⑦
「いくら外見が女になったって中身は男です。性欲は死んでからはわかないのでそういうことをする人はいないのですが、元男かどうかを調べる方法があるのですが、知りたいですか」
テンションが上がってきたのかうさぎはだんだんノリノリになってきてる。まだそのテンションに追いつけていない僕ははいとだけ答えた。
「じゃあやってみますね」
というと右手をスーツのポケットに入れて何かを取り出そうとした。右手が出てくると同時にボールペンのようものがポケットから落ちてこっちに転がってきた。拾おうとすると彼女は大丈夫ですと言って僕の足元のペンを前かがみになって拾った。
「どうでしたか」
どうといわれても何がどうなのかがわからない。
「男の人って性欲があるとかないとか以前に遺伝子レベルで女の人の胸が好きみたいなんです。だから今、前かがみになった時に胸を見ましたよね」
見たといわれれば見たかもしれないが、意識したわけではない。というか意識せずに見てるということがもうすでに本能的に刷り込まれているということか。
「ちなみに最初の部屋であったときに4つんばいで近づいたのも目の動きで視力があるかないかを確かめるためでした」
だからあの時4つんばいで近づいてきて視力がどうとか言っていたのか。俺も普通の男の子だな。
「まあ女の子が近づいてきて胸を見る人は元男だなと思ってまず間違いないですよ」
彼女の表情はさっきまでの笑顔よりも少しほぐれてきたように感じる。さっきまでのが営業スマイルだとすると今の彼女の笑顔は日常スマイルか。
「私のテンションについていけてないですか」
ドキッとするようなことを言われた。確かにさっきから若干テンションに差は感じられるのだが、それをピンポイントで言い当てられると思っていなかった。
「い、いやそんなことはないよ。大丈夫」
この返答の仕方がすでにテンションの差を感じさせる。相変わらず嘘が下手だなと思った。
「さっきも言ったように主従関係は信頼関係が大切なのです。お互い低いテンションから信頼関係なんて生まれません。なのでちょっとでもテンションを上げてみたのですが、、、ウザかったですか」
うさぎは不安そうな顔でこっちを見ている。テンションを上げていたのはうさぎなりの気遣いだったというわけか。
「ええっと、ウザくはないけどちょっとまだそのテンションになれてないだけ、、、かな」
「では、早く慣れてください。基本的に主従関係中は私、ハイテンションなので」
どうやら、うさぎの方は変える気がないらしい。僕はもともとそんなにテンションが高い方ではないし、テンションの高いやつを一歩引いて見ている、そんな奴だ。ただ、この場には僕と彼女の2人しかいない1歩引いたところでおそらく彼女は変わらないし、むしろ彼女の方が2歩近づいてきそうな勢いである。
「ところで」
彼女が言った。
「もう決めましたか。そろそろ時間なので」
死してなお、時間に追われることになるとは思っても見なかったが、彼女が急げというなら急ぐべきなのだろう。この世界のことは彼女の方が詳しい。郷に入っては郷に従えだ。僕はイケメンと職業俳優だけを選んでカートに入れた。
「1万ポイントですね。すると残りが3万9950ポイントなので、ある程度私が現世でポイントを使っても死世で困るほど少なくはならないと思います。これで決定でよければこのボタンを押してください」
うさぎは自分の胸の前にIPADのようなものを持つと僕の方へ画面を向けた。その画面には『最終確認:これでいいですか?』の文字とその下に『はい』『いいえ』の文字が書いてある。彼女に1歩近づいてはいの文字を押そうと右手の人差し指を近づけたとき、
「あっ」
と彼女が言って急にそのIpadを上にあげた。『はい』を押す気満々だった僕の右手の人差し指は彼女の胸を触った。
「あ、あ、あ、あのわざとじゃないんです。急にそれを上に持ち上げるもんだから止まらなくって」
「いいです。別に気にしてませんから」
というものの胸を急に触られた女性が怒らないはずがない。どことなしか彼女の顔が怒っているように見えるのは自分の罪悪感からなのか、本当に怒っているからなのか。
「『はい』を押そうとしたら『ぱい』を触りました。もしくは『はい』じゃなくて肺触っちゃいましたね、くらいにボケてくれたらいいのに。それを普通に謝るだけなんて、まだまだ、若いですね」
彼女はにやにやしながらこっちを見ている。僕は顔を下に向けるしかなかった。
「ついでにここで、一言言っておくと心臓のない私もあなたもドキドキなんてしないので恥ずかしくても顔が赤くなったり鼓動が早くなったりしないのです」
顔が赤くなっていようと赤くなっていまいと直接顔見るのが少し後ろめたい。童貞で死んだ自分を恨んだ。
「ほんとに気にしてないので、顔を上げてください。そんなことよりも重要なこと忘れてたので」
そういうと彼女は僕の持っていたカタログの雑誌を取り上げ1番後ろのページを開けて僕に戻した。
「その左のページの1番下を呼んでください」
僕はいまだに顔を上げられないまま雑誌に目を落とした。ほんとに1番最後の最後。誰がこんなとこ読むんだよみたいなとこに1行だけ書いてあった。
『現世で役立つ便利能力発売中!詳しくは担当官まで』
「あの、この現世で役立つ便利能力って何ですか」
やっと顔を上げて見た彼女の顔はさっきの日常スマイルに戻っていた。
「それを聞かないから説明するのを忘れてました」
さも質問するのが当たり前みたいな言い方をするが、あんなところ見つけるやつのほうが珍しい気がした。そのことを彼女に言うと、
「皆さん普通に気づいたり、現世で何か使える超能力みたいなものはないのか、と聞いてきますよ」
らしい。僕の方が普通じゃなかったみたいだ。
「まあ便利能力というほどでもないんですけどね」
そういうと彼女はさっきみたいに胸の前にIPADを持ち、こちらに向けた。
「この3つの能力を付けることができます」
画面には横書きで3行書いてあってその横に1万ポイントとそれぞれに書いてあった。
・寿命がわかる能力
・誰がどこにいるかわかる能力
・心底心理がわかる能力
「どれか希望の能力はありますか」
寿命がわかる能力はデスノートで見たな。あれは名前まで分かったか。別に必要ないと。誰がどこにいるかわかる能力は少しほしいが、誰かを探すほど大きな街じゃない。芸能人を探すなら話は別だろうが、会いたいのは友達。心底心理がわかる能力は・・・心底心理っなんだ。
「心底心理ってなんだ」
「心底心理とは相手があなたに最も知られたくないことです。簡単に言えば秘密のようなものです」
人の秘密を知れるのか。これはいいかもしれない。しかし、1万ポイント払ってまで知りたい秘密があるかといわれるとないか。
「別にどれもいらないです」
「そうですか」
彼女は少し寂しそうだった。自分の胸を触らせてまで僕に特殊能力を与えるチャンスをくれたのにこれでは触られ損だな。
「あ、あのやっぱ」
「もう締め切りましたよ」
ここはさっと締め切ってくれたうさぎに感謝する。もしまだ購入可能だったらうさぎの胸に免じてどれか買っていたに違いない。
「さっき選んだイケメンと職業俳優でよければ、はいを押してください」
声に出して言われるとかなり恥ずかしいものがある。が、彼女は何を買ったかなんてまったく気にしていない風だった。彼女の胸の前のIPADを今度はいつ上にあげられてもすぐに止められるくらいのスピードで慎重に『はい』を押した。
「お疲れさまでした。これで生の精算はすべて終了です」
長かった。ような気がする。死んでいるからなのか体に全く疲労はないがメンタル的に疲れた気がする。うさぎが相変わらずの笑顔でこっちを見ている。
「ここでボーナス発表タイムです!」
今までで一番元気よく発言した彼女はさらに続けた。
「全精算が終わった蘭様には死因と年齢によるボーナスが与えられます。死因猫のボーナスは現世で使える能力1つ獲得。年齢によるボーナスはお願い1つ叶えられる権利です」
なんて言われてもこちらはぽかんとするしかないわけで、ぽかんとしていると彼女がまた、ウザいですかと聞いてきそうなのでとりあえず喜んでみた。
「やったー」
「あそこで1万ポイントかけて能力選ばなくてよかったですね。もし選んだのとおんなじ物を付与されたら目も当てられませんからね」
「おんなじもの選ぶ人とかいるの」
「選べないですよ。どれになるのかはランダムですから。死因猫なんで」
死因が猫だとどうしてランダムなんだ。猫が気まぐれだからとかいう理由じゃあるまいな。
「猫は気まぐれですからねー」
彼女がぼそっと言った。どうもこの世界はところどころ適当な気がする。
「お願いといっても何でもは叶えられません。できる範囲のお願い事です。もちろんあと3つお願いを叶えさせてみたいなお願い自体に干渉するお願いは不可能です」
急にお願い事を叶えられますって言われても何も思いつかないな。10万ポイントほしいとかならいけるのかな。
「あっ、お願いは今じゃないですよ。7日目の死世に行くときの手続きの時にお願いします。6日間は考える時間はあるのでゆっくり考えてください」
じゃあ、まだゆっくり考えよう。その時になれば何かお願い事ができるかもしれない。
「今日はどうしますか。もうすぐ17時ですが」
僕の後ろの方を指さして彼女は言った。時計がかかっていてあと5分くらいで5時になるところだった。
「もういけるの」
「精算は終わりましたし、いけますよ。行かなければ罰としてポイントが減るだけですし。だからさっき時間といったじゃないですか」
6日間って今日含めてか。改めて計算してみると今日含めての日程だった。
「行く。もちろん行く」
心の準備なんてできてなかったが、42日間無意識だったため生きていたのがまるで昨日のように感じている僕にとってはそもそも準備なんていらないのかもしれない。
「ではこちらにお座りください」
ただの木でできた椅子があった。指示通り座った。
「先ほど言ったルール。強制的に覚えさせるようになっていたので忘れるなんてことはないと思いますが、くれぐれも破らないように。私は常にあなたを見ていますので」
ルールは忘れていなかったし、破るつもりもなかった。最初からルールを破るつもりの人間なんていないのだが。僕はこくりとうなずいた。
「では、現世での目標を決めておきましょう」
「目標?」
目標なんていきなり言われても何も考えてなかった。ふらっと言って友達の様子見て、みんな変わらないなあとか思ってじゃあ元気でって去っていくものだと思っていた。目標、目標・・・。あれならいいか。
「父に僕の記憶の真相を確かめます」
「ではそれで目標を確定します。次にリスポン位置を決定してください」
リスポンってFPSじゃないんだから。そう心の中で突っ込みながら目の前に広げられた地図を見た。赤い丸が書いてある。
「この赤い丸は何」
「目標達成可能範囲です。あの目標を達成するにはこの範囲にいないと達成できないと判断された範囲です」
その赤い丸の中には自分の生活していた範囲のほとんどが入っていた。
「じゃあここで」
街の中心地にある大きなデパートを選んだ。正直言って今日父に会うつもりはなかった。目標も今決めた適当なものだし、今更問いただしてもという気持ちもあった。そんなことよりは友達に会って様子を見たいというのが本音だ。街の中心地に行けば誰かいるだろうと思って選んだ。
「では、目を閉じてください。私が10数えるので数え終わったら目を開けてください」
目を閉じた。真っ暗になった。耳元で彼女の声が聞こえる。
「1,2,3,4、」
だんだん眠くなってきた。彼女の声も遠くなってきた。
「5、6、な、、は、、、」
9はもう聞こえなかったが、10のタイミングで強制的に目を開けさせられた。目の前は薄い茶色の木の壁だった。
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