第992話 出会い運

 朝になったら出発。外に出たら土砂降りの雨だった。


「今年は雨が多いのか?」


 寒いのは寒いが、氷点下まで下がったことはない。雪がちらついたこともないと聞いた。


「天候が落ち着いてないな」


 異常気象だろうか? また食糧難とか止めてくれよな。今、必死に食糧事情をよくしようとしてんだからさ。


「雨でも発信器を打ち込まないとか嫌になるぜ」


 人工衛星が上手く働かない今、発信器は道しるべ。多くあったほうが迷ようことはなくなるのだ。


 なるべく高い山に打ち込んでいき、午後の十四時くらいに館へ到着できた。


 館の前の広場に着地させ、濡れた操縦席を魔法で吸い取り、ボロ布で拭いて綺麗にした。


「うん? 雨が止んだか」


 綺麗な空が現れた。冬とは思えない青空だな。


 館に入り、職員たちに声をかけたらシエイラのところに向かった。


 部屋はランティアックで回収したもので溢れており、ドワーフの女性たちと荷物をホームに入れていた。


「体調はよさそうだな」


 帰ってこれないと思いながら帰ってきてしまったが、シエイラの元気そうな顔が見れて嬉しかった。


 ドワーフの女性たちが気を使ってくれたようで、静かに出ていってしまった。


「あちらはいいの?」


「ミリエルなら問題なく事を進められるよ」


「そうね。あの子ならやれるでしょうね。もしかしたらタカトより効率よく動くんじゃない?」


 ミリエルとシエイラの関係は不思議と良好だ。お互い、含むこともなく役割分担を承知していて、ギルドや人を上手く回していた。案外、波長が合うんだろうか?


「そうだな。オレと違って切れる思い切りさがあるからな」


 過酷な人生を送ってきただけに切るべきときは迷わず切ることができ、オレみたいに思い悩んだりはしない。精神力が吹っ切れているのだ。


「嫉妬はしないのね」


「嫉妬する理由がないからな。凡人で凡庸が嫉妬するなんておこがましいにもほどがある」


 オレが十六の頃、ミリエルと会っていても相手にもされないだろう。今、なんとか対等にやれているのは社会人経験があるからだ。そうでなければ情けなくミリエルに頼っていただろうよ。


「……あなたは自分のことをわかっているのかわかってないのか、ほんとわからないわね……」


 わかっているから無理はしないし、臆病にもなる。英雄なんてものに憧れることもしない。平々凡々。それが一番なんだよ。


「オレは皆と出会っていなければこうして生きていられなかっただろう。それは女神も言っていた。期待もされていなかったよ」


 そりゃそうだ。凡人で凡庸な男なんだからな。そんな男を呼ぶなって話だ。まともに人選すらできねーから三回も失敗してんだよ!


「ミリエルが立ってくれるならオレは全面的にミリエルに従うさ」


「あなたがいる限り、上に立つことはないでしょうね」


 だからオレがいなくなったときに備えて経験を積ましているのだ。上に立てるのはミリエルしかいないからな。

 

「オレにもしものことがあればお前は子供を連れて逃げろ。セフティーブレットはミリエルに任せたらいい。安全なところで子供を育ててくれ」


 死ぬ気はない。ないが、絶対はない。万が一に備えるのがオレの責任だ。


「そうなればね。でも、そうならないようわたしは動くから。あなたを死なせたりはしないわ」


 そう言うシエイラを抱き締めた。


 もし、オレに自慢できることがあるなら出会い運がいいことだろうな。恵まれすぎている。


「シエイラたちがオレの救いだよ」


 こんなクソみたいな世界に連れてこられて、クソみたいなことをやらされて、心を保ってられるのは皆がいてくれるからだ。この出会いがなかったらオレは心を病んでいただろう。


「それはこっちよ。誰もがタカトに救われた。こうして幸せになれた。あなたは絶対に死んではダメ。わたしたちが死なせないわ」


 ここにきてよかったと、ダメ女神には感謝したくないが、幸せと感じられたのは素直に嬉しい。この幸せを守ることがオレが生きる理由だ。


「……うん。ありがとな。オレも皆を死なさないために動くとするよ」


 ここで最終回とはしてらんないな。人生はまだ続くんだから。孫が一人立ちするまで生きてやるぜ。


 もう一度、シエイラを抱き締めたら気持ちを切り替えた。


「よし! やるか!」


「無茶しないのよ」


「了解。シエイラも無茶しないでくれよ。オレの子供を産んでくれ」


「うん。任せて」


 にっこり笑って部屋を出て事務室に向かった。


「ご苦労様。ルシフェルさん、近況を教えてください」


 大半がマガルスク王国にいったので、事務室は閑散としている。十代と四十代以上の六人だけ。まあ、これだけでもコラウスにいる請負員をサポートするには充分なんだが、セフティーブレットは各地に支部がある。そこに物資を届けなくちゃならない。輸送は最低まで落ちているだろうよ。


「わかったわ」


 この人がいれば大体は片付けられるが、すべてを解決できるわけでもない。ゴブリンはいつ現れるかわからないからな。


 時間も時間なので、食堂で酒でも飲みながら話を聞くことにした。


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 2024年8月8日 (木) 第20章 終わり

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