第995話 *アルズライズ*
アレクライトの船長となってもう一季節が過ぎようとしていた。
物心ついたときから舟に乗り、海とともに生きてきた。
それがグロゴールにより一変。復讐のバケモノとなった。運よくおれには才能があり、金印の冒険者まで駆け登ることができた。
だが、憎いグロゴールは見つけられず、ただ日々を生きるだけだった。
それがタカトとの出会いでまた一変した。
人らしい心を取り戻し、生活が豊かになった。こんな暮らしも悪くないと思っていたらグロゴールとの遭遇だ。なんの奇跡が連発しているのだと思ったよ。
あの男は一瞬でおれの心を見抜き、普段は臆病なくらい慎重なのにグロゴールを倒すことを即断したのだ。
人の力でどうこうできるバケモノじゃないのに、タカトは今あるものを駆使して倒してしまった。
グロゴールを倒せば人生など終わっても構わないと思っていたのに、タカトは未来を与えてくれた。
この船の船長になることを望んだのはおれだが、まさか船に子供の名前をつけるとは思わなかった。
子供の名前を冠した船を沈めることはできない。死ぬわけにはいかない。名前に恥じぬ働きをしなくてはならない。
タカトはそんなこと考えてはいないだろうが、結果、そうしなければならない。そうしなければおれが許せないのだ。
「だが、それが嬉しいんだよな」
失ったものは多いが、得たものも多い。この得たものを失わないためにおれは生きるしかないのだ。
「ん? なんか言ったか?」
つい心の声が出てしまったらしい。ライズに聞かれてしまった。
「いや、独り言さ。陸は見えたか?」
通信レーダー係のミクに尋ねた。
船体コントロールのロンズと夫婦であり、ルースカルガンも操縦できる優秀なヤツらだ。
「はい。地平線にうっすらと見え始めました」
プランデットを望遠にして見てみると、確かにうっすらと見えた。
「最大望遠で見える位置で停泊だ」
そこならルースミルガンでも偵察に出れる距離だろう。
「ライガ、入ってこい」
船橋の上にいるライガを呼ぶと、上部ハッチから入ってきた。
「なに?」
「しばらくしたら停泊するから補給を頼む。あと、タカトに報告を頼む」
おれが使っているプランデットを渡した。
了解と返事をして船橋を出ていき、しばらくして手頃な岩礁地帯を発見した。
「アレクライト停止。乗員はライガの手伝いをしろ。ライガ、頼むぞ」
船内放送で乗員や海兵隊たちに伝えた。
「アイアイサー!」
タカトに習った返事を送ってくるライガ。内陸部で生まれ育ったのに海に適応しているんだから不思議なものだ。
「カインゼル。偵察に出てくれ」
海兵隊を任せているカインゼルに指示を出した。
「了解。発信器はどうする?」
「打ち込める場所があるなら頼む。無理はしなくていいからな」
岩礁にも打ち込むから打てないなら打てないで構わない。
「では、そうする」
後部甲板からルースミルガンが出て陸に向かった。
「おれとライズが先に休憩する。ミクとロンズは船橋で待機だ。酔わないていどの酒なら許す」
警戒するのは海の魔物くらい。いや、岩礁があるなら空の魔物も警戒しなくてはならんか? まあ、自動防衛装置があるから問題はないだろう。残すのは万が一のときのためだ。
「「アイアイサー」」
すっかりその返事が浸透してんな。まあ、軍隊でもないので好きにさせているがな。
「おれは格納庫にいってくる」
「あ、おれも。酒、あるかな?」
ほんと、エルフは酒好きな生き物だよ。
格納庫に向かうと、荷物を解いているところだった。
パレット四枚と少ないが、ゴブリンの報酬も無限ではない。一回の補給としてはこれが仕方がないだろう。
「お、これはおれの分のようだなな。さすがタカト。配慮が行き届いている」
エウロン系のエルフはどんなにゴブリンを駆除しても仲間のために使うから個人では使えない。そのためにタカトがアレクライトを任せている礼としてライズの分を送ってきているのだ。
「大事に飲めよ」
ミシニーと同じであればあっただけ飲んでしまう。酒のことになると自重が働かないんだから困ったもんだよ……。
「アルズライズ。これで足りる?」
「ああ。明日には陸に揚がるしな。足りないものはそれぞれの報酬で買ってもらうとしよう」
船乗りだ海兵隊だと言ってはいるが、おれらはゴブリン駆除請負員。ゴブリンを駆除して生きるとしようじゃないか。それぞれの報酬はそれぞれが自由に使っていいのだからな。
「海兵隊は鋭気を養っておけ。明日からは忙しくなるぞ!」
竜人に恨みがある海兵隊員だが、昨日まで素人だったヤツら。竜人を倒すなら経験と技術がいる。それをゴブリンで学ぶのだ、気を緩めることは許されんのだ。
「ライガも休んでおけよ」
「わかってるよ。駆除員として恥ずかしいことはできないからね」
ふふ。立派になって。やはりタカトは子育てが上手い男だよ。あー。おれも子供が欲しくなってくるぜ。
そんなバカな欲望を振り払い、自室に戻ってタカトからもらった情報を確認する。おれは気軽に最前線に立つ立場ではない。戦場の全体を把握しておく必要があるのだ。
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