第1013話 *アルズライズ* 要塞

 マルデガルを見るのは久しぶりだが、まったく変わらんな。飄々として迫力がなく、金印の冒険者にはまったく見えない。


 だが、この男はバケモノだ。おれなど足元にも及ばない存在だった。


 仕事が一緒になることはなかったが、ミシニーは一緒に仕事をこなしたようで、不運など関係なしに仕事を完遂する力があると言っていた。


 おれもマルデガルから異質な力を感じていたので、この男が死ぬ姿が思い浮かべられなかったものだ。


 その出身を知れば納得。駆除員の血筋ならバケモノで当然。人の身で勝てるわけがない。


 驚愕なのはそんな力があっても数年しか生きられないってことだが、タカトを見ていればわかる。町が滅びそうなことが怒涛のようにやってくれば大抵の者は死んでしまうだろう。


「こんなもんだな。足りなくなったら要塞まで戻ってくるよ」


 五、六万ものゴブリンを相手にするのに顔色一つ変えない。窮地だとも困難だとも思っていない顔だ。


 タカトも同じだ。マルデガルが可能だと思っている。どこにそんな自信を見出だしたのか。駆除員の血なんだろうか?


「こちらは地道に駆除していくのでのんびりやってください。どうせ魔王軍は破綻するでしょうからね」


「破綻するのか?」


「補給もできない集団が長い間戦い抜くことなんてできませんよ。限界を向かえたらエサがあるほうに向かってきます。それまでに十二分に備えればいいだけです。突っ込んでくるしか手はないんですからね」


 タカトの恐ろしいところだ。先々を考えて行動する。それがドンピシャと当たるのだから敵が哀れでしかないよ……。


「その前に駆除しても構わんよな?」


「構いませんよ。本隊を王都に封じ込められたらこちらとしても安全に行動できますからね」


 どっちに転んでもタカトの手のひらの上。どうしたらそんな風に持っていけるかおれには想像もできんよ。


「まったく、お前は怖い男だ。敵じゃないのを感謝したいよ」


「それはこちらのセリフです。単独で魔王軍の一将と戦える人を敵にするとか泣くしかないですよ」


 敵に回ればタカトは戦う選択をし、勝つための算段を立てるだろう。この男は常に最悪の事態を考えている。そして、最悪の事態に対処する方法を用意している。タカトはそういう男なのだ。


「お前は泣いても立ち上がるだろう。そんな人間が一番怖いんだよ」


 さすが長く生きているだけはある。どんな人間が一番怖いかをよく知っている。

 

「死にたくないだけですよ」


「素直にそう言えるヤツは素直に強い。心が強いヤツがもっとも怖くて敵にしてはダメなんだよ」


 わかる。ただ強いだけの存在など怖くはない。恐怖など憎しみで塗り替えさせることができる。だが、真の恐怖を前にしたら戦意など簡単になくなる。グロゴールを前にしたとき、おれは恐怖で動けなかった。タカトの言葉がなければ立ち向かえなかっただろう。


「まあ、お前は後ろにいろ。それだけで皆の支えになる。後ろにお前がいたら下は安心して突っ込めるんだからな」


 この男は本当にタカトをわかっている。


「オレとしては誰かの下にいたいんですけどね」


「お前は絶対上に立つべき存在だ。振り返ったとき、お前が見えれば下の者はまた奮い立って前を向ける。不安なく戦える。そういう存在なんだよ。お前には重たいことだろうがな」


「…………」


「下を向くな」


 バンとタカトの背中を叩くマルデガル。


「お前の下にはお前を支える者がいるだろう。そいつらがお前を守ってんだ。ちゃんと背中を見ててやれ」


 その目がおれに向けられた。


「マリットル要塞はおれが受け持つ。安心しろ」


 マルデガルのように饒舌にしゃべれないが、タカトを死なせない覚悟はグロゴールと対峙する前から持っている。この男はおれが絶対に守り切る。


「……アルズライズに任せたときから安心しているよ」


「ふふ。あの無愛想な男がな。変わったものだ」


 そうだな。あの頃のおれが今のおれを見たら偽物だと疑うだろうよ。


「んじゃ、おれは王都を目指すとするか。商売敵がいたら稼げんからな」


「もういくんですか?」


「ああ。あ、おれの前に出てきたゴブリンはもらうからな。恨まんまでくれよ」


 この男は本当にバケモノだよ。


「気をつけてくださいね」


「おれは仕事には真摯に向き合う男だ。家に帰るまでが冒険さ」


 バールを振り、マガルスク側に歩き出した。


 おれたちは要塞の見張り台に上がり、マガルスクを見送ることにした。


「まさに英雄の出立だな」


 双眼鏡を覗くナルグが感嘆とした声を出した。


 あの男の戦いは見たことはないが、視界を埋め尽くすゴブリンに悠々と向かっていく姿は確かに英雄そのもの。


 バールを一振すると、凄まじい速さで走り出した。


 ゴブリンが気づいて騒ぎ出し、マルデガルに襲いかかるが、速度そのままに突っ込み、ゴブリンどもがミンチとなって真っ赤な道が作り出されていった。


「……凄まじいな……」


 そうとしか表現できない。いや、むしろ表現できるナルグが凄いまであるな。おれは言葉を発することもできないでいるよ……。

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