第3話 揺るぎない自信や自尊心

「自分が生きているか死んでいるか、そんな事もわからない? て、オーナーなら言うと思います」


 麗奈は力強くはっきりと言った。


 オーナーや、セキ達は幽霊でありながら人の命を心底惜しむ。

 いや、幽霊だからこそ、命の大切さを軽んじてほしくないのかもしれない。


「皆さん実体をたもてる幽霊ってだけで、人と何もかわりません」


「で、でも、その…死んでるワケでしょ?」 

 

「はい。そうですね。私も、ここにお世話になってもうすぐ一年になりますが、オーナーやセキさん達は、本当に何も変わりません。むしろ…人より、もっと強い覚悟があるから…眩しいのかもしれません」


 オーナーの役目。オーナーとセキ達とのきずな。全てを、知った訳ではないが、彼らと過ごしたこの一年は、麗奈にとっては何もかもが学びであり、大切な時間。


「お姉さんは、ここのスタッフさんを尊敬しているんですね」


「あは、麗奈でいいですよ。もちろん、私は皆さんを心から尊敬してます!」


 迷いのない麗奈の様子に、そういえば…と、小柄な少女を思い出す。


「えっと、長い髪のゴスロリの女のコもいたけど…」


「ユナちゃんですね?」


「…あのコも幽霊?」 


「そうですよ」


 頷く麗奈に、ズクっと胸のあたりが重くなった気がした三海は、何をがっかりしているのかと、自分でも驚いてわざと大きく息をはいた。


「ちから…をぬくって、どうしたら良いのかな」


「はい?」


「オーナーさんに言われたんだ。満足できる自分を演出する為に何をすべきかって」


「…」


 考える為に押し黙った麗奈だが、手までは止めず、三海の髪をトリートメントで仕上げる。


 男の髪からフローラルの香りがするのが、くすぐったくて照れ臭い。


 椅子に座らされて、鏡越しに店内を見渡すと、そこにはオーナーをはじめ、セキや、ユナ、ゲンスケやエモトの姿があった。


 改めて見た彼らは、確かに楽しい事はないかとウキウキした様子で三海を見ている。


 カットクロスをかけられた三海の髪を、セキが指でつまんだ。


「あら、坊やの髪はクセが強いわねぇ。羨ましいわ」


「羨ましい? こんなめんどうな髪が?」


「そうよぅ。ねぇ、どうしてほしい?」


「!」


 色っぽい流し目をなげたセキは、もちろん三海のウブな反応を楽しんでいる。


 しかし、首まで赤くした三海に向けるオーナーの憂いに気がついていた。


 三海に蓄積された悲壮感は軽くはない。


 あの場で三海に手を差し伸べるはいなかった。

 それなのに…オーナーは見過ごせなかった。


 この人のこういう所、嫌いじゃないんだけど…。その為に無茶をするというなら…アタシがこのコをほうり出さないと。

 

 とん…と、セキの左胸をゲンスケのこぶしが押した。

 ほんの一瞬、丸メガネを下げて光らせた目が、何を言いたいのか理解して、セキは目尻を下げる。


 互いの思いが混じり合う。

 

 ニヤリと答えただけのゲンスケは、すぐにいつもの顔でエモトと言い合いを始めた。


「なあ、俺みたいにバンダナやヘアピンでまとめれば、どんな髪も手入れはラクだぜ」


「ふん。貴様はズボラなだけだ。自分みたいに短髪にすればいい。多少クセがあっても短ければ問題ない」


「はあ?! 伸びてきたらどーすんだよ」


「伸びたら、また切ればいい」


「そりゃあ、そうだが。アフターのアドバイスも接客のうちだぜ」


「なるほど。貴様、下心ありか?」


「はあ?! 何言ってやがる?!」


 ゲンスケとエモトのくだらないやり取りは、いつもの事。お互い引く気などまったくない。


「ユナちゃんはどう思う?」


 三海のゴワついた髪を興味深そうに見ていたユナの答えは…一言だ。


「ドレッドヘア」


「いいですね! クセをいかせるし!」

 

「…お願いだから、やめて下さい」


 即答したユナに、麗奈の同意は幼気ない青少年を落胆させたようだ。


「それじゃあ?」と、セキがオーナーを見る。


 仕方ないわね…とオーナーは、愛用のカット椅子を転がして三海の髪に触れた。


 細い指先が、優しく撫でる。

 傷んで艶を失った髪を、宥めるよう梳く。


 しばらくそうしていた指を止めると、にっこり笑ったオーナーが指示を出した。


「イルミナカラー。髪のベース長さはあまり変えず大胆にすきましょ」


 そうして、宣言通り大きくすきバサミを入れていく。

 計算されたハサミの角度は、うねって反発していた髪を、みるみるうちに洗礼していく。

 それは、さっきまでの醜いヒナが、白鳥の羽をひろげたようだった。


「イルミナカラーは、ダメージを抑えれるの。染めた後も透明感を保てるし、時間が立っても生えぎわが気にならないのがイイでしょう?」


「簡単に言うけど、特殊な技術よねぇ」


「特殊か、特殊じゃないか…なんて、やるか、やらないかだけよ」


「そういう所、オーナーよねぇ」


「そう? 経験はね、防御であって、武器ではないわ。でも、研ぎ澄まして得た経験は、さまざまな場面で余裕ができる」


「その余裕が…防御?」


「そうね。揺るぎない自信だったり、他者から干渉されない自尊心だったり?」


「自信過剰や、高すぎる自尊心は?」


「それは、経験を武器にしてしまう人ね。生きていく上で損をしてるのに、何が楽しいの?」


 それでも、人は経験ある自分こそ、優位だと信じて疑わない。


「ほんと、そういう所、オーナーよねぇ」


 オーナーが指示したカラーは寒色系。


 この坊やに、似合うでしょうねぇ。


 セキの感嘆など、気にもしないオーナーが、圧倒するスピードで仕上げにかかる。


「この髪は、お母様ゆずり?」


「え? なんで…」


 三海の驚愕きょうがくに、何もかもわかっているよう真っ直ぐ見つめるオーナーの黒い瞳は穏やかだ。


「キレイなお母様だったのね」


「…母は三年前の春、土地勘に不慣れな観光客が運転をあやまり…あっけなく」


 ああ、思い出したくない母の死。


「…田舎で、海と浜辺が綺麗なだけで、他に何もない所です。仕事と言えば、漁業か、観光業。母は近くの旅館で働いていました。客の見送りで外に出て…」


 そこに車が突っ込んだ。


 辛い…悲しい…が、苦しい…きえたい…に変わったのはいつだったか。

 だが今、この感情は…恋しい?


「僕が子供の頃…客に見せるお座敷踊りを、家でもよく練習していました」


「そう。歌に合わせて踊るのね。どんな歌かしら?」

 

「よさこい節…。地元では有名な民謡です」


 すると、どこからか聞き慣れた音がした。 


 

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