとった2人は今度は一気飲みするわけではなく、焼き鳥や、だし巻き卵と一緒にゆっくり飲みだした。
「りんちゃんが誠を説得したわけ?」
俊が話をこっちに振った。
「まあ結果的にはそうなるかな」
「そういえばりんちゃん。蘭の知り合いだったよ」
「え、そうなん。蘭にこんなかわいい知り合いがいるなんて聞いてない。あいつもちゃっかりしとったんやなあ」
「あ、でも別に蘭君とはなんでもないですよ。ただの友達でしたし」
あるはずがない。同時に存在できない人物なのだから。
「またまたー」
俊が冷やかすような口調で言ってくる。
「蘭は気づいてたんだって。俺が俊のこと好きって。」
「まじかよ。確かに言われてみれば勘が鋭いところがあったような気がしないこともない。いやそうでもないか」
どっちだよ。
「それで、りんちゃんに言われて告白する気になったと」
「いや、元々告白はする気だったよ。クリスマスの時のナンパの後に。あれどうせ成功しないから」
「お前あれやっぱ毎年やる気なかったんだろ。だから毎年誰も捕まらないんだろ」
「そんなことねえよ。あれは毎年ちゃんとやってたよ」
「まあ確かにかわいい女の子3人組なんてこの街で見つけるのは相当苦労するからな」
「3人組?」
「そう、俺と誠と蘭の3人だから3人組見つけないと」
俺はそのナンパいなかったぞ。
「えっと、蘭さんはあまりナンパとかしないっていってましたけど」
「あー蘭はね後から呼んでびっくりさせてやろうと思って。1回だけ3人でナンパしたことがあったんだけど1人の子あんまかわいくなくてなんとなく自然とその子と蘭がマッチングして。それ以来蘭はナンパについてこなくなっちゃてね。で、クリスマスの時に俊がせっかくのクリスマスなんだから蘭が1人でいるのかわいそうだろって言いだしてそれから毎年探すようになったな」
「結局ずっと失敗だったけどな」
「いや、今年は成功だろ。りんちゃんいるじゃん」
「蘭の友達ナンパしてもなあ」
知らなかった2人がそんな風にしていてくれたなんて。クリスマスの後は昨日はああだこうだって話しているのを聞くのが毎年のことだった。
「で、毎年夜中に反省会。来年こそはって言ってな。それまでに日ごろからナンパのテクを磨こうとか話しててな」
こいつら馬鹿だ。本当にバカだ。
「大学も今年で最後だからって気合入れてやろうと思ってたんだけどな。もし、できなかったら反省会に蘭も呼んで俺らの青春返せって散々文句言ってやろうと思ってたのにな」
知らねえよ。お前らの青春なんて。そう思いながらも涙があふれそうだった。必死に涙をこらえる。ここで泣くのは跡部りんとしては不正解だ。
「ごめんちょっとトイレ行ってくるね」
「おう」
もし今日赤間蘭という人間が生きていたらここにこの2人に呼ばれていた。お前のためにナンパしてたんだぞなんて文句を聞かされる。知らねえよなんて言いながら3人で朝まで酒を飲む。そんな起こることのなかった現在を想像すると涙が止まらなかった。こぼれそうになる涙を必死にこらえながら席を立つ。立つ瞬間に一瞬、俊と目がったような気がした。潤んだ目を見られたかもしれない。とにかく泣いているのがばれない様にあわててトイレに駆け込む。
「おかえりなさいませ」
そこにはうさぎが立っていた。トイレのドアを開けるとうさぎのいるあの場所だった。
「ちょうど時間でしたので」
僕はあふれそうになっていた涙をぬぐう。
「うまく解決できたようですね」
僕は何も言わずにうなずいた。ぬぐってもなかなか止まらない涙に苦戦している。
「別に拭わなくても好きなだけ泣けばいいじゃないですか。ここには私と蘭様の2人しかいないのですから」
と言われてもなかなか泣いている姿を人に見られるのは気分のいいものじゃない。しかも昨日会ったばかりの女の人に見られるのなんてなおさらだ。
「少し席を外しましょうか」
なかなか泣き止まない僕に気を利かせてそんなことを言ってきた。
「いや、もう大丈夫だから」
それから少しして涙は止まった。こんなに泣いたのはいつぶりだろうと思うくらい泣いた気がする。
「こんなに涙もろかったっけな」
「死んでも感情というものは消えません。悲しいと思えば、涙が出るし、頭に来ることがあれば腹が立つ。その体は普通の人間の体よりずっと単純にできています。普段より感情が表に出てしまうのはそのせいです」
今日はよく泣いた。自分の死に場所に行って泣いて、最後の誠と俊の話にも涙した。
「僕はあの場でトイレに行ったきり消えたことになっているのか」
「そうですね」
「そうか」
まあ問題は解決できた。トイレに行ったきり帰ってこない女の子を一瞬は探すだろうがいないとわかれば勝手に帰ったんだなとか適当な理由を付けて解釈してくれるだろう。
「どうでしたかこの2日間は」
「どう・・・か。一言で言うのは難しいけどよかったと思う。誠はちゃんと気持ちを伝えられたし俊もそれにちゃんと答えていたし。喧嘩にはなったけど最終的にはよかったんじゃないかな」
「ちゃんと言えたのですねそれはよかった」
うさぎには映像は見えていてもこっちの声は聞こえていない。うさぎも結果が気になっていたようだ。
「ただ、自分がいかに恵まれていたかを痛感させられた。僕が死んでもう一か月以上たっているから少しくらい覚えてくれてはいてももういつも通りに過ごしているものだと思っていた。だけど2人とも違った。誠は明らかに元気がないし、俊も表立って見えるわけじゃないけど誠が言うには完全に立ち直ってはないらしい。そんな友達を持った自分がどんなに幸せかと思い知らされた」
「死んだ人間にも2タイプいます」
うさぎがはっきりとした口調で言った。
「1つは蘭様のように自分が死んだって周りはうまくやっていると考えるタイプ。もう1つは自分が死んだのだから周りはどうしようもなくなっているだろうと考えるタイプです。まあ結果から申し上げるとそれぞれが思い臨んだ結果と逆になることがほとんどです。皮肉なものですね」自分が死んだらどうなるかって本気で考えたことなんてもちろんなかった。でもどっかのアーティストが歌っていたみたいに自分がいなくなったとしても世界は回り続ける今日と変わりなく、そんな風に思っていた。確かに世界は今日と僕の知っていた今日と変わらずに回っていた。でも、誠や俊にとっての世界は変わらずに回らなかった。俊は何とか回そうと、自分の分だけでなく誠の分まで回そうと頑張っていた。誠はほとんど止まってしまっていた。僕はある意味死んでしまってかわいそうなのかもしれないが、残された者も十分かわいそうなのかもしれない。僕はなんとか2人の問題を解決できたからまだ良かったけど中には悲しんでいる様子を見て何もできずに6日間を過ごす人もいるのだろう。そう考えると死んだ上に残された者の悲しみまで見るのはあまりに残酷ではないか。
「本来なら」
急にうさぎが言葉を発したので僕はびっくりしてうさぎを見た。
「この6日間を現世で過ごすのかこちらで過ごすのかというのはもっと考えるべきなのです。現世に戻れるということで大半の人はそちらを選びます。先ほど申したように死んだ人間には2タイプいますがそのどちらも思い臨むような結果が得られないのです。7日目には記憶を消されて死世に行きますが、こんなことなら現世に行かなければよかったなと、言われるのが私としては見てて辛いです」
これまで何人担当官として見てきたかは分からないが、たくさん見てきたのだろう。死んだ人間は記憶をなくして死世へ行くが担当官の記憶は残らない。これまでの話だとうさぎの記憶はこちらの記憶だけだから鮮明に覚えているのだろう。
「はいっ」
と言ってうさぎがパンと手をたたいた。
「もう暗い話は終わりにしましょう。蘭様は結果として2人を仲直りさせられて、目的は達成できた。何も考えずに現世に行くといった割には上出来ですね」
「何も考えていなかったわけでは・・・」
「いやいやこっちには現世に行くかどうかのボタンを押すまでの速さも書いてあるんですから。ごまかせませんよ」
まあ、いいや。何も考えてないということにしておこう。彼女の笑顔はあれこれ考えて暗い気持ちになっていた僕の心をパッと明るくする。安心させられる笑顔だな。これ以上反論して彼女の笑顔を変えたくないので少し黙っておこう。
「にやにやして気持ち悪いですよ」
自分でもびっくりするくらい自然ににやけていた。
「あ、そういえばあの俊って人の心底心理すごかったですね。あんなの初めて聞きましたよ」
「俊の心底心理?」
「あれ聞こえてなかったのですか?」
「いや、まったく」
「最後に席を立った時に一瞬目があったじゃないですか」
そいえばあったような気もするがあの時はとにかく顔を見られない様にするのが精いっぱいだった。
「心底心理の声しか私には聞こえないですからね。私には」
「で、なんて?」
「聞きたいですか?」
聞きたいような聞きたくないような。ここでまた問題あるようなこと言われたらまたそれの解決に策を考えなくちゃならない。知ってしまったら気になるから無視はできない。でも知れる権利があるのに知らないのは余計に気なる。また問題なら解決しよう。それが死んだ僕にとって唯一できる友人孝行だな。
「教えてほしい」
「では、教えます」
うさぎは一度深呼吸をしていった。
「何もない」
「は?」
「だから俊様の蘭様に対する心底心理は何もないということでした」
「それがすごいのか?」
「ええ。だって友人に隠したいことの1つや2つ皆さんお持ちのはずでしょう。それを1つもないなんてよほど信頼されていたんですね蘭様は」
誠の俊が好きって気持ちも結局は僕に伝えるつもりだった。俊に至っては隠し事が何もないか。つくづくいい友達を持ったな。僕はにこにこしてるうさぎのことを見ながらそんなことを考えていた。
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