第1057話 *マガルク・ライダ男爵*
「……お前はまたとんでもないことを……」
タカトがマリットル要塞から戻ってきたら八人の兵士を男爵にしたと口にした。
こいつが異常でありバケモノとはわかっていたが、まさか八人も男爵にするとか前代未聞である。唖然としても誰も文句は言わないはずだ。
「……か、考えを聞こう……」
異常でバケモノではあるが、これまで私利私欲で動いた──いや、私利私欲なんだろうが、ランティアックの得にもなり、この状況を救っているのはタカトの策と働きがあったから。無下にはできない。
そして、今回も思いつきではあるまい。前から考えていたことが実行できるときがあったから出したのだろう。先の先を読んで動く男だ。必ずランティアックに得があることを織り込んでいるはず。頭ごなしに否定はできんだろうよ。
「そう複雑な話ではありません。マリットル要塞をランティアック辺境公の下に置くためにランティアック辺境公の名の下に男爵を擁立する。主要な場所を抑えていればミルズガン公爵と対等に渡り合えるでしょう」
前々からそうではあったが、タカトはこの災難を終わらせたあとのことを考えて動いている。わたしには今も見えておらんというのにな……。
「ミルズガンは脅威か?」
「脅威ではありませんが、事が終われば必ず口を出してくるでしょう。そのとき、ランティアックは素直に従いますか?」
「できんな。ミルズガンの下につくことはできん」
ランティアックは辺境の地にあるが、建国からある家だ。ミルズガンとは歴史の長さが違う。名も格も上なランティアックがミルズガンの下につくことは絶対にできんのだ。
「だからこそ今のうちからランティアックの家臣を作っておく必要があります。ミルズガンが口を出す前にね」
確かに今のランティアックに家臣は少ない。まともに残っているのはマルシファくらい。とてもミルズガンに対抗することはできないだろう。
「ランティアックを捨てた貴族から民を救った八人の兵士。救国の英雄とします。充分な働きと言っていいでしょう。ランティアックはそれを讃えて男爵にする。確か、ランティアック辺境公なら男爵にはできますよね?」
「ああ、できる」
前になぜそんなことを訊いてきたのかと思ったらこのときのためか。こいつの頭の中はどうなっているのだ? 先見にもほどがあるだろう。
「八人の男爵はランティアックの家臣。八人の勢力を得たことになります。それを宣伝すれば生き残った者も纏まりやすいでしょう」
こやつに一万もの兵を渡したら国すら奪えるだろうよ。本人は決して望まないだろうがな。
……異常でバケモノだが、その辺は信頼できる。何度も味方でよかった思うよ……。
「わかった。八人を男爵にしよう」
認めるしかあるまい。ランティアックのためならば、な。
「ありがとうございます。家名はランティアックで決めてください。あと、なにか男爵になった印みたいなものはありますか? あれば助かります」
「ある。ランティアックの家臣である徽章がな。それを渡そう。一応、ランティアックの旗も渡しておく。マガルスク王国の者になら通じるだろう」
庶民にはわからんだろうが、一定以上の地位にある者ならわかるはずだ。牽制にはなるだろうよ。
「ありがとうございます。十日後にまたきます」
「わかった。それまで用意しておこう」
配慮もできるからこの男を警戒することができないのだ。
タカトが下がり、備えつけとなったガスコンロで湯を沸かし、紅茶を淹れた。
「いい匂いだ」
すっかりこの香りと味に魅了されたものだ。もうこれがないと仕事にならんよ。
「ハァー。わたしも伯爵にならんといかんか」
男爵という地位には満足している。あまり身分が高くなると王都に駆り出される。わたしはここが気に入っているのだ。出ていく地位などいらんのだ。
「そのせいで息子は……」
王都にいた息子はダメだろう。男孫を二人も残してくれて感謝しかない。長男を男爵にして十男爵にしてランティアックを守らせる剣とするか。
「伯爵か。ならざるを得ない、だろうな」
まだ若い男爵を纏めるには地位がいる。長老として纏めるには若いヤツらに煙たがれてしまう。地位を上げるほうが男爵たちも気まずくないはずだ。
「事務的雑務をこなせる役人を用意してやらんといかんか」
避難が早かったお陰で役人は丸々残っている。こんな状態では半分は仕事ができないでいる。出世をエサに下役人を回してやるか。
やることが多いが、わたしに向いた仕事だ。不満はない。タカトに失望されないように整えてやるとしよう。
紅茶を飲み干したら仕事を再開させた。
───────────────────────
第22章が終われば、『ダメ女神からゴブリンを駆除しろと命令されて異世界に転移させられたアラサーなオレ、がんばって生きていく! 3』に移ろうと思います。よろしくお願い致します。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます