第1話①

「お待・・いた・・・た」

その声で我に返る。というより目が覚めるといったほうが適当なのかもしれない。でも僕の前にはテレビと最新のビデオゲームがありコントローラを握ってるから寝ていたわけではなさそうだ。僕自身も寝ていたという感覚よりよりぼーっとしていたという感覚のほうが近い気がした。テレビ画面には白地に黒で『GAME OVER』の文字が浮かんでる。真っ白な部屋に黒いゲーム機と黒いテレビそして黒い『GAME OVER』、これが僕の見えているすべて。

「お待たせいたしました。あれ、聞こえていませんか。」

背後から聞こえた声を今度ははっきり聞き取れた。真後ろを振り返るとスーツにうさ耳という何ともアンバランスな格好の女性が立っていた。

「よかった。聞こえていたのですね。耳は大丈夫みたいですね」

何が大丈夫なのか。自慢じゃないが今まで健康診断で引っかかったことはなかった。聴力に問題があったことはないし視力も2.0をキープし続けている。健康診断じゃわからないが味覚と嗅覚にも自信はあった。

「耳が聞こえないとなると少し別の方法で話さないといけなくなるので面倒なんですよね。あなたは見たところほかに悪いところもなさそうなので割ときれいに『シネタ』タイプですね。」

シネタ?聞きなれない言葉を頭の中で考えてみる。市ネタ、詩ネタ、史ネタ。市長の話のネタでも詩のネタでも歴史の話のネタでもどうにも文脈に合わない。この場合はやはり死ねたしか当てはまらない。

「あ、もう1つ忘れていました。」

そういうと彼女はいきなり四つん這いになって僕に近づいてきた。

「視力も大丈夫みたいですね。」

音に反応すれば耳が聞こえているということの証明になる。近づいて目を見ただけで視力がわかることなんてあるのか。

「ではどうぞこちらへ」

扉の前でうさ耳の彼女が右手を扉の先に伸ばして待っている。表情は穏やかにこちらに微笑みかけている。まず、ここが自分の知らない場所であるということは理解した。次にこの女は僕の記憶に間違いがなければ初対面のはず。

「あの、ここはどこですか?」

我ながら普通の質問だなとつくづくあきれる。ここで「この部屋素敵ですね」とか「一緒にゲームします」とか言えたらもっと面白い人間になれるかもしれないと思う。ただ実際素敵な部屋でもないし、うさ耳にスーツという得体の知れない女と一緒にゲームをする気にはなれなかった。彼女はあーと言って一瞬間をおいて

「そういえば言ってませんでしたね。ここは現世と死世の間の関所みたいなものです。わかりやすくというと三途の川の港のようなものですかね」

あーなるほどここは三途の川の港なのか。納得、納得。とはなるはずもなく、わかりやすくいって例が全く分かりやすくはないし、そもそもシセイって何?

「死世とは死んだ人間が暮らす世界ですよ。死ぬの死に世界の世でしせいと読みます。」

最後の言葉は思いがけず言葉になっていたようだ。彼女がまじめに答えてくれたおかげで死世が何なのかはよく分かった。これが壮大なドッキリで彼女の指す先にドッキリの看板を持った友達が待っているなんてことはないだろうか。見ず知らずの女が知らない場所で知らないほうへと導いているこの状況で、はいとついていくほど素直じゃない。

「えーっとどこに連れて・・」

「また質問ですか」

彼女はやや強めの口調で僕の質問(正確には質問になってはいないのだが)にかぶせていった。しかしその表情は先ほどと全く変わらずこちらに微笑みかけている。

「早くしてくれませんか。あまり時間はないし、ずっと挙げている右腕はだるいし。」

「右腕はおろしたらいいじゃないですか」

彼女は一瞬上を見て考えるしぐさをしてから右手を下した。

「あなた様がそういうのであればおろさせていただきます。」

あなた様なんてテレビの中でしか聞かないような言葉で僕を呼んだ彼女にもう1度質問しようとしてみようとしたがそれよりも早く彼女が答えた。

「セイの精算所です」

今日は知らない言葉がよく出てくる日だ。生、性、誠、政。どのせいだ。彼女はつづけた。

「セイの精算所とは生きていた時の罪やいいことをポイント化して年齢で割ってその値に応じて死世での暮らしが決まるというものです。その精算所での順番が回ってきたのでお呼びした次第でございます。」

今の話から察するにセイは生だな。また質問してあのにこにこしながら怒られるのは怖いが聞くしかない。

「僕は死んだのですか」

彼女は一瞬驚いた顔をしたがまた笑顔に戻って今までよりもはっきりとそして大きな声でこう言った。

「あなたは死んでいます」



今少しだけ北斗の拳の敵の気持ちがわかった気がする。この人は何を言っているんだろう。ここでもし敵ならひでぶと言って砕け散るところだが、僕はどうだろう。

「ひでぶ」

「ひでぶ?」

僕の体は砕け散ることもなくそこにあって目の前には北斗の拳ではなく困り顔のお姉さんが立っている。

「ひでぶって何ですか。えっと何っていうか、何語って聞いたほうが正しいんですかね?」

改めてひでぶが何って聞かれると答えられない北斗の拳に出てくる敵のキャラクターが断末魔的に叫ぶ言語で、HIDEBUじゃない限りはおそらく意味のない日本語だろうと思う。さっきまでの笑顔から困り顔に変わったままこっちを見つづけている彼女にこの説明をしても彼女の疑問を増やすだけのような気がして答えるのはやめた。話を戻そう。

「なんで私は死んだのですか。」

彼女はいきなり話が変わったことに困り顔から不服そうな顔に変わった後、元の笑顔に戻った。

「知らないです」

「いや知らないって・・・」

「なんで死んだかなんてことは知らないです。生の精算所に行けばご自分の死因も死亡時刻もお分かりになります。だからさっきからずっとこちらへと言ってるではないですか」

とりあえず今はこのうさ耳のいう通りにするしかないらしい。まだ自分が死んだなんて信じられないが生の精算所というとこに行かないと続きはないみたいだ。そこに行けばまだドッキリ大成功の看板を持った友達が待っていてさっきのひでぶはない、みたいなことを言ってみんなで笑い合うなんてこともあるかもしれない。もしそうなったらこのうさ耳の子を紹介してもらおう。彼女は僕のタイプだ。

僕には時間の感覚があまりない。小さいころから集中すると時間を忘れることはしょっちゅうだった。僕が時間を忘れると腹時計も時間を忘れるみたいで1日くらいなら何も飲まず食わずで平気だった。大学に入るとさらにひどくなって50時間くらいぶっ続けでゲームをすることもあったが、さすがにその時は無意識に何かを飲んだり食べたりしたらしい。

集中するのは癖な気がしていた。人の話を聞くときも何をするときもすぐに集中できた。だから僕の人生は人より見じかく感じるんだろうななんて思ったりもした。だから彼女が僕に話しかけてからこの長い廊下を歩きだすまでどのくらいだったかなんて全く分からない。

部屋にもこの廊下にも時計なんてない。うさ耳はさっき僕をせかしたときに腕を見ていたからおそらく腕時計を付けているのだろう。もっぱら腕時計なんて携帯を持つようになってからつけることもなくなった。ファッションなんて言って付けてる友達もいたけどそんなものにお金をかけるくらいなら最新のゲームを買ったほうが楽しいのにと思ってしまう。ファッションみたいなあいまいなものよりももっとはっきりしたもののほうが好きだ。きれいな夜景、泣ける映画、白黒はっきりつける格闘ゲーム。それが僕だ。

さっきまで話していたのが?のように一言もしゃべらなくなった彼女と長い廊下を歩いている。長いなんてもんではないな。歩いても歩いてもゴールが見えない。

「あとどれくらいでつきますか」

沈黙に耐えらなかったし、少しでも話して時間をつぶしたい。

「もう少しです」

それだけ言うとまた沈黙が訪れた。歩きだしてから気づいたのだが彼女は裸足だ。僕も裸足なのだが、驚くことに彼女は裸足であるにもかかわらず僕と大差ない背丈なのだ。僕は身長が180センチちょっとぐらいだから彼女はそうとう背が高い。彼女がヒールでもはいていればこの長い廊下にカツンという音が響くのだろうが、裸足であることと廊下の材質のせいで全く音がしない。静寂。その静寂を破ったのは僕ではなく彼女だった。

「あ、そういえばさっきなんで死んだか知らないといいましたけどなんとなくならわかりますよ。」

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