第1014話 *ナルグ・ライックス*
わたしは昔から運がよかった。
まあ、だからと言って恵まれた人生ではなかった。そこそこいい家柄に生まれ、日々の暮らしに困窮することもない。他よりいい教育も受けさせてもらったものだ。
だが、容姿はそんなにいいものではなかった。
体格は大柄で可愛い顔つきでもない。同じ年の男からは嫌厭されたものだ。
男爵の娘ともなればもらい手はあるが、わたしは十五を過ぎてもそんな話がくることはなかった。
……まあ、こんな顔だものな……。
そう諦めていたとき、町に竜が現れた。
どこから流れてきたか竜は町に住み着き、町を壊し、人を食らい、いいように暴れてくれたものだ。
兵士や冒険者が次々と戦いを挑んだが、結局は逃げ出し、次々と竜に喰らわれ、もうダメだと思ったときに金印の冒険者が現れて、竜を退治してしまった。
もっと早くきてくれたらと罵る者がいたが、金印の冒険者はそんな罵声に動じることもない。生き残った者を集めて近くの町に移動させてくれた。
わたしはそこに親戚がいたので生活を建て直し、男爵家を継ぎ、生きるために兵士となった。
女が兵士としてやっていくのは大変だが、生まれ持った身体能力のお陰で着々と出世ができた。
マリットル要塞に異動命令が出て、ここを訪れたご婦人の護衛としてそれなりに平和に過ごしていた。
だが、王都との連絡が途絶え、いったいなにが起こっているんだろうとウワサしていたら王都から逃げてきた者が押し寄せた。
わけがわからず右往左往していたら視界を埋め尽くすほどのゴブリンが現れた。
そこからは阿鼻叫喚だった。要人護衛のわたしたちも戦いに参加させられ、逃げ惑う人々を要塞に避難させた。
たくさんの死人が出たが、持ち前の運のよさでわたしは生き残れ、殉職した者のあとを継ぎ、一部隊を率いることとなった。
通常ならあり得ないことだが、こんな状況では無理もない。生き残るためにも戦った。
しかし、要塞の上層部はわたしが思うより腐っていたようで、総司令官はとっくに逃げ出しており、あとを継いだ副司令官、参謀と、次々と逃げ出していた。
指揮する者が続々と逃げ出し、とうとうわたしが上位者となってしまい、誰の命令もなく司令官代理となってしまった。
見捨てられ、自分たちが逃げる時間稼ぎに使われた。それはすぐに理解できた。理解できても逃げ出すわけにはいかなかった。いや、逃げる場所もないのだから残るしかなかった。
要塞に残されたのは身分の低い者ばかり。わたしと同様、逃げる場所もない。ただ、要塞に閉じ籠っているしかなかった。
ただ、自分の運のよさは信じていた。追い込まれてから発揮される運を待っていた。
要塞内に入られ、もうダメかな? と思ったとき、空からなにかが飛んできた。
それは白い塊で、ゴブリンを次々と吹き飛ばしていった。
港に船籍不明の船が入ってきたと伝令が走ってきて、すぐに兵士を向かわせた。きっとわたしの運が働いたのだろう。動くなら今だ。
その判断は正しく、ソンドルク王国の金印冒険者が現れた。
わたしより頭二つ分もあり、久しぶりに男を見上げたものだ。
その男はゴブリン駆除ギルド、セフティーブレットのアルズライズと名乗り、その仲間たちが現れて要塞周辺のゴブリンをあっと言う間に薙ぎ払い、残ったゴブリンも後方に逃げ出してしまった。
港も取り返し、久しぶりに温かいものを胃に入れられ、ぐっすりと眠ることができた。
アルズライズたちが風呂も設置してくれて臭くなった体から解放させてくれた。
要塞の者たちも息を吹き返し、汚れた要塞内の掃除に取りかかった。
好転になれば人は活力を湧かすもの。少しずつ要塞内が元に戻ろうとしたとき、故郷を襲った竜を退治した英雄がやってきた。
とても英雄とは思えない容貌だが、竜を退治したときの姿は今も記憶に残っている。見た目に騙されるなのいい見本のような男だ。
英雄はわたしのことなど記憶にもないだろうが、強くなれと言ってくれたことは忘れたことはない。今のわたしがあるのは英雄のお陰と言ってもいいくらいだ。
英雄はあのときからなにも変わっていない。ゴブリンの大軍を前にしても怯むことはなかった。
鉄の棒を振るい、壁となるゴブリンに突っ込んでいった。
「心配か?」
アルズライズがいつまでも英雄の姿を見ているわたしに声をかけてきた。
「心配はない。ただ、一緒に戦えないの己の不甲斐なさに情けなくなっているだけだ」
可能ならば英雄の横に立ちたかった。一緒に戦いたかった。それが残念で仕方がなかった。
「それならマリットル要塞の権限をアルズライズに委譲してください。諸々の承諾はこちらで用意します。マルデガルさんと一緒に戦える装備と武器をセフティーブレットが用意しますので」
はぁ? この男はなにを言っているんだ?
「タカト?」
「マルデガルさんは一人でなんとかしてしまう人ですが、どうもいつ死んでも構わないってところがあります。並大抵の者ではマルデガルさんと一緒に戦うことは無理でしょう。でも、あなたは運がいいらしい。マルデガルさんといても死ぬことはないでしょう。その協力をセフティーブレットがします。どうします?」
「……可能なのか……?」
「それはあなた次第。やるかやらないかです」
「やる」
自分でも驚くくらい決断は早かった。
「では、さっそく用意をしましょうか。マルデガルさんと合流するまで覚えてもらうことはありますからね」
ニヤリと笑う男に、アルズライズや英雄が無条件で従う意味がよくわかった。
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