「姿かたちが変わっても中身が変わらないということは癖や習慣というものは変わらないものです。また記憶があるということは知り合いと話しているうちについうっかり赤間蘭しか知らないことをしゃべってしまったりします。その時にこいつは赤間蘭の生まれ変わりかもしれないなんてことを気づかれてしまったらそれ相応の罰が与えられます。ただこの気づかれるというところが曖昧なのですが。とにかくこれが最も重要なルールその6になります。」

自分が赤間蘭だと名乗って信じる人は案外多いような気がした。見ず知らずの人間が自分の知っている死んだはずの人間だなんて自己紹介されたら信じてしまうかもしれない。99%あり得ないと思っていても、1%のもしもを信じてしまう、信じたいと思ってしまうことがあるだろう。

「よくある質問としてはこのくらいなのですがほかに質問はございますか」

自分がよくある質問を言っていただけという事実に気づかされ改めて自分の普通さを知ったが、これ以上の質問はないからもう大丈夫と彼女に告げた。

「それでは最後のステップに移りたいと思います。それではこちらのカタログをお受け取りください」

普通の雑誌のようなものを渡された。渡されたときに彼女の手が少し触れたがとても冷たかった。渡された雑誌の表紙には大きな文字でカタログと書いてあってその文字に被るか被らないかくらいでマッチョなイケメンがパンツ1枚でこっちに微笑みかけている。その周りに、『今はやりのイケメンはこれ』、『人気の職業ベスト10』などの文字が躍っている。

「どうぞ中もじっくりご覧ください」

表紙をめくる。見開き1ページ目には表紙の男の顔やバキバキに割れた腹筋から棒が出ていてその先に1万ポイントや5千ポイントと書かれている。左側のページには目次が書いてあった。『なりたい顔がきっと見つかる』・・・3ページ『見た目だけじゃない本当の筋肉をあなたに』・・・7ページ、『なりたい職業がきっとある』・・・10ページというファッション雑誌の目次みたいな文字が書いてある。しかしそんな派手なポップの文字は最初の4行くらいで下のほうは『各種パーツ』、『修復』『いじわる』なんて文字が普通に書いてある。

「自分のポイントを使って死世に行くときの容姿を良くしたりすることができます。職業を変えることもできます。ここで何も買わなければもともとの容姿、職業で行くということになります。気に入ったのがあればその雑誌に直接ついてる『カートに入れる』ボタンを押せば買う準備をできますよ」

アマゾンかと突っ込みを入れようと思ったが彼女が突っ込みを待っている風でもなかったのでやめた。このアナログのようなデジタルな雑誌の最初の数ページに目を通した。ポイントを使えばイケメンになれる。ということか。若干そそられる。『蘭様』にふさわしい顔にもなれるということだ。『蘭様』だからゴリマッチョというよりは細マッチョ系かな。職業は俳優かな。いや、ダンサーのがいいか。歌手もありか。『蘭様』という名前の世間のイメージ通りの容姿、職業だと思うものをを選んでいった。

「4万8000ポイントになります」

うさぎが手に持っていたIPADのようなものを見て言った。

「ちなみに説明があったと思いますが残ったポイントで死世での生活レベルが決まります。このままですと残り1950ポイントですので相当苦しい生活になるかと思われます」

イケメンで細マッチョ、さらに歌手であり俳優であり、ダンサーでもあるのに貧乏な蘭様。そんな蘭様は嫌だな。いくつか減らしていこう。

「このカタログ制度。先ほどお話しした貯金という形で使うこともできます。例えば、顔を1万ポイントで購入した場合私がこの1万ポイントを勝手に使うことはできません。蘭様が現世でのポイント不足に陥った時に蘭様の意志でキャンセルしていただくとその1万ポイントは帰ってきます」

モノに代わっているものの買値と売値が変わらないのであればある意味貯金なのか。

「それなら全ポイントを何か物に交換しておけばうさぎは何も勝手に買えなくなるわけだ」

うさぎがちょっとむっとした表情になった。

「それはできません。50ポイント足りないから1万ポイントのものを返品して1万ポイント得ることはできても死世に行くときにやっぱいらないからと言って1万ポイントのもの返品はできません。また、このタイミング以降カタログで何かを購入することはできませんで」

そして、と彼女が続けた。

「出会って数時間で信頼しろとは言いませんが私は従のことを思って行動する主です。必要ないものに勝手にポイントを使ったりしませんし、蘭様の意見もなるべく聞くようにいたします」

信じられていないことに腹を立てていたのか。彼女にごめんというと

「少し取り乱してしまいました。すみません。でも主従関係は信頼関係が重要なので」

とすこし申し訳なさそうに言った。もう1度カタログに目を通してみる。今度は後半のほうにも目を通す。前半の華やかなページとは打って変わって地味なページが続いている。本当に同じ雑誌かと疑ってしまうほどである。地味なページには足とか目とか体の様々なパーツが書いてあったり、若返り、年取りなんてものにポイントが付けられていた。

「その辺のページ地味ですよね」

僕は雑誌に目を落としたままうなずいた。

「もともとカタログはその地味なページしかなかったんですよ。基本的には事故で足が不自由になって死んだ人や、高齢で亡くなった人のためのものでしたから。どうせ若返るならイケメンにとか、足が治るならサッカー選手になんて言いだす人たちが増えていったため今のカタログという形になっていったのです」

「ということは足が悪い人はポイントを使わなければ足が悪いままで死世に行くことになるのか」

「ええ。でも事故などで足が悪くなられた方は元の足に戻る分のポイントは最低でももらえます。それを足を治すために使うのかほかのことに使うのかは個人の自由ということになります」

悪くなった足を治さずイケメンにするという選択もあるということか。価値観は人それぞれか。そういうことならカタログという制度はとてもいい制度のように思った。

「ちなみにその次のページにあるいたずらはできないので注意を」

次のページをめくった黒の背景に赤字で交通事故、会社の倒産などマイナスイメージの言葉ばかりが書いてある。

「そのページは今だからいたずらなんてかわいい言葉で書いてますがそもそもを言えば怨念という言葉が使われていました。死因が他殺の人が対象で、基本的に他殺でないと払えないポイントにもなっています」

確かにポイントを見てみると30万や50万といったポイントが並んでいる。

「それだけのポイントを払ってでも復讐を晴らしたい相手がいます。ただ、どれだけポイントを払っても相手を殺すことはできません。どう殺しても他殺になってしまう。ということは関係のない第3者を巻き込んでしまうということになりかねないので。会社が倒産して結果的に自殺したということになればこちらはただ会社を倒産させただけということになるので問題はないのです」

「しかしそれでも会社が倒産すれば関係のない第3者が被害をこうむるのでは」

「もともと会社が倒産してうらみが晴らせるということはその会社でもかなりのポジションにいるということです。社長や会長クラスです。なので普通は会社を倒産させのるというやり方よりもその人個人を首にするというやり方のほうが一般的です。会社を倒産させたときの第3者への影響はこちらの生の精算の時にポイントが上乗せされます。そういうことも含めてのそのポイントですのです」

生きているうちに報われないということに納得はできないがそこまで多くのポイントを払ってまで恨みを晴らそうとするのだからその人の恨まれようったらすごいと思った。

「猫にいたずらなんてできませんからね」

死因は確かに猫だが死種は自殺だ。仮にあれが他殺となっても猫に恨みを晴らしたりしない。

「そんなことしようともしていない」

「ならいいですけど」

あははと彼女はいたずらっぽく笑った。まるで僕が初めからそういうとわかっていたみたいに。

「面白いものとしては性転換なんてありますよ」

女の子になれるのか。

「顔は性転換しただけじゃ変わりませんけど」

この顔のまま女の子になるのは厳しいな。女の子になりたいと思ったことは1度もなかった。女同士ってぎすぎすしていてすぐに誰かをいじめる、仲間はずれにするそんなイメージを持っていた。ファッションに特に興味のない僕は女ってあんな種類の多い中からよく服からよく選べるな、大変だななんて思っていた。

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