三題噺 砂浜 魚 天使

N通-

短編

 星の砂浜を歩いていた。

 

 いや、何を言っているのかと自分でも正気を疑われるのは自覚している。ただ、いま起きている事実をありのままに表現したらそうなるのだ。満点の、"360度”星空に包まれた空間。その宙空をただただまっすぐに貫くような星の砂浜の上を、俺たちは歩いていた。

 

「? どうかしましたか?」


 俺の前を先導して、同じく星の砂浜を歩いているとてもキレイな顔立ちの、高校生の俺と同い年くらいに見える少女。サラサラの髪はまるで絹糸のよう、とはこのことかと、彼女が振り返るだけでふわりとひらめく毛先を見てそんな事を感じた。

 

「いや、相変わらず現実感がないなーって。これ、やっぱり夢だよな?」


 先程から彼女に何度もしている質問。しかし、彼女は毎回のようにその質問にふわりと微笑んで否定した。

 

「いいえ、これは夢でもなんでもありませんよ。アスノ カナタさん」


 そう答えるたびに、彼女の羽先がぴくりと震えるのだ。まるで何かサプライズを黙っている子供のように、うずうずするように。そう――羽先。彼女には人類には存在しない部位があった。羽だ。それも純白の羽で、彼女の背中から生えている。今は畳まれているからか、彼女の膝裏程度までしかないが、大きく広げれば何メートルかになるのを、俺は知っていた。

 

 彼女はふふっと意味深に笑うと、また前を見据えてザクザクと星の砂浜に足跡をつけていく。俺はなんとなく後ろを振り返ると、そこには俺と彼女の足跡だけが延々と続いていた。光の波打ち際にさらされて、それでも足跡は崩れることなくその形を保っている。世にも不思議な空間だった。

 

「はあ、なんでこんなことになったんだろう?」


 それは質問ではなく、単なる独り言。だが、耳が良いのか彼女はそれを聞きつけて、また髪を揺らしてこちらを見た。

 

「最初にも説明したじゃないですか。アスノ カナタさん。あなたは残念な事に死んでしまったんですよ」


「そう言われてもなあ……」


 俺がそう渋るのにはわけがある。全く自覚がないのだ。

 いや、正確に言うと記憶がないのだ。俺は、自分の名前と、大体の趣味嗜好程度は覚えているものの、家族構成や境遇、友人関係など、その全てが希薄になってしまっていた。

 

「"ここ”に来てしまった方は大体そのような反応をしますよ。いわゆる意味的記憶以外は全て忘れてしまうのですから」


 だからこそ、死んだ事実も自覚なし、か――。

 

 それから、俺がこの空間に投げ出された時に最初に出会った時に告げた言葉を思い返していた。

 

『あなたはアスノ カナタさんですね。さあ、ここからは私がご案内いたします』


 いきなり目の前の空間に現れた羽の生えた美少女が、ばさりと優雅に羽を一振りして優雅に地に足をつけ、俺は天使という言葉が真っ先に思い浮かんだ。

 

「長いなあ、この砂浜? は」


「そうですね。ところでアスノさん。あなたはここの景色がどのように見えていますか?」


 今度は彼女は振り返らずに、おかしな質問を投げかけてきた。どのようにも何も……。

 

「全天が星空になってて、星の光を集めたような砂浜? に光の波が打ち寄せてる感じ……だけど……」


 俺が答えると、彼女はふっと立ち止まった。微妙に距離を空けて後ろをついていた俺も、合わせて立ち止まる。よくよく見ると、彼女の肩がふるっと小さく震えているように見える。

 

「あの……?」


「いえ、ごめんなさい。なんでもありません。――(良かった)」


 彼女がなにがしか最後に呟いた言葉は、しかし光の波音に消されてしまった。

 

「さ、もうすぐですよ」


 彼女はなんとも言えない困ったような笑顔を浮かべて、砂浜の先を指差す。果てしなく続いていると思っていた。その砂浜の先には……いつの間にか、巨大な空を泳ぐ魚がゆったりと空を泳いでいた。

 

 何故今まで気づかなかったのだろう? あんな巨大な、ともすれば大型フェリー程もあるような魚など、こんな見晴らしのいい空間で見逃すはずがないというのに。

 

「な、なんだアレは……!」


 驚愕に足がすくむ俺の手をすっと彼女の両手が包み込む。

 

「大丈夫です、私がついてますから。さ、もうすぐ、ですよ」


 彼女に手を取られ、ゆったりと引かれると、それまでに感じていた恐怖が嘘のように霧散して再び歩き始める。幾分もしないうちに、俺と彼女はその魚の下へと辿り着いた。緩慢な動作で、その大きな魚は俺のたちの方へと視線を向ける。

 

『来たか。今までの道のりはどうだったかな……?』


 優雅で威厳のある響きの言葉に、俺は口をぽかんと開けた。魚が、俺に語りかけてきたのだ。

 

「道のり、って言われても……。ただ、星の砂浜をまっすぐ歩いてきただけだからなあ」


 内心の驚愕とは別に、勝手に口が動いたかのようにこれまでの道を振り返った。すると、この大きな魚は刹那だけその大きな目を更に見開いたように見えたが、それもすぐにおさまり、少女の方へと向き直る。

 

『お前の見立ては正しかった。これからは、彼を頼むぞ』


「はい、神様」


「神様!?」


 二人の静かなやりとりを打ち破るように叫んでしまった。

 

「ええ、こちらにおわしますのが私達の創造神。神様ですよ」


『――それは君たちが勝手に呼んでいるだけだ、私はただの研究者だよ』


「何がなんだか解らない……」


『それでいいんだ。君は私の、ちょっとした実験に付き合ってくれたと思えばいいのだから。さあ、行きなさい』


 巨大な魚改め、神様がその大きなヒレで指し示すと、そちらには今までに無かったような"穴”が砂浜に空いていた。

 

「あれは?」


 俺が神様に顔をあげると、神様は少し笑ったようだった。

 

『君のような逸材が生まれて私は嬉しい。さ、行きなさい』


 俺が怖気づくようにそろそろとその穴に近づくと、その下には空が……真昼の青い大空が広がっていた。

 

「な、なんっ!? なんだ、これ!?」


『君は帰るべきところへ。我々はあるべき場所へ。さ、行きなさい』


「ここでお別れです、カナタさん」


 いつの間にか隣に来ていた彼女、天使の少女を見つめると、彼女は何故かとても悲しそうに笑う。

 

「君は、どうするんだ――?」


「私はここの案内人。ただそれだけの存在なのです。さ、あなたを待っている人のところへ」


 彼女が手で穴の奥を指し示すが、その時、頭の片隅がどうしようもない怒りと、悲しみの感情に支配され、瞬くまにそれは俺の頭全体を覆った。

 

「――。お前はいつも自分勝手だな。なら、俺も勝手にさせてもらう!! あばよ、神様! "また今度”!!」


「えっ!? キャッ――」


 俺は有無を言わさず彼女の手を強く握りしめ、一緒に穴へと飛び込んだ!

 

『――やはり君は面白いね。今度はまた、無限の夜の先で待っているよ……』


 穴へと落ち、驚愕の表情を浮かべる彼女の向こうで、神様が何かを言っていたが――俺の意識はそこで途絶えた。

 

 

 

 ――体が、重い。

 

 なんだ、これ。重いっていうか、痛い……?

 

「うっ……う?」


 上手く声が出ない。わからない事だらけで、俺は必死の力を込めて瞼をあけた。

 

 刺すような刺激に顔をしかめるとまた痛みが走る。段々と目が慣れてくると、俺は自分がベッドに寝かされているのを認識した。体中に管やらなんやらがついていて、全く身動きが取れない。自分の身に何があったのかも解らない。そして気配を感じてベッドの隣を見ると、そこには"見た顔”が口をあんぐりと開けて、かじろうとしていたであろうリンゴを取り落とす瞬間だった。

 

「お、おれ……は?」


 辛うじてそれだけを発音すると、彼女、リエルは顔をくしゃくしゃにして、大粒の涙を溜めて叫んだ。

 

「この……大馬鹿あああぁぁぁ!! いつまで、いつまで寝てる気だったのよ! やっと起きたの!? 心配したんだからああああぁぁぁ!!」


 状況からしてここは病院なのだろう。そして、俺は大怪我を負っているらしかった。

 大騒ぎするリエルの声に、看護師が何人か飛び込んできて、ベッド上の俺と目が合うと慌てて飛び出していく。そしてしばらくして俺の家族がやってきては大騒ぎ、としばらくはハチャメチャだった。

 

 どうやら、俺は交通事故にあったらしい。原因は相手の不注意。そして、俺はそんな"リエルに対して”突っ込んできた車を見て、とっさにリエルを突き飛ばして意識不明の重体になったのだそうだ。

 

 俺は幸運にも目を覚ましたが、医者からは絶望的と言われていたのだそうだ。なるほど、リエルの奴が大騒ぎするのもわかったきがする。

 

「全く。もう、あんな真似しないでよね!!」


「するに決まってるだろ。俺は何度でもお前を助ける」


 俺のそんな宣言に、リエルは顔を真赤にして、バカと小さく呟いた。

 

「お前にはいつも世話になってるんだから。あの星の砂浜を歩いた時だって――」


「えっ? 星の砂浜……?」


 口に出し、リエルが疑問を呈したところで、俺は自分で何を言っているのかもわからくなった。だが、それもすぐに気にならなくなる。

 

「これからもよろしくな、俺の天使様」


「うるさい、バカっ!!」

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