「で、付き合ってしばらくしてそろそろ大丈夫かなと思って、ホテルに誘ってみた。彼女は顔を赤らめていいよって言った。で、ホテルに入って彼女をベッドに押し倒した。そうすると先輩の声が耳元でささやくんだ。なんだこんなもんかって。ぞっとしたね。そのあとはもう最悪だよ。そのまま何もせず帰ったよ。で、なんか気まずくなってそのことも適当な理由付けて別れて。それからは俊と適当にナンパした子とホテルに行くけど結局毎回同じ。先輩が出てきてテンション下がってはいさよなら。これの繰り返し」

そんなことは知らなかった。2人でナンパして昨日はこんなこ捕まえたとか成功体験の話しか聞かなかったから。俊の話はほんとだったけど誠の話はうそだったのか。

「俊と一緒にナンパしているだろう。その時に一番一緒に長くいるのは俊なんだよ。いつからかわからないけど一緒にいるうちにだんだんと好きになっていった。俺の中で女の子はだめでも男なら大丈夫かもしれないという思いもあった。ただ、別にそういうことをするとかしない以前に俊の人柄に惚れたという部分があった。でも、俊にこんなこと伝えて気まずくなるのも嫌だった。だからばれない様に今まで通りを思って行動していた。それでも蘭にはばれていたとはね」

いや、まったく気づかなかったよ。まさか誠が俊を好きだなんて考えたこともなかった。おそらく俊本人も全く気付いてはいないだろう。「自分でもこのままじゃいけないという思いがあった。それは俊が好きということがいけないという思いもあったし、また俊に好きだという気持ちをちゃんと伝えないといけないなと思う気持ちもあった。毎年クリスマスの前後はナンパを必ずしているんだけど、今年はその時に俊に気持ちを伝えようと思った。クリスマス前後のナンパなんて毎年成功したことないし今年もどうせ失敗して2人で酒飲むことになるんだろうなって。でも事前に蘭には相談しておきたかった。ちゃんと自分の口から話したかった。でもいざ話そうと思うと蘭が今まで通り接してくれなくなるんじゃないか、ということが心配でなかなか話せなかった。明日話そう、クリスマスまでまだ日はあるじゃないかなんて思っていたらその明日に蘭はいなくなっていた」

「うん」

寒いからか泣いているからなのか誠が鼻をすする。実際、形は違えども直接誠の口から俊が好きということを聞いている。もし今、僕が赤間蘭ならどうするだろう。もちろん軽蔑したりはしない。ただ、思い切って気持ちをぶつけてこいっていうのも無責任な気もする。

「で、昨日珍しくクリスマス前のナンパが成功してあんな形にはなったけどリンちゃんと2人きりになれた。これは蘭がくれたチャンスかもしれない。今ならできるかもしれないと思ってああなった。遅くなったけど昨日は本当にごめん」

「あ、うんそれは大丈夫」

「あの後もちろんそのまま返すつもりだった。リンちゃんいきなりいなくなったからどこ行ったかと思ったけど自動精算機でお金払われてたから帰ったんだなと思って」

勝手に払ったことになってたんだな。帰るときはつじつまが合うように何とかなるらしい。

「はい、これ昨日のお金」

いらないって言おうとしたがこういう時、誠は絶対に折れない。お金の貸し借り的なものは1円たりとも譲らない。そのままお金を受け取ってポケットに入れた。

「まだ、俊君とは喧嘩中?」

「ああ、あれから連絡とってない」

「連絡しないの?」

「しようと思ってる。でも、昨日の悪いのは俺だしなかなか連絡とりずらくって」

「それでいいの?」

「まあそのうち仲直りするでしょ。何とかなるって」

だんだん腹が立ってきた。こんなしょうもない男だったか。僕に俊のことも言えない。俊に謝ることすらできない。そのうち仲直りする?そのうちに俊が絶対生きてる保証なんかあるのかよ。

「ふざけるな」

「え」

誠が驚いた顔でこっちを見た。

「ふざけんな。何がそのうちだ。そのお前の言うそのうちが来ないかもしれないって蘭に教わったんじゃねえのかよ。あいつが死んで悲しむのはいいよ勝手にしろよ。あーそりゃもう誰も悲しんでないかもしれないと思ってたからうれしいさ、悲しんでいる奴がいてくれて。でもな、もういいよ。もう先に進めよ。あいつの死を少しでも無駄にしない気持ちがあるなら今何をすべきかわかるだろう」

気づいたら立ち上がって叫んでいた。僕は泣いていた。今のは跡部りんではなく赤間蘭の言葉だ。伝えたい言葉は伝えたつもりだ。誠はずっとこっちを見てる。すると急によしといって立ち上がった。

「ちょっと電話してくるから、そこのトイレで化粧直してきな。ひどい顔になってる」

と言ってトイレと反対方向に歩いて行って電話しだした。化粧を直せと言われても化粧なんかしたことないし化粧道具で何とかなるかな。とりあえずトイレに行った。トイレの中は薄暗くあまりよく見えなかったが最初に見た時とあまり変わってないような気がした。これなら大丈夫だろうと思ってブランコの方に戻った。電話していた誠も戻ってきた。

「俊と店とタクシー予約した。タクシーすぐ来るって。りんちゃんも来てよ」

そりゃ行くつもりだったけどちょっと驚いたふりしてみる

「え、私も」

「そりゃ、俊に気持ち伝えるのにりんちゃんもいた方が真剣さが伝わるっていうか、とりあえずちゃんと見届けてほしい」

「わかった」

誠の眼は真剣だった。これならもう大丈夫だな。

「でも、びっくりしたよ。リンちゃんがそんなに熱いタイプだと思わなかったから」

「ああ、あれはちょっと言い過ぎたよね。ごめん」

「いや、あれくらい言われた方が心にずしんと来る」

ずしんというときに右手でこぶしを作って心臓のあたりにあてる。

「なんか蘭に昔言われたこと思い出したよ」

と言われて心にずしんと来た。いやこの場合ずしんというかズドンというか、どきんと来た。てか、そんなこと言ったけ。

「いつだったけなたしか小学生くらいの時だったかな。親とかも一緒にご飯食べに行って俺がメニュー決められないでいるとさ、あいつすげー怒って、早く決めろとか言うわけ。なんかみんなびっくりしちゃってさ。でもそん時からなんか決断早くしないと、ちゃんとしないと蘭に怒られるなんて思って日々行動してたりもしたんだよね」

「へーそうなんだ」

心無い返事。だが、すまん誠。全く覚えていない。それほんとに僕が言ったか。誠が別の話をしようとしたときタクシーが来た。一瞬どきんとしたが、僕が蘭だと疑っているわけではないようだ。

ブランコから立ち上がり公園の外に泊まっているタクシーの方に歩いていく。タクシーに乗る前、一瞬後ろを振り返る。もう2度ここに来るかもしれない。どうせ忘れとしても頑張って目に焼き付けておく。次に自分の死んだ場所の方を見る。さっきと変わらず缶ビールが2本と花束が置かれている。全く意味はないのだがとりあえず1度手を合わせてからタクシーに乗り込む。



「そういえば、りんちゃんは蘭のお葬式行った?」

タクシーの中で誠が話しかけてきた。2人とも後部座席に座ってそれぞれが両方のドア寄りにいるから真ん中に1人分の空席がある。その空席に僕はリュックを置いていた。

「いや、死んだって聞いたの少し後だったから、もうお葬式終わっちゃってて」

「そっか」

「あ、うんいけなかったからこうして缶ビールと文句言いにあそこに行ったって感じかな」

「俊、すごかったんだぜ。お葬式の時」

「すごかった?」

「もう会場中に響き渡るくらい大声で泣いて。蘭の父さんも少し困りながらだけど、蘭のためにありがとうって言ってたよ」

昨日の様子からはそんな風に見えなかったけどそうか葬式でそんなに泣いてくれたのか。うれしいような悲しいようなんとも言えない複雑な気持ちだ。

「なんかそれ見て俊ってすげえなって改めて思ったよ。友達のためにあそこまで泣いて。泣くことがすごいわけじゃないけどほんと見ててつらいんっだろうなっていうのが伝わってきた。俺も泣いたけど俊ほど素直に泣けなかった。やっぱ、死んだってことが信じられなかったっていうのが大きかったからな」

自分のお葬式の時の話を聞くなんてなんか新鮮だなと思った。いったい何人来たのか、どこでやったのか最後は笑顔でさよならしてくれたのかとかいろいろ聞きたかったけど、同時に怖さもあった。来てくれそうな友達って・・・まああと2,3人は来てくれてそうだけど。とりあえず父がいたことの確認はできた。当たり前と言えば当たり前だけど。

「あいつがな俺よりもつらいのは知ってるんだよ。それでも、あいつは俺を励ましてくれたり心配かけまいと明るくふるまってるのはわかってるんだよ。そのやさしさにずっと甘えてたんだな」

俊はそういうやつだ。いつも笑顔でいた。笑顔じゃないときなんてほとんど見たことがない。誠だけじゃない。僕だって俊に知らず知らずのうちに助けられていた。そんな笑顔だよ。あいつは。


タクシーは10分程度で着いた。昨日と同じ店。昨日のあの騒ぎを起こしてまた同じ店を予約するとは誠もなかなか神経が図太いかもしれない。入口で名前を言って奥へと案内される。クリスマスイブだからか、土曜日だからか店内はほぼ満席だ。よく10分前に電話して開いていたなと思うほどだ。案内された個室にはすでに俊が待っていた。

「よう。あれりんちゃん?」

「ああ、ちょっと偶然会ってな」

誠は僕が来ることを伝えてなかったようだ。昨日とは違って誠の正面に俊、誠の隣に僕という座り順だ。

「昨日ぶりです」

「昨日はほんとごめん。勝手に出て行って」

「それは全然大丈夫だったから」

と言ったきり沈黙。お互い目を合わせようとはしないが何か話したそうではある。俊が口を開いた。

「なんか話あんだろ。呼び出しておいて」

「ああ、まあな。・・・昨日は、というか今まですまなかった。俺蘭が死んでつらいのをお前のやさしさに甘えてた。ほんとごめん」

「いや、お前に甘えられてた気はなかったが、まあお前がそれで少しでも楽になってたんなら俺はうれしいよ」

俊はちょっと照れてる。

「俺も昨日は言いすぎた。ずっとうじうじしているお前見てるのもつらくてな。イライラしてついあたっちまった」

これで、とりあえず一件落着かな。このまま終わればはい、2人は元通り。これからも仲良く過ごしましたとさでおしまい、となるのだが実際はがここからが本番だ。

「あのさ、もう1つ話あるんだけど」

「何?なんかまだ謝ることあるわけ?」

「いや、謝りたいとかそういうことじゃないけど」

誠が口ごもった。心の中で頑張れと応援した。なんだかこっちまでドキドキしてくる。

「えーっとな、うんちょっと待てよ」

「何だよ気持ちわりいな」

誠の顔は真っ赤だ。告白するって大変なことなんだろう。僕の人生においてそんなことはなかったからよく分からないが自分の気持ちを面と向かって相手に伝えることがどんなに大変か、今の誠以上に体現できる人物なんていないだろう。誠の左足をこつんとつつく。誠がこっちをちらっと見る。僕も誠の方を見る。目が合う

『俊が好き』

おう、その気持ちぶつけてやれ。僕はうなづく。すると誠も意を決したようにうなづいて俊の方をまっすぐ向いた。

「おれ、俊のことが好き」

言った。俊の方をちゃんと見て。もう誠はすごい汗だ。俊は腕組をして誠の方を見ている。どれくらい沈黙が続いたかわからない。僕でさえ長いと感じたのだ。誠にはもっと長いと感じただろう。俊はようやく口を開いた。

「返事は今すぐじゃなくてもいいか?」

「も、もちろん。いつでも」

「お前のその様子から本気だってことは伝わった。でも、俺は男を好きになったことない。だからお前をそういう目で見たことももちろんない。だから、少し時間をかけて考えさせてくれ」

「うん」

これはこれでよかったのかもしれないこの後2人がどうなるかは分からないけど誠はきちんと気持ちを伝えた。俊はそれをきちんと受け止めた。

「とりあえず、改めて飲みますか。りんちゃんもビールでよかったよね?」

「あ、うん」

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