第1012話 *マルデガル* 2

 マリットル要塞か。ここにきたのは何年振りだろうか? いや、十数年振りか。随分と変わり果てたものだ……。


 ここはマガルスク王国内なので、ソンドルク側にも町はある。国境もこちら側なのでかなり大きい町ともなっている。だが、今は貧民街と見間違うほど鈍よりと沈んでいた。


 廃材で組んだ家やボロ布で作った幕が張られている。謎の肉を売る屋台やらうっすい麦粥、マシなのは芋を煮たのか。要塞なら食糧も溜め込んでいるはずなんだがな。


「酷いもんだ。魔物に襲われた村より酷い状況じゃないか?」


 魔物に襲われた村は何十回と見たが、これなら全滅したほうが救いのような気がするよ……。


 物乞いをする者、絶望に項垂れる者、持っている者から奪う者。法も秩序もあったもんじゃないな。


 こちらを見てくる者が何十人といるが、鉄の棒(バール)を肩にかけて歩く男に絡んでくる猛者はいない。構わず要塞に向かった。


 要塞へと続く城門の前にいる兵士にセフティーブレットの者だと告げると、あっさりと通されてしまった。


 兵士に案内され、通された場所は要塞上部の偉いヤツがいそうな部屋だった。


 しばらく待っていると、三十くらいの女がやってきた。


「司令官代理のナルグ・ライックスだ。セフティーブレットの者だと?」


「正確に言えばセフティーブレットとは違う駆除員だな。名はマルデガル。金印の冒険者でもある」


 金板を出して身分を示した。


 マガルスク王国でも冒険者ギルドはあり、ソンドルクと変わらない体制だ。


「マルデガルか。懐かしいな。竜を退治した者だったな」


「おれを知っているか。もう十数年も前のことなんだが」


 まだ少女時代のことだろうに。


「わたしはミニングの出だ。竜が暴れていたのは今でも覚えているよ」


 なるほど。そういうことか。よくあの悪夢を生き残ったものだ。ほとんどの者が殺されたというのに。


「運がいいんだな」


「ああ、自分の運のよさが怖いよ。絶望のときに助けが現れるのだから……」


 もっとも、それだけ苦労も多そうだがな。


「……わかった。アルズライズを呼ぼう」


「いや、こちらからいくよ。おれはセフティーブレットに間借りさせてもらっている身だからな」


「そうなのか?」


「おれは百年前の駆除員の子孫。異世界から連れてこられたわけじゃない。真の駆除員たる指揮下に入っている者には敬意を払わんとな」


 同等に扱われたらたまったもんじゃない。おれは所詮、粗野な冒険者。崇め奉られるなどゴメンだ。気が向いたときに仕事をして、稼いだ金で美味いものを食い、酔い潰れるまで酒を飲む。


 タカトには悪いが、面倒なことはそちらにお任せ。おれは気ままにやらせてもらうよ。


 そのためなら頭を下げるのも厭わない。他人の頭など見てもおもしろくもないからな。


「アルズライズは港だ」


「そっか。港ならなんとなく行き方はわかる。案内は不要だ」


 断りを入れて部屋を出て港に向かった。


 港までの道はそう複雑ではないのですぐにやってこれ、桟橋にはデカい船が停泊していた。


「でっけー!」


 まるで山だな。こんなのが海に浮かぶとかスゲーな。古代はこんなものを造れるとかどんな時代だったんだろうな? おれには想像もつかんよ。


 船を見上げていたら空を飛ぶものが降りてきた。


「ルースミルガンと言ったっけか?」


 港に降りると、中からタカトが出てきた。あと、アルズライズも。


「マルデガルさん。きたんですね」


「今きたところだ。女神からの連絡がなかったから遅れたよ。まだ残っているよな?」


 これで残り千もいなかったら泣くぞ。


「まだまだ残ってますよ。今見てきたらざっと四、五万はいました」


 四、五万か。一万は駆除したはずだから四万いけば仲間が増やせるな。


「やる気満々ですね」


「こっちは五万匹駆除しないと仲間を増やせないからな。おれがやって構わないか?」


「さすがに一人は無理でしょう」


「まあ、さすがにキツいが、なんとかいけるだろう」


 纏まっているなら一日で五千はいけると思う。あとは地道に片付けていけば問題ないはずだ。


「それなら王都に向かってみたらどうです? 王都にも五、六万はいると思います。マルデガルさんが一人占めしてもいいですよ。食料や武器を渡しますんで」


 王都か。それはいいな。タカトたちも稼がなくちゃならんのだからここのを一人占めしたら顰蹙ものか……。


「うん。王都にいくとしよう。一度いったことはある。走れば四日くらいで到着できるだろう」


「まさに勇者の所業ですね」


「止めてくれ。おれはしがない冒険者。地位も名誉も欲しくないよ」


 今日の酒が美味くなるならそれでよし。そこに美味いツマミがあるなら尚よし。そんな生き方がおれにはあってんのさ。


「ふふ。マルデガルさんらしいですね。欲しいものがあったら遠慮なく言ってください。結構稼げたのでセフティーホームいっぱいでも構いませんよ」


「そうか。なら、ありがたくいただくよ。金はあとでいいか? 王都で使い果たしたんでな」


 コラウスに帰ったら金貨五百枚はある。


「それなら王都で金目のものを集めてください。ゴブリンは集めたりはしないでしょうからね」


 なるほど。王都なら金銀財宝が眠っているはず。城なら尚さら眠っているだろうよ。


「任せておけ。お前たちがくるまで集めておくよ」


 タカトたちの行動には金が必要だ。もらった分以上のお返しをしてやるとしよう。

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