第1023話 盤
巨人は灯りを使うようで、いくつも焚き火が見えた。
発着場に降りたら松明を持った男女の巨人が近づいてきた。
「どうかしたか?」
「もう少し、塩をもらえないだろうか?」
「グルングを狩ったので調理したい」
グルング? 獣か?
「構わないよ。待ってな」
ホームに入り、一キロの塩を二袋買って外に出た。
「また欲しいなら言ってくれ。ただ、十五日以内に使い切れよ。オレが持つものの中には魔法がかかっているものがある。魔法みたいだ、って思うものは大体そうだと思ってくれ」
この世界の知的生命体なら魔法と言ったほうが信用されるんだよ。
「また明日な」
そう告げてホームに入った。あ、その説明……まっ、いっか。魔法だと思ってんだろうよ。
「あ、ラダリオン。マーダ族に遭遇したぞ」
「そう」
あまり興味なさそうな返事だった。
「会うか?」
「別にいい。もうあたしには関係ないし」
完全に思い出も情もなにもないって感じだ。
「そっか。マーダ族はこちらで対処しておくよ」
ラダリオンはただ黙って頷くだけ。そのまま中央ルームに入っていった。
まあ、捨てられたラダリオンとしては思い出したくもないか。今の生活のほうが恵まれているんだからな。
オレも戦闘強化服を脱ぎ、シャワーを浴びて中央ルームに移り、皆で夕飯をいただいた。
「雷牙、今どこだ?」
「アシッカだよ。明日は支部にいって話を聞いてくる感じかな」
「ゴブリンの情報は?」
「あまり現れてないみたい。稼げなくて嘆いてた」
「そっかー。どこかで稼がせてやらんといかんな」
いくら繁殖力の高いゴブリンでもそれ以上で駆除し続けたらいなくなるのも当然。春にならなきゃ増えたりはしないだろうよ。
「ガーゲーにいったらマーリャさんにルースミルガンを新たに造ってくれるよう伝えてくれ。色はこれな」
タブレットで色の見本を買い、ミサロが選んだ色を渡した。
「タカトさん。わたしのもお願いします。コラウスに帰る足が欲しいので」
「そうだな。いくつか造っておくか。ルースカルガンは輸送で手一杯だろうしな。雷牙、五台ほど造るように伝えてくれ」
「了解」
「あと、マーダ族にソンドルク王国とマガルスク王国の間の湖に休憩地を造ってもらうことにした。しばらくオレがつくから他は頼むな」
「道は必要なんですか? 移動するの、大変では?」
「ソンドルク王国からマガルスク王国に抜ける道があるってだけで戦略的な組立ができる。道が続いているってことに意味があるんだよ」
ミリエルは賢いが、道があるのが当たり前な世界からきたオレとは意識のズレがある。こればかりは仕方がないことだ。
「道ってのは盤と同じようなものだ。駒を置くにしても盤ができてなければ駒は動かせない。逆に盤ができているなら相手の動きも予想できる。一番厄介なのは予想できない相手だ」
ゴブリンはまだ予想できるが、獣や怪獣とか予想なんてできようもない。だが、怪獣なら拠点を襲う確率は高くなる。いくらか予想できるってことだ。
「都市ができれば監視網にもなる。どこかが途切れたらそこになにかいるって意味にもなる。そうやって道と町を築いていけば大抵のことは予想できるようになるものだ」
もちろん、そこを行き来してこそ情報は伝わるが、今は道を築くことだ。移動できるようになれば人は勝手に動いてくれる。オレたちはその前の段階を作り出すのだ。
「……難しいものですね……」
「そう深く考えることはない。世界が広がれば視野も広がってくるものだ。ミリエルはその広さを知るといいよ」
これは感覚だ。経験しなければ身をもって知ることはないのだ。
「ミルズガンはどうだ?」
「秩序が残っているだけに余所者には厳しいですね。バデットも抑えられていますし、危機感を覚えている者は皆無です」
ミルズガン公爵には会ったそうだが、広大な領地なだけに危機感は鈍い。それでも男爵やミンズ伯爵の手紙があったから会えることができた感じだ。
「まあ、そう慌てることもない。逃げ道を用意してやらないと魔王軍としても困るだろうからな」
王都にいる魔王軍の将軍は、倒されるか逃げるかのどちらかだ。勝利はなく、王都で倒されるならそれでよし。逃げるのならまず兵力があるミルズガンのほうだろう。エサがより多くあるほうだ。
「ラダリオンのほうは順調か?」
「うん。ゴブリンがたくさんいて稼げてる」
カインゼルさんのほうにはラダリオンがいる。魔王軍がすべて逃げても余裕で駆除できるだろう。どう想像しても負ける未来が見えない。逃げるならミルズガンしかないのだ。
それはマリットル要塞も同じ。仮に逃げたとしてマルデガルさんと挟み撃ちにされて駆除されるだけだ。
「まず順調ってことだな。横槍が入らなければオレらが勝つ状況だ」
その横槍がどんなものかはわからないが、戦場を一ヶ所にすれば戦力を分散させなくて済む。それだけでもこちらの有利は変わらないさ。
「とは言え、油断は禁物。確実にゴブリンを駆除していこうか」
いつもと変わらないシメだが、変わらない行動が勝利へと続く。これからも安全第一、命大事に、だ。
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