第1035話 共存共栄

 グルングを一匹だけオレらで捌き、残りは巨人に渡した。


「ダルス、料理できたんだな」


 奴隷として扱われていたのに、こいつは学があり、常識(マガルスク王国のな)を持っていた。さらに料理ができるとか、こいつなどんな立場だったんだ?


「ご主人様が物好きな方だったので」


 ミリエルから聞いてはいたが、なかなか淡白なヤツだ。


「お前は、ドワーフの上に立ちたくないのか?」


 こいつは平和なときの代表に向いているのであって、解放戦の先頭に立って人を導くタイプではない。それ故に、ゴルを英雄に仕立てているのだ。


「わかりません。わたしは、流れで代表になったので……」


「やりたくないのらやりたくないとはっきり言え。流れやなんとなくで代表をやっていてもお前にも同胞にも害でしかない。今なら別の役職を用意してやるぞ」


 今はまだオレらがいるからドワーフは纏まっていられるし、奴隷根性が抜けていない。オレやミリエルが言えば纏まるからな。


 問題は五年後、十年後だ。奴隷時代を知らない子が生まれ、それなりの学を身につけるようになる。そのとき、大人も賢くなっている。英雄の力も下火になっているはずだ。


 そのとき、ダルスは三十半ば。まだ代表として旬の時期だろう。今、無理に代表にすることよりこいつの方向性を身につけてやるのが大事だと思う。


「お前は、なにを目指したかった? なにを求めたかった? 素直に言ってみろ。叶えられることならオレが力になってやる」


 しばらくグルングの肉を切り、鍋に放り込んだところで口を開いた。


「……画家になりたいです。世界を見て、絵にしたいです」


 画家か。この時代、絵描きっていたんだ。あ、コラウスの城に絵画が飾ってあったな。興味がなかったから気にも止めなかったよ。


「それは、名を残す画家か? それともただ絵が描きたいだけか?」


「ただ、絵を描きたいです」


 その言葉には力が籠っていた。本当になりたいのだろう。


「ただ絵を描かせてるほど状況は優しくない。だが、仕事のあとに絵を描くくらいなら許されるし、代表となれば各地を回れるだろう。知らない土地、知らない風景、知らない人に出会う。オレは画家がどんなものか知らないが、絵ばかりを描いているだけでは済まないはずだ」


 ダルスに才能があろうと、今の時代ではそれを評価する文化もなければ人もいない。ただ、絵を描いていればいいってわけにはいかない。自分の食いぶちを稼ぎ、絵を描く時間を作らなくてはならない。


「お前には機会が与えられた。絵を描ける機会がな。だったらその機会を活かせ。さっさと自治領区を纏めてさっさと後人に譲ってしまえ。二十年過ぎてもお前はまだ六十代。その頃には金もあり時間もある。すべての時間を絵に費やされる。人生の計算をしてみろ」


「…………」


「まあ、ゆっくり考えたらいい。どんなに細かく計算しようと上手くいかないのが人生だ。ダルス。お前が決めてお前が行動しろ」


 ダルスの肩を叩き、巨人のところに向かった。


 巨人にしたら二メートルのグルングの肉が全員に満足いくほど行き渡ることはないだろうが、シチュールーを渡したので不満を口にする者はいなかった。


「ガガリ。食えているか?」


 踏まれないよう巨人化して声をかけた。


「ああ。こんなに早くグルングの肉が食えるとは思わなかったよ」


「それなんだが、グルングを捕まえて増やさないか? この湖は広い。魚も豊富だし、毎日は無理でも数日に一回はシチューに肉を入れられるんじゃないか?」


「できるならやりたいが、そんなこと可能なのか?」


「それはわからない。だが、ここに住むなら食料をどうにかする必要があるだろう。巨人なら荷物を運ぶ仕事も得やすいから外でも稼げるが、最低限の食料は自分たちでどうにかできたほうがいい。すべてを外に任せたら人間にいいように使われるからな」


 コラウスのようにいい関係でいられるならいいが、あの関係は奇跡に近いものだ。マーダ族も同じ関係を築けるとは限らない。いいように使われないためにも最低限の食料は自分たちで用意できる力を持っていたほうがいい。


「オレがいる間はいい。だが、オレがいなくなれば巨人を利用してやろうと考える者が出てくるだろう。それまでに生き抜ける力を身につけておくべきだ」


「タカトはなぜおれたちによくしてくれるんだ?」


「これはマーダ族のためというよりは人間を暴走させないためだな。人間はよくも悪くも変化する生き物だ。悪いほうにいかないためにも脅威は見せておく必要がある。ただ、巨人も人間の脅威になるよう振る舞ってはダメだ。人間は怖いってだけで他者を傷つけるならな。味方の振りをして人間と上手く共存する手段を持つようにするんだ」


 一番ダメなのは種族間戦争だ。そんなこと起きたらダメ女神がどう動くかわからない。あいつに関与させないためにも種族間戦争だけは起こさせてはダメなのだ。


「共存共栄。それを目指せばマーダ族は繁栄するだろうよ」


 平和な世ならゴブリン駆除も平和に行えるってものだ。

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