「まあ、物的な準備は不必要ですからそこは問題ないんですが、心の準備がね。私あまり記憶力いい方じゃないんで現世帰りの仕事をするときは毎回事前に説明しなくちゃいけないこととかチェックしてるんです。今回それもできなくて」

まあ、確かに言い訳にはなっているか。もしかしてまだ仕事始めたばっかりなのか。

「この仕事をして何年になるの」

「カレンダーがないので正確にはわかりませんけどおそらく20年近くはやっているような気がします」

20年って大ベテランじゃないか。なのにまだ覚えられないって頭悪いのか。

「こっちでは見た目が年取ることはないのであと何年たってもずっとこの姿ですよ」

両手を肘からまげて上にあげ、片足も同じように上げてポーズをとった。で、顔はなぜかどや顔。こいつたぶんあほだ。

「死んだとき頭強く打って死んだの?」

「いえ、そんなことはないですよ。・・・もしかして今あほだとか思いました」

僕はうなずいた。

「そこはせめて否定してほしかったです。生きているときの記憶はないのでわかりませんがたぶんあほだったんだと思います」

せめてポイントで頭よくなるやつを取っとけばよかったのになと思った。

「イレギュラー、まだあるんですよ」

まだあるのか。もういいよ。もう怒ってないし。

「私が蘭様の担当になったことです」

「それがイレギュラー?」

「正確に言うと呼びに行った人とそのあとの担当になる人が一緒になるなんてことは通常あり得ないのです。死んでこっちに来ると最初にいたあの白い部屋に入れられます。そこであと何日で起きそうだとか蘭様みたいに起きなさそうだというのがわかります。それをもとに私たちのシフトのようなものが決められます。全員死んでいるので病欠なんてことは起きません。おそらく蘭様の担当の方もいたはずです。それが、急に私になったもんだからそこもびっくりしちゃって」

そういえば、部屋に入って来るなり部屋の番号を確認して、インカムか何かで何かしゃべっていたのを思い出した。あれはそう言うことだったのか。

「一緒だと何か不都合でもあるの」

「いえ、特に不都合はないのですが、暗黙の了解的なもので担当が同じになるなんてことはないと思っていたので」

まあ確かに言われてもそのイレギュラーが何ってことだな。僕にはよく分からないっていうのが本音だ。

「あと、イレギュラーってわけではないのですが、珍しいこともあるんですよね」

「珍しいこと?」

「生の精算所で精算した人、あれうちの社長なんですよね。えっと、現世的に言えば神的な立場の人です」

「神が精算するって普通そうじゃないのか」

「社長自ら精算するなんてめったにないことですよ。普通は私たちみたいな一般人がやりますし。もちろん私が精算することもありますよ」

「神・・・というかその社長が精算すると何か得なわけ」

「いえ、別に。ただ、珍しいというだけです。社長が精算したからと言ってポイントが高くなったり低くなったりしません。誰が精算しても同じになるように明確なルールが決められているんですから」

じゃあ僕は神と話してたというわけか。神かどうか言われなきゃ分からない神というのもどうなのかと思う。

「ちなみに通例ですと49日目の死世に行くときの手続きも生の精算と同じ人になるはずなのでまた社長ということになりますね」

もう1度神に会えるのか。ただ、会ったところで特に何を話したいこともないけど。若くして死んだことへの文句を1つ2つ言ってやるくらいか。

「ところで43日ぶりの現世はどうでしたか。お友達と会ってたみたいですけどいろいろ話せましたか」

「話せたことは話せたけど話したいことは何も話せなかったかな。途中で喧嘩を始めちゃったし」

「ああそれで急に1人出て行っちゃったんですね」

「しかも喧嘩の原因が僕が死んだということがかかわってて見ててつらかったよ」

「いいお友達じゃないですか。死んで43日も経った友達のことをまだひきづってる友達なんて今まで見てきた中では初ですよ。家族ではもちろんいますけど友達でそこまではなかなか」

僕自身もあの2人のどちらかが死んでも43日間ひきずらないと思った。

「先に出て行っちゃったほうの奴はもう吹っ切れている感じだったけど、僕を襲おうとした方がね。まあ、僕としてももう忘れてほしいとまでは思わないけどときどき思い出す程度にして今まで通りの誠に戻ってほしいと思ってる」

「何か策はあるんですか」

「そこなんだよね。自分の正体がばれてはいけないから赤間蘭だと名乗ることはできない。あの姿じゃ単純に言っても信じてもらえないと思うけど」

「ちなみに、赤間蘭だとばれそうになると強制的にこちらに戻す権利が発動します。強制的に戻せるのはその場合だけなのですが、私は基本的にその権利が発動した瞬間使います。私たちの役割は基本的に死世に無事に送り届けることが第1の使命です。なるべく未練がないように、まあ記憶がなくなるので未練もなくなるのですが、それでも一応の心添えとして現世での活動をサポートしているにすぎません。まあ、あのルールを破るのは相当の気合と覚悟がないとまず無理ですが。ルールを破ろうとするとまず体が拒否をするのでその時点でもうほとんど諦めます。それでも何とかルールを破ろうとしたときのための強制的に戻す措置です。まああのルールを破るのは不可能だと考えてください」

「じゃあやっぱ難しいな。もう少し様子見ながらかな。次の人日には普通に仲直りしてたりするかもしれないし。まああと5日あるならそのうちに何とか考えてみるよ」

「でも、あの姿でいるのは、明日までですよ」

「え?」

「蘭様の姿は2日に一回変わります。今はあのようなかわいい女の子ですが、次にどうなるかはわかりません。よぼよぼのおじいちゃんになるかもしれませんし、パンチパーマのきいたおばちゃんになるかもしれませんし」

「なんで2日間で変わるんだ」

「なんでと言われましてもそういうルールなので。ちなみにどのような姿になるかは社長次第ということになります」

もし変な姿にしたら絶対に手続きの時に文句言ってやる。それはさておき3日目にどんな姿になるか決まっていない以上明日中にどうにかしないと本当にまずいな。もしよぼよぼのじいちゃんになったら話しかけようもない。どうするかな。

「最終的にどうされたいですか」

うさぎはさっきまでにない真剣な顔になってこっちを見て言った

「どうって?」

「喧嘩を仲直りさせたいのか、誠様を自分の死から立ち直らせたいのか、ということです」

「そりゃどっちも解決させたいよ」

「どちらか一方から解決するとどちらも解決できたりすることもあるのですよ。物事には順番というものがありますから」

「順番・・・」

喧嘩を仲直りさせたい。そもそも喧嘩の原因を作ったのは僕の死だ。なら誠を僕の死から乗り越えさせれば喧嘩も仲直りできるんじゃないか。

「解決の糸口が見えてきましたか。先ほどよりも明るい顔になってます」

自分のほほが自然に緩んでいるのを感じる。。

「誠に僕の死を乗り越えさせるようにするよ。そうすれば、きっと喧嘩も直るはず」

と言うと、うさぎは首を傾げた。

「それで大丈夫ですか?」

「え?」

「自分の死を乗り越えさせるといいますけど何か具体策はお持ちですか」

具体策。もし、あの2人の前に赤間蘭として出て行けて、もう僕のことは大丈夫だから2人は仲良くなんてことを言えたらどんなに楽だろう。

「あの、2人の夢の中に登場するなんてことはできませんかね」

「無理ですね。そもそもそんな機能無いですし」

よくある夢枕に立つ的な機能はないのか。ではやはり赤間蘭としてこの問題を解決するのは無理だろう。ならあとべりんとしてそう解決できるかということになってくる。あとべりん、普通の女の子として一体何ができる。昨日会った女の子に1人の人間の死を乗り越えさせるなんてことできるのだろうか。

「また行き詰っているようなので1つ提案があるのですが」

うさぎが右手で1を表現しながら言った。

「心底心理を利用したらどうですか」

「心底心理?」

「先ほど説明しましたよね。現世に行ったときに何か1つ能力が与えられると。そのうち蘭様は人の心底心理を読む力が与えられたじゃないですか」

「え?」

「ちゃんと誠様の心底心理を読んでいたじゃありませんか。こちらでも心底心理の声だけは聞こえるのです。誠様は『俊が好き』と言っていたじゃないですか」

空耳と思っていたあれか。あれは心底心理だったのか。そうなると誠は男が好きってことになるのか。でも、女である僕をホテルに連れ込んで襲おうとした。どういうことだ。

「長い付き合いの親友にそのもう1人の親友が好きだとはなかなか打ち明けられないでしょうね」

「その心底心理って間違ってることはないんだよね」

「ええ、あり得ませんね。ただ、その心底心理自体は蘭様にばれたくないことなので死ぬ前、つまり43日前のことになります。なので、今も好きかどうかということはわかりません。が、好きだったということは事実です」

誠が俊を好きだった。いや、今も好きかもしれない。いきなりそんなこと言われても信じられなかった。そんな兆候一切なかったと思う。あれだけ一緒にいて全く分からなかった。これはさらに揉んだが出てきたな。

「誠様のその気持ちをうまく利用できないでしょうか」

うまく利用。誠は俊が好き。その気持ちをどう利用すればいいというのだろう。

「誠様にとって蘭様の死はとてもつらいものだったと思います。それを乗り越えるにはそれに匹敵するくらいのうれしいことが必要です」

「誠と俊がうまくいけばいいと?」

「それがベストだと思います。しかし、誠様はそうでも俊様はそうではないかもしれません。普通の男女の恋愛以上に気持ちを伝えるのは余計に難しいと思います」

「じゃあどうしろと」

「それは蘭様がお考え下さい。と、こんな言い方をしていますが、私自身ここまでが精いっぱいの助言なのです。今日の会話が聞けていたわけでもないし、見ていた状況と心底心理だけではここまでが限界と言ったところでしょうか」

何でも知っているわけではないということか。ということはここからは自分で考えろということか。

「私ができるのはここまでのようです。今日はもうお眠りになったらどうですか」

「眠り?」

「食欲、性欲がなくなるというのは実際に体感していると思います。そして睡眠欲もなくなっていることからもちろん普通に寝るわけではありません。ただ、思考の整理をするにはとても便利な場所だと思ってください。このまま私と話していてもよいのですが、睡眠をした方が何か思いつくのかなと思いまして。まあいつでも起きられますし、とりあえず睡眠を行ってみてはどうですか?」

まあうさぎそういうならこっちで言う睡眠というやつを試してみよう。

「どうすればいい」

「このベッド横になってください」

そういうとうさぎはベッドの上に載っていたリュックと携帯を床に置いた。僕は言われた通りベッドで横になった。

「目を閉じてください」

目を閉じる。すると生の精算所の時のような真っ暗な空間になった。手足は動く。目の前に1つのボタンが出てくる。『起きる』と書いてある。そのボタンの横には時計がついている。時刻は10時を少し回ったところだ。試しにボタンを押してみる。強制的に開けさせられた目に最初に飛び込んできたのはうさぎの顔だった。

「うわっ」

とうさぎが叫ぶ。

「なんでもう起きたんですか。もう解決策見つけたんですか」

「いや、そうじゃないけど、起きるって書いてあるボタンがあったから押したらどうなるのかなと思って」

「押したら起きるにきまってるじゃないですか。バカなんですか」

お前にだけは言われたくないと内心思いつつも我慢した。これ以上言い争う方がばかばかしい。

「ところで人の顔覗き込んで何してた。落書きでもしようとしてたのか」

「そんなバカみたいなことことするわけないじゃないですか」

「じゃあ何してたんだ」

「それは・・・」

手を前で組んでくねくねしだした。おそらく恥ずかしがっているんだろうが顔は赤くない。

「いや、寝顔は意外にかわいいなーって思って」

「嘘はいいから正直に言え」

「嘘じゃありません。ほんとにかわいいと思って見てたんですから。キスしようかと思いましたよ」

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