⑥
キス・・・」
「まあキスしようとしたのは冗談ですけどね。もしかして本気にしました」
にやにやしながらこっちを見ている。こいつにはかなわないなそう思った瞬間だった。いつの間にか攻防逆転されてるし。
「まあ、冗談はさておきもう1度睡眠して思考を整理してください。そうすれば何か思いつくと思いますから」
僕は半分だけ起こしていた上半身を寝かせる。そして目を閉じる。さっきと同じ空間が現れた。ここで思考の整理と言ってもどうしたらいいのかな。と考えると『ここで思考の整理と言ってもどうしたらいいのかな』と書かれた紙が降ってきた。なるほど考えたことが書かれた状態で落ちてくるのか。これは便利かもしれない。すると『なるほど考えたことが書かれた状態で落ちてくるのか。これは便利かもしれない』と書かれた紙が落ちてきた。いやこれ、考えたことすべてが落ちて来るなら相当不便だぞ。これなら起きて紙に書いて整理した方がよっぽど思考が整理できそうだ。
起きるボタンを押そうとしたときそのボタンの右上に『メニュー』と書かれたボタンがあるのを見つけた。押してみる。すると『文字化設定を設定しなおしますか?』の文字が目の前に表示される。おなじみの『はい』『いいえ』のボタンが出てくる。『はい』を押す。『現在の設定:思考すべて変更後:』と表示されてキーボードが表示される。ここに打ち込めということか。重要な思考だけを文字化するにはどうしたらいいだろう。試しに打ってみる。『変更後:重要な思考のみ』Enterキーを押すと『エラー:曖昧すぎます』と表示されて変更後の後が空白に戻される。だめか。もっと明確ななやつ。語尾に何かつけたものだけにしたらわかりやすいかもしれない。語尾に何を付ける。『である』とかだとたぶん間違って付けることもあるから絶対に普段つけないものにしないと。少し考えてみる。絶対につけない語尾・・・。『ざます』とか。いや、ここで『ざます』が出てく
る僕って。どうなんだろうな。『ざます』なんて今時スネオのママしか言っていない。意識しないと付けないだろうからいいんだけど。ほかに何かないかな。『にゃん』とかか。これはベタだな。語尾に何かって考えたときに大体みんなこれを付けるだろう。いや、待てよ。僕の担当は猫じゃなくてうさぎだろう、うさぎを採用してやろう。『変更後:語尾にぴょんを付ける』Enterを押す。設定完了の文字が表示される。これでできたはず。試してみるか。うさぎはあほだぴょん。すると上から紙が落ちてくる。そこには『うさぎはあほだぴょん』と書いてある。ぴょん入りか。しかも今気づいたのだがうさぎはぴょんと鳴かない。ある意味カエルもぴょんだしな。上から『ある意味カエルもぴょん』と書かれた紙が落ちてきた。
この設定をいじるのは楽しいかもしれないが、悲しいことにここには僕しかいない。うさぎでもいてくれたら一緒に笑ってくれるかもしれない。いや、そんなタイプじゃないか。結局ぴょん付きのままで行くことにした。今日1日のことを整理していく。もちろん現世でのことだけ。うさぎに起こされてから現世に行くまでの間のことは書き出して整理する必要もないくらいすべて覚えていた。たぶんそういう仕組みなんだろう。もうよく分からないことはそういう仕組みだと自分の中で納得することにしていた。それを1つ1つ聞いていたらきりがないし、そういうルールなのでと言われるだろうと思っていた。現世での1日。実際は4時間しかいなかったのだが、当初の予定と大幅にずれてしまった。あの2人に会うことは僕のこの現世への6日間の旅においての一番の目標だといえる。ある意味その目標は現世に着いてすぐに達成された。でも、そこで様々な問題が起こった。誠が僕の死を引きづっていること。それが原因で誠と俊が喧嘩をしたこと。誠が俊を好きだってこと。この2つの問題と1つの情報をもとに明日1日で解決する。そんなことができるだろうか。しかも僕は前日にナンパされてホテルから逃げ出した女の子として会うことになる。様々案を巡らせた。2人との思い出で使えるものはないか。自分が誠だったら、あるいは俊だったらと。「では結構です」
実際ルールを破ろうとは思っていなかった。ただ、赤間蘭としてでしかこの問題を解決できないのであればそうしようと思っていた。死世とかいう行ったことのない場所での平凡な生活よりも現世の友達のためにできることをすることが僕が勝手に死んだことへの償いだと思った。
「準備は出来ましたか」
「うん、もう十分」
「では、このリュックをからってそこに座ってください」
リュックを渡された。今日はこのリュックを忘れておばちゃんに追いかけられることはなさそうだ。
「中には昨日ポイントで出した携帯が入っています。ちなみにその携帯、私と通話しているときはあなたの声であればどんなに遠くても聞き取れます。ほかの方の声は普通の電話と変わらない距離しか拾えませんが。逆に私の声も通話中であれば蘭様がどこにいても蘭様に聞こえます。私の声は蘭様にしか聞こえません。どんなに耳を近づけても私の声は他の人には聞こえませんので」
実はそんな便利機能があったんだな。ただの旧式の折り畳み式携帯だと思ってた。しかし、待てよ。
「じゃあずっと通話中にしておけばいいんじゃないか。そうすれば必要なものもぼそっと言えばいつでもわかるし」
「残念ながらそれはできません。充電が通話30分で切れるようになっているので」
充電器は旧式の折り畳み以下だな。
「なるほど。じゃあ考えて使えということか」
「まあ通常4時間の滞在時間で30分も電話する人なんていませんし。ただ、替えの充電器をポイントで出すことも一応できますよ。すごく高いですけど」
いつもの営業スマイルで言った。何ポイントであっても買う気はないので何ポイントか聞くことさえやめた。
「昨日みたいに9時になったら強制的にこっちに戻されるんだよね」
「ええ、そうですよ」
「9時より前に帰りたくなったらどうするの」
「帰れませんよ」
「えっ」
「ルールにも書いてあったでしょう活動時間は17時から21時までとすると。厳密に言えば前後5分のどこかのタイミングで戻されるってことになるかな」
「ポイントでどうにかなったりもしないの」
「ルールがポイントで変えられたらそれはもうルールじゃないでしょ。何ポイント持っていようがあのルールは誰にも変えることはできません」
まあ確かにポイントでルールを変えられるならいろいろ不都合が出てきそうだなと思った。
「あっ、強制的に戻されれば確かに9時より前に戻ってくる子は可能ですが。ものすごい罰金ポイントとか食らうのであまりお勧めしませんよ。戻される前の体の負担はすごいですし」
「実際に誰かを戻したことはあるの」
「ええ、もちろんありますよ。やっぱり誰かに殺された人は復讐を果たそうとしますし、そういう場合はもちろん強制的に戻すことになります」
「戻された後はどうなる」
「多くのポイントを失いますがそれ以外はどうかなるというわけではありません。次の日も普通に現世に行きますし。そこでまた復讐しようとしたら戻されるだけですし。カタログのポイントには直接殺すなんてことはできないようになっているので、殺したいほど憎い相手がいたら無駄だと思っていても何度もチャレンジするみたいです。ある意味自分を殺した相手がのうのうと生きているのを見るのはかなりの苦痛です。何とかして殺してやりたいと多くの人は考えますしそのためにどうするかを必死であのベッドの空間で考えます。まあ実際に復讐を果たす人もごくまれにいるのですが」
「担当者の目を盗んでってこと?」
「いえ、私たちは常に見ているので目が盗まれるなんてことはあり得ません。結果的に生きている人が生きている人を殺すことには何の問題もありませんので。色仕掛けで男を誘って殺させたり、恨みを持っている人をそそのかせたりとまあ方法はいくつかあります」
「でもそんなのって成功するの?」
「ですからごくまれにと言ったでしょ。多くの人は相手を殺すなんてできないまま死世に行くことになります。それでも現世での記憶は消えてしまうから死世での生活それなりに楽しむと思うんですけどね」
現世での記憶を消すというのはある意味その人への救いでもあるのか。死世に行ってもなお憎しみ続けなくていいようにといったところか。
「じゃあ、例えば不可抗力的に人を殺してしまったらどうなる。例えばたまたまマンションから植木鉢を落としてしまったりとか躓いて転んだ先に小さい子がいて当たり所が悪くて小さい子が死んでしまったとか」
というと、少しうさぎの表情が曇った。今までにない表情を見せたことで何かまずいことを聞いてしまったということを悟った。
「担当官の監督不行きとして担当官が罰を受けることになります。どんな罰かは詳しく聞かされていないのでわかりませんが、相当にひどいものだと思います。もう私たち、担当官には失うものがないので存在が消されるくらいしかないのではないかと思っています。そしてその誰かを殺してしまった人が次の担当官になると、思います」
ということはうさぎは現世に帰っている間に誰かを殺してしまったということか。ほんとに事故的に知らない人を殺してしまったのかあるいは図らずも復讐を果たしたか。
「それって」
「もうそろそろ時間ですけどまだしゃべっててよろしいのですか」
僕に質問をさせまいとかぶせてきた。確かに時計はもうすぐ17時になろうとしている。
「もう行かないとな」
うさぎのことは少し気になったが今はそれよりも現世でのことの方が大事だ。4時間しかないのだ、1分も無駄にはできない。昨日みたいに目を閉じた。この状態になればうさぎが勝手にカウントを始めてくれるはず。と思ったがいつまでたってもカウントしない。カウントしなくても目を閉じるだけで行けるのかと思って目を開ける。うさぎがこっちを見ている。
「早く現世に行かせてくれよ」
「ああ現世に行きたかったんですか、てっきり精神集中しているのかと。なら目を閉じる前にちゃんとリスポン位置を決めてくださいよ」
そういえばそんなのあったなあ。
「ちなみに前日に最後に会った人の場所だけはわかります」
地図に1か所だけ点がついていた。ここは・・・。
「そこの近くの公園のトイレをリスポン位置にしてくれ。それとあと缶ビールを一本一緒に送ってくれ」
「わかりました。では目を閉じてください」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます