この世界以外、かくいう現世で心の声が聞こえたら恐ろしいことになるだろう。顔ではにこにこ笑っていても心の中では汚い暴言を吐きまくっている人はたくさんいるし、殺したいほど憎い人をほんとに殺す人は少ないが、心の声が相手に伝わったら聞こえた相手は殺されるかもしれないという恐怖から逆に相手を殺すかもしれない。野球だとノーコンピッチャーがすごく強くなるかもしれない。内角のストレートって思って投げた球が外角に来てバッターがびっくりなんてことがたくさん起こる。恋愛はちょっといいかもしれない。あの人のこと好きだなっていうのが相手に伝わってすぐに両想いとかそうじゃないとかわかるようになる。でも変な妄想まで伝わっちゃうからうかつに妄想もできなくなるかもしれないな。

「死種、死因について質問がなければ『次へ』を押してください」

このいちいちボタンを押す動作も心の声を読んでくれるのならそれでやればいいのにと思った。

「ボタンを押すというのは本人の意思確認として手続き上必要な動作なのです。心の声は所詮思ったことレベルです。考える→行動に移すという風に人は動くためボタンを押すという行動は考える以上に価値があることなのです」

その説明に心の中でふうんと相槌を打ってボタンを押した。

「では、いよいよ生の精算に入ります。では正面のモニターにご注目ください。

そういうと目の前にモニターが現れた。まるでお宝鑑定団の値段発表の時のあれにそっくりだ。

「オープンザポイント!」

本家さながらの掛け声でポイントが表示され始めた。一、十、百、千、万、テッテレーという音とともに値段が表示された。赤字で表示された数字は1番左側に5という数字が表示されていてあとは0が並んでいる。5万ポイント。これが僕が生きてきたポイント。果たしてこの数字が高いか低いのかわからないが5万といえばそこそこ高いような気がする。

「5万ポイントはそこまで高くないですよ。むしろ平均より少し下ぐらいです」

普通の人生を送ってきたと思っていたがむしろ平均以下だったなんて少しショックだ。

「それでも、死世で暮らすには特に不自由ないくらいのポイントですよ」

ポイントの内訳みたいなものは見れないのか。

「見れないこともないですが見ますか」

うなずいた。

「ではお手元のリストがそれです」

いつの間にかあったリストと呼ばれた紙切れは細かい字がびっしりと書かれている。生まれた時から年代順に書かれていて友達に砂をかける?3ポイント、夏休みの宿題をちゃんとやる+5ポイントなどどうでもよさそうなことまで細かく書いている。全部目を通すのは無理そうだ。大きな+と-だけ教えてほしい。

「ではこちらで見てみましょう。-はたいして無いですね。挙げるとすれば度重なるスピード違反ですかね。1回につき-10ポイントなのでそれだけで相当な-になっていますね。」

スピード違反。確かに大学の行きと帰りはほとんどスピード違反だった気がするが警察に1度だって捕まったことはないしだいたい-10ポイントなんて何キロオーバーで走ってんだよ。

「この生の精算所での-というのは主に悪いことをして現世で罰を受けなかったことに対してのポイントです。もしスピード違反で1度でも捕まっていればその1回分の-10ポイントは加算されません。ちなみに何ポイントの-というのはこちらの判断基準なので違反の点数計算とは関係ありません」

罰を受けていればこちらでの-は少なくなると。そうなると現世でもし殺人を犯して罪を償えばこっちでの-はないということか。ということは普通に生きてきた僕とかよりもそんな奴のほうがポイントが高くなるということもあるのか。なんだか腑に落ちない。

「罪を償ったかどうかはこちらの判断になります。例えば5人を殺した殺人犯が死刑になったとしましょう。5人も殺しているのに自分1人が死ぬことで償っているとは判断されません。誰かを殺すということは大変重罪であるので現世だけでその罪を償える人間なんてそうおりませんので結局こちらでも大きな-が付くことが多いのです。なのであなたみたいに普通に生きてきた方よりポイントが高くなるケースなんて極稀にしかおりません」

人を殺した罪を償う。生きているうちに何をすればいいかなんて想像もつかなかった。死してなお苦しむことになるということだけはわかった。

「+の項目に関しては境遇面ですね。あなたは生まれると同時に父親と2人で生きてきた。これは自分で変えようのできない境遇ですのでこれまで生きてきた分のポイントが大きく入っております」

生まれる同時に?生まれて少し後に母は交通事故で亡くなった。父からはそう聞いていた。生まれると同時になんてことはないはずだ。

「こちらの情報に間違いはありません。あなたの母親はあなたを生んで間もなく死んだということは事実です」

僕には生まれてからすぐの記憶があった。女性に抱かれている記憶。そんな時の記憶があるなんて友達に話したら夢だろと言われてびっくりした。みんな持っているものだと思っていたからそんな風に否定されるとは思ってもみなかった。ただ、それは夢ではなく確かに僕の記憶に存在し続けた。女性に抱かれている記憶その女性は初めはにこにこしていたのだが、急に涙を流してしまう。涙は彼女のほほを伝い僕のほほに落ちる。顔は思い出せなかったが後々これは自分の母親なんだろうと思っていた。しかし、僕が生まれて間もなく死んだということはあれは母ではなかったのか。

「あなたは母親に抱かれたことはありません。そういうことも含めてのポイントですので」

じゃあほんとにあの記憶の中にいるあの女の人は誰なんだろう。父の不倫相手でした。みたいなことだったら父親を徹底的に問いただしてやりたいとこだ。いや、母が死んでいるということは不倫ではないのか。どちらにしろ問いただしてやりたいところだがそれももうできない。

「一応、小さいころに抱かれた人たちをリスト化することはできますがどうしますか。」

リスト化されたところで看護師さんとか知らない人たちの名前もたくさん載るだけだろう。別に死んだ今更その記憶が誰だったかなんてもうどうだってよかった。ただ、あの記憶が母じゃなかったということが少しショックだった。

「生の精算について問題がなければ『次へ』のボタンを押してください。」

個人的に問題はあったが、どうしようもできないから僕は『次へ』を押した。

「それでは次のステップに参りましょう。もう聞いていると思いますがあなたは最も長く無意識状態でいられる42日間をあの部屋で過ごしました。そして、先ほど申したように49日まではあなたの現世での記憶が残り続けるわけです。現世での記憶が残ったまま死世に入ることができないというルールのためあと7日間の猶予があります。実際7日目は死世に入る手続き等がありますので6日間の自由時間となります。ここであなたには2つの選択肢があります。まずその1、先ほどの部屋に戻って6日間自由に暮らす。ちなみに何不自由ない生活は可能ですが、食欲、睡眠欲、性欲の3大欲求はもうあなたに存在しません。あれは生きている人の欲求であり死んでいるあなたには関係ありませんので。その2、現世に戻って6日間を過ごす。わーい現世に帰れると、お思いになったかもしれませんがこちらだと何不自由ない生活はできません。不自由さとリスクがあります。こちらの不自由さ等に関してはこちらを選んだ時にお話ししましょう。お気持ちが決まったら、お手元の『その1』『その2』ボタンを押してください」

あの部屋で6日間何不自由なく暮らす。42日間あの部屋にいたが無意識状態だったから住み心地はわからないが何不自由なくというくらいだから快適に過ごせるんだろう。余生を謳歌ならぬ余死を謳歌できるはず。ただ、現世に戻りたいという気持ちが断然強かった。

 もちろんあの飛び出してきた猫を見つけて殺してやるなんてことは思っていない。友達にも会いたかったし、自分が死んだ後の世界というのも見てみたかった。そして、父にあの記憶のことを聞いてみたかった。不自由さというのが気にはなるが多少の不自由さくらいで気持ちが変わったりしなかった。『その2』のボタンを押した。すると『本当によろしいですか』の文字と『はい』『いいえ』のボタンが出てきた。

「最終意思確認ということです」

ぼくは迷わず『はい』を押した。押すと同時に真っ暗な世界から真っ白な世界に変わった。真っ白な部屋にいた。最初にいた部屋よりは少し狭いような気がした。角にシングルベッドが置いてある、簡素な部屋だ。後ろでガチャリと音を立てて戸が開いた。振り向くとうさ耳が立っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る