③
目を開けている感覚はあるのだが真っ暗である。足も宙に浮いているような上も下もよくわからない。
「ようこそ!生の精算所へ!」
やけに元気なそして甲高い機械音が話しかけてきた。耳がキンキンする。
「これから生の精算所についての説明をいたします。説明を飛ばしたいときは『次へ』ボタンを、もう1度聞きたいときは『もう1度』ボタンを押してください。」
手元に『次へ』と『もう1度』と書かれたボタンが浮いている。試しに『もう1度』ボタンを押してみる。
「これから生の精算所についての説明をいたします。説明を飛ばしたいときは『次へ』ボタンを、もう1度聞きたいときは『もう1度』ボタンを押してください。」
スマホの育成ゲームで女の子をしゃべらせるボタンを連打すると喘ぎ声みたいになる。そんなバカみたいな話を大学でしてたのを思い出した。連打してみる。
「ようこそ!生の精算所へ!」
最初まで戻るのか。さらに連打してみる。
「よ、よ、よ、よ、よ、よ、よ、よ、よ、よ、よ、ようこそ!生の精算所へ!」
喘ぎ声には聞こえないしなんかむなしくなってやめた。『次へ』で元の場所まで戻した。
「まず最初に自分が死んだときの映像を見てもらいます。それによって死因を決定いたします。次にあなたの生きてきた人生を数値化します。その数値を使って様々なものと交換したり現世に干渉したりできます。そして残った数値によってあなたの死世での生活レベルが決定します。ここまでで何か質問があれば口頭でおっしゃってください。なければ『次へ』のボタンを押してください」
生きてきた人生を数値化。例えば階段でおばあちゃんを背負ってあげたら100ポイント、こっそり万引きしたらマイナス200ポイントみたいなものだろうか。犯罪を犯したことはないしおばあちゃんを助けたこともない僕にプラスもマイナスもあるのだろうか。
「今思ったことで、大体あたりです。点数はこちらが独自に定めたものですので細かくは言えませんが、本人が気づいていないだけでプラスもマイナスもたくさんあるのです。あ、あとこの空間ではあなたの心の声はあなたの口から出ているのと同じことなので意図してしゃべらずとも考えるだけでもこちらに伝わります」
じゃあ口頭でおっしゃってくださいとは何だったのか。
「心で念じてくださいと最初から言うと最初の質問は心で念じるとはどういうことだということがほぼ100パーセントなので。正直飽きました。もう質問はございませんか」
死世での生活とはなんだ。
「死世とはあなたがこれから暮らす世界のことです。現世風に言えばあの世と呼びます。ポイントによって生活レベルが変わってきます。もちろんポイントが高ければ高いほど良い生活を送ることができます。ポイントは最終的に残っていたものが最終保持ポイントとして生活レベルの決定につながります。先ほど述べたようにポイントは様々なものと交換することができます。カタログは後でお渡しします。」
あの世、死世での生活。生きているときに誰しも1度は天国ってどんなとこだとか考えるだろうが、自分がそこでどんな生活を送るかなんて考える人は少ないだろう。天国(地獄かもしれないが)がどんなふうになっているかなんて想像もつかない。
「意外と現世と大差ないらしいですよ。まあみんな現世での記憶なんてすぐに消えていってしまうから大差あるとかないとかは最初しかわからないんですけど。」
現世での記憶が消える。生きていた時のことを思い出してみる。さっきうさ耳に伝えたことはもちろんほかのどうでもいい記憶もいくつか思い出せる。
「あなたはまだですよ。あと1週間はあなたの記憶は生き続ける。死んで49日を境に急激に記憶がなくなり始める。ただ、安心してください。すべての記憶がなくなるというわけではありません。名前と死因は覚えています。」
名前と死因だけ覚えていて何か意味があるだろうか。名前はまあ意味があるとしても死因は必要だろうか。
「死因を覚えている理由は死んだということを覚えているためです。自分は現世に生きていてこんな理由で死んだということを記憶している必要があるのです。あと死因は自己紹介するときに事故紹介できたりもしますし。」
ボケなのか何なのかよくわからないギャグを無視し『次へ』ボタンを押した。今までの説明ですべて理解したわけではないがどうせこれから自分が体験していくこと。習うより慣れろだ。
「では、死因鑑定に入ります。あなたにはこれから死んだ時をもう1度体験してもらいます。体験といって痛みはありませんのでご安心ください。準備ができれば『次へ』ボタンを押してください。なお、『次へ』ボタンを押さない限り死因鑑定には入りませんが、戻ることもできないのでご注意をお願いいたします」
いよいよ自分がなぜ死んだのかがわかるとき。うさ耳の話によれば頭に強い衝撃を食らったらしい。少し怖いが退路はないし行くしかない。僕はゆっくりと「次へ」のボタンを押した。
「では、死因鑑定を始めます」
バイクに乗っていた。鼻歌を歌いながら上機嫌で坂を上る。日はもうほとんど沈んでいて外灯のないその道はうっすらと暗くなっていた。暗くても明るくても3年半通った大学からの帰り道、この時間の交通量がほとんどないのはわかっているし、少しくらい飛ばしたところで警察に見つかることもまずない。坂を上りきると街が一望できる。その絶景を横目に見ながら帰宅する。いつも通りだ。下り坂に入った。と、その時急に猫が出てきた。僕は慌ててブレーキをかけた。運悪く左のブレーキを握り損ねた僕は全力で右のブレーキだけを引き、前輪にだけかかったブレーキと下り坂の力もあって後輪が浮いた。その一瞬世界が逆転した。前輪を軸としたバイクの1回転は僕の頭からの着地で終わりを迎えた。そうそして僕の人生も終わりを迎えた。
「お疲れさまでした。もう1度体験されたい方は『戻る』ボタンを別角度から見たい方は『カメラ』ボタンを、次に進みたい方は『次へ』のボタンを押してください。質問は随時受け付けております。」
さっきまでとは変わって若い男性の声になった。
目の前には『次へ』『戻る』ボタンのほかに『カメラ』ボタンが増えていた。階段から転んだわけではなかったがそれに匹敵するダサさで死んだな。なんで猫が出てくんねんとかあそこでしっかり左手でブレーキをつかめていればとかなんて思ってももう遅い。僕は大学からの帰り道、1人で事故を起こして死んだ。これだけが変えようのない事実だった。今のをもう1度体験する必要はないし別角度から見たところで何か意味があるように思えなかった。『次へ』ボタンを押した。
「では死因鑑定の結果が出ましたのでこちらをご覧ください」
目の前に氏名、死日、死種、死因という白い文字が浮かび上がった。それぞれの文字の横には空欄がある。記入されていく。
名前:赤間蘭
死日:11月11日
死種:自殺
死因:猫
ポッキーの日に死んだのか。死んだ時間も夕方くらいだったと考えるとおやつにポッキーを食べた可能性は高いな。最後の晩餐はポッキーだった可能性は高い。
「ちなみに最後の晩餐はポッキーではありません。トッポです」
なんでよりにもよってポッキーの日にトッポを食べたかな。ポッキーの呪いかな。死種、文字から察するに死んだ種類だと思われるがあれは自殺なのか。確かに1人で勝手に原チャリで転んで死んだわけだから他殺ではないことは確かだろうが自殺って・・・
「確かにあれは事故ですが死種を事故としてしまうと相手が悪いのか自分が悪いのかがわからないですから表記上仕方ないのです。この死種に意志というものは関係ないのです。自分の意志で自分を殺そうが殺す気はないが結果として自分を殺してしまったというのは同じ扱いになるのです。しかし、そのあとの死因まで見ると自分の意志なのかそうじゃないのかが見えてきます。例えば死種:自殺、死因:ロープなんてことになれば自分の意志だったなんてことは察しが付くと思われます」
じゃあ僕の死種:自殺、死因猫からバイクで1回転して頭を打って死にました、なんてことがわかるだろうか。
「わからないと思います。ですが、ここで問題となるのは自殺なのか他殺なのか、自分の意志なのかそうではないかだけなのでどう死んだかということはさして問題ではありません」
問題じゃないというなら問題じゃないのだろうこの世界のことをまだよくわかっていない僕には何が問題で何が問題じゃないかなんて判断はできないから信じるしかない。
この世界でのこの仕様にもだいぶ慣れてきたしゃべらずとも心を読んでくれるというのは楽かもしれない。とっさの疑問にもすぐ答えてくれるし意思疎通が早くできる。
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