第1003話 *マグラス*

 巨人は何回も見たことあるが、お嬢は小さい姿しか見たことがなったから大きい姿には驚いてしまった。


「お嬢! ありがとうございます!」


 大きいと話すのも大変だな。


「構わない。道を切り開けばいいの?」


「はい! お願いします!」


「わかった。まず道を探してくる。明日には戻る」


「今からですか? 暗くなりますよ!」


 もう夕方になろうとしている。夜の山は危険……でもないか。あの巨体なら、並みの魔物では太刀打ちできんだろうよ……。


「問題ない。あっちじゃやることもなく暇してたから運動不足になってる」


 ……親父さんたちは平和にやっているのか。よかった……。


 ロズの親父さんたちが先人を切ってくれたからおれらはコラウスに辿り着け、旦那の信頼を勝ち取ってくれた。そのお陰でおれたちは人として扱われ、貴族みたいな優遇を受けている。次はおれらが旦那やお嬢の信頼を勝ち取る番だ。


「わかりました! お気をつけて!」


 お嬢がにっこり笑って木々の中に消えていった。


 やっぱ女神の使徒ってスゲーよな。女神様に愛されるだけあるわ。おれも女神様に恥じない生き方をしないとな。


「マグラス。まただ」


「またか。ほんと、ゴブリンが多くて堪らんよ。援護は必要か?」


「いらんだろう。ただ、同胞が多い。農園の主のようだ。食料や財産をたっぷり持っている感じだ」


 農園の主か。そんなヤツらまで逃げ出すとは。国内はもうゴブリンで溢れているんだな……。


「そうなると、カロリーバーやブラッギーが足りなくなるな。連絡するか」


 なんて思っていたらルースカルガンが飛んできて大量のカロリーバーとブラッギーを運んできてくれた。ライガがホームに入る前に連絡しててくれたそうだ。


「ありがとうございます」


「構わんよ。ラダリオンは?」


「道を探しに出ました」


「そうか。なら、空から探ってみるか。ラダリオンには不要でも地図は必要だからな」


 そう言って飛び立っていった。


 おれもリーダーとして班編成したり報告を受けて対応したりとテントから離れることもできない。旦那はこんな面倒なことをやってんだな。スゲーよ。


「マグラス様、食事です」


 最初に助けたゴブリンに連れられていた女の子が食事を運んできてくれた。


「ありがとう。美味そうなシチューだ」


 コラウスに逃げる前は腐った肉がご馳走だったのに、おれの口も贅沢になったものだ。カロリーバーは朝しか食えないよ。


「うん。美味い」


 これなら毎日食べても飽きないな。パンを浸して食うのがまた一段と美味い。

 

「マニー、すっかり料理が上手くなったな」


「はい。もっといろんな料理を覚えたいです」


「場所を移したら食材も運んでこれるからたくさん作ってくれ」


 料理番だったマニー。たくさんの食材を使えて嬉しそうだ。


 おれたち五人は親なしで、親の顔も兄弟の顔も知らない。家庭なんてもんを築けているのは極少数。家畜を産むために無理矢理番にされて子を産んでいた。


 こうして人として生きると家族っていいものだと思えてくるよ。


「あと、様呼びなんてするな。おれはそんな偉いわけじゃないんだから。呼び捨てでいいんだよ」


 マニーたちの主になったわけじゃない。自治領区の民として保護したまでだ。こうして協力してくれるだけで充分だ。


「マグラス様たちは英雄です。呼び捨てなんてできません」


 え、英雄? おれたちが? お、おい、そんな風に思われてんのか? 止めてくれよ! 旦那に申し訳が立たなくなるだろう!


「おれたちはゴブリン駆除請負員だ。ゴブリンを駆除するために動いているだけだ。英雄なんてもんじゃない。煽てるのは止めてくれ。セフティーブレットでの立場がなくなる」


 おれらなんてセフティーブレットじゃ下っぱだ。そんな下っぱが英雄扱いされてたらどう思われるか。変な風に見られたらおれの立つ瀬がなくなるよ!


「身内で言っているなら構わないが、他の前では絶対に言わないでくれ」


 旦那ならそんなこと気にしないだろうが、他の職員はよく思わないはずだ。セフティーブレットには英雄級の人が何人もいるんだからな。


「わ、わかりました」


「理解してくれて嬉しいよ」


 上に立つって、こんな苦労もしないとならないのか? これなら下にいたほうがよかったよ……。


「マグラス! お嬢が戻ってきたぞ!」


 もうか? 早いな。シチューをそのままにお嬢がいるところに向かった。


「お嬢! どうでしたか?」


「思いの外、道のりは酷くなかった。出た先を守りたいから十人ほど選らんで」


「わかりました! ルクロ! お前たちがいけ!」


 俊敏なヤツを集めてルクロに指揮させている。ちょうど十人だし、適任だろう。


「じゃあ、ついてきて。朝までに到着したいから」


「休まなくていいんですか?」


「途中で休むから大丈夫。仕事は迅速に済ませる」


 セフティーブレットでお嬢は斬り込み隊長的な存在で、ここぞというときに投入される人らしい。セフティーブレットで一番最強と言われているくらいだ。そんな人を差し置いて英雄とか言われるなどいじめでしかないわ。


「マグラスだっけ?」


「は、はい。そうです」


「同胞たちを頼んだよ。タカトもマグラスたちの働きには期待している」


「はっ! 全力で旦那を支えさせてもらいます!」


 旦那がいてこそのおれたち。いつでも盾になる覚悟はある。あの人が真の英雄なんだからな。

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