第1008話 *マニー*
わたしは家畜だった。いや、わたしたちドワーフは家畜だった。
人間のために産まれてきて、人間のために働く家畜。労働力として増えることは許され、家族を持つのだけは許された。
死なないていどにエサを与えられ、醜くないように多少の身だしなみはさせられた。
人間の子供のように教育を受けることはないが、人間のために教育されて育った。
わたしはまだマシなご主人様に飼われていたけど、ゴブリンが増えたとかで他国に逃げる最悪なご主人様に売られてしまった。
運がよければ三十年は生きられると言われていたのに、残念ながらわたしたちはそう長く生きられないようだ。
怖いって感情はない。使えなくなって処分された大人をたくさん見てきたから。ただ、もっと生きたいと、残念に思ったくらいだ。
わたしたちは家畜。人間の気分次第で生かされ、気分次第で処分される。それがずっと続いていた。それがわたしたちの運命だと思っていた。
でも違った。わたしたちは家畜ではなく、人間の気分で生かされたり処分されたりする存在じゃなかった。
最悪なご主人様に連れられて歩いていると、美味しそうな匂いを立てている一団がいた。
ご主人様の護衛の方が近寄ったらゴブリンだと言って殺されてしまった。
なにがなんだかわからないまま、ご主人様たちを殺したのはわたしたちと同じドワーフで、毛むくじゃらの子供の配下っぽかった。
「お前たちの主はおれたちが殺した。よって誰のものでもなくなった。自由にしろ、と言っても困るだろうからお前たちはおれらの下についてもらう。嫌だと思う者は好きにしろ。己の力で生きていけ」
と言われて好きにできるのはいない。ご主人様が変わったのなら従うだけだ。
「よし! 残る者は食事をしろ。好きなだけ食べろ」
黄色いものをたくさん渡され、口に入れた。
──美味しい!
料理番の役得として味見しているけど、焼き立てのパンより美味しいものだった。
これを好きなだけ食べていいの? 本当に? そう疑問に思いながらも手が止まらない。生まれて初めてお腹いっぱいってのを知ったわ。
「腹が満ちたら体を洗え。服はこちらで用意してある。体に合うのを好きに選んでくれ」
なぜこんなにしてくれるかわからないが、綺麗好きな主はわたしたちが汚れているのも許さないって方もいる。言われるとおりにした。
「誰か料理のできるヤツはいるか? あと、人が増えるからその世話も頼む。働けばさらに食事は豪勢になる。しっかり働いてくれ」
働けば美味しいものが食べられる。なら、しっかり働くまでだ。
慣れってものは不思議なもので、身だしなみをして、朝昼晩と食事をして、柔らかい上で眠ると、自分が人のような気がしてきた。
「お前、料理が上手いな。名前は?」
毛むくじゃらの子供の次に偉い人に声をかけられた。
「マニーです。料理番をしてました」
「料理番か。かなり優秀だったんだな。いてくれてよかったよ。調味料はたくさんあるから皆に作ってやってくれ。落ち着いたら報酬は出すんでな」
「報酬ですか?」
「セフティーブレットでは働いたら相応の報酬を払う。ただ働きはさせない決まりがある。働いたら働いただけの報酬は払う。でないとおれが怒られる」
報酬が払われる? わたしに?
「お前たちはもう家畜でもなんでもない。人になったんだ。人が働いたら報酬がもらえる。働かせたら報酬を払う。それが当たり前ってものだ」
「わたし、人なんですか?」
「人だ。人として生まれ、人間の都合で家畜にされていただけだ。その人間がいなくなり家畜から解放されたんだ。人として生きていくんだ。おれたちが人にしてやるからさ」
マガラスと名乗った男性は、わたしたちが人であるということを常に説いた。
女神様が導いてくれ、使徒様がマガラス様たちを助けてくれ、人にしてくれたそうだ。
女神様に選ばれた英雄様たち。わたしたちを人にしてくれた方々だ。
マガラス様たちは英雄ではない。下っぱだと言うけど、わたしたちを救ってくれ、悪い人間たちから守ってくれる。この方たちについていけばわたしたちは人になれる。
「英雄様たちのために美味しいものを作るよ」
わたしは料理しか作れないけど、英雄様のために美味しい料理を作る。食で英雄様たちを支えるんだ。
「皆! 明日、マガルスク側に移動する! おれたちの安住の地に移動するんだ! 今日はしっかり食べてしっかり休め! 途中で死ぬことは許さないからな!」
自治領のことは聞いている。
ドワーフに与えられた地で、人として生きられる場所。ただ、人として生きるには自分たちで稼ぐ必要がある。
それがどう大変かはわからないけど、これまでも大変だったのだ。家畜として扱われず、こうして食べていけるのならどんな大変でも受け止めてみせるわ。
「マニー。道具はこれに入れろ。お嬢が運んでくれるそうだ」
大きな女の子が現れた。きょ、巨人ってお伽噺じゃなかったのね……。
「お嬢! お願いします!」
「わかった、任せて」
大きな箱を地面に置き、器用に荷物を入れ始めた。
「他には?」
「あ、これをお願いします」
大きいけど優しい女の子のようで、話したら全然怖くなく、料理のことをたくさん教えてくれ、友達になることができたわ。
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