第1033話 ヒズイ(魚)

 体が温まったら戦闘強化服に着替えた。


 これを気に入っているところは寒さ暑さを感じないとこ。汗もかくことなくトイレにいくこともない。垂れ流し、ってことになるが、垂れ流しを感じさせないから問題ナッシング。


 ヘルメットを被って外に出た。


「おじちゃん。船に乗るの?」


「ああ。湖を調べてくるよ。安全だったら連れてってやるから留守番してろな」


 さすがになにがいるかわからないところにマルゼを連れていくわけにはいかない。マルゼの背だと戦闘強化服も着れない。落ちたら確実に死ぬので安全を確保してから連れてってやろう。


「それならおれを連れてってくれ」


 と、サイルスさんが現れた。


「寒いですよ」


「これがあるから大丈夫だ」


 懐から赤い魔石を取り出した。カイロとして使ってんだ。


「それってすぐに買えるものなんですか?」


「そうだな。竜モドキはどこでもいるから買えると思うぞ」


「竜モドキ?」


「蜥蜴だ。あいつらは熱の魔石を宿している。駆け出しの冒険者や見習いがよく狩っているぞ」


「おれも狩ってたよ」


 そ、そうなんだ。オレ、冒険者のことなんも知らんわ……。


 まあ、今さら冒険者で食っていこうとも思わんし、必要なら使い捨てカイロを使えばいいだけ。そうなんだ~と覚えておこう。


 サイルスさんが乗り込み、プレシブスを発進させた。


 久しぶりの操縦だが、波もないので上手いも下手もない。湖の中心に向かった。


「奥があったんだ」


 岸から見た湖も大きかったが、カーブしていたようで、さらに広がっていた。


「魚が跳ねたな」


 サイルスさんの声に振り向くと、波紋が広がっていた。


「大きかったですか?」


「ああ。ヒズイだろう。湖とか川によくいる魚だ。味はあまりよくないが、食えないことはない」


「サイルスさんは食べたことあるんですか?」


「ああ、あるぞ。塩をかけてやっと食べられるって味だった」


 この世界の者がそう言っているならオレの舌には合わんな。釣りをしてまで捕まえようとはならんな。


「美味しいなら食料にしたかったですね」


「そうだな。美味い魚を食いたいものだ」


 海なら魚料理はたくさんあるそうだ。今日は刺身か寿司にしようっと。


「凶悪なものはいなさそうですね」


 水面を騒がしくしているのに怒って飛び出してくる生物はいない。地上にはファンタジー生物がたくさんいるってのにな。


「鳥もいないですね」


「鳥なんて滅多に見れるもんじゃないぞ。お前の世界はたくさんいたのか?」


「ええ、たくさんいましたよ。空を見上げたら飛んでいるくらいにね」


 この世界、本当に鳥がいないよな。飛べない鳥はいたけどさ。


「そんなにか。生命に溢れているんだな」


「オレがいた時代は発展しすぎてたくさんの命を滅ぼしてきましたよ。きっと数百年もしたらエルフのように滅びていたかもしれませんね」


 それが知的生命体の限界なんだろうか? きっとオレはいい時代に生まれたんだろうな。仕事もあり美味いものも食えた。あの世界に戻りたいよ……。


「この世界は間違えないよう発展して欲しいものです。いろいろ問題を抱えた世界ですからね」


 いろんな種族がいて魔王や勇者が負けるなにかがいる。世界が滅びる原因しかないよ。


「お前から見てこの世界は危険に見えるんだな」


「そうですね。この世界は三度滅んでいます。人間もやっと五千年続いたところ。発展しても種族がいることで種族間戦争が起こる問題を抱えています。巨人が増えたら食糧難がやってきます。今から三百年は大丈夫でしょうが、五百年後はどうなっていることやら。滅んでないことを祈っています」


 オレが責任を持つのは百年後まで。あとはその時代を生きる者の責任だ。


 プレシブスを停めて水面に手を入れてみた。


「あれ? 温かい」


 いや、冷たいのは冷たいが、水温は十度はあるんじゃないか? 冬の湖じゃないぞ。


「そう言えば、この湖、凍りませんね?」


 氷点下になるときもあったのに湖は全然凍らない。なんでだ?


「たぶん、グルングが住んでいるんだろう」


「グルング? あんなデカいのが住んでいるんですか?」


 ヤベーの住んでんじゃん。帰ろっかな?


「デカい? グルングはデカくても二メートルだ。ヒズイより何倍も美味いからよく依頼に出るぞ」


 二メートル? じゃあ、あれはここの主だった? 殺してよかったものだった? いやもう巨人の胃の中だけどさ……。


「二メートルか。なら、動体センサーで捉えられるか?」


 ヘルメットのセンサーを起動させて周囲を探ってみると、水面下で動く反応があった。


「こいつか」


 確かに二メートルくらいあるのが泳いでいる。泳いでいる位置から深さは二十メートル。なかなか深いな。


「あっちたくさんいるな。巣か?」


 一メートルくらいのがうじゃうじゃいる。お土産に持って帰るか。


「サイルスさん。ラットスタット持ってますか?」


 アポーツウォッチやレッグバッグ置いてきちゃったから武器らしい武器も持ってないんだよな。


「ああ、あるぞ」


「あそこに三十匹くらいいるので捕まえて帰りましょうか」


「お、それはいいな。おれも久しぶりに食いたい。今なら塩も胡椒も使い放題だからな。さらに美味くなるだろう」


 やる気満々なサイルスさん。そんなに美味いのか、グルングは? なら、一匹ホームに持ってってやるか。ミサロならさらに美味く調理してくれるだろうよ。


 オレもやる気が出てきたので、逃げないようにマナ・セーラを切って静かに近づいた。

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