「生きてるなんて思ってねえよ。この際だからいうけどよ、蘭が死んだことを受け入れられてねえのはてめえの方だろうがよ。もう1か月以上も経つのに蘭が死んでからずっとふさぎ込んじまってる。今のお前を蘭が見たらどう思う。成仏だってできねえぞ」

まあ現に今目の前でこの状況を見ていて成仏していないのだが。

「お前に蘭の何がわかる。俺はなずっとあいつと一緒だったんだ。もう10年以上な。大学に入ってからしか知らないお前に蘭の何がわかんだよ」

「そりゃ、お前よりはわかんねえかもな。でもなそうやってずっと落ち込み続けることが蘭のためになるとは俺は思わねえ。お前がそうやってずっと落ち込み続けるんだったら勝手にやってろ」

そう言い放って俊は出て行った。扉は閉まっているから外の様子はわからないがあんな大声で喧嘩してたら注目は受けているだろう。2人きりになった個室では僕も誠も動かなかった。俊が返ってくるまでこの状況はおそらく変わらないのだろう。自分が死んだということは想像以上に誠にダメージを与えていたようだ。少しは悲しんでいてくれているといいなと思っていたが、ここまでされると確かに死んだ側も多少のつらさはある。しかも目の前で自分が死んだことで喧嘩が起こればなおさらである。逆にと考えてみる。自分が生きていて誠が死んだらこれほど悲しめるのだろうか。無理だと思う。1か月以上たった今でさえこの状況というのはおそらく無理だと思う。そう思うと誠の自分への思いというものを強く感じる。

沈黙は長く続いた。ような気がした。俊が出て行ってすぐは沈黙だった店内も今では喧嘩が始まる前のようににぎやかになっている。自分たちが静かであるからさっきよりも周りが余計に盛り上がっているように聞こえる。

「俊君遅いね」

沈黙に耐えかねて僕はそう言った。

「うん」

と小声でそういったきりまた沈黙が続いた。誠はまた顔を下に向けてぼーっとどこか一点を見つめてる。普通にナンパされた女の子だったら「じゃあ私はこれで」と言って帰るのだろうが僕は普通の女の子ではないし、喧嘩の原因の当事者である以上このまま帰るわけにはいかない。しかもこの喧嘩を納めないことにはほんとに成仏できなくなりそうだ。

「すいません」

ノックとともにそういって入ってきたのは店員だった。

「お待ちのお客様がいるのでそろそろご退室をお願いできますか」

誠は無反応。

「えっと、まだ1人帰ってきてないんで帰ってきてからでも大丈夫ですか」

店員は少し不思議な顔になった。

「お連れ様ならお会計を済まされて出ていかれましたけど」

と言って、レシートとお釣りを渡された。どうやら1万円をおいて出て行ったらしい。

「えーっとじゃあもう出ます」

というと誠は立ちあがって部屋の外に出て行った。その後ろを慌てて追う。出るときにカウンターの客からじろじろと見られた気がするけどあれだけ派手に騒げばしょうがない。そんな視線を全く気にせず誠は店を出ていく。僕は一応聞こえるか聞こえないかくらいの声でごちそうさまでしたとだけ言った。



店を出て少し歩くと急に俊は立ち止った。こちらをちらりと見ると

「そこで待ってて」

と公園のベンチを指さした。僕はおとなしく公園のベンチに座って待っていた。近くの自販機で誠が何かを買っているのが見える。外は寒くなかった。ただたぶんそれはこの体のせいで実際は道行く人を見ていると寒いのがよく分かる。誠が2本の缶コーヒーを持って近づいてくる。

「缶コーヒーでよかった?」

「うん、ありがとう」

どうせ何を飲んだところで一緒だ。なんの味もしない飲んだ感覚もしないおそらく温かいコーヒーを飲む。

「ごめんね。あんなことになって」

誠の顔はもう赤くなかった。

「ううん、べつに」

と言ったっきり2人の間には沈黙が流れた。クリスマス前ということもあり公園のほとんどはカップルが占領していた。毎年この公園はきれいにイルミネーションされる。イルミネーション好きな僕は毎年1人でも何度かここを訪れて写真を撮る。今年もきれいだなと思った。年々きれいになっていく公園のイルミネーションは奇麗になっていくにつれカップルも増えて行った。数年前は木に電飾をまいただけでほとんどだれにも気にされずにいたその公園も今では冬の定番スポットとなった。他人から見れば僕ら2人もカップルだろうなと思った。残念ながらカップルではないし男同士の組み合わせだしな。

「ここ寒くない?」

誠が言った。実際は寒くはないが寒いことにしておいた方が自然だろう。

「寒いね」

「じゃあどっか店入ろうか」

「そうだね」

というとすっくと立って歩き出した。とりあえずどっかの店でまた飲み始めれば何か言ってやれるかもしれない。赤間蘭として。思えば2人で飲むのは初めてかもしれない。高校の頃は2人でいることも多かったが大学に入ってからは2人ではなく3人だったから誠と2人で飲みに行くなんて機会がなかった。普通に2人で、というわけではないけどこの体でも誠と2人で話すのはワクワクしていた。それと同時に僕の死を誠に乗り越えさせねばならないという使命感もあった。少し前を歩く誠はたまにこっちを少し見るだけで何もしゃべらなかった。そのまま10分ぐらい歩き続けて誠が立ち止まった。

「ここ」

とだけ言って建物の中に入っていった。車の入るところには上からカーテンのようなものがかかっており、建物の前の看板には『休憩2時間3千円~』と書いてある。誰がどう見たってそこはラブホテルだった。僕は中に入ったとはないが外からそれがラブホテルだってことはわかるし中で何するかももちろん知ってる。普通にバーとかに行くと思ってた僕は戸惑った。建物の前で立ち止まってると誠が出てきて

「何してんの。部屋開いてたから行くよ」

と言った。

「いや、ちょっとここは」

「そういうのいいから」

と言って左手で右腕のとこを掴まれて中に引っ張られてしまった。なんだかよく分からないうちにエレベーターに乗せられた。乗ると誠の左手は僕の右腕を離した。エレベーターの中で誠は1度だけはあとため息をついた。エレベーターは4階で止まった。

「どうぞ」

誠は開くボタンを押している。おとなしく出る。僕が出ると誠もすぐに出て、そのあとすぐにエレベーターが閉まった。逃げ場がない。左右に廊下が伸びていてその両サイドに部屋がある。普通のホテルと対して変わらないなという印象。

「あの光ってる部屋だから」

右の廊下の1室の上の方についているオブジェクトが点滅していた。これは普通のホテルにはたぶんないなと思った。単純にこの初めて入ったラブホテルを楽しむ余裕があった。部屋に入っても何とかしてその場から逃げるだの抵抗するだのでどうにかなる自信があった。光っている部屋の前に行くと誠がドアを開けた。

「どうぞ」

と言って僕を中に先に入れた。中は思っていたより普通だった。ピンク色の照明でエッチな道具とかが置いてあるイメージだったが、実際は普通に明るいし、そんな道具は今のとこ見当たらなかった。1つ違うといえば大きなベットのある奥の方に大きな鏡が合わせ鏡にならないように設置してある。初めて来たラブホテルに興味津々で奥のベットの方に近づいてみる。すると急に後ろから肩を掴まれて180度方向転換させられる。そのまま肩を押されて後ろのベットに倒される。そのまま誠の右手が顔の左近くにつく。壁ドンみたいな状況になった。誠はこっちを見ている。

『俊が好き』

また誠の声でそう聞こえた。しかし誠の口は動いてない。2度も同じ空耳を聞くことなんてあるだろうか。そんなことよりもこの状況がピンチだ。このままキスされる。やめてと言いたいけど声が出ない。もうほとんど観念した。

「シャワー浴びるわ」

誠はそう言って右手を戻し、風呂場の方に行った。危なかった。キスされるところだった。誠はただ女の子とキスをしてるだけだろうがこちらとしては親友とキスをするところだった。しかもおそらく深い方を。

ベットにあおむけになった体を起こしてベットに座る。正面と左側にある鏡に自分が写る。改めて見てもやはり美人だ。しっかりとした鏡で見たのは初めてだったがテレビに出ているアイドルと比べても負けないくらい美人だった。

風呂場の方からジャーっというシャワーの音が聞こえてくる。あれが上がってきたらと想像する。キスよりももっと激しいことをされるのは確実だろう。食欲がないというのは食べることはできるけど何も感じないということだった。じゃあその理屈ならと自分の胸を揉んでみる。何も感じないというか触っているという手の感覚はあるが触られているほうの感覚がない。おそらく下も一緒だろう。なるほどと感心してみる。どっちみち誠がその気でも僕にはその気はないし今日はもう話せないなと思った。

出るか。ベットから立ってドアの方に向かった。ドアを開ける。いや、開かない。鍵はついていないみたいだしどうやって開けるんだ。ガチャガチャしていると後ろの機械が

「精算するには精算ボタンを押してください」

と言っている。精算ボタンを押す。電子表示板に3千円と表示される。お金は持っていない。持っているのはリュックと携帯だけ。うさぎに電話して出してもらうか。ベットの近くに置いたリュックを取りに行こうとする。するとシャワーの音が止まってガチャリと風呂場のドアが開いた。僕は慌ててドアの前に戻る。もう上がってきたのか。ドアの前はちょうど死角になっており真横に来ないと見えないつくりになっている。

「リンちゃん?」

と僕を呼んだ。

「あれ」

っと言ってベットの方に足音がいく。いないことを確認すると今度はこっちに近づいてくる。ペタペタと1歩1歩近づいてくる足音。今度はちゃんと断ろう。断ったところで拒否されるのなら赤間蘭だということを伝えてでも抵抗しないと。さっきの感じだと力で勝てそうにはないからちゃんと伝えないと。大声で言えばビビッてやめるかもしれない。僕は目をつぶった。そして大きく息を吸った。近くで足音が止まったのがわかった。




「ごめんなさい。やっぱり無理です」

「はい?」

自分でもびっくりするぐらい大きな声が出た。目をつぶったおかげかもしれない。ただ、帰ってきたのは間の抜けた返事でどう考えても誠の声ではなかった。

「帰ってくるなり大声出すのはやめていただけますか。びっくりしますので。まあ心臓がないので本当にびっくりすることはないんですけど」

目を開けるとうさぎが立っていた。口では文句を言っているが顔はいつもの笑顔のままだ。

「間一髪・・・でよかったんですよね。一応嫌がっているような気がしたので」

「嫌がってるのがわかったんならもっと早くこっちに戻してくれ。あんなにぎりぎりにする必要はないだろう」

「いえ、私の意志で戻したのではありません。ただ時間が来ただけです」

うさぎは僕の後ろにある時計を指さして言った。9時を少し回ったところだった。

「3千円を転送しようかとも思いましたがこれはぎりぎり行けるなと思ったので放置してみました。まあ間に合ったからいいじゃないですか」

間に合わなかったらどうするつもりだったのかと問いたいところだったがこれ以上追及しても無駄だろう。もう終わったことだし。

「ところで、リュックを渡し忘れるとはどういうことだ。危うくあのリュックは忘れ物センター行って一生そこにあったかもしれないんだぞ」

「一生なんてことはありませんよ」

ほらと言って右の方を指す。ベッドの上にはポイントで出された携帯とリュックがあった。

「ポイントで出したものとあのリュックは蘭様が帰ってくるときに一緒に帰ってきます。なので残ることはないのです」

「そうか、それはわかった。でもなリュックの件といい、カタログの時の説明忘れと言いまだ数時間しかたってないのにミスが多すぎませんか。しかもまだよく分からないこの世界でのことなのでしっかりしてくれないと困るんですよ」

完全にクレーマーと化しているのはわかっているが強めに言っておけばもう今後ミスしないだろう。ちょっとは反省しているそぶりを見せるかなとうさぎを見る。うさぎはあとため息をついて言った。

「しつこいですね。もう終わったことじゃないですか。しつこい方はモテないですよ。それとも今はしつこい方がモテるんですか」

全く反省していない。反省しているどころか開き直りやがった。それに最後の一言が腹立つ。そんなわけないだろ。

「ミスしたのはそっちだろう。それを開き直りやがって。いつもこんなにミスばっかしてるのか。それなら今後もすごく不安だなあ」

最後は嫌味っぽく言ってやった。するとはあとまたため息をついてうさぎが言った。

「すいませんでした」

ちょっと口をとがらせながら目もどっか右上の方を見ながら謝った。もう素直にごめんなさいと言われたらこっちもこれ以上いうこともないしこれ以上言うのはかわいそうだということにしよう。彼女の口を尖らせたその顔にきゅんとしてしてしまったのがばれないようになるべく普通通りに言った。

「よし許す」

何がよし許すだ。と自分でもこんな言葉しか出てこなかったのが恥ずかしい。今は主が僕で従がうさぎ。なら従の無礼を許すのは主の役目。うん、そうだと自分でも納得する。あの2人の喧嘩もこんな風にすぐに収まればいいのになと思った。3人でいるときに喧嘩をしたことはなかった。確かにたまに誰か2人が険悪とまではいかないが仲悪くなったことはあるが3人目がうまく仲を取り持つ感じでうまくやっていたと思う。だからあの2人のあんな姿を見るのは初めてだった。原因を作ったのは僕が死んだことだろうがそれはどうにかできない。何か策はないか。

「あのでも1つだけ言い訳させてください」

「何が」

しつこいのはどっちだと思った。うさぎが謝って僕が許した、それで終わりでよかったではないか。

「今回イレギュラーが多いんですよ。本当に。まあ蘭様に言っても何がイレギュラーかわからないと思いますけど」

「何がイレギュラーなんだ」

「蘭様に言ってもわからないと思いますけど」

説明したくないのか同じことを2度言われた。イレギュラーが多いんですよと言われても言い訳になっていない。何がどうイレギュラーかを説明する義務がある。

「ならわかるように説明しろ。1回終わった話題をまた持ち出してわざわざ言い訳するんだったらそりゃ相当のイレギュラーがあるはずだからな」

うさぎは腕組をして目をつぶって首を横に傾けてうーんとうなりだした。さっきからというか最初からあの営業スマイル以外の表情や行動があざといんだな。漫画チックというか。ただ、そのあざとさにいちいちきゅんとしてしまうのは僕も所詮ただの男だなと改めて思い知らされる。うさぎの唸りが終わって目が僕の方を向いた。腕組はしたままだ。

「じゃあ説明しますね。まず、私が呼びに行ったのは覚えてますか?」

「はい」

「私の仕事は今日1日起こす仕事だったんですよ。それが急に現世帰りの担当にされたわけです」

「それで僕の対応の準備ができなかったと」

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