第979話 奮起

「……希望はある、か……」


 ロイランスさんは、六十歳くらいだろうか? もう老人と言っていい歳であり、おそらく引退していたんだろう。さらに、代理の者ではミンズ伯爵領を纏められないと駆り出されたんだろうな~。


 そんな人に希望と言っても苦笑いしかでないか。もう絶望しかない状況では、な。


「諦めたらそこで終わり。諦めなければ未来は得られます。次世代に未来を与えてやれるのは今を生きている者だけですよ」


 オレも子供ができたことで、自分の命より子供に未来を残したいって思いが芽生えた。


「……そうだな。希望があるなら動くしかないな……」


「ランティアック家とミルズガン家が残っています。マリットル要塞もまだ落ちてない。まだマガルスク王国は沈んではないということです」


「マリットル要塞は落ちてないのか!?」


「落ちてません。生き残りが集まっていると情報を得ています」


「……そうか……」


 ほっとするってことは、マガルスク王国にとって重要な場所ってことなんだろう。雷牙に写真を撮るよう言っておくか。


「他にも生き残りはいるかもしれません。こうしてミンズ伯爵領も残っているのです。他にないなんて言えませんよ」


 オレとしても他に残っててくれるならありがたい。十五万匹が分散してくれるなら各個撃破できるってもの。さすがに三千匹以上ともなると大変になるからな。


 新たに描いた地図を出してテーブルの上に広げた。


「マガルク・ライダ男爵はご存じで?」


「ランティアックの守護神と呼ばれておる。わたしも何度か会ったが、あれほど恐ろしい男もいないだろうな」


 まあ、確かに公爵に通じるバケモノ感はあるよな。身分がもっと高ければ宰相になってても不思議ではないだろうよ。


「ランティアックとミルズガンの道が確保できればマガルスク王国北西部は取り返したようなもの。その両端を支える場所としてミルズ伯爵領は大切だと男爵様は申してました」


 マガルスク王国をどうするかはマガルスク王国の民に任せてある。そのために男爵は部下を連れてってくれと言ったのだ。


「あとこれを」


 ランティアックの様子を写した写真を出してロイランスさんに見せた。


「……凄まじいまでの精巧な絵だな……」


「魔道具を使ったものだと理解してもらえばよろしいかと」


 面倒なので省かせていただきます。


「ランティアックは領民の三分の二は失いました。兵士も二百人いるかどうか。復興するまで遥かな時が必要でしょう。ですが、ミルズガンと協力できたら復興も早まるでしょうね」


「…………」


「別に強制はしませんよ。滅びるも再興するのもローザン様次第ですからね。ただ、あなたに兵士としての誇りがあるなら戦うべきです。オレが師と仰ぐ人は地に落ちても兵士としての誇りは失わなかった。ならず者を集め、鍛え、一人前の兵士へと育て、最前線で指揮をとっています。あなたはどうします? 兵士として誇りを貫きますか? ただの老人として誰にも知られず朽ちますか?」


 沈んでいる様子は初めて会ったときのカインゼルさんと同じだ。


「……ただの老人として朽ちるのは嫌だな……」


「あなたの誇りはまだ死んでないいい証拠です」


 よかった。兵士として戦ってくれそうだ。


「まあ、バデットなんて対処法がわかれば怖い存在でもありません。ランティアックの兵士は数万匹を排除しましたよ」


 実際はオレたちが排除したようなものだが、それを言ったところでロイランスさんの得にはならない。奮起してくれるなら事実なんてどうでもいいさ。


「二、二百の兵士でだと!?」


「はい。時間をかければバデットなんて魔法や剣なんていりません。廃材や穴を掘ったくらいで充分。ちゃんとした知識と命令系統が確立しているのなら敵にもなりませんよ」


「…………」


 言葉も出ないって顔だな。


「その知識を兵士に教えます。ロイランス様が指揮をとればミンズ領は復活するでしょう」


 見た感じ、兵士の数はここのほうが多いようだ。なら、十二分にバデットなど排除できるだろうよ。


「ふふ。そなたは人を煽てるのが上手いな」


 先ほどまでの弱気はなく、いつもの、かはわからんが、自信をとりもどした顔になった。


「オレが煽てたわけじゃありません。あなたの誇りが奮起しただけです」


 正直、ミンズ伯爵領がこのままでも構わない。生きていれば囮となってくれるからな。やるやらないを決めたのはこの人自身だ。


「誇りか。そうだな。年老いて忘れていたよ。わたしは兵士としての誇りを胸に生きてきた。最後の最後に誇りをなくしてはわたしの五十年が無駄になる」


「その姿を次世代の者に見せつけてください。あなたのあとに続く若者のために」


 目指すべき人がいるなら誇りは受け継がれる。こんなときだからこそミンズの誇りが試されるのだからな。


「いつかそなたの師と仰ぐ者に会ってみたいものだ。きっと美味い酒を交わせそうだ」


「マガルスク王国を取り戻したとき、その願いは叶えられますよ」


 カインゼルさんと似たような人だ。きっと意気投合するだろうさ。

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