「10分だけでいいんだけど」

「1時間からの料金です」

1時間2万ポイントの女ってどんな女だよ。あのカタログの何よりも高いぞ。

「私です」

さっきのは口に出でしまったようだ。死んでからおもったことが口に出てしまう傾向がある。

「私って、うさぎがこっちに来るってこと」

「そうです。私がそちらに行ってあなたとともにナンパされるのです。」

「あ、じゃあ結構です」

電話を切った。2万ポイント払って、うさぎをこっちに呼んでナンパされて死世での生活が苦しくなる。そんなのは勘弁だった。仕方ない。誰も呼べなかったことにしよう。顔見れただけでもうれしかったしな。ウハウハしてるイケメンに近づく。

「ごめん、今日誰も空いてないって」

できるだけ女の子っぽく言ってみた。

「あ、そっか。そうだよね明日クリスマスイブだしみんな忙しいよね。じゃあ行こっか」

「行くってどこに」

「ん?焼き鳥行くんでしょ」

ウハウハしまくってんなこいつ。

「行く」

と内心のうれしさを抑えながらなるべく普通のトーンで返事をした。




1番のメイン通りから1本外れた道にあるその焼き鳥屋は祝日だからなのかいつもより多くの人でにぎわっていた。カウンターならすぐにご用意できますという店員の提案を断って掘りごたつの個室を待つことにした。カウンターは10席程度であとは全部が個室。学生が集まってどんちゃん騒ぎをするというよりは数人で落ち着いて食べるという雰囲気のお店だ。

「クリスマスイブだからかな、人多いな。いつもはもっとがらがらなのにな。個室あくまで待つことにしたけど大丈夫よね」

「あ、うん大丈夫」

3人で来るときはいつもカウンターだった。初めて来たときに俊が「焼き鳥は焼くところを見るからさらにおいしさが引き立つんやで」

なんてことを言ったからそれからはずっとカウンターだ。もともとこの店は父と小さいころからよく来ていた。テストで100点取ったときとかサッカークラブでゴールを決めたときとか、主にご褒美的な場所として来ていた。しかしもうそれも最後に一緒に来たのがいつだったかおもいだせないほど昔のことだ。父と来ていた時も確かカウンターしかなかったよう気がする。10年以上通っているお店だが、個室に行くのは初めてということになる。

「金沢さん」

10分ぐらいして店員がそう呼んだ。あ、はーいと上村さんが返事をして個室に案内された。靴を脱いで入る。入口から遠い方にどうぞと言われてそっちに行く。正面に俊、左斜めに誠という席で座る。

「とりあえず飲み物頼もうぜ。何がいい」

「生で」

ついいつもの癖で生を頼んでしまった。

「おお、結構飲めんの?いいねえ」

と俊のまたウハウハ度を高めてしまった。

「すいません」

と大きな声で店員を呼ぶ。

「はーい」

と奥の方から聞こえる程度の声で返事が来る。すぐにガラガラとドアを開け注文を聞いてきた。

「生3つ」

誠は何も言わないが強制的に生にされた。大体男同士で飲むときは最初は生から始まる。誰も何も言わずとも誰かが人数分の生を頼む。

誠は会ってから一言もしゃべらず、生を注文されたときもややうつむき加減でボーっとしてる。俊はビールを頼んだ後いくつか料理を注文していた。メニューなんか見なくてももうだいたいのものは3人とも暗記していた。店員が戻ると俊が話し出した。

「で、さっきの話の続きなんだけど。・・・えっとさっき何の話してたっけ」

個室を待ってる10分の間一通りのことは質問され終わった。名前、年齢、大学、サークル、好きな食べ物とか。名前を聞かれたときにさすがに本名、というか生きていたころの名前を言うわけにはいかなかったのでとっさに『あとべりん』という元の名前に遠くないような名前を言った。俊は

「りんちゃんかー。りんって名前の子はかわいい子しかいないっていう噂あれほんとだったんだな」

なんてにやにやしながら言ってきただけで『あとべりん』と『あかまらん』が同一人物だなんて全く思ってもいないようだった。大学は近くの女子大の名前を言ってサークルとか好きな食べ物も適当に答えた。そのあとに音楽何聞くとかどうでもいい話の最中に店員に呼ばれた。

「確か音楽の話じゃなかった」

「ああそうそう。俺はねジャニーズとか結構聞くんよね。男でジャニーズ聞く人ってあんまいないけどあれ歌いやすくてカラオケ行ったときとかによく歌えるんよ。りんちゃんはジャニーズとか聞く」

「いやあんまり聞かない」

俊がジャニーズ好きでカラオケでよく歌っているのもよく知っている。今更言われても全く驚かない。

「じゃあ誰が好きなの」

ここは正直に答えても問題ないか。

「誰ってことはないけどインディーズで歌ってる人を発掘したりするのは好きかな」

「インディーズか。インディーズ詳しい友達はおるんやけど俺らはメジャーで出てる人しか知らんからなあ」

というと誠がちらっと俊の方を見た。見たというよりもにらんだという方が正確かもしれない。それに全く気付かない俊がそのまま話を続けようとしたときに扉がガラッと開いて、店員が入ってきた。

「生3つと、お通しになります」

見るからにキンキンに冷えたビールをそれぞれの前に置いていく。お通しの3種類の小鉢を真ん中に置いて扉を閉めて出て行った。

「じゃあとりあえず乾杯しようか。カンパーイ」

俊は元気よく僕は普通に誠は元気なく、三者三様の乾杯で飲み会の幕が開けた。こうして2人がいてビール片手に乾杯していると自分が今も赤間蘭として生きているような気がしてくる。しかしそれも1口目のビールでそれが間違いだと気づかされる。味がしない。なんの味もしない。というよりそもそも飲んでいる感覚すらないのだ。のどに何かが通るというか。目の前の2人、誠はよく分からないが俊がおいしそうに飲んでいるという様子を見るとビールに異常はないみたいだ。ということはおそらく死んでいることの弊害なのだろう。死ぬと食欲がなくなるといっていたがその影響か。お通しを食べてみる。やっぱり味がない。取り皿に醤油を出してそのままなめてみる。それでもなんの味もしなかった。

「大丈夫?」

俊がそう聞いてきた。いきなり目の前で醤油を皿に出してなめだしたら誰でもそう聞くだろう。

「あ、大丈夫。ちょっと醤油なめたくなって」

という意味の分からない言い訳をして笑顔になってみた。明らかに怪訝そうな顔をしている俊。とりあえず何か話さないと。

「えっと誠君は何か好きな歌手とかいるのかな」

少しの沈黙の後

「別に」

という一言だけが返ってきた。

「ごめんねー。こいつ普段からあんましゃべらないやつでさ」

そんなことないのは知っている。確かに俊に比べたらあんましゃべらないが、普通に人並みにはしゃべる。何だろう僕のこの顔がタイプじゃないのかな。

「あ、でもそういう人の方が男らしくていいかもですねー」

「ということはりんちゃんのタイプは俺やなくて誠の方やったか。俺めっちゃ話してていい感じやと思ってたのになー」

くーと言って悔しがるようなそぶりを見せた。こうして僕自身の姿形は違うけどこうして目の前に2人がいて話せているのは楽しかった。向こうはノリのいい美女と話しているつもりだろうが、中身のない会話という意味では僕に向かって話していようが美女に向かって話していようが一緒だ。ただ、1つ気になっていたことがある。ある意味それを確かめたかったのかもしれない。

「その、インディーズの歌手が好きな友達ってどんな人なん。会ってみたいな」

というと俊も黙った。誠もちらりとこちらを見ただけでまたうつむいた。自分の死んだときに友達がどれだけ悲しんでくれるかということに興味があった。多くの人が悲しんでほしいとは思っていなかったが、この2人と父ぐらいは悲しんでくれると思っていた。ただ死因が死因だっただけに笑い話にされて終わってるんじゃないかという不安もあった。この2人の反応を見る限りそういう風にはならなかったみたいだ。満足のいく反応が得られたところでもうこの話は終わりでいい。違う話題にして今度はこの美女をどういう風に落としに行くのかを見てみたい。

「あっ、もしかして喧嘩中?じゃあまた喧嘩直ったらその人も呼んで4人で一緒に飲もうよ。じゃあさ今度は私から質問」

「そんなことあり得ねえよ」

僕が言い終わる前に誠が叫んだ。まだ顔は下を向いたまま。店内は混んでいることもありいつもより少しざわざわしていたがそのざわざわも誠の叫びにより一瞬の静寂になった。

「どうした。いきなり。大きな声出して。どうしたもう酔っぱらったのか。まだビール1杯くらいだろ」

俊が明らかに慌てた様子で誠の顔を覗き込んでいった。確かに誠は3人の中で1番酒に弱かった。ただ、ビール1杯で酔うほど弱くわないし、第一酔っても叫んだりはしない。横でいつの間にか顔を真っ赤にして寝てるだけだ。

「ごめんね。こいつ酒に弱くってね」

「大丈夫?」

長い付き合いだがこんな様子を見たことがなかったからほんとに心配している。誠も叫んだあとは何も言わない。こちらをチラ見してからはずっと下を向いたままだ。

「蘭は死んだ。だから4人で飲むことなんてもうあり得ねえんだよ」

さっきと同じくらいの声で誠が叫んだ。今度はしっかりとこっちを向いて言った。興奮しているのか酒に酔っているのかあるいはその両方なのか顔が真っ赤だ。まっすぐこちらを見てくる目と目があった。

『俊が好き』

誠の口は動いていない。しかし、誠の声でしっかりとそう聞こえた。空耳だろう。この状況でそんなこというはずもないし、俊もなんの反応も示していない。

「そんなことリンちゃんに言ってもわかんねえだろ。こんな楽しい飲みの場でいうようなことでもないし」

「お前が蘭の話を出したからだろうよ。まるでまだあいつが生きてるみたいによ」

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