僕は目を閉じる。誠があそこにいるのは予想がついていた。もしいなくてもその場所には行くつもりだった。昨日みたいにうさぎのカウントは途中で聞こえなくなっていた



12月24日 死後44日目 現世2日目 午後17時02分

目を開けるとほぼ同時ぐらいに僕はしりもちをついた。公園のトイレは和式だった。慌てて立ち上がったが白のロングスカートをはいていた僕はスカートの一部が便器の中に入って濡れてしまった。ただ、その濡れた部分も1,2秒で乾いた。この服はそういう風な仕組みらしい。

とりあえずトイレの個室から出て、3つある手洗い場の一番右のところで手を洗い、鏡を見た。昨日と同じ美少女が立っていた。昨日に比べると下はロングスカートだし上もセーターとガードが固そうに見える。それに今日はヒールの靴を履いているからたぶんもともとの僕の身長と大して変わらないくらいになってる。やっぱり普通にかわいいなと思った。こんな子だったら何着てもそりゃかわいいだろう。ただ、それも今日まで明日にはどんな見た目になっているか。もう見納めになるかもしれないその美少女に心の中でさよならを言いながらトイレを出た。

公園は静かだった。日曜日のこの時間に誰もいないこの公園の人気のなさを感じさせる。そもそも坂の真ん中ぐらいにあるこの公園は不便で、人がいても地元の小学生くらいしかいない。

リュックの中を確認した。缶ビールが入っている。その缶ビールを取り出して公園を出る。右の少し坂を上ったところに誰かいるのが見える。少し遠いし暗いから顔まで見えないが誠だろう。坂を上っていく。一歩一歩自分の死んだ場所へと近づいていく。生の精算所で見た下り坂のところ。僕の死んだ場所には花と缶ビールが置かれていた。自分の死んだ場所まで近づくと誠はこっちを向いた。

「あれ、りんちゃん?何でここに。ああ、ストップ」

ストップと言われたので立ち止った。後ろから来た車のヘッドライトで誠の顔がライトアップされる。目が真っ赤だ。誠は1度ぼくの逆方向を向いて、目をごしごししてこっちを向いた。僕は近づく。

「私、赤間蘭君と友達だったの」

そう言って缶ビールを置く。

「知り合いって、昨日は何も言ってなかったじゃん」

「いや、蘭が赤間蘭君のことだと思わなくて」

「で、どうしてここに」

「クリスマスイブの日に会うって約束してたから」

「蘭と?」

「そう」

「俺たちが知らないだけで意外とちゃっかりしてんだな」

「まあ私も蘭君のことが好きとかそうのじゃないけど友達にクリスマスイブを一緒に過ごすって言いたいんだって頼まれただけなんだけどね」

「なんだよそれ」

少し沈黙があった。

「じゃあ俺もう行くから。あとは2人で仲良くやんな」

「少し時間ない?話したいことあるんだけど」

「時間はあるけど蘭のことはいいのか?」

「今から少し話すからちょっと下の公園で待っててもらえる?」

「わかった」

僕の横を通って誠は坂を下って行った。さてと、ここまでは順調だな。ここで5分くらいはいないとな。まあ、こうして自分の死んだ場所に来るというのも新鮮だな。ここで誠が何を僕に話していたかなんてわからない。完全に独り言を言っていたわけである。でも、ある意味それが独り言だったとしても誠が少しでも言って軽くなるならそれは意味のある独り言だったといえるだろう。では、独り言として僕も自分に対して、赤間蘭に対して何か言ってやるか。

「おい、こんなところで死にやがって。平凡だったけど毎日それなりに楽しかったんじゃねえのか。それをしょうもないことで死にやがって。ちくしょう。僕が生きてりゃ2人は喧嘩しなかったし、今だって仲良く3人でバカみたいな話してしてたんじゃねえのかよ」

そう言いながら涙があふれてきた。自分が死んだということ。もう今まで通りには戻れないということ。自分の死んだふがいなさ。いろいろなことが相まって涙があふれてきた。この体でも涙は出るのかなんてことを思った。しばらく泣いた後はすっきりした。もともと別に泣きたかったわけではないがこうして文句を言える場というのもなかったから思いのほか泣いてしまった。ふーっと大きく息を吐いて深呼吸した。さてと、ここからが勝負だな。携帯の電光表示板には17:34と表示されていた。



公園に戻ると誠はブランコに乗っていた。手には缶コーヒーを右手と左手で1本ずつ持っている。僕が隣に座ると右手に持っていた缶コーヒーを渡してきた。

「ちょっとぬるくなったかもしれん」

そのちょっとぬるくなったかもしれないコーヒーを受け取る。相変わらず温かいか冷たいかなんてわからないけど、その缶コーヒーのタブを手前に引っ張って開ける。そしてそのまま口に運ぶ。

「相変わらず豪快な飲みっぷりだね」

のどに入ってくる感覚がないから自分が今どれくらい飲んでるかなんてわからない。はたから見ると豪快なんだな。今度から女の子こらしく少しづつ飲むように心がけてみるか。

「蘭とどんな話した?」

「勝手に死んでバカヤローとか。女の子デートに誘っといて約束破るとかサイテーとかかな」

「俺も似たようなことかな。やっぱり文句が多いいよ。昨日の喧嘩のことも話したよ。俺と俊が喧嘩したのはお前のせいだって、反省してるんなら仲直りさせろって」

まさしく仲直りさせるためにこうしてここにきているわけなんだけどね。

「そしたら蘭君なんて」

「おまえなら自分で仲直りできる。人のせいにすんなって」

誠の中の赤間蘭はそういったらしい。

「何、話って?」

それまで正面を向いていた誠がこっちを向いた。僕も誠の方を向いた。目が合う。

『俊が好き』

やっぱり空耳じゃなかった。これが誠が僕に一番隠したかったこと。

「あのね、蘭君から少し聞いたことあるんだけどね」

「うん」

「あ、違ってたら違うでいいんだけど。誠君って俊君のことがそのすきじゃないかなって」

誠は黙った。顔を正面に戻し、どこか一点を見つめている。僕は何も言わない。僕の言うべきことは言った。これで、誠がどう反応してくるかだ。というより誠が黙るという反応をした時点でもう答えは出ているも同然なのだけど。

「はあ」

誠がため息をついた。

「蘭がリンちゃんにそんな話をしたんだ」

「もしかしたらそうかもしれないって。そうだったら相談に乗ってやりたいって話してた」

「そっか、ばれてたんだな。昔っから妙なところで感がいいんだよなあいつ」

「じゃあやっぱり、俊君が好きなんだね」

「ああ、そうだよ。俺は俊が好きだ」

「じゃあなんで昨日は私をホテルに連れて行ったの」

誠はまた少し黙った。1分くらいの沈黙の後、誠が言った。

「ここ寒くない?リンちゃん裾が長いとはいえ一応スカートだし、風入ってきて冷えない?」

「そんなことでごまかされないよ」

「ごまかすつもりはないよ。これからちゃんと話す。話すけどこんな話今まで誰にも話してきたことなかったし、自分でもうまく話せるかわからないから長くなるかもしれない。それでもここで大丈夫?」

「平気」

ここから動くつもりはなかった。移動したがために誠の決心が変わってしまうかもしれないし、第一僕はこの体だから寒くない。移動に使う時間がもったいなかった。

「じゃあ話すね」

そういうと誠は今までピンと張っていた背中を少し丸めて話し始めた。

「俺は小さいころからモテてたんだよ」

「自慢?」

「まあある意味自慢だろうな。直接言ってくる奴はほんとに稀でほとんどが手紙だった。蘭を経由して渡してくる奴もいたな。でも、俺には好きな人ができなかった。いくら誰かから好きと言われてもその人のことを好きになることはできなかった。でも、高校2年生の時に初めて好きな人ができた。1個上の先輩でちょっと怖そうでだけど笑うととってもかわいい人。ほぼ俺のひとめぼれだった。それまでにたくさん告白はされてきたからどんなふうに告白すればいいかは頭の中では理解していた。いや理解しているつもりだった。何とかその先輩を放課後呼び出して、告白しようとしたんだが、言葉が出てこなかったよ。今思い出してもひどい告白だった。でも先輩は俺の好きなあの笑顔でいいよって言ってくれて」

誠はもう冷たくなっているであろうコーヒーを一口飲んだ。誠と先輩が付き合っていたのは知っていた。もちろん友達だから知っていたというのもあるがあの2人はそもそも隠す気がなく、2人で一緒に下校することがよくあった。僕と3人で帰ることもたまにあったのだが、正直あの先輩のことをあまり好きになれなかった。別に性格が悪いとか話し方が汚いとかそういうちゃんとしたことではなく。ただ、なんとなく馬が合わない。何考えているかわからないというのが本音だった。そのせいか誠の好きだった笑顔も僕には不気味に見えていた。

「それから2人で一緒に帰ったり、映画見に言ったりしたんだよ。それまでは楽しかった。付き合って1か月くらいたって帰りが遅くなった時があって、そしたら先輩が今日はここでよくないってホテルの方に行ったんだ。今まで誰とも付き合ってこなかったからそんな経験なかったし、えっと思ったけどもう高校生だしいいかなと思っていった」

「うん」

徐々に誠の語気が強くなっているのを感じる。

「初めてでなよく分かんなかったけど何とか最後まで終わったんだよ。そしたら、先輩なんだこんなもんかって言ってそのまま出て行っちゃって。その時やっと気づいたんだよこの人別に俺のこと好きだったんじゃないんだなって。俺に何を期待していたのか、それを考えることはやめたよ。ばかばかしい。あんな女好きになった自分が馬鹿だなんて考えてもやっぱり廊下ですれ違ったりすると胸がドクンとなるんだよ。17歳で初恋なんてするもんじゃないな」

「うん」

と相槌をするしかなかった。最後はちょっとこっちを向いて笑いかけるように言ってくれたけど目には涙がたまっている。

「もう辛いなら話さなくてもいいよ」

「いや、最後までちゃんと話すから。リンちゃんも最後まで聞いてほしい」

誠は1度上を向いてからこっちを見た。

「私は最後まで聞く。誠君の話せるペースでいいから」

「ありがとう。それで、先輩も卒業して俺も高校3年生になって受験とかで忙しくなって先輩のことなんか忘れていた。で、大学に入る前くらいに好きな子ができた。近くの女子高の子で大学も、確かリンちゃんと同じ大学の子。うん、その子はね先輩と違ってなんというか清楚な感じ。見た目から性格よさそうな子だなってわかる感じっていうのかな。とにかく先輩とは正反対にいるような人だった。実際性格もよかったし。すごく落ち着いた子だった思う」

この子のことは話でしか聞いたことはなかった。誠は自分の彼女のことをよく話す。前のその先輩の時ももちろんよく話していた。昨日の帰りはこんな話してさとか昨日見に行った映画の先輩の感想とかよく聞いていた。それをはいはいとよく聞き流していた。2番目の彼女のこともよく話していた。2人目の子のときは俊もいたから話を聞くのが2人になっていた。俊は俊でその時に彼女がいたからなんか2人でどっちの彼女がすごいかなんてわけわからん張り合いをしてたな。

    

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