第1004話 *アルズライズ* マリットル要塞

 春先から魔王軍が動き出し、マガルスクの王都が陥落して数ヶ月。マリットル要塞もその余波を受けてかなりの寂れ具合だ。


 要塞内の通路には荷物が乱雑に置かれ、ゴミも転がっていた。


 兵士に連れてこられたのは要塞の三階か四階、マガルスク王国側が一望できる部屋だった。


 その部屋にいたのは三十歳くらいの体格のいい女だった。


 ……立ち姿から武の出だな……。


「わたしは、ナルグ・ライックス。現在、マリットル要塞を預かっている」


 本来の責任者ではなく、代理的な立場ということか?


「おれはアルズライズ。ソンドルク王国出身で金印の冒険者で今はゴブリン駆除ギルド、セフティーブレットの一員としてゴブリンを駆除するためにやってきた」


「ゴブリン駆除ギルド?」


「女神の使徒が始めたゴブリンを駆除するための組織だ。力は見てのとおり。マガルスク王国の状況もおおよそ把握している」


「……ウワサには聞いていたが、本当に神の使徒はいたのだな……」


 ランティアックを守る男爵もそんなことを言っていたとタカトの報告にあったな。


「マガルスク王国では有名なのか? ランティアックの男爵も同じことを言っていたようだが」


「ランティアック? ライダ男爵か?」


「名前までは覚えていないが、かなり切れる男だとは聞いている」


「……そうか。ランティアックは無事なのだな……」


「そうとも言えない。辛うじて生き残っている状態のようだ。ただ、辺境公の血筋は残っているそうだ。マガルスク王国の地図があるなら現在の状況を説明しよう」


「わかった」


 部下に指示を出して机いっぱいの地図を広げた。


 タカトから地図の大切さ、方角、距離を教わり、地図の良し悪しがわかるようになった。


「戦略級の地図だな」


「こちらよりこの国の状況を知っている者に隠しても仕方がないだろう」


 確かに。状況を冷静に見ているようだ。


 タカトからの報告を元にマガルスク王国の状況を語った。


「……魔王軍とは。王国の情報網がこれほど脆弱だったとは思わなかったよ……」


 自虐的に笑った。


「こちらはゴブリンを駆除して報酬を得ている。協力してもらえるのなら食料や医薬品を提供しよう。必要なら各地に手紙を届けよう」


「食料や医薬品はありたがいが、協力とはなにをすればよいのだ?」


「こちらで確保したドワーフはセフティーブレットの保護下にいれる。ゴブリンはこちらで相手する。手出しは無用。あと、マリットル要塞の旗があるならいただきたい。籠城している都市に入るときに使いたい」


「わかった。すべてを飲もう」


 即決だった。かなり追い詰められているってことか?


「こちらはもう限界に近い。有力な者たちはさっさと逃げ出し、女のわたしが代表をやっているくらい。つかめるものがあるなら藁でもつかみたいところだ」


 どこまで本当かわからないが、こちらとしては邪魔されなければそれでいい。少なくともナルグをこちらの味方にしておけば動きやすくなるだろう。


「わかった。ナグルと呼んでいいか? おれはアルズライズと呼んでくれて構わない」


 ナグルがどんな地位かは知らんが、おれは口の聞き方を知らん男だ。不快に思われても変えられんのだ。


「構わない。わたしの身分は高くはない。中隊を指揮していた男爵にすぎないのだ。偉ぶる気にもなれんよ」


 女男爵か。たまに聞くな。マガルスク王国にもいるんだな。


「マガルスク王国にきている各部隊を通じて各地にマリットル要塞の司令官はナルグ・ライックス男爵だと伝えておこう。その了承も書面にしてもらう。正真正銘、マリットル要塞の司令官にしてもらう」


 あとになって自分が真の司令官だとか言われても面倒だ。各地の有力者から承認をもらっておくとしよう。


「アルズライズが司令官となっても構わないんだがな」


「おれにはおれの役目がある。ナルグはナグルの役目を果たせ。そのためにセフティーブレットは協力しよう。邪魔する者はおれが排除してやる」


 マリットル要塞はマガルスク王国の要だ。逃げ出したようなクズにつかれるよりナルグのようなヤツが司令官としていてくれたほうがいい。それを邪魔するようなヤツは処分させてもらおう。


「まずは港の掃除をするよう兵士に命令を出してくれ。食事はこちらで用意する。酒もあるのでこぞって参加してくれて構わないぞ」


 請負員カードを出してワインを買って机の上に置いた。


「酔い潰れないていどに飲んでくれ」


 まずはこの部屋にいるヤツらから懐柔するとしよう。


「酒か。もう飲めないかと思ったよ。ありがたくいただくとしよう」


 ナルグも人心掌握に苦しんでいたのだろう。ワインを部下たちに配っていった。


「食糧の備蓄はどうなんだ?」


「あまりない。持って逃げたバカが多いんでな」


「それならいくばくか回収している。後日、届けるとしよう。ドワーフを家畜扱いしないように徹底させておいてくれ。マガルスク王国の復興を担う一員でもあるんだからな」


「わかった。そちらの要望はすべて飲もう」


「港を掃除したら食糧と薬品を運び入れる。そのときまた話し合うとしよう」


 港を掃除する兵士に命令を下したら一緒に向かった。

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